第232話 仮死状態にして持ち帰ったものは……

 ここは、セントラル王国。転移門『ユグドラシル』前――


「――さて、どのモンスターを仮死状態にして現実世界に持って帰ろうかなぁ……」


 川島を脅威から守るとの約束の下、医学博士である石井の依頼を受けた俺は、転移門『ユグドラシル』の前で、どのダンジョンに潜るか考え込んでいた。


「確か、人型のモンスターがいいとか、言ってたっけ? 人型……人型かぁ……中々、いないんだよなぁ……」


 人に近いという意味じゃあ、森林ダンジョン『スリーピングフォレスト』に生息するオラウータンをモチーフにしたモンスター『モブ・ウータン』辺りを仮死状態にして持って帰ってもいいが、見た目がまんまオラウータンだからな……。

 ワシントン条約的にアウトだろう。密輸とか、色々と誤解されそうだ。

 いっその事、ドラゴンとか、ゲームならではの空想上のモンスターを指定してくれればやり易かったのに……。


「うーん。となると、ここはオーソドックスにゴブリンかオーク辺りにしておくか? いや、でもなぁ……なんか好きになれないんだよなぁ……どちらも生理的に受け付けないっていうか」


 だって、何だか生臭いし?


「ゴーレムも……駄目だよなぁ……仮死状態にできる気がしないし……仕方がない。ここは誰かに手伝ってもらうか……」


 仮死状態がモンスターキル判定されてアイテム化されても困る。


「誰か手伝ってくれる人いないかな……」


 そう呟きながら辺りを見渡す。

 すると、見覚えのある男が目の前を通り過ぎた。


「――おっ? 丁度、良かった。カイルー! ちょっと手伝ってくれよ」


 カイルとは、俺がキャバクラ通いで金を散在するのを防ぐ為、それに適した呪いの装備を装着させた結果、ヤンデレ少女メリーというとんでもなく強力な悪霊に取り憑かれてしまった漆黒の魔法使い。ヤンデレ少女の祝福を一身に受けし男。


「うん? ああ、カケルじゃあないか。俺に何か用か?」

「ああ、お前の力が必要なんだ……」


 具体的には、モンスターを倒してもアイテム化しない、現実となったこの世界ではありきたりなその力が……。


 悪霊、メリーさんと腕を組みながら往来を闊歩する姿を見て、一瞬、声を掛ける奴を間違えたと思ったが、今は藁にでも縋りたい。


「……ここに百万コルある。ゴブリン一体をできるだけ傷付けず、生きたまま捕獲したいんだ。手伝ってくれないか?」


 最近、金銭感覚がバグってきた様な気がするがこれも仕方のないこと。

 不衛生なゴブリンを押さえ付け、仮死状態にするお薬を経口摂取させるだなんて真似、俺にはできない。


 アイテムストレージから百万コル入った頭陀袋を取り出す。

 すると、カイルは唖然とした表情を浮かべた。


「……カケル、ゴブリンを捕獲するなんて本気で言ってんのか?」

「ああ、珍しくマジで言っている……」


 だって、人型モンスターで仮死状態にするお薬が効きそうなモンスターなんて、それ以外、いないんだもん。しょうがないじゃん。

 しかし、カイルが懸念する理由もわからんでもない。


 フルダイブ型VRMMO『Different World』において、ゴブリンは結構強めのモンスターとして扱われている。

 まあ、レベル三百オーバーの俺の敵ではないが、それでも油断ならないモンスターだ。いつも通り、バズーカぶっ放してはい終了という訳にはいかない。


 カイルは百万コル入った頭陀袋を受け取り、アイテムストレージにしまうと真剣な表情を浮かべる。


「……お前が、何故、ゴブリンを生かしたまま捕獲したいのか分からないが、報酬を受け取った以上、やってやるよ」

「ああ、頼りにしているぜ」


 何度でも言うが、俺はゴブリンに指一本触れたくない。

 だって、不衛生だし。常に涎を垂らしているし。饐えた臭いがするんだぜ?

