第341話 とうとうでたね。。。
公益財団法人アース・ブリッジ協会の理事長室に届けられた事業仕分けのお知らせ……。
それを見たカケルは呟く様に言う。
「とうとうでたね。。。公益財団法人の理事長なんていつ辞めても良いと思ってたんだけど……やる気が出てきたなぁ~なんてね……」
事実、国民の税金を不当に搾取するような公益財団法人なんて潰れた方がいいと、そう思っている。
しかし、今のアース・ブリッジ協会は話が別だ。
不正を働いていたのは、前理事長とその金魚の糞である評議員……その評議員は責任を取らせる為、理事ごと解任に追い込んだ。
今は安い給料で働かせ、これまで不当に手に入れてきた金を返済させている最中だ。
公益財団法人の運営を任すことのできる人間がいればいいのだが、寄ってくるのは金と権力に飢えた有象無象ばかり……。
弁護士やら市民団体やら活動家やら元政治家やらと碌な奴がいない。
それに、この協会が発行する環境ラベルは、今や俺とレアメタルの取引を行う企業を見分ける為のものと化している。
勿論、これは俺がこの協会の理事長でいる間のみ。
つまり、俺の理事長就任と共にこの協会の営利事業と非営利事業は強く結び付き、もはや俺無しには事業そのものが回らなくなっていると言っても過言ではない。
そして、俺が理事から外れれば、レアメタルを卸している業者全てが敵に回りアース・ブリッジ協会との取引を打ち切る。
何故かって?
アース・ブリッジ協会の理事長から降ろされた瞬間、環境ラベルを使用する必要性が無くなるからだよ。
現在、限られた得意先に大量のレアメタルを市場価額の半値で卸している。
それが無くなって困るのは得意先。対して俺には全く損害が発生しない。
既に使いきれない程、多額の金をレアメタル取引により得ている。
これまで取引をしてくれた得意先には悪いが、レアメタルの供給元は俺だ。
俺がアース・ブリッジ協会の理事長から降ろされるなら取引はそれまで……。
聖人君主じゃないんでね。理事長から降ろされて尚、アース・ブリッジ協会を義理立てしてやる必要性を感じない。
元々、レアメタルの販売は公益財団法人など通さずやってきた。
国内取引できなくなった分のレアメタルは海外にでも流せばいい。
レアメタルは国内産業で幅広く使われている。海外に流せば、国内産業は大打撃を受けるだろう。でも、まあそれも仕方がない。
「しかし、まさか、宝くじ協議会と合同スケジュールを組んでくるとはなぁ……」
事業仕分けのお知らせと共に同封されていた、事業仕分けのスケジュール表。
それを見ただけで、この事業仕分けを仕組んだ奴の思考が透けて見える。
しかも、この宝くじ協議会……いつの間にか一般財団法人から公益財団法人に超進化していたらしい。
別に宝くじ協議会を公益財団法人化させた所であまり意味がないだろうに……。
そこまでして俺の事を潰したいか?
これはアレだ。事業仕分けという名の尋問だ。それも開かれた場所で俺に公開尋問を行おうとしている。これを考案した奴は頭の螺子が何本か外れている。
何せ、一兆円近くの売上規模を誇る宝くじ事業そのものの信頼性を毀損する覚悟で俺を追い落とそうとしているのだ。
宝くじ協議会は、その事業の特性上、宝くじ関係機関と連絡協調を取る関係性を持っている。
つまり、それは誰が宝くじに当選したのか、この団体にはそれが分かるという事だ。
事実、以前、宝くじ協議会の理事を務める会田さんの父親経由で天下り受け入れの話があった。
そして、今回、東京都は態々、公益財団法人化させた、その宝くじ協議会を俺が理事長を務めるアース・ブリッジ協会と一緒に事業仕分けしようとしている。
目的がアース・ブリッジ協会の事業仕分けではなく俺にある事は明白だ。
現在、俺はゲーム内アイテム『レアドロップ倍率』を常用し、宝くじの当選率をアップさせ、宝くじ当選金の殆どを宝くじ研究会で牛耳っている。
そして、宝くじの運営主体は自治体。
その長である自治体がその事を知らぬ筈がない。
しかし、まさか、アース・ブリッジ協会理事長兼宝くじ研究会の長である俺と、宝くじ協議会を組み合わせるとはなぁ……。
これがお前らのやり方か?
その場で糾弾する気満々じゃないか。
つまりこれはアレだ。売ってるんだよな? この俺に喧嘩を売ってるって事でいいんだよなぁ?
なら買ってやるよ。その喧嘩……。
だが、俺に喧嘩を売ったからにはただで済むと思うな。
俺は自分の権利が侵害されたら、国を敵に回してでも報復する男。
事業仕分けの場で糾弾するならしてみるといい。ゲーム内アイテムを使っていたとはいえ、俺はただ売店で宝くじを買っただけ。
当然の事ながら何の不正もしていない。
普通、できるはずがない。
こっちは、レアドロップ倍率の特性上、少なからず外れくじを引いているんだ。
誰が考え付いたのかは知らないが、証拠もなく糾弾するならこちらにも考えがある。
やられたらやり返す……万倍返し……いや、億倍返しだ!
