第229話 理事になろう川島。そうすれば、月収二十五万円の理事報酬を受け取る事ができる……逮捕されるまでだけど

「――り、理事だと、本気で言っているのか?」

「ああ、本気だ。訴状や被害届を取り下げる気はないが、それではお前が余りに不憫だからな。すべてはお前の気持ち次第だ。公金は一切注入されていない。今後、補助金や助成金を受けるつもりもない。レアメタルを欲する企業にレアメタルを配分する。そんな一般社団法人の理事にお前もなりたいと思わないか?」


 俺がそう言うと、川島は腕で涙を拭う。

 そして、リストを渡すと川島はそれを凝視するように目を通していく。


「――レアメタルの量は月最大二千トンまで用意する。そして、そのレアメタルを市場価格の七十パーセントで卸す。この一般社団法人の役割は、どこに卸すか決めるだけだ。一般社団法人の理事になろう、川島。そうすれば、老後、何年でも何十年でも金を得る事ができる」


 レアメタルを欲する企業にレアメタルを分配するだけの簡単なお仕事だ。

 レアメタルを買い取りたい業者は幾らでもいる。


 川島は何か考え込んだ素振りを見せると、厚かましくも二つ質問をしてきた。


「……理事に支払われる報酬は? レアメタルの采配は任せて貰えるんだろうな?」


「――ああ、勿論。各理事毎に制約を設けるが采配は任せる。ちなみに理事の報酬は毎月定額二十五万円。そこから社会保険料等を引いた残りがお前の取り分となる」


 しかし、川島にとって理事報酬はどうでもいい様だった。


「……わかった。采配さえ任せて貰えるなら理事報酬の低さには目を瞑ろう。その一般社団法人はいつ設立する予定なんだ? 制約とは具体的に?」

「既に登記は提出済だ。理事の権限については……そうだな。理事一人につき二百トン。年間千四百トンまでなら理事一人の采配でどこに卸すか決めてくれていい。それでどうだ?」


 そう言うと、川島は笑みを浮かべた。


「それでいい。早速、契約を結ぼう。そうだ。理事の一人として、是非とも紹介したい方々がいるのだが、いいだろうか?」

「勿論、構わない。好きにするといい。俺としては、レアメタルが売れてくれるならそれでいいからな……」


 あー、恐らく、盛大な勘違いをしているんだろうなぁ……。


「一応、言っておくが、采配を任せるだけだからな? それを忘れるなよ?」


 売り先を決める以外の権利与えないよ?

 その為に、年収三百万円で雇う訳だし、そこの所、わかってる?

 もし、万が一、キックバックとか、見返りを懐に納めようとか考えているならやめた方がいい。それ、普通に業務上横領だからな?


「……わかっている」


 いや、今の間……絶対わかってないだろ。まあいい。忠告はした。業務上横領は十年以下の懲役刑。それをした瞬間から俺の都合の良い様に働く人形になってもらう。

 元々、そのつもりだったし……。


 省庁や議員会館の中には、その時そこに居らず、洗脳できなかった者も多くいる。それにこれから洗脳を解くに当たり、また不正を働かそうとする者が現れるだろう。

 正直、洗脳してもキリがない。

 ならば、俺が立ち上げる一般社団法人。

 そこに悪どい事を考える政治家やキャリア国家公務員を集める。

 そして、契約書で縛り、数年間働いて貰った後、社会に還元する。


 俺も悪どい事を考える政治家やキャリア国家公務員の人脈をフル活用できてハッピー。悪どい事を考える政治家やキャリア国家公務員も年収三百万円で働けてハッピー。国も悪どい事を考える政治家やキャリア国家公務員が立案した血税原資の無駄遣いがなくなってハッピーだ。


「それでは、契約に移ろう」


 俺は予め用意していた理事委任契約書を取り出す。


「理事委任契約書だ。内容を確認し、ここにサインをしてくれ」

「……ああ、わかった」


 川島は理事委任契約書を受け取ると、内容をじっくり読み込んでいく。


「うん? この空白部分は……まあいいか。サインしたぞ。これでいいか?」


 中々、目敏い奴だと思ったが、気のせいだったようだ。


「ああ、これで契約成立だ……」


 契約書の副本を渡すと、川島はそれを鞄にしまう。


「本格稼働は来週からとなる。もし、理事に推薦したい者がいたらドンドン連れてきてくれ」

「ああ、わかった。それでは、私はこれで失礼する」


 そう言うと、川島は意気揚々とした表情を浮かべ事務所から出て行く。

 出所早々に土下座を極めたのが嘘の様である。


 まあいいか。結果オーライだ。


 窓から外を眺めると、スキップしながら新橋駅に向かっていく川島の姿が見える。でも残念……世の中はそんなに甘くないんだよ。


「川島……俺は言ったよな?」


 大切なゲームデータを吹っ飛ばした怨み。社会的な死を以て償うがいいってさ……。


 俺は川島がサインした契約書に視線を落とす。

 角度を変え見ると、そこには薄っすらと文字が刻まれていた。


 契約書の空白部分。そこには、不正行為を行った際の罰則がハッキリ書かれている。こすると消えるフリクションペンで書かれていた為、見えなかっただけだ……。


 罰則の内容は、罪の告白と絶対服従。


 俺は非常に心が狭いので、泣き落としなんかに絆されない。

 だから泣き落としになんて絆されず、大切なゲームデータを吹っ飛ばした怨みは、万倍にして返す。


 川島の人脈でレアメタルの販路を広げ、最終的には、業務上横領罪で塀の中に行って貰う。そこまでやってワンセットだ。


 問答無用で罰を与える事もできた。では、何故、そんな回りくどいやり方をしたのか……。それは単純に自らの行いをもの凄く後悔し、塀の中に入って欲しかったからに他ならない。


