第57話 ご利用は計画的に①

「いや、貸せる訳がねーだろっ!」


 つーか、なんで返せる見込みもないような奴に百万円も貸さなきゃならないんだ。

 ポンジ・スキーム(投資詐欺)に引っかかって消費者金融から金を借り仕事辞めるような奴に貸す金は一銭たりともありはしない。一円たりともごめんである。


 俺が拒否すると、工藤が縋り付いてくる。


「そ、そんな事を言うなよ。俺達友達だろっ!?」

「……工藤、俺とお前が友達? ……いつからそう、錯覚していた」


 あまりに有名な言葉を前に工藤が表情を強ばらせる。


「なん、だと……」


 いや、『なん、だと……』じゃねーよ。まあ、言わせたんだけど。ノリがいいな。

 とりあえず、友達じゃないと理解したなら目の前から消えて下さい。お願いします。


「……高橋君。君が俺の事を友達だと思いたくない気持ちは分かった。……しかし、それはナンセンスだ」

「はっ?」


 なん、だと……。


『なん、だと……』からの『しかし、それはナンセンスだ』。

 いや、どういう事っ? マジで意味が分からん。

 俺はどう反応したらいいんだ。


 工藤は両肘を机の上に立て、両手を口元で組む通称、ゲンドウポーズを取ると話を続ける。


「……友達とは、いつの間にかなってるもの。そして、友達は互いに助け合う存在だ。違うか?」


 その問いに俺はスマートフォンの画面を見ながら対応する。


「……友達とは、 志や行動などを一緒にして、いつも親しく交わっている人をいうらしい。つまり、俺とお前は友達じゃない」

「何を言うんだ。高橋君は俺と同じ無職。同じ穴の狢。そういった点で友達みたいなもんじゃないか」

「…………」


 こいつ喧嘩売ってんのか?

 少なくとも金を貸してほしい奴の発言ではない。

 つーか、俺も無職だって言ってんのによく俺から金を借りようとか思ったな。

 まあ貸さないけどね。


 テーブルに置いてある伝票を手に取ると、俺はゆっくり席を立つ。


「……どこに行く気だ?」

「いや、普通にお会計だけど?」


 すると、工藤が俺の服の袖を掴んだ。

 縋り付き涙を浮かべながら訴える。


「た、高橋ぐんっ! 俺には君しかいないんだっ! 百万円貸してくれよぉぉぉぉ!   このままじゃ俺、親に勘当されちまうよぉぉぉぉ!」

「ええい。放せっ! つーか、ここをどこだと思ってる! ここはサイゼリヤだぞ。他のお客さんに迷惑だろうがっ! 大きな声を上げるな、縋り付くなっ!」

「そ、そんなごと言ばないでよぉぉぉぉ! 二百万円、たったの二百万円でいいんだっ! 上場会社にいたならその位、貯金してるだろぉぉぉぉ!」

「いや、金額増えてんじゃねーかっ! つーか、返す当てもない奴に貸す訳ねーだろっ! どうせなら勘当して貰えっ! 一遍、現実を見ろっ!」

「そ、そんなぁ~!」


 袖を掴む工藤を振り払うと、俺はレジに向かう。


 さっきから視線が痛い。

 さっさと、この場を後にしないと……。


 レジにスタッフがいなかった為、インターホンで呼び出す。


「お待たせ致しました。お会計は千円となります」

「はい。ああ、レシートは大丈夫です」


 千円札一枚をカルトンに置くと、サイゼリヤを後にしようとする。


「ま、待ってくれよぉぉぉぉ! 俺に金を……。金を貸してくれぇぇぇぇ!」

「ええい、しつこい奴め。金なら消費者金融から借りているだろうが、頑張って働いて返済しろっ!」

「そ、そんなぁ~!」


 消費者金融に借りた金を返す為に借金するとか意味不明だ。

 それでは債権者が変わっただけじゃないか。

 もしかして、消費者金融と違って俺なら踏み倒す事ができるとでも思ってるんじゃないだろうな?


 ……うん? 待てよ。あれを使えば……。

 そういえば、現実世界であれを使った事はなかったな。

 必死になって縋り付く工藤に視線を向けると、軽く笑みを浮かべる。


「……気が変わった。とりあえず、ここを出るぞ。お前の住んでる家に案内しろ。事と場合によっては、金を貸してやる」

「ほ、本当かっ!」


 嬉しそうな表情を浮かべる工藤。

 だが残念でした。俺はそんなに甘くないぞ?

 金は貸すが、確実に返済してもらう。当然利子込みでだ。


 まあ、実験が上手くいかなかった場合、金を失う事になるが、元々、宝くじで当てた泡銭だ。また『レアドロップ倍率+500%』を使えば、すぐに回収する事ができる。俺の貯金箱となったみずほ銀行でな……。


「そ、そうだよなっ! すぐに案内するぜ!」

「おお、案内してくれ」


 工藤の案内で、工藤宅に向かう。

 新橋駅で電車に乗り池袋駅で西武池袋線に乗り換えた俺達は、そのまま工藤の住むマンションのある富士見台駅に向かった。


 電車を乗り継ぐ事、一時間。

 ようやく、目的地近くの駅に到着した。


 つーか、遠っ!?

 なんでこいつ。朝早くから新橋駅にいたの?

 マジで意味がわからん。


 工藤の住むマンションは富士見台駅から練馬高野台駅に向かい線路沿いを真っ直ぐ行った所にある様だ。途中、コンビニによるとお金を引き出し、アイテムストレージにいれる。

 そして、工藤に案内されるまま線路沿いを歩いていくと、そこには綺麗な三階建てのマンションがあった。


「ここだ。まあ、入ってくれよ」

「あ、ああ……」


 オ、オートロック付きのマンションだと……。

 こ、こいつ……。

 ちょっと前までの俺より全然いい暮らし、してるじゃねーか!


