第58話 ご利用は計画的に②
「それにしても、高橋の野郎、かなり金持ってたな」
投資詐欺に引っかかり二百万円騙された時には絶望したが、高橋の野郎から金を貰う事ができて万々歳だ。
利息生活するつもりで仕事を辞めたから、正直、助かった。
しかし、二百万円か……。
リュックに入れた二百万円に意識を向ける。
このまま、コンビニのATMに振り込むには勿体ない大金だな……。
線路沿いを歩き、コンビニを通り過ぎると、俺はほくそ笑む。
契約書にはノリでサインしてしまったが問題ないだろう。
お金は返ってこない前提で貸すもの。
高橋も社会人だしそれ位の事、わかっているはずだ。
さて、この金をどうするか……。
借金の返済に回すにはあまりに勿体ない金額だ。
「そうだパチスロでサクッと増やすか」
つい先日、金がピンチな時に千円パチスロに突っ込んだら三万円に化けた。軍資金はたっぷりある。
そう呟き、富士見台駅から池袋駅に移動した俺は、独創的で新鮮な最高な遊び場を提供するパチンコホール。楽園に向かった。
「ふふふっ、今日は勝てる気がするぜ」
店内には多くの人が溢れ、活気付いている。
スロット台の前に座ると、リュックから一万円を取り出し、台の左側にある機械に投入した。
メダル貸出のボタンを押して、メダルを投入口に入れレバーを叩くとリールが回り始める。その瞬間、頭の中で『ビー! ビー!』と警告音が鳴り響いた。
「な、なんだっ!?」
突然、頭の中に鳴り響く警告音に俺は顔を顰める。
「あーあ、やっちゃたな」
「えっ?」
警告音と共に突然、背後から聞こえてきた声。
振り向くと、そこには笑みを浮かべた高橋の姿があった。
「た、高橋……」
「だから言ったろ? 借金返済以外に使うなって」
すると、視界にまるでゲームの様なウインドウが開き、文字が表示される。
『プレイヤー名、工藤慎二が契約条項を破りました。これよりプレイヤー名、工藤慎二に罰則を課します』
「はっ? 何を言ってっ……」
すると、自分の意思とは関係なく勝手に手が動き返却ボタンを押す。
「へっ?」
て、手が勝手に動く。身体の自由が利かない!?
一体どうなってるんだっ!?
出てきたICカードを手に取ると、カウンター近くにある精算機で精算し、楽園を後にする。
なんだ、何が起こっているっ!?
俺の意思とは関係なく身体が勝手に……。
「お、おい。どうなってるんだよっ!」
「どうもこうも、お前はこれから周囲の人間に迷惑をかけず、真面目に働き借金を返済する生活を送るんだよ」
「な、なにっ!!」
な、なんで俺がそんな事をしなくちゃいけないんだっ!
幸いな事に口は動く。誰かに助けを求めなくては……。
「お、おいっ! 誰か、ぐっ……!?」
助けを求める為、大きな声を上げようとすると今度は声が出なくなる。
「……言ったろ? 周囲の人間に迷惑をかける様な行動はできないんだよ」
「ぐうっ!?」
「そんな事よりほら、電車での移動時間にお前の新しい職場を探してやったぞ。確か上場企業が良かったんだよな」
「な、なんだとっ!?」
しかし、そんな言葉とは裏腹に高橋の持つ無料求人誌に手が伸びる。
確認すると、そこには『未経験者歓迎! 大量採用中! 日払いOK! 借り上げ社宅制度有り。アットホームな職場です。夢に向かって頑張りましょう! 求人元:アメイジング・コーポレーション㈱ 練馬営業所』と書かれた建設現場の現場作業員の求人募集に丸がしてあった。
仕事内容を見て見ると、未経験スタートでも年収六百万円が狙えるらしい。
しかし、現場作業員の仕事は体力勝負。屋外作業も多く暑さにも寒さにも耐えなければならないキツイ仕事だ。
高所での作業や重機や機材を使用して作業を行う分、その取扱い方法に留意しなければ命を落とす危険もある。
まさか、俺にここで働けとでもいうのだろうか。
嫌だっ! 絶対に嫌だっ!
