第231話 危篤状態に陥る川島

 影の精霊・シャドーに案内された場所。

 そこは、奇しくも俺が宿泊している新橋大学付属病院の特別個室の隣の部屋である特別個室。コンシェルジュさんにお願いをして、事務所の関係者として面会させて貰う事となった。


「……ねえ、なんで中級回復薬を使って回復させた筈の川島がこんな危篤状態に陥っているの?」


 傷は治した筈だ。まあ、かなり出血はしていたけど、その場で意識がある事を確認している。


「わかりません。二日前から突然、苦しみ始めまして……」

「ふーん。二日前からねぇ……」


 俺が警察の監視下に置かれていた時からか……。

 怨まれているね。もの凄く……。一体、何をやったらこんなに怨まれる事になるのやら、見当もつかない。

 でも困るんだよ。誰かは知らないが、そっち側の都合で勝手に殺されちゃあ。

 こっちはまだレアメタルの販路を広げてない。命を狙われるなら業務上横領罪で塀の中に行ってからにしてほしいものだ。


「……仕方がない。上級回復薬を使うか」


 とりあえず、これを飲ませば命の危機を脱する事ができる。

 しかし、それだけでは問題を解決した事にはならない。


 死なれては困るので、ヒューヒューとかすれ声を上げる川島の口に管を通してもらい、強制的に上級回復薬を飲ませて貰うと、川島の顔色が段々と良くなってくる。


「とりあえずは、これでよしと……」


 さて、問題はこれからだ。

 川島はこれからレアアース事業で俺に財を成してくれる重要人物。

 仕方がない。縋りたくはないが、奴に縋るか……。


「申し訳ないんだけど、医学博士の石井さんに川島の様子を見て貰うよう交渉できないかな? 川島が退院するまででいい。報酬として上級回復薬二本と中級回復薬五本を寄贈する。特別に上級回復薬を服用した川島の体液の採取も認め……いや、認めさせる」


 体液の採取位、命に比べたら安いものだろう。


「……それで、お願いできないかな?」

「すぐに確認致します。少々お待ち下さいませ」


 そう言うと、コンシェルジュは頷き、個室を出ていった。


 ◇◆◇


「うーん……それはできんなぁ? 君は私の事を便利屋か何かと勘違いしてないかね?」


 そう言って渋る石井。


「――御託はいい。それで、追加の条件があるんだろ? 言ってみろよ。もしかしたら、叶える事ができるかもしれないぜ?」


 そう提案すると、医学博士である石井六郎が笑みを浮かべる。


「――その言葉を待っていたのだよ。実は君に頼みがあってね」

「頼み?」


 何だか嫌な予感がする。

 そう言うと、石井はリモコンを手にして、テレビの電源を入れた。


 そこには、突如として北極に現れた大樹『ユグドラシル』が写っている。


「……君はフルダイブ型VRMMO『Different World』というゲームを知っているかね?」

「ええ、まあ、人並みには……」


 まさか医学博士の口からその単語が出てくるとは思いもしなかった。

 予想外の発言に驚きつつ、様子を伺っていると石井は俺の反応を見ながら回復薬を手に持つ。


「ならば、話は早い。この回復薬の瓶、どこかで見た事があると思っていたが思い出したよ。これはフルダイブ型VRMMO『Different World』内で販売されていた回復薬そのものだ……。ここからは仮定だが、もしかして君はこの世界に渡る手段を持っているのではないか?」


 ミスったな。他の瓶に移し替えてから売るんだった。

 まさか、そんな所からバレるとは……。

 とりあえず、知らない体で話を進めよう。


「……話が突拍子もなくてついて行けませんね。ゲーム内を行き来できるなんて、そんな事できる訳ないじゃありませんか。回復薬の瓶についても偶然ですよ。実は俺、DW内で売っている回復薬の瓶の形が好きで自作しているんです。以前、どっかのゲームメーカがどっかの飲料水会社とコラボして、ゲーム内のポーションを炭酸飲料として販売しましたよね? それと似たようなものです」


「……つまり、君は、私の仮定が間違えていると、そう言うつもりかな?」

「仮定も何も、提供した回復薬の瓶の形がDWの回復薬と似ていたというだけの事じゃないですか……。ゲームの世界に渡る手段なんてある筈ありません」


 首を振って否定すると、石井は手に持った回復薬に視線を向け考え込む。


「ふむ……ならば、証拠を見せれば認めてくれるかね?」

「証拠……?」


 ゲーム世界とこの世界を渡る事を証明する証拠ってなんだ?

 そんな事を考えていると、石井はコンシェルジュに指示を出す。


「……君、防犯カメラの動画を持って来てくれないか? ほら、特別個室内に仕掛けたあれだよ。それを見せれば――」


 ぼ、防犯カメラ!?