 オートロックを開け、マンションの中に入る。


「……えっと、ここの家賃っていくら位なんだ?」

「うん? ワンルームキッチン付きで七万円だけど?」

「七万円っ!?」


 ワンルームキッチン付きで七万円か、滅茶苦茶高いな……。

 まあ俺の住んでいる所なんて、3LDKで七万円だぞ……。

 少なくとも借金抱えている無職が住んでいい価格帯じゃない気がする。


 工藤が扉の前で止まると、特殊な形の鍵を差し扉を開ける。


「まあ、立ち話もなんだから入ってくれよ」

「あ、ああっ……」


 釈然としない思いを抱えながら部屋の中に入る。

 すると、クシャリと何かを踏ん付けた。


「ん? なんだこれっ……」


 足をどけ落ちていた紙に手を伸ばす。

 するとそこには『催促状』と書かれていた。


 どうやら工藤は家賃を二ヶ月分滞納しているらしい。


 ヤベーなこいつ。大家さんも困っている事だろう。


 日本の法律は賃借人保護に偏っているからな……。

 家賃を滞納されたとしても、家主側が訴訟を提起するためには家賃の三ヶ月分程度の滞納額が必要で、『貸主・借主間の信頼関係が破綻』しなければ裁判官は大家さんの味方をしてくれないらしい。日本の法律は狂っていると思う。


 海外では『貸す側の権利』もちゃんと整備されているというのに……。

 しっかりしろよ日本。


 まあ、今はどうでもいいか……。


『催促状』を手にしていると、工藤がそれを取り上げ、ぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に放り投げた。


「わりーわりー! ここの大家、狭量でさ、たった二ヶ月家賃を滞納しただけで、そんなもんを送り付けてくるんだ。まあ、中に入ってくれよ。すぐにお茶用意すっからさ。そこら辺に座っていてくれよ」

「……ああっ」


 駄目だこいつ。なんとかしないと……。

 大家さんだけじゃない。

 放置しておくだけで、どんどん被害者が増えていくパターンの害人だ。


 工藤がお茶を用意する間、俺はアイテムストレージから課金アイテム『契約書』を取り出した。テーブルを借り、思いつく限りの条項を記入していく。


「わりーわりー。茶葉切らしてたわ。うん? なにやってるんだ?」


 水道水の入ったコップをテーブルに置くと、工藤は怪訝な表情を浮かべる。


「大金を貸すんだ。借用書は必要だろ?」


 思いつく限りの条項を書き込んだ俺は、笑みを浮かべる。


「確かお前が消費者金融から借りた金額は二百万円だったよな?」

「あ、ああ、そうだけど……。えっ? マジで?? 二百万円も貸してくれんのっ!?」


 俺の言葉に喜色の声を上げる工藤。

 しかし、ただで貸すほど俺は甘くない。


「ああ、もちろん。俺達、友達だろ? とはいえ、二百万円もの大金を貸すんだ。この契約書にサインをしてもらうぞ?」

「マジでっ! するする! そんな事で二百万円貸してくれるなら、どんな条件でもサインするよ!」

「それじゃあ、ここにサインをしてくれ。印鑑も忘れるなよ」

「おう!」


 工藤はそう言うと、契約書に書かれた条項を確認していく。


 俺が契約書に記載した内容の中で重要な項目は金銭消費貸借契約を結ぶ際、書かれる条項にプラスして二つ。


 借入金額二百万円の資金使途を『借金返済』にのみ限定したこと。

 そして、一番重要な条項が、この条件を守らなかった時の罰則だ。


「お、おい。この最後の『罰則』ってなんだよ……」

「『罰則』? ああ、それはお前が借金返済以外に金を使わない様にするためのセーフティーネットみたいなもんだよ」

「セ、セーフティーネット? もし約束を破ったら周囲の人間に迷惑をかけず、真面目に働き、借金がある場合には給与の十パーセントを目途として返済に努める事っていうのがか?」

「ああ、その通りだ。どの道この金は消費者金融の返済に充てるだけ。返済に充てなきゃ怖ーいお兄さんが回収しに来るかもしれないし、お前もそれは嫌だろ?」

「あ、ああ……。そうだな」


 そう呟くと、工藤は苦笑いを浮かべながら契約書にサインする。


「よし。これで契約成立だな」


 工藤に見えないよう正本をアイテムストレージに入れると、二百万円の札束と副本をテーブルの上に置く。


「それじゃあ、この二百万円を消費者金融への返済に充ててくれ。契約書にも書いておいたけど、借金返済以外に使うなよ? 使った場合、どうなるか……」

「ああ、わかった。わかった! この二百万円は借金返済以外には使わねーよ! ありがとなっ!」

「お礼を言われるほどの事はしてねーよ。どの道、二百万円はちゃんと返して貰うんだしな」

「オッケーオッケー! すぐに消費者金融に返してくるぜ!」

「そっか、それじゃあ俺はこれで……。念の為、もう一度言っておくぞ? くれぐれもその金は借金返済以外に使うなよ?」

「ああ、わかったよ!」


 札束に口づけする奇特な男、工藤を後目に、部屋から出た俺は、周囲に誰もいない事を確認すると、アイテムストレージから『隠密マント』を取り出し、工藤が部屋から出てくるのを待つ事にした。


「はやっ!? もう出てきたよ」


 課金アイテム『契約書』がこの世界でも有効かどうかを確認する為、工藤の住むマンション前で張り込みをすること二分。

 嬉しそうな表情を浮かべた工藤がリュック姿で外に出てきた。

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