 この世界がまだゲームだった頃は、何とも思わなかったが、現実となった今は違う。


「それで? 捕獲した後、どうやってセントラル王国に持ち込む気だ? イベントを除き、モンスターは転移門を潜れないだろ」

「ふふふっ、それはな……これを使うのさ」


 アイテムストレージに入れておいたモンスターを(某有名企業販売の経口補水液ラベル付きペットボトルに入っている)仮死状態にするお薬をカイルに投げ渡す。


「――おっ、サンキュー。丁度、喉が渇いていたんだ」


 すると、カイルは何を思ったのか、ペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み干した。


「――それはモンスターを仮死状態にする薬で――って、何やってんのぉぉぉぉ!?」


 話の内容聞いてた!?

 今の流れでペットボトルに入ったお薬飲み干すのおかしいだろぉぉぉぉ!


「――何だこれ、ぐう……ぺぽっ!?」


飲んだ瞬間、白目を剥き倒れるカイル。

俺は慌ててカイルに駆け寄る。


「――カ、カイルくぅぅぅぅん!? マジでお前、何やってんのぉぉぉぉ!? おい! 吐き出せ! 今すぐ吐き出すんだ! お願ぁぁぁぁい! つーか、マジでふざけんなよぉぉぉぉ!」


 仮死状態にするお薬を飲み干し、倒れたカイルに駆け寄り介抱するも、カイルの意識は戻らない。それ所か、鼓動が完全に止まってしまう。


「 ――カイルくぅぅぅぅんっ!? 死んじゃあ駄目だよカイルくぅぅぅぅん!!」


 拙い。このままでは、非常に拙い。

 つーか、石井!

 何で某有名企業の経口補水液ラベル貼ったペットボトルにモンスターを仮死状態にするお薬入れてんの!?

 誤飲とかの恐れがあるからそういう事はやっちゃ駄目だろうがぁぁぁぁ!


 すると、俺の右頬を鋭利な刃物が掠める。


「――へっ?」


 見ると、そこには、数多のナイフを宙に浮かべた怒れるメリーさんの姿があった。


「――い、いやいやいやいや、これ俺のせいじゃないからね!? いや、原因は俺かも知れないけど、俺のせいじゃないから……」


 ――ストン


 しかし、メリーさんに言い訳は通じない。

 次は左頬をナイフが掠めた。

 俺はパニックに陥りつつ弁解する。


「――ち、ちょっと、待ってっ! カ、カイルなら大丈夫だ! まずは落ち着こう。ちょっと仮死状態にあるだけだから。生き返らせる方法はちゃんとある! 本当なんだから、勘違いしないでよねっ!?」


 すると、ピタリとナイフが止まる。


「――だ、大丈夫だ。安心しろ。俺に任せておけば、カイルは必ず生き返る。一度だけでいい。俺の事を信じてくれ」


 必死になって懇願すると、メリーさんは憤怒の表情を浮かべたまま消えていく。


 どうやら、何とかなったっぽい。

 メリーさんの怒りが再燃しない内に、仮死状態となったカイルをアイテムストレージに取り込むと、ゲーム世界をログアウトし、医学博士である石井の下へ向かった。


 ◇◆◇


「おい、糞爺ー! 今すぐこいつを蘇生しろぉぉぉぉ!」


 ここは、新橋大学付属病院。医学博士、石井の研究室。

 急遽、ゲーム世界をログアウトし、仮死状態のカイルを石井の研究室に運び込むと、それを見た石井が能天気な事を言う。


「――確かに、私は人型のモンスターを仮死状態にして持ってきて欲しいと言ったが……これ人間じゃね?」

「――『これ人間じゃね?』じゃねー! 誰のせいでこうなったと思っているんだ! お前が某有名企業のラベル付きペットボトルなんかに劇物を入れるからだろうがぁぁぁぁ! はやく、カイルを蘇生しろぉぉぉぉ!」


 いい加減にしろ。冗談言ってる場合じゃないんだぞ。

 お前には、メリーさんの姿が見えてねーのかっ!

