第228話 国民を怒らせちゃダメ絶対
確定申告は二月中旬から三月中旬の一ヶ月間。
その合間に、突如として暴露された日本の税制を揺るがすほどのキャリア国家公務員、国家公務員OB。そして政治家による大規模汚職。
まだ暴露から一週間も経っていないのに、世間では、そんな事が起きているらしい。
「あらー、上級国民の方々は国民を舐め過ぎちゃった訳だ。あれだけ大規模に税金を搾取されていると暴露されて尚、何もできないとでも思っていたのかね?」
新聞の一面を読んで見ると、様々な理由を付けて、毎年の様に行われている増税。次々と立ち上がる補助金制度。国民の納めた税金が原資となって行われていたその殆どが、キャリア国家公務員や政治家による汚職により搾取されていた事実。その事実が実際に汚職を行なっていたキャリア国家公務員、政治家達ご本人達により、わかりやすい形で国民に伝わった結果、性善説により行われていた申告納税制度が崩壊の危機に晒されている。これはそういう記事だ。
国税局のホームページによると、『税金は、年金・医療などの社会保障・福祉や、水道、道路等の社会資本整備、教育、警察、防衛といった公的サービスを運営する為の費用を賄うもの。皆が互いに支え合い、共によりよい社会を作っていく為、この費用を広く公平に分かち合う事が必要である』と書いてある。
『簡素・中立・公平』これは、課税における重要な基本原則。税金を公平に配分する側の人間が、それを蔑ろにし、自分達にとって有利となる法律を作り上げ、その税金を好き勝手使っていました。そんな事を直接ご本人達から聞かされては、納税意識なんて一瞬にして消し飛ぶ。
これが、ごく一部のキャリア国家公務員や政治家によるものであれば、汚職をした者を吊し上げ、罰すればそれで終わっていた。
しかし、今回ばかりは、そう簡単には終わらない。
汚職をした者はわからないが、汚職をした者のせいで大変な目にあっている国家公務員は今頃、顔を真っ青にさせている事だろう。
今回、国税局と幾つかの省庁、議員会館や警察に対し、高潔な精神で職務を全うするよう洗脳した為、義憤に駆られ脱税した方々の逮捕の嵐が吹き荒れるかもしれない。
「――洗脳が効きすぎたかな? 通常では、あり得ないペースで物事が進んで行くんだけど……それとも、これまで妨害していた勢力を一掃しちゃったから、組織がフラット化したのか?」
まあいいか。俺の目的はある程度、達成した。村井元事務次官関連はより厳格に操作するよう再洗脳した上で、一度、他の人達の洗脳を解くとしよう。どの道、洗脳なんて時が来ればいつかは解ける。だったら自発的に解いた方がいい。いつの間にか解けてましたでは足元を掬われかねない。
その結果、どうなるか怖い気もするが、このまま行ったら、当せん金付証票法の改正までされてしまいそうだ。
本来、富くじは犯罪。宝くじは当せん金付証票法により守られている。
今回、川島の再就職先をすべて潰す為、省庁を洗脳する事で村井元事務次官の団体をぶっ潰した。思いの外、村井元事務次官の交友関係が広過ぎた為、こんな事になってしまったが後悔はしていない。
こうなる前に、持ってる金の半分を外貨に換金しておいて本当によかった。
「――納税制度の信頼は地の底にまで落ちちゃったけど、後の事は国が責任を持ってやってよね。権力の座に胡坐をかいて国民から税金を搾取するのをよしとしてきた人達が悪いんだからさ」
しかし、税務行政に対する信頼を回復するには途方もない時間がかかりそうだ。
これまで甘い汁を吸ってきた者達への断罪無くして、課税強化や追徴課税されたり、この事に起因した脱税により国民に逮捕者が出たらもう収拾が付かなくなるかもしれない。場合によっては国が財政破綻しちゃうかも……。
テレビを付けニュースを見てみると、国会や都庁、議員会館前に多くの人が押し寄せている。
累計数十兆円にも及ぶ税金の無駄遣い総額はそれほどまで多くの国民感情を逆撫でした。
まるで市民革命前のフランスの様だ。
何故か警察までデモに参加している。
あまりにも酷過ぎる汚職金額を前に、怒りが爆発し、洗脳が解けたのかもしれない。
多分、これからの日本は変わる。市民オンブズマンや国税局、会計検査院等の監視制度を頼らない、市民一人一人の目が税務行政を監視する。そんな国になっていくのだろう。
「まあ、それは流石に無理か……『のり弁やめます』とか公約で語って全然、やめてない政党も存在する見たいだし……」
今回の件で、そういった団体も一掃される事だろう。
多くの議員の汚職が噴出した事で解散に追い込まれそうな勢いだし……。
自ら汚職の証拠を世間に公表した議員とか、洗脳が解けたらどうなってしまうのだろうか?
