第230話 第一発見者を犯人だと決め付けるのはよくないと思います!

「――はあっ?」


 突然、犯人呼ばわりされた事に俺は唖然とした表情を浮かべる。


 何、勝手な憶測でものを語っているんだ?

 お薬でもキメているか、思い込みが激しく夢と現実の区別が付かなくなっているのか、冤罪ふっかけて俺を逮捕させようとしているのかは分からないが、それ虚偽申告罪っていう犯罪行為になりかねない発言だぞ?


 軽いパニックに陥りつつ、そんな事を考えていると、警察官が寄ってきて鋭い姿勢を向けてくる。


「……彼女の言っている事は本当かね?」


 ――いえ、ただの妄言です。


「――いえ、違います。あの女性とは初対面ですが、おそらく、虚言癖があるのでしょう。もしくは、突発型妄想性障害を患っているのかも知れません。あの女性も病院に連れて行ってあげて下さい」


 極めて冷静にそう反論すると、その反論が気に障ったのか女性が声を上げる。


「――なっ!? 確かに私は見ました! あなた、そこの男性に近寄って何かしていたじゃない! 適当な事を言ってるんじゃないわよ!」


 お前こそ、なに適当な事を言っているんだ?

 もしかして、犯人か何かか?


 あまりに酷い妄言にため息を吐くと、警察官が鋭い視線を向けてくる。


「……ちょっと、署で詳しい話を聞かせてくれる?」


 マジか……。


「そこの人達が一緒に行くっていうなら別にいいですよ?」


 大変面倒臭い状況を作り上げてくれた男二人と女一人を指差しそう言うと、警察官はチラリと視線を向ける。


「……勿論、彼等にも事情を聞かせてもらうよ」

「ええ、是非、お願いします……(シャドー、あの三人の様子を影から録画しておいて、何かあれば俺に連絡を……)」


 冤罪を擦り付けようとした三人の影に、影の精霊・シャドーを潜り込ませると、俺は警察官の後に続き、パトカーに乗り込んだ。


 ◇◆◇


 警察からの事情聴取が始まって、三日目。

 毎日、八時間に及ぶ事情聴取を受けた俺は相当イラついていた。


「だーかーら、新橋大学付属病院の特別個室へ帰宅途中、血塗れで倒れているのを発見したの。あと何回同じ発言を繰り返せばいいんですかねぇ!? このオウム返しを!」


 俺を犯人呼ばわりした男と女は初日、たった十数分の事情聴取を受けただけで開放。対する俺は、三日間、警察官が手配したホテルに宿泊させられ、警察官監視の下、執拗な事情聴取を受けている。


「……まあまあ、こっちも仕事でやってる事だから、それで? 本当の所、どうなの? 刺した所を見られ、慌てて119番に電話したとか?」


 ――ぶちっ


 頭の中で何かが切れる音が聞こえた。

 もう我慢の限界だ。三日間監視され、事情聴取で同じ問答を繰り返されキレない奴はたぶんいない。


「――救助活動した後に119番に連絡したんですよ。三日間に渡ってずーっと同じ話をしている訳ですがいい加減にしてくれませんかね? 同じ話を何回もして理解できないなんてどうかしているんじゃありませんか?」


 すると、警察官はムッとした表情を浮かべた。


「君、自分の立場をわかっているかな? 複数の目撃者がいるんだ。素直になってくれないともう暫くここにいてもらう事になるよ?」


 駄目だ。この警官、全然、人の話を聞く気がない。結論ありきで話をしている。

 そもそも、この事情聴取は任意。つまり、こちらは事件解決の為に善意で付き合ってやっている訳だ。にも関わらず、犯人扱いはあり得ない。


「……あのさ、その目撃者の話に全幅の信頼を寄せている根拠って何? 嘘だと疑わない訳? だったら、直接本人に話を聞けばいいじゃん。別に川島の奴は死んでる訳じゃないんだからさ?」


 確かに、流した血の量はかなりのものだったが、回復薬を飲ませたんだ。あれから何日も経っている。意識を取り戻していてもおかしくない。

 それにガード下には、防犯カメラが設置してあった。見れば、川島の奴が刺された後、俺が駆け寄った事が一発でわかる筈だ。


 そう指摘すると、警察官は体を震わせる。


「……それを決めるのは、こちら側であって君ではない」

「――ああ、そうですか。こちらとしては話すべき事はすべて話しました。三日間同様の話をしたんです。もういいでしょ? それじゃあ、さいなら」


 席を立つと近くに座っていた警察官達が立ち上がる。


「――待ちなさい。まだ話は終わってないぞ」

「じゃあ、あと何日同じ話をすればいいんですか? ボイスレコーダーにこれまでの話が録音されてますから、それ聞いて下さいよ。どうせ、ここに残っていても壊れたラジオみたいに同じ事を何回も聞くんでしょ?」


 ボイスレコーダーを取り出すと、それをテーブルに置く。


「それを聞いて調書ができ上がったら、新橋大学付属病院の特別個室まで持って来て下さい。これ以上、無駄な調書作成に付き合う義理はありません。逮捕したけりゃすればいい。その時は逮捕状でも持って来て下さいね。それじゃあ、俺はこれで……」