 ナイフで刺されれば、人って結構、アッサリ逝っちゃうもんだからね!?

 お前が原因で俺が死んだら化けて出るんだからね!

 この病院、本物の幽霊が出る戦慄迷宮になっちゃうよ!?


「まあ、少し落ち着きなさい。これを注射すれば簡単に蘇生できるから……」


 そう言うと、石井は注射器を取り出し、カイルの右腕の血管に中和剤を注入していく。そして、心臓マッサージと人工呼吸を繰り返すとカイルの顔に赤みが帯びてきた。


 石井はカイルの胸に聴診器を充てると、首を横に振る。


「……これでよし」

「……いや、よくねーよ。何で、今、首を横に振ったの? 今、何で首を横に振ったの? 滅茶苦茶、紛らわしいんですけど、やめてくれる? そういう事やるのマジでやめてくれる?」


 って、いうかそうやって蘇生させるの??

 もしかして、今と同じ方法でモンスターを蘇生させる気?

 歯を磨かず風呂にも入らない不衛生なゴブリン相手にそれをやる気だったの??

 すげーな、俺なら絶対嫌だわ。


「まったく、最近の若い者は……蘇生に成功したんだから別にその位、別にいいだろうに……。しかし、私の仮説は正しかったようだ。まさか、ゲーム世界『Different World』に閉じ込められたプレイヤーを仮死状態にして、連れてくるとは思いもしなかったがな」

「あ、確かに……」


 気が動転して、全然気付かなかった。

 そうか、ゲーム世界に閉じ込められたプレイヤーを仮死状態にして、アイテムストレージに入れ、現実世界で蘇生すれば元の世界に帰還させる事ができるのか……。

 まあ、命の危険があり過ぎるのでやらないけどね?


「――うっ……あれ? ここは?」


 そうこうしている内にカイルが目を覚ます。


「やあ、おはよう。カイル君。ここは新橋大学付属病院内にある私の研究室だ」

「あ、あんたは……?」

「私は石井。医学博士の石井だ。おめでとう。君はゲーム世界から解放された。元の世界に戻ってきたんだ!」

「えっ? ゲーム世界から解放って……マジかよっ!」


 珍しくマジである。


「良かったな。カイル……これで元の生活に戻る事ができるぞ」

「カケル……お前……」


 うんうん。わかるぞ。

 お前の気持ちはよくわかる。


「――かなりの日数、ゲーム世界にいたからな。家賃や水道光熱費が凄い事になっているんじゃないか? 仕事は……まず間違いなく解雇されているだろうな。再就職先探すの頑張れよ」

「う、うわぁああああん!」


 そう言うと、カイルは泣き崩れた。


 折角、ゲームの世界でSランク冒険者として、新たな一歩を歩んでいたというのに……現実世界に引き戻されるなんて可哀想な奴だ。


 しかし、世の中には、困っている時に非情に見捨てる人がいる一方で、思いがけず助けてくれる人もいる。


「――カイル君と言ったね?」


 顔を上げると、そこにはカイルに手を差し伸べる石井の姿があった。

 石井は黒い笑みを浮かべながら言う。


「私は困っている人を見捨てられないタチでね。お金に困っているのだろう? たった数週間病院で寝泊まりし、簡単な検査させて貰うだけで五十万円報酬が貰えるバイトがあるのだがやってみないか? なに、何も心配はいらない。君の身を私に任せてくれるだけでいいんだ……」


 いや、それって、ただ、ゲーム世界から帰ってきたカイルの体を調べたいだけなんじゃ……。


 しかし、金銭的に追い詰められたカイルは気付かない。いや、気付かない振りをする。


「……ぜひ、お願いします」


 目の前に伸びてきた蜘蛛の糸。

 その糸に絡め取られてしまったカイルは、石井の手を取り満面の笑みを浮かべた。

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