既に絞まっている首を更に絞めつけるような見苦しい発言をしない事を願うばかりである。それこそ、その無駄な抵抗により税務行政の後退が長引きかねない。
今回の件でわかった事は、差別意識や特権意識を持ち、不正や誤魔化しをしても何とも思わず、自らの行動を客観的に見る事も反省も出来ない人達が政権運営を担っていたという事だ。
今後は、特権意識を持たず、不正に対する怒りや普遍的で正常な価値観を持つ人に政権運営を担当してほしいと心の底からそう思う。
まあ、それはそれとして……そろそろ、最後の詰めに入るとするか……。
総務省からの現役出向キャリア国家公務員、川島を迎える為、態々、契約した事務所。一週間ぶりに来所した俺は、影の精霊・シャドーの力を借り物が散乱した事務所を綺麗に片づけると、その間に購入したパソコンや新しいデスクを並べていく。
「――さてと……」
時計を見ると、既に午前九時前。
会田さん達には、宝くじ購入に勤しんで貰っている為、出所していない。
そもそも、出所の義務もない。ただ、体裁を整える為だけにお願いをしていただけだ。
「……そろそろかな?」
そう呟くと、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。
そして、事務所の扉が開くと、憔悴しきった顔をした川島が現れる。
「ああ、川島さん。おはようございます。一週間ぶりですね。この一週間どうでしたか? 訴状は届きました?」
朝の挨拶と共にそう話しかけると、川島は一瞬、俺に視線を向け、ゆっくり手と膝を床に付けた。
「……朝早くから何の真似ですか?」
そう尋ねると、川島は震えながら呟く。
「――お、お願いします。わ、私には、妻も子も……養う家族がいるんです。どうか、訴状を取り下げてください。また、宝くじ当選の秘密も……わ、私には後がないんです……」
「――川島さん……」
あんたには、心底失望したよ。
俺は憐憫の表情を浮かべながら、川島の肩に手を置く。
「……嫌だなぁ、川島さん。謝罪から入るならまずは『申し訳ございませんでした』からが基本でしょう? それに川島さん、独り身じゃないですか。もしかして、内縁の妻でもいたんですか? 認知していない子供でも? それならまだ理解できますが……嘘ですよね? 同情を引こうと咄嗟に出た言葉なのでしょうけど、バレた時、窮地に追いやられる事になるので、そういう嘘はあまり言わない方がいいですよ?」
そう告げると、川島は頬に一滴の汗を流す。
「ち、違っ――私は本当の事を――」
往生際が悪いな。全部調査済みなんだよ。エレメンタル調査網を舐めるんじゃない。
「――それに、高々、あなた一人に対する同情心だけで宝くじ当選の秘密を教える訳がないじゃないですか。川島さんの土下座一つにそんな価値はないですよ」
呟くようにそう言うと、川島は「ぐうっ……」と声を漏らす。
「でも、これから言う事を実現してくれるなら訴状の取り下げ位、応じて上げてもいいですよ?」
そう言うと、川島はバッと顔を上げる。
「――ほ、本当かっ!?」
「ええ、本当です」
「そ、そうか、それで、私は何をすればいい!?」
訴状さえ取り下げてもらえれば、総務省に戻れるとでも思っているのだろう。
ならば、やって貰おうじゃあないか。
「――それじゃあ、はい、これ」
俺は、手に持っていた壊れたスマートフォンを川島の前に置く。
「えっ? これは――」
川島は壊れたスマートフォンに視線を向けると困惑した表情を浮かべた。
困惑した表情を浮かべる川島に、俺は真顔で呟くように言う。
「これを今すぐ直せ。壊れたゲームデータもすべて修復しろ。そうしたら、訴状を取り下げてやる」
「――そ、そんなの無理に決まっているだろっ!」
何を馬鹿な事を言っているんだ?
事の発端は、お前がこのスマホをぶっ壊した所から始まったんだ。
だったら、直す以外に方法はないじゃないか。
「――何故、無理だと決めつける。訴訟を取り下げて欲しいんだろ? 俺はお前のことを器物破損と証拠隠滅罪で訴えている。これを直せばすべて解決するじゃないか。俺はこれ以上ない簡単な解決策を提案しているんだぞ?」
余所行きのおすまし顔を止め、目を細めてそう言うと、川島は体を震わせ泣き崩れる。
「――そ、そんな事、できる訳ないじゃあないかぁぁぁぁ! そんな事ができるなら初めからやっているっ! 村井元事務次官に見放されてしまった今、総務省に戻ろうにも訴状や被害届を取り下げて貰わない事には戻る事もできない。だから、こうしてお願いにきたんじゃあないかぁぁぁぁ!」
大の大人が泣き叫ぶな。これほど見苦しい奴初めて見た。
俺は冷めた視線を川島に向ける。
「――だったら、最初から俺に喧嘩を売る様な行為しなければ良かったじゃあないか。俺が弱そうに見えたか? それとも権力や暴力をチラつかせれば何とかなるとでも思っていたのか?? 甘いんだよ……」
撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ。
その覚悟を持たない奴が権力や暴力を振りかざすな。
「――で、でも、それならどうしたら」
「市民団体を先導し、やってもない罪をでっち上げ俺に擦り付けようとしたんだ。大人しく罰を受けろ。これを直す事ができない以上、それが今のお前に出来る唯一の贖罪だ」
「――で、でもぉ……」
面倒臭い奴だな……相手にするのも疲れてきた。
まあ、ここまで心を折れば大丈夫だろ。
訴状や被害届は取り下げないが、ひとつだけ情けをくれてやる。
エピメテウスが開けたパンドラの箱。好奇心から開けたそれは、地上に不幸をまき散らし、その箱の底には希望だけが残されていたという。
「――だが、俺も鬼じゃない。川島、お前、理事にならないか?」
そう告げると、川島は呆然とした表情を浮かべ、俺に視線を向けた。
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