しかし、俺の意思とは別に勝手に身体が動く。
ポケットからスマートフォンを取り出すと、求人情報に書かれた電話番号に電話し、面接を予約する。
そして、電話を切ると、今度はコンビニに向けて歩き出した。
「くそっ! ふざけんなよっ! 俺は絶対に面接になんかいかないからなっ!」
「あー、残念。多分それは無理だわ。だって契約書の効果は借金を完済するまで続くし、もし自由な生活を取り戻したいなら、早く借金を完済するんだな」
「ううっ……。くそがぁぁぁぁ!」
コンビニに辿り着くと財布から消費者金融のカードを取り出し、ATMに投入する。
消費者金融の返済金額残高は百五十万円。
投資詐欺で二ヶ月分の利息百二十万円が戻ってきてはいたが、返済に充てたのはその内の五十万円だけだった。残りの金は生活費の二十万円を残し、パーッと散財してしまっている。
リュックから百五十万円を取り出すと、ATMに投入し、消費者金融から借りた借金を完済する。そして、残りの金に関しては高橋に嫌々ながら返済した。というより、身体が勝手に動き返済する事となった。
「よしよし、後、百五十万円だな。この調子ならすぐに返済できそうじゃないか。頑張って完済を目指してくれよな」
五十万円を受け取った高橋は笑顔を浮かべながら去っていく。
「ふ、ふざけんなよっ! 高橋っ! ぐううっ!??」
しかし、言葉とは裏腹に身体が勝手に行動していく。
ATMから残りの生活費二十万円を引き出すと、西武池袋線に乗って富士見台駅にある自宅へ戻り、次に支払いを滞納していた大家さんへの未払家賃十四万円を振り込み、コンビニで水道光熱費二万円を強制的に支払わされる。
結局、身体の自由を取り戻したのは、全ての支払いを終え、自宅に到着してからだった。
「く、くそぉぉぉぉ!」
三万円を握り締めると、思い切り机に拳を打ち据える。
自分でやっておいてなんだが、あまりの痛みに少し涙目になった。
しかし、今はそれ所ではない。
「拙い。拙いぞ。このままじゃ拙い……」
手元にあるのはたった三万円。
当分、もやし生活確定だ。
……いや、そんな事はこの際どうでもいい。
一番の問題は『契約書』の罰則に縛られ、自分の意思で行動する事ができないこと。
この謎の契約書が有効である限り、借金を完済するまでの期間、周囲の人間に迷惑をかけず、真面目に働く事を強制されてしまう。
一番厳しいのが、『周囲の人間に迷惑をかけず』という点だ。
滞納していた家賃や水道光熱費を強制的に支払わせられた点から見て、まず間違いなく滞納は許されない。滞納する事は、周囲の人間に迷惑をかける事にあたるからだ。しかし、その一方で、今、俺の手元には三万円しかない。
このまま家賃の支払日が来たら俺の身体が一体、どんなアクションを取るのか想像できない。
高橋の野郎が紹介した職場は、日払い可能。
つまり、俺の身体が家賃や水道光熱費の支払いに足らないと感じた瞬間、また勝手に動き出すのではないだろうか?
くそっ……。これじゃあ、ギャンブルも女友達と遊びに行く事すらできない。
何より真面目に働くというのが本当に嫌で仕方がない。
「なんとかならないのかよ……。そ、そうだっ!」
そんな時は親に借りれば……。いや、駄目だ……。
今、親に金を貸してなんて言ったら勘当される。
それじゃあ、友達に借りれば……。それも駄目か……。
『周囲の人間に迷惑をかけず』という条項に当たる。
何よりスマートフォンを手に取り電話をかけようとした瞬間、身体の自由を失った。
「ち、ちくしょぉぉぉぉ! 条件が厳しすぎるだろうがよぉぉぉぉ!」
これじゃあ、俺はただの借金返済マシーンだ。
借金を完済するまで自由がない。
借金したら自由が無くなるだなんて酷過ぎるだろうがよっ!
高橋……。俺がお前に何をしたっ……。ただ金を借りただけじゃねーか。
自由まで奪う必要がどこにあるよ……。
悲しみに暮れながら冷蔵庫に入っていたストロング缶を呷り酔っぱらった翌日、俺は建設現場の現場作業員面接に受かり、その日の内から建設現場で働く事となった。
◇◆◇
工藤がストロング缶を飲んで酔っ払っている頃、課金アイテム『契約書』の効果を確認した俺は、山手線を経由して新橋駅まで戻って来ていた。
まさか、現実世界でも課金アイテムを使う事ができるとは思いもしなかった。
『契約書』は使い方次第で、色々と応用できそうだ。
アイテムストレージ内には、大量のストックがあるし、副協会長も『契約書』の事を知っていた。ユグドラシル・ショップ経由でしか手に入れる事ができないものだと思っていたけど、入手しようと思えばユグドラシル・ショップを経由しなくても手に入れる事ができるのかもしれない。
それにしても、現実世界で課金アイテムが利用できるのか……。
新橋で『モンスターリスポーン』を使ったら何がリスポーンするのか気になる所だ。まあ絶対にやらないけど……。
というより、なんとなく予想がつく。
『モンスターリスポーン』を使った瞬間、ネズミやゴキブリが大量発生しそうだ。
うん。悪夢だな。絶対にやらない様にしよう。
「さて、工藤で契約書の効果を確認する事ができたし、そろそろホテルに戻るか……」
気が付けばもう午後七時。
新橋駅周辺では、既に千鳥足で歩く酔っ払いの姿がちらほら見え始めた。
近くのスーパーで糖質七十パーセントオフの発泡酒と濃いめのハイボール。そして、軽めのつまみとデザートを購入すると、カンデオホテルの一室に戻る。
それらを冷蔵庫に入れ、軽くシャワーを浴びると、服を着替えテレビを付けた。
「それにしても、今日は濃い一日だったな……」
冷蔵庫から発泡酒を取り出すと、『カシュッ!』と、音を立て缶を開ける。
朝、珈琲店で新聞を読みながら珈琲を飲んでいたら工藤と鉢合わせ、珈琲店を出れば絵画のキャッチセールスに捕まりラッキーアイテムを取り出し逃げ切る事に成功したと思えば、また工藤と鉢合った。
最近、ゲーム世界でも問題ごとばかり起こるし、もしかしたら呪われているのかもしれない。一度、厄払いにでも行った方がいいだろうか?
発泡酒を一気に飲み干すと、ベッドに横たわる。
スマートフォンで厄払いできる神社を探すと、秋葉原の神田明神がヒットした。
神田明神といえばアニメの聖地として有名な日本屈指のパワースポット。
「厄払い。一度行ってみるか……」
そう呟くと、俺は布団をかぶりゆっくり目を閉じた。
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