難癖や不条理、理不尽な要求は断固拒否。
敵対したからにはどちらか一方が破滅するまで必ずやる。
永遠の溝浚いだ。
掬っても掬ってもキリがない。
しかし、溝浚いしなければ溝は溜まるばかり。
そうと決まれば、行動あるのみ。
「……何だか、楽しみになってきたな。事業仕分け。時間がない……。仕込みを始めるとするか」
あちら側の勝手な都合で事業仕分けという名のふざけたステージに立たされる以上、こちらも相応の準備を整えよう。
「そうだな……まずはレアメタル販売業者の伝手を辿って、氷樹の買取先を見つける所から始めるか……」
そう呟くと、俺は深い笑みを浮かべた。
◇◇◇
「う、うううううっ……な、何でこんな事に……」
ここは、東京都庁から離れた戸建て住宅。
東京都知事である池谷は、グラスに入れたシャンパンを飲みながら頭を抱えていた。
手元にあるのは、事業仕分けで使用する宝くじ協議会と、アース・ブリッジ協会の資料。
そして、もう一つ。ピンハネにより入手する様、強要された宝くじの当選名簿がある。
名簿には、高橋翔の名前は勿論、宝くじ研究会なる組織に属する人の名前が載っている。
「まさかこんな事になっているなんて……」
東京都知事就任から数年。
全然気付かなかった。
確かに、東京都議会において、財務局の主計部長より東京都が発売する宝くじの販売実績や効果測定、市場調査などの報告を受けていたが、まさか、これほど極端に当選者が固定化されているとは……。
東京都で発行する宝くじ収益は約一千五百億円。その内、約四十七パーセント近くが当選金として当選者に配られる。
そして、この当選金の内、約七十五パーセントの当選金が宝くじ研究会に属する人に配当されている。
異常……あまりに異常だ。
宝くじ当選金の殆どが、ある特定の団体に流れているなどという事が都民や国民に知られれば、宝くじという大衆娯楽が根幹から瓦解しかねない。
勿論、最初は偶然や、高橋翔を初めとした、宝くじ研究会に属する人達が類い稀なる強運の下、生まれてきたという可能性も考えた。
しかし、宝くじの当選確率は、約一千万分の一。
これほど多くの高額当選者が一つの組織に属しているのは明らかにおかしい。偶然で片付けるには無理がある。
だが、内密に調査しても彼等が不正を働いた証拠は見つからなかった。
確認されたのは、宝くじ研究会に属する人間が近くの宝くじ売り場に駆け込みお金を払って宝くじを購入する姿だけ。
当選金を支払った際、回収する当選くじも偽造されたものでない事を確認している。なのに……。
「一体、どうしろって言うのよ……」
池谷はシャンパンを呷り飲むと、『カシャン』と音を立て乱暴にグラスを置く。
どうやっているかは分からないが、宝くじ当選金の大半が特定の人物に渡っている。
これは東京都だけの問題ではない。
宝くじの運営主体である全自治体に波及する大問題だ。
この事が公になれば、宝くじの信頼性は地に落ちる。
例え、宝くじ研究会の面々が類い稀なる強運の持ち主で、偶々、宝くじ当選金の殆どを受け取っていたとしても、民衆にそれは伝わらない。
私ですらそうなのだ。大半の人間が不正があったと判断するだろう。
当然の事ながら、その責任は宝くじ研究会だけではなく、運営主体である我々にも向く。
そしてもし、不正の証拠が上がらなければ、それを取り上げ糾弾した我々が民衆から想像を絶するバッシングを受ける事になるだろう。
もしかしたら、これまで宝くじに支払っていた代金を請求する為、大規模な損害賠償請求が起こされる可能性もある。
宝くじ当選金を一部のものだけが享受していたと認識されれば、当然、起こり得る事だ。
しかし、ピンハネはこの問題を高橋翔を貶めるただそれだけの為に、不正の確証も無く事業仕分けの場で暴露しようとしている。
浮動購買力を吸収し、もって地方財政資金の調達に資する事を目的として運営される宝くじの全体収益は約一兆円。
毎年、一兆円規模の収益を生み出していた事業を一個人を貶める為だけに無くすのはあまりに惜しい。馬鹿げている。
必死になって頭を働かせていた為か、何だか頭が痛くなってきた。
眉間に皺を寄せながら、ズキズキと痛む頭に手をあてる。
「このままでは、私は破滅だわ……何とか起死回生の策を考えないと……」
しかし、妙案は浮かばない。
今すぐ体調不良で病院に担ぎ込まれたい気分だ。
「駄目ね……」
全然考えが纏まらない。
それもこれも、村井の爺いがこの私を巻き込んだせいだ。
一体、何の恨みがあってこんな……。
駄目だ。こういう時は楽しい事を考えよう。
池谷は、今日、説明を受け、持ち込まれたばかりのバイオマスやメタンハイドレートに代わる夢の新エネルギー資源、氷樹のカケラを瓶越しに眺めながら呟く様に言う。
「綺麗……これが氷樹。日本独自の技術により生み出された新エネルギーなのね……」
池谷が手にしたそれは、本来この世界に存在しないもの。ゲーム世界、ヨトゥンヘイムにのみ存在する氷でできた燃える樹……氷樹。
便宜上、日本独自の新技術により開発されたものと聞かされた池谷は、瓶に入った氷樹のカケラを眺めながら、呟く様に言う。
「この情報……どの位の価値が付くかしら?」
氷樹は、燃える際、一切二酸化炭素を排出しない夢のエネルギー資源。
量産体制が整えば、国内で使用している天然ガスの凡そ五年分を一年で作り出す事ができると聞く。
地球温暖化が懸念される中で、燃焼時の二酸化炭素排出量が石油や天然ガスより少ない氷樹は世界的に需要が伸びる事が期待されるエネルギー資源。
「ふふっ……ふふふっ……」
池谷はシャンパンをグラスに注ぐと、嫌な事を忘れる様にそれを飲み干した。
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