第233話 川島の奴、滅茶苦茶怨まれているな……何をどうしたら、こんなに怨まれるんだ?

 色々と不幸はあったが、カイルも無事、メリーさんと共にゲーム世界から現実世界への帰還を果たした。

 まあ、現実は非情なので、基本的に誰も支援の手は差し伸べてくれないだろうし、政府が必死こいて国民から搾取した血税をゲーム内に閉じ込められ、現実世界での生活基盤を失ってしまった人達に使うとも思えない。とはいえ、日本には、生活保護や生活困窮者に対して手厚い支援を行なっている公益法人があるので、それを利用し、自立への道筋を付ければいいと思う。

 玉石混交で、中には本当に支援しているかどうか分からない怪しい公益法人もあるらしいが、どちらにしろ現状を変える為、必死になって行動すれば、その内、自立する事ができる筈だ。まあ、俺はその支援を使った事がないので、詳しい事は知らないけど……。


 さて、その話は一度、頭の隅にでも置いておこう。

 カイルの奴がゲーム世界から帰還したことにより、俺にも確認すべき事ができた。


 それは俺と同じくゲーム世界にアウトインできるかどうか。

 そして、その場合、秘密を隠し通す意思があるかどうかについてだ。

 美琴ちゃんは年齢が若いにも関わらず、意外としっかりしているし、拠点をゲーム世界に置き、家では引き籠っている設定らしいので問題ないが、カイルは美琴ちゃんとは違う。


 奴は本気で金に困っている。


 その為、ちょっと、金をチラつかせるだけで、簡単になびきそうな勢いだ。

 それに、もし、この現実世界でゲーム世界にアウトインできる人間がいる事実を知られれば大変な事になる。何せ、今まさに北極圏に領土を持つ八カ国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国)が参加する国際協議団体、北極評議会が、突如として北極に現れたゲーム世界の象徴、ユグドラシルに対し、調査を行おうとしているためだ。


 しかし、それは杞憂に終わった。


「うん? モルモットがゲーム世界に出入りできるか知りたい? うーむ……色々、試して見たが、現時点ではなんとも言えんな。どうやって転移しているのか皆目見当がつかんし……」


 アイテムストレージやゲーム世界の武器等は問題なく使えるし、ゲーム内のステータスも引き継がれている様だが、どういう事か、ログインする事は出来なかったらしい。

 何で、ログインできないのかは、不明だが、それを含めて研究できると、石井は一人大盛り上がり。

 カイルの奴は今、研究室の一角でモルモットとして飼われている。


 そんなこんなで、カイルの奴が無事蘇生した事を確認した俺は、今、ダンジョンに潜り込んでいた。


「――よし、ゴブリン一体、捕獲っと……こんな事なら最初からエレメンタルにお願いすれば良かったな……」


 そうすれば、無駄な心労を抱え込まずに済んだ。

 まあ、カイルのお陰で仮死状態にするだけならアイテム化しないという発見もあったけど……。


「ありがとう。クラーケン。助かったよ」


 水の上位精霊クラーケンに協力して貰い、ゴブリンを捕獲した俺は、薬を飲ませ仮死状態となったゴブリンをアイテムストレージに放り込む。

 これで、ミッションコンプリートだ。


 水の上位精霊クラーケンの触手を撫でお礼を言うと、ゲーム世界をログアウトし、石井のいる新橋大学附属病院の研究室へと向かった。


「おお、これが……」


 病院内での川島の安全保障と引き換えに、仮死状態のゴブリンを引き渡すと、石井は興味深そうな視線を向けた。


「はい。これがゲーム世界に存在する空想上のモンスター、ゴブリンです」


 緑色の肌。不衛生な臭い。生まれてから一度も磨いた事の無いであろう虫歯塗れの歯。腰に巻いた藁。そう、これが俗にいうゴブリンである。


「ふむふむ……これが、ゴブリンか……中々、興味深い。さて、それでは、ゴブリンを蘇らせるとしよう」


 診察台にゴブリンを安置すると、石井は手際良くゴブリンの体を拘束していく。

 そして、中和剤を注射すると、数秒でゴブリンが息を吹き返した。


『――ゴ、ゴブッ……』

「……ほう。生命力が強いな。心臓マッサージや人工呼吸なしでも息を吹き返したか……」


 俺としても大歓迎だ。

 蘇生目的とはいえ、爺さんとゴブリンのマウストゥマウスは見たくない。


「それじゃあ、約束は守れよ」

「ああ、勿論だ……」


 そう呟くと、石井はゴブリンをカイルが住んでいる部屋の隣へ運び手を叩く。

 すると、研究室の扉が開き、警備員と共に両手を紐で縛られた男女二人が入ってきた。

 男は青褪めさせ、女は不満気な表情を浮かべ俯いている。


「……約束通り、捕らえてやったぞ。この医師と看護師が川島を毒殺しようとした犯人だ」

「――はっ?」


 突然、犯人を突き付けられた俺は困惑した表情を浮かべる。


「……えっと、もう捕まえたの? 早くない?」


 もしかして、誰が川島を毒殺しようとしていたのか既に掴んでいたんじゃ……。


「――まあ私にかかればこんなものだ。少量の毒を食事に混ぜ、それを毎日、食べさせる事で病死に見せかけ殺す気だったらしい。彼は川島君の担当医だったからな……。ああ、ちなみに彼女は、料理に毒を混ぜ、川島を殺そうとした実行犯だ。薬を混ぜ、毒殺したとしても担当医である彼が加担していればバレないとでも思っていたのだろう。私が担当医を引き受けてすぐ、おかしな行動をし始めたから様子を伺ってみれば……」