「――待ちなさいっ!」


 影の精霊・シャドーの力を借り、影の中に入り込むと、俺はそのまま警察署から脱出する。


 影の向こう側で『き、消えただと……』と驚く声が聞こえてくるが、もう知らない。

 何より勝手な思い込みで犯人扱いしている点が気に入らない。


「――もう、やってられるか。俺の事を犯人扱いしたいなら逮捕状でも持ってこい!」


 ああ、ムシャクシャする。

 決めた。帰りに二千円位の少し高いワインと酎ハイ買って朝まで呑んでやる。

 犯人扱いされた上、三日間拘束されるとか、こんなの呑まなきゃやっていられない。


 影から出ると俺は警察署を睨み付ける。


「確か、あの警察官、武藤とかいう名前だったな……」


 俺を徹底的に犯人扱いした警察官も警察官だが、まずは川島を殺ろうとした奴を捕まえるのが先だな。

 少なくとも、俺の調書を取っていた武藤とかいう警察官についても調べてみる事にしよう。あれだけ執拗に俺の事を犯人扱いしようとするからには何か裏がある筈だ。


「……後でトコトン調べ上げてやるからな」


 俺のエレメンタル包囲網を舐めるな。すべてを白日の下に晒してやる。震えて眠れ。


 俺は、近くのリカーショップで二千円の赤ワインと大量の酎ハイを買い込むと新橋大学附属病院の特別個室に戻る事にした。


 ◇◆◇


 ここは高橋翔の取り調べを行なっていた警察署。取り調べを行った警察官。武藤健治は困惑した表情を浮かべていた。


「――な、何なんだ、あの男はっ? どこに消えたっ!?」

「武藤さん、やっぱり拙いですよ……」

「拙いものか……第一発見者を疑うのは犯罪捜査のセオリーだろうが、嫌疑を抱いた。だから取り調べをした。警察官として恥ずべき点は何もない」

「でも、万が一、訴えられたら……」

「それは……大丈夫な筈だ……」


 三日間に渡り取り調べを行ったが、取り調べ時間は一日当たり八時間以内。

 任意捜査の許容限界を越えるものではない。


 しかし、困った。まさか、ここまでやって自白を取る事ができないとは……。

 ボイスレコーダーを置いていってくれたとはいえ、録音されていたのも分が悪い。


「――そもそも、本当にあの容疑者がやったんですかね? 被害者の取り調べをした警察官によると、複数の男女に襲われたと供述しているようですが……」


『バンッ!』と音を立ててテーブルを叩く。


「被害者は犯人の顔を確認していない。倒れる時、聞こえた声だけでそう判断している。被害者は記憶が混濁しているんだ。そんな被害者に正常な判断はできるか! あいつに決まってる。俺の勘がそう言ってるんだっ! 君は俺の勘が信じられないとでも言うつもりか? 一体、これまでどれだけの自白を取ってきたと思ってるっ!」

「そ、それは……確かにそうですが……」

「だったら黙ってろ!」


 それにあいつを犯人にしないとこっちが困るんだよ。この事件には俺の息子が関わっているのだから……。


 事件当日、息子から電話があった。

 内容は、これから川島という名の男を殺しに行くというもの。

 勿論、そんな馬鹿な事はやめろと説得した。しかし、聞き入れて貰えなかった。

 誰とは聞き出せなかったが、これは大恩ある方の怨みを晴らす為、義憤に駆られて行う事だという。

 しかし、警察官である以上、身内から犯罪者が出るのは道義的に拙い。非常に拙い。

 結局、悩みに悩んだ俺はこの事実を他の奴がやった事にしようと決めた。幸いな事に、この事件の管轄はうちの警察署だ。

 過去に身内の不祥事を揉み消してやった数名の部下も抱え込んだ。

 第一発見者の高橋とかいう男には悪いが、必ず自白を引き出させて貰う。


「……待っていろよ。必ず自白させてやるからな」


 安心しろ。幸いな事に被害者は生きている。そう重い罪にはならん。

 そう呟くと、武藤は手に持っていた調書を破り捨てた。


 ◇◆◇


 ここは新橋大学附属病院の特別個室。

 空になったワインボトルとテーブルを占拠する空き缶を前に俺は頭を抱えた。


「いててててっ……」


 吐き気に頭がかち割れるほどの痛み。

 胸のムカムカ感……これはあれだ。

 百パーセントあれだ。

 二日酔いという奴だ。


 アイテムストレージから中級回復薬を取り出すと、俺はそれを一気飲みし、ため息を吐いた。


「ふぅ……ヤバかった……」


 この時だけは思えるよ。

 もう酒を飲むのは止めようって……。

 まあ夜にはもう体調もすっかり良くなってまた飲んでる訳だけど……。


「それじゃあ始めるとするか。シャドー、カメラをここに……」


 そうお願いすると、シャドーは一台のカメラをテーブルに置く。


「さて、どんな奴が俺を嵌めてくれたのかなぁ?」


 動向を探る為、川島の事は常時撮影している。確か犯行が行われたのは四日前の午前中だったな……。


 その時の状況が確認できる所まで巻き戻すと、俺は笑みを浮かべる。

 動画には、顔を隠したまま川島のことを刺して逃げる犯人グループと、その後、川島のことを介抱する俺の動画が映っていた。


「あらあら、バッチリ写っているじゃん。最初からこの動画を警察に見せれば良かった」


 しかし、一瞬でその考えを改める。

 いや、駄目か……考えて見れば、この動画を持っている理由が説明できない。

 まあ、身の潔白は証明できるので、最悪、これを使って潔白を証明しよう。


「そういえば、川島の奴、大丈夫かな?」


 結構、出血していたし、俺自身、あのまま事情聴取に入っちゃったから安否の確認はしていない。


「無事だと良いんだけど……」


 そうじゃないと、レアメタル事業が頓挫する。正規の手続きに則って犯人を捕まえる事もできない。


「……とりあえず、安否確認に向かおうか。シャドー、案内してくれる?」


 そう言うと、俺は影の精霊・シャドー案内の下、川島のいる場所に向かう事にした。

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