第343話 事務局長……お前もか……

「ち、違っ……私はただ……」


 何やら言い訳を始めようとする友田の言葉を遮り俺は言う。


「侮辱罪で訴えます。あんたの見苦しい言い訳は弁護士と相談して準備書面に起こすんだな」


 正直、人を公然と侮辱する馬鹿の言い訳なんて聞くに堪えない。


「ううっ……!?」


 俺がそう告げると友田は嗚咽を漏らす。

 相当、俺の発言が心にぶっ刺さった様だ。

 俺が本気であると理解する脳位はお持ちの様である。


「これは何の騒ぎですか!」


 すると、騒ぎを聞き付けた事務局の人間がこちらに向かってやってきた。

 頭の回転が悪い。何の騒ぎも何も今、友田がピンマイク通して言った通りだよ。何を聞いていたんだ、お前は……。

 俺は呆気からんとした表情を浮かべ言う。


「――何の騒ぎも何もお聞きの通りですよ。この男がマスコミ関係者や傍聴人の集まる中、ピンマイクの電源が入っている事にも気付かず誹謗中傷してきたので訴える。ただそれだけの事です」


 俺が悪気もなくそう言った事が意外だったのか事務局の男は唖然とした表情を浮かべる。


「う、訴える? ただの言い争いで……たったそれだけの事で訴えると言うのか……?」

「いや、そりゃあ、公然と犯罪者呼ばわりされたら訴えるでしょ……」


 何言ってるんだ、こいつ?

 ああ、そうか。事務局も東京都側だったわ。

 こいつの肩を持つのも理解できる。

 なら、尚更、痛い目に遭って貰わなければ困る。


「こういうタイプの人間は一度痛い目に遭わないと増長しますから。未来の被害者をなくす為に必要な事ですよ」


 事務局側としては大事にしたくないのだろう。そう告げると男は俺に譲歩するよう迫ってくる。


「――ま、まあ待ちなさい。これから事業仕分けも始まる。君が理事の法人も対象だろう! 君自身の立場を考えなさい。とりあえず、今回は、事務局長である私の顔を立てて穏便に……」

「いや、だからさ。穏便には済まさないって言ってるだろ?」


 お前の顔を立てたら何か良い事でもあるのか?

 何度も言うが、お前……敵側の人間だろ。

 顔を潰す理由はあっても、顔を立てる理由見つからねーよ。

 それに、こいつの顔を立てた所で大事は起こる。主にお前らが故意に起こす。なら、配慮は不要。潰せる時に潰しておくに限る。

 俺を敵に回して、自分達だけは最小限のダメージで済ましたいとか考えが甘いんだよ。


「これは俺とこいつの問題だ。部外者は入ってくるな」


 俺がそう言い捨てると、事務局長は渋面を浮かべる。


「後悔するぞ……」


 脅しだろうか?

 怖くて怖くてちびりそうだ(嘘)。

 しかし、そんな分かりやすい敵ムーブテンプレをかましてくれるならこちらとしてもやり易い。


「その言葉……宣戦布告として受け取りました。果たして後悔するのはどちらですかね?」


 俺の言葉に事務局長は目を細める。


 敵っぽい視線ありがとうございます。まあ、事務局長という時点でお前の事は最初から敵だと思っていたので好都合だ。戦いの狼煙を上げるのに丁度いい。

 お前達の想定通り俺を破滅させられるといいね。でも、俺はただじゃあ破滅しないよ?

 万が一、俺が破滅しそうになったら全てを巻き込んで自爆してやる。

 俺一人が破滅するのは癪なのでね。

 俺は、立ち上がったままの録音アプリの録音ボタンをこっそりタップする。

 その上で、音の精霊・ハルモニウムに視線を向けた。


「ふん。生意気な口を……いい気になるなよ。私の判断次第でお前の人生も、お前が理事長を務める公益財団法人も簡単に潰す事ができる。今の言葉……後悔しない事だ」

「ええ、後悔したくないので事務局長。あなたにはその立場から退場して頂きたいと思います」


 友田にやった時の様に、スマホの録音画面を印籠の様に突き出すと、事務局長はハッとした表情を浮かべる。


「見てみろよ。あんたの声がデカ過ぎて皆、注目しているぜ?」


 事務局長は慌てて周囲を見渡すと、愕然とした表情を浮かべる。


「ま、まさか、貴様……」

「いや、だから声がデカいって……マイクの電源付けっぱなしなのに気付いてないのか?」


 つーか、それさっき見た。

 友田と同じ踵を踏むなよ。

 俺がやった事といえば、精々、事務局長の声をマイクが拾っている事に気付かせぬ様、音の精霊・ハルモニウムに目配らせした程度のもの。

 なんでマイクを持ってきたのかは知らないが、電源入れっぱなしのマイクで脅迫してきたこいつのミス。

 さては機械に弱い世代だな?

 それに自己顕示欲が強過ぎる。

 つーか、本当に何でマイク持ってきてんだよ。

 そう告げると、事務局長は顔を真っ赤にして弁解する。


「ち、違う! 私は仲裁しようとしただけで……」


 自分の身を守る為の弁解ほど聞くに堪えないものはない。なので俺もその会話に参加する。

 今度は俺もピンマイクを着けて……。

 俺はピンマイクに録音を流すと事務局長に視線を向ける。


「『ふん。生意気な口を……いい気になるなよ。私の判断次第でお前の人生も、お前が理事長を務める公益財団法人も簡単に潰す事ができるんだ。今の言葉……後悔しない事だな』これのどこが仲裁なんですか? 明らかに脅迫ですよね?」