 世の中、罪に対する意識が希薄な人が多すぎる。


「……警告はした。一ヶ月後が楽しみだ」


 そう呟くと、俺は窓から視線を逸らし、事務所を後にした。


 ◇◆◇


「うーん……これは完全に予定外だ……」


 事務所からの帰り道、新橋のガード下を通ると川島の奴が血を流して倒れていた。


 まさかの物理。

 転んで腹からナイフが生える訳がない。


 やっぱり東京は物騒だな。

 怖いわ、東京。なんだかよくわからないが、新橋大学付属病院の特別個室に戻ろうとしただけにも関わらず、殺人現場に出くわしてしまった。


「――おーい、大丈夫か? まだ生きてる??」

「――が、あ……ひゅーひゅーひゅー」


 ――あ、これ拙いかもしれない。


 殺人現場ではなかった見たいだが、命の危機にある様だ。滅多刺し加減から刺した人の憎悪が目に見えてわかる。

 相当、恨まれていたのだろう。


「仕方がないないなぁ……」


 今、川島が殺されてしまってはレアメタル事業に響く。

 ストレージから上級回復薬を取り出すと、栓を抜き川島の口に注いでいく。

 すると、回復薬を吹き出しながらも、川島が息を吹き返した。


「――う、ごほっごほっ……!」


 生き絶え絶えとなった川島の前で俺は119番に電話する。


「あーすいません。新橋駅のガード下に血まみれになった人が倒れているのですが……」


 すると、電話している最中、通りかかった女性が俺を指さし大きな声を上げた。


「――きゃああああっ! 誰か、誰か来てっ! 人が刺されて倒れてる!」


 その声の大きさに呆然としていると、119番に電話が繋がった。


「――あ、あの救急です。新橋のガード下で五十代の男性が胸から血を流して倒れています。すぐに救急車をお願いします」


 救急車を呼んでいる最中、ぞろぞろ集まってくる人達。


「えっ? 名前と電話番号ですか? 高橋翔、電話番号は――」


 すると、野次馬の中から二人の男が俺に近寄ってくる。


「――おい。どこに電話をしている。この人を刺したのはお前か?」

「――はっ?」


 何、言ってんだコイツ?

 どこに電話しているって、決まっているだろ。119番だよ。

 そんな事もわからないのか??

 人が血を流して倒れていたら119番に電話をかけるのが人として常識だろう。

 常識がないのか、お前は?

 というより、何で刺されたってわかるの?

 さっきから大声で叫びまくっているあの女性もそうだけど……。


 救急車の手配をした俺は男の質問に答える。


「――119番に電話をしていたんだよ。ちなみに俺は犯人じゃない。勘違いするな」


 そう答えると、男は厳しい視線を向けてくる。


「本当か? 嘘を付いたら大変な事になるぞ?」


 既に大変な事になっている。

 周囲を見渡すと、ガードしたので出入口を塞ぐ形で野次馬が俺達に視線を向けていた。


「嘘じゃない。ガード下通って特別個室に戻ろうとしたら血塗れで地に伏す男と遭遇したんだよ。そんな事より怪しい奴を見なかったか?」


 そう告げると、男達は一斉に指を向けてくる。


「……いや、お前以外いないだろ」

「絶対に逃がさないからな。覚悟しろよ」

「はっ……?」


 いや、何でそうなるんだよ。

 話が伝わらない上、本当に面倒臭いなこの正義マン。


「……お前等な、証拠もなく善意の第一発見者を犯人扱いするなんて人として最低の行為だぞ? それに普通、犯人は被害者の救護活動した上、救急車なんて呼ばねーよ。それとも何か? スルーすれば良かったのか? スルーして見殺しにしていれば良かったのか? もう一度、小学校からやり直して道徳学んでこい!」


 こういう事件の第一発見者って、本当に大変なんだぞ?

 警察官に根掘り葉掘り聞かれるからな。

 むしろ、そこは『第一発見者の方ですか。大変ですね』と労う所だろうが。


「な、何っ!?」

「殺人犯の癖に生意気な……!」

「いや、こいつ死んでないし……」


 まあいいや。因縁付けてくる奴に幾ら正論を言った所で無駄な事はわかっている。

 だって、自分達の頭の中にある結論ありきで人の話を理解する気がまるでないんだもん。関わっているだけ時間の無駄だ。


 ピーポーピーポー


 そうこうしている内に、救急車のサイレン音が聞こえてきた。


 パトカーも……うん。思った通り、誰かが通報していたようだ。非常に面倒臭い。

 川島の奴もじきに目覚めるだろうし、事情聴取終えてさっさと帰るかな……。


 二台のパトカーと一台の救急車がガード下近くに停まる。

 そして、救急隊員が担架と共に救急車から降りると、警察官もパトカーから降りてきた。


「ああ、救急隊員の方。こっちで――」


 手を上げてそう声を上げようとすると、最初に声を上げていた女性が俺を指差し……


「お巡りさん、あの人です! あの人が犯人です! 早く逮捕して下さい!」


 ……と、声を上げた。

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