 この糞爺……特別個室に防犯カメラを仕掛けるとは……。

 防犯の為とはいえ、なんつーことを……。

 と、いうより特別個室で行われる犯罪ってなんだそれ、意味が分からん。

 普通にプライバシーの侵害である。

 とはいえ、証拠を握られているのであれば仕方がない。


「――わかりました。話を聞かせて頂きましょう。欲しいサンプルって何です?」

「……いきなり素直になったな。しかし、私の考え通りだ。やはり、ゲーム内を行き来できるんだな?」

「ああ、できる……」

「な、ならば、私もゲームの世界に……」

「それは……多分無理だ……」


 現状、ゲームを行き来できるのは俺と美琴ちゃん位のもの。

 そもそも、何で、俺と美琴ちゃんだけがゲーム世界を行き来できるかわからないのに説明できるはずがない。


「……そもそも、俺自身も何故、ゲーム世界を行き来できるか理解していないんだ。ゲーム内にログインできる事が知られていれば、今頃、話題に上がっているでしょう?」

「うむむむむっ……しかし……」


 納得できないのは分かるが、仕方がない事だろう。

 俺自身、答えを持っていないのだから。


「とにかく、俺に出来るのは、ゲーム世界から物やアイテムを持ち帰る事位ですよ。それ以上の事を要求されても困ります。後、この件は他言無用でお願いしますね? また、この件を公表するぞとマウントを取るのもやめて下さい。脅迫する訳ではありませんが、俺も手荒な真似はしたくないので……」


 俺も敵対していない相手に対し、闇の精霊・ジェイドの力を借りて記憶を弄るなんてことはしたくない。まあ必要があればやるけど……。


「うむむ……仕方がない。ならば一つだけ頼まれてくれないか?」

「依頼内容にもよりますが……まあいいでしょう。その代わりこちらのお願いも聞いて貰いますよ?」

「ああ、それでいい……」


 しかし、俺に何を依頼するつもりだ?

 DW内で手に入るものなんてたかが知れてる。


 石井は、目をぎらつかせながら言う。


「……君が行き来できるゲーム世界が、フルダイブ型VRMMO『Different World』であると仮定してお願いしよう。何でもいい。人型のモンスターを一体、生きたまま捕獲し、持ち帰ってきて欲し……」

「あー、それは無理です。ゲームの仕様上、アイテムストレージに生き物は入りません」


 ついでに言えば、俺が倒したモンスターは皆、アイテムか素材に変わってしまう為、不可能だ。

 すると、石井はポケットから液体の入ったペットボトルを二本取り出した。


「……その可能性も考慮して、ここに生き物を仮死状態にする薬がある。これならアイテムストレージに入るのではないか?」

「仮死状態にする薬ねぇ……」


 そんな劇物をラベル付きのペットボトルに入れて持ち歩くとは、中々、頭が逝かれてる。

 しかし、条件付きとはいえ、確かに、その方法ならこちらにモンスターを運ぶ事ができるかもしれない。


「……いいでしょう。ただし、失敗しても文句は言わないで下さいね?」


 何せ、初めてやる事だ。モンスターにこの薬が効くかもわからない。


「ああ、その場合、モンスターの死体を持ち帰ってくるだけでも構わん」

「……わかりました。受け渡しはどこで行いますか? 流石に病院内では拙いでしょう?」


 モンスターがどんな菌を持っているかわかったもんじゃないからな。


「いや、病院内で構わん。私の研究室に持って来てくれ」

「えっ? 大丈夫なんですか?」

「ああ、問題ない。すべて私が責任を取る」


 流石にそれは……。まあ、当人がいいと言うならいいんだけど……。


「わかりました。それじゃあ、そうしましょう」


 石井からペットボトルを受け取ると、それをアイテムストレージ内にしまう。


「さてと、それじゃあ、今度はこちらが要求する番ですね。数日前からこいつの事を殺そうとする勢力が病院内で暗躍しているようなんです。端的に言います。こいつを……川島の奴が死なないよう守って頂きたい」


 すると、それを聞いた石井は考え込む。


「……それは警察に通報した方がいいのではないかね?」


 至極もっとも意見だが、俺自身、警察に対し不信感を抱いている。信頼なんてできる筈もない。


「警察は駄目です。信用できない。だから、石井さんにお願いしてるんですよ」

「ふぅむ。訳ありか? あまり警察を敵に回したくないのだが……」

「そういう訳じゃありませんよ。とにかく、川島の奴を守ってやって下さい」


 今、殺されるのは、あまりに都合が悪いからな。

 今回の場合、毒物混入が原因ではないかと予想される。そうなると、エレメンタルを護衛につけた所でどうにもならない。


「……まあ、いいだろう」

「お願いしますよ? もし万が一、川島の奴が殺されるような事があれば、こっちに持ってくる予定のモンスター、取り上げますからね?」


 そう言って、笑みを浮かべると、石井は頬をピクリと上げた。


「……いいだろう。ついでに、この病院内で悪さを働こうとする者も捕らえてやる。それで満足かね?」

「ええ、そこまでして頂けるのであれば、こちらから申し上げる事は何もありません」


 中々、話のわかる糞爺だ。


「それじゃあ、これからモンスターを捕らえてきますね」

「ああ、楽しみに待っておるよ」


 川島の事を預けると、俺は自分の特別個室に向かう。そして、部屋に取り付けられた防犯カメラをすべて取り除くと、ゲーム世界にログインした。

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