 石田は呆れて物も言えないと首を横に振る。


 犯行後、担当医変更(強制)を告げられた担当医は気が気じゃなかっただろう。


「……あまりに自己陶酔が激しく支離滅裂で聞くに堪えない弁解をされたが、かいつまんで言うと動機はただの怨恨……どうやら川島君が原因で両親の所属する非営利型一般社団法人が国税局により通常の一般社団法人認定され、これまで受給してきた補助金返納の上、解散する事になったらしい。それを怨んでの犯行だったようだ。そっちの担当医は、この看護師と愛人関係にあった様で、奥さんに関係をバラされたくないが為に従っていたと、そう供述している」

「川島……」


 俺の知らない所で非営利型の皮を被った悪徳一般社団法人(税金泥棒を)潰すなんて、中々、やるじゃないか。国税局も仕事が早い。

 非営利型一般社団法人の要件は厳格だ。

 要件を満たしていなかったという事は、つまり、非営利型一般社団法人の皮を被って脱税していたという事に他ならない。


「川島も災難だったな……路上で刺されたと思ったら脱税で潰れた法人の敵討ちかなにかで毒を盛られて……」


 脱税は犯罪である。

 川島がいつそんな活動をしていたのか知らないが、そんな理由で毒を盛られるのは可哀想だ。


「それじゃあ、川島を刺したのもこの人の仲間が?」


 そう尋ねると、川島に毒を盛った看護師の女が睨み付けるように言う。


「……刺した? へぇ、相当恨まれているのね。私がやったのは、川島とかいうクソ野郎に毒を盛っただけよ」

「毒を盛っただけか……」


 凄いな、どんな思考回路していたらそんな事を平然とした態度で言えるんだ?

 言い様がまるで毒殺専門のヒットマンの様だ。


 刺殺に毒殺……。

 きっと、川島に潰された非営利型一般社団法人の皮を被った悪徳一般社団法人の数だけヒットマンが存在するのだろう。

 川島には、暫くの間、病院内に籠らせ電話でキャリア国家公務員勧誘して貰った方が良さそうだ。このままでは、いつまで経ってもレアメタル事業が前に進まない。


「――私の人生もこれでお終いか……」


 女の隣で不倫していた医師の男がそう呟く。

 まだ奥さんに不倫をバラされていた方がマシだっただろうに、未遂に終わったとはいえ、手助けをしたとなれば刑事罰は免れない。それ所か、不倫していた事すら奥さんに伝わってしまうかも知れない。


 ダブルパンチだ。


 本来、不倫をバラされて奥さんからビンタを喰らい離婚。その後、多額の慰謝料(養育費)を支払うだけで良かったものが、殺人を幇助してしまった事により、実刑を喰らった上、医師免許取消。離婚した後、慰謝料(養育費)の支払いをしなくてはならなくなってしまった。


 こんなにも簡単な二択をミスって人生棒に振る奴も珍しい。


「――さて、もう行っていいぞ」


 石井がそう言うと、警備員は医師と看護師を連れて研究室から出ていく。

 おそらく、警察にでも突き出すのだろう。

 看護師の女はともかく、医師の男は見ていられないほどの絶望に顔を歪ませていた。


「……と、まあこんなものだ。まあ、まだ油断はできんがな」

「確かに……」


 川島が潰したらしい非営利型一般社団法人の皮を被った悪徳一般社団法人の数だけヒットマンがいるとしたら非常に厄介だ。


「取り合えず、川島君の事は特別個室ではなく私の研究室で預かろう。あのまま、個室に置いておいて殺されては堪ったものではないからな。病院の評価も落ちる。何より研究に没頭できん」


 いやはや、何とも素直な御仁である。

 まあ、こちらとしても川島が無事であればそれでいい。


「それじゃあ、後の事は頼んだ。俺はこれからやる事があるんでね……」


 そう。俺にはやらなければならない事が沢山ある。

 例えば、川島を刺殺しようとして失敗した奴を捕まえたり、武藤とかいう疑り深い警察官を調べたり、レアメタル事業を前進させたりとかだ。


「ああ、ゴブリンを提供して貰ったからな。二週間だけ預かろう。もし、延長を希望するようなら今度は違うタイプのモンスターを仮死状態にして捕獲してくるように……」

「――それじゃあ、川島に言っといて貰えますかね。二週間以内に、キャリア国家公務員の勧誘を電話で済ませるようにと……」


 そうすれば、奴はお払い箱だ。

 後は、自分の好きな様に生きてくれ。

 不正を犯さず、月給二十五万円で一生を終えるのも一つ。

 不正を犯して、すべてを失うのもまた一つだ。


「――伝えておこう」

「ああ、頼んだよ」


 喰えない爺さんではあったが、利用価値は高い。

 たった数日の間に川島を殺そうとした実行犯を捕らえるなんて通常では、中々、できる事ではない。


「取り合えず、俺が捕捉した犯人っぽい奴の生活を洗ってみるか……」


 そこで何かしら分る筈だ。

 そう呟くと、俺は、石井の研究室を後にした。

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