「き、貴様ぁぁぁぁ!」


 流石は事務局長。声に力がある。

 しかし、俺は怯まない。

 破滅に向かって爆進中で、自分の事を偉い人と勘違いしているボケ老人の戯言なら尚更だ。


「これから事業仕分けを行うのに、その事務局長が公然と人を脅迫する様な人物であるというのは些か問題ではないでしょうか? とても公平なジャッジを下せるとは思えません」


 そう投げかけると、周囲の人達が顔を見合わせる。


「事務局には、立場を利用し、公然と人を脅迫するこの事務局長の交代を求めます」


 すると、事務局長は唖然とした表情を浮かべた。


「ば、馬鹿な……こんなくだらない事で……」


 脅迫をくだらない事の一言で済ますとは恐れ入った。


「なら、事務局長が行なった脅迫が本当にくだらない事か、そこの男と共に裁判所で決着を付けようじゃありませんか……」


 俺の出資するBAコンサルティングには、いい弁護士が揃っている。

 これが終わり次第、すぐに提起してやるよ。


「じ、事務局長!」


 すると、騒ぎを聞き付けた事務局員達がやってくる。

 おそらく部下なのだろう。援軍が来た事に事務局長は安堵の表情を浮かべる。


「き、君達は……丁度いい。この分からず屋に何とか言ってやれ!」


 事務局長がそう声を上げると、局員達は一度、俺に視線を向け、事務局長に向き直る。そして、マイクを取り上げると、事務局長は声を荒げた。


「――な、何のつもりだ。私からマイクを取り上げるなんて、一体、何を考えて……!」


 そう癇癪を起し激昂する事務局長の耳元に、ぼそりと局員が何か一言伝えると、事務局長の顔が見る見る青くなっていく。


「――そ、そんな馬鹿な……都知事は何を……私を……私を事務局長の座から外すだとっ!?」


 どうやら事務局長の地位から降ろされてしまったらしい。

 実に懸命な判断だ。流石は東京都知事。

 目の前で事務局長の座から降ろされてしまった元事務局長を見た俺は、ピンマイクの電源を落とし、ここぞとばかりに煽り倒す。


「いやぁ、挨拶から三十分も経たぬ内に事務局長がその座から降ろされるのは、前代未聞じゃないですか? でもまあそれも納得です。元事務局長は人の事を誹謗中傷する様な人間を庇い、失敗すると立場を利用し脅迫してくる人間性の持ち主ですから。お疲れ様です」


 すると、事務局長は目を剥いて激昂する。


「き、貴様ぁぁぁぁ!!」


 事実を指摘しただけとはいえ、凄く怒っていらっしゃる。

 事務局長の座から落とされたのが相当悔しかったのだろうか。

 まあでも、俺の敵に回ったのだから仕方がない。東京都知事に頼まれ仕事でやってるのだとしても、それとこれとは話が別だ。

 敵陣営の人間は落とせる時に落としておくに限る。


「それを言うなら貴様も……! 貴様も私を侮辱しているじゃないかぁぁぁぁ!」


 まあ確かに……。

 公然と人を侮辱すれば侮辱罪は成立する。

 しかし、俺は公然とそれを行った訳ではない。その証拠にピンマイクの電源はオフとなりハルモニウムの力により俺の声は事務局長以外聞こえていない。


 その結果、今、事務局長は周りから事務局長の座から落とされ急に癇癪を起こした人間と思われている。


 ――ヒソヒソ

 ――ヒソヒソ、ヒソヒソ


 耳を澄ませば皆が事務局長に抱く声が聞こえてくる。


「なら、あんたも俺を訴えればいい。まあでも、とりあえず、部外者はこの場所から消えて頂けますか? 俺、これから事業仕分けを受けなきゃいけないんで……」


 事務局長の座から落とされたあんたと違って俺は忙しい。

 そう煽り倒すと、事務局長は更に激昂する。


「き、きききき貴様ぁぁぁぁああああっ!!」

「じ、事務局長! やめて下さい! 一体、どうしたというのですか!! 誰か、誰か警備員を! 早く!」


 仕方がない。皆に聞こえていなかったとはいえ、事務局長を煽り倒したのは俺だ。

 なので俺も警備員を呼ぶのを手伝ってあげよう。

 俺はこちらに向かって駆け付けてくる警備員に向かって手を挙げる。


「警備員さーん! 事務局長が暴れています! 早く、早く来て下さい!」


 すると、元事務局長の顔が真っ赤に染まる。


「――貴様……! 貴様、貴様、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! いい気になるなよ! 絶対に潰してやるっ! 絶対に潰してやるからなっ! この若造がぁぁぁぁぁ!」


 どうやら俺が警備員を呼んだ事が余程お気に召さなかったらしい。

 俺は何故、こんな事を言われているか分からないといった表情を浮かべると、駄目押しでもう一言、声を上げる。


「駄目だ。この人、正気じゃない……。警備員さん、早くっ! 早く来て下さい!」


 すると、俺がそう声を上げると同時に数名の警備員が現着する。


「だ、大丈夫ですかっ!」

「いえ、この人、正気を失っています! 早く……早く取り押さえて下さい!」


 そうでないと、現状、元事務局長を取り押えている局員達が可哀想だ。

 警備員は局員に代わって暴れる元事務局長を取り押さえる。


「――おい、何をしている! 暴れるな! こらっ!」

「いい年した大人が暴れるんじゃない! おい。早くここから連れて行くぞっ!」


 流石は警備員だ。癇癪起こして暴れる元事務局長への対応もお手のものだ。

 一瞬にして元事務局長の癇癪を無効化し、連行していく。


「ぐっ! じゃ……邪魔をっ! この私の邪魔をするなっ! この愚か者共めがぁぁぁぁ!」


 暴言を吐きながらも警備員に取り押さえられ連れて行かれる元事務局長を眺めながら俺は敢えて安堵の表情を浮かべた。

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