第306話 逆転の一手②

「ふ、ふふふっ……ふははははっ!」


 あまりのおかしさに、俺こと高橋翔は高笑いを上げる。


 流石は溝渕エンターテインメントの社長。胆力が違う。

 最近裁判をやりまくっているお陰で、特定の界隈には有名になったかも知れないが、BAコンサルティングなんて中小企業、聞いた事もないだろうに……即断即決で第三者委員会のセカンドオピニオンを受けるだなんて恐れ入った。

 相当、第三者委員会の提言に不満を感じていたのだろう。

 自分で言っておいて何だが、第三者委員会のセカンドオピニオン何て聞いたことがない。実際に、第三者委員会の調査報告書に納得がいかず委員を変える事はあるだろう。しかし、第三者委員会はその文字面を見れば分かる通り、外部の公平な第三者が委員を務めている。気に入らないから、調査報告書の内容が納得がいかないからなんて理由で委員を変えれば失笑ものだ。本来であれば……。


 だが、今回ばかりは話が別だ。エレメンタルの調査を見て確信した。

 あの第三者委員会は第三者委員会であって第三者委員会ではない。と、いうより、本来の第三者委員会は、『性加害があった前提で調査する』等という公平性の欠片もない事はしないし、証言と噂をエビデンス代わりに調査報告書を纏める事もない。

 司法を通さず時効が過ぎていても賠償金を受け取れる前例を作りたいという願望が透けて見える。


 現に、俺が理事長を務める公益財団法でも同様の事件が発生している。

 性加害を盾に財団設立を希望し、賠償や研修制度の設立を要求している時点でお察しだ。

 隣国では、性加害問題を支援する市民団体が被害者と『名目を問わず受け取った金銭の二十パーセントを支払う』とする合意文書を交わしていた。勿論、即座にニュースとなってバッシングされたが、結局、やっている事は被害者救済を大義名分とした単なる被害者ビジネス。


 マスコミもグルかな?

 元々、俺達の血税を貪る市民団体の代表が専門家ぶりコメンテーターとして、堂々と世論誘導や偏向報道に加担しているのを鑑みればあり得ない話でもない。

 故人で個人の問題を組織全体に広め責任を追及し、賠償を求める姿勢や、噂やエビデンスのない自称被害者の証言のみを証拠として、さもその行為があったかの様にゴシップ報道する浅ましさ。節操のなさからいって協力関係にあるのだろう。


 今、一番ニュースバリューがあり、マスコミに取り上げられているのは溝渕エンターテインメントの前社長による性加害問題。大方、マスコミにより大々的に取り上げられているこの性加害問題で、司法を通さず賠償を勝ち取る前例を作る事ができれば、前例主義がまかり通るこの国で、より多くの企業から賠償金を巻き上げる事ができるとでも考えているのだろう。

 実に浅ましくて浅ましくて浅ましい。故人に無実の罪を着せる事で、賠償金をせしめようとするその姿勢自体がキモくてキモくてキモ過ぎる。


 しかし、馬鹿な連中だ。何を焦っているのか知らないが、欲張らず一つ一つ丁寧に問題化しておけば良かったものを、俺みたいな人間がいる所をターゲットにするから付け入る隙を与える。

 俺が属する組織に手を出さなければ、放置する気満々だったのになんて愚かな……。

 元理事長の長谷川を殺害(遺体を魂ごと管理している為、失踪扱い)し、その罪を俺に被せようとしなければ関わり合いになる事もなかった。

 俺をターゲットにした以上、それ相応の報いは受けて貰う。

 例えそれが、社会インフラの一つを一時的に破壊する事になるとしても、だ。


『テレビは洗脳装置。嘘でも放送しちゃえばそれが真実』

『君達は選ばれた人間だ。君達は報道によって世界を動かす側の人間。対して一般国民は我々の情報によって動かされる人間だ。日本は選ばれた人間である我々によって白にも黒にもなる』

 どれも、どこぞのテレビ局のお偉いさんが実際に言っていた言葉だ。

 ぶっちゃけいらんだろ。テレビ局って……。

 今回の件で心の底から害悪だなと思った。もう、テレビは天気予報と災害情報だけ流してくれればそれでいい。(個人的意見)


 酷いのはテレビ局だけではない。

 人権派弁護士が委員長を務める第三者委員会もだ。

 溝渕エンターテインメントが設置した第三者委員会の調査報告書や議事録を、エレメンタル経由でこっそり見させて貰ったが酷いものだった。

 調査報告書には、エビデンスなしの被害者認定及び謝罪。そして、被害者に対し、被害回復のための適正な補償を求める被害者救済措置制度の設置が求められており、議事録には、公平中立の第三者である筈の調査委員が自称被害者に対して、基金を立ち上げ、溝渕エンターテインメントが今後、毎年稼ぐ売上高の五パーセントを要求するよう提案している。

 案の定だ。こんな中立性の欠片も持ち合わせていない第三者委員会(笑)初めて見た。

 中立って言葉知ってる?

 対立するどちらの側にも味方しない事。それを中立って言うんだよ?

 中立の筈の第三者委員会が何、エビデンスも何も提示しない自称被害者に寄り添ってんだよ、アホらしい。

 まあ、野心とかいう副社長が市民団体、そして、自称被害者共と組んで選任したのだから当然か。しかも、この第三者委員会のメンバーを社外取締役として選任しようという動きがあるから笑えない。


 可哀想に……溝渕社長、完全に嵌められてるな。このままじゃ事務所を完全に乗っ取られるぞ?


 マスコミによる一方的な偏向報道に、それに踊らされ『溝渕エンターテインメントを認めることは性加害を認める事』といった風潮をまき散らす害悪共の存在も相まってまさに四面楚歌。人間不信に陥ってもおかしくないレベルだ。


 やはり、溝渕エンターテインメントの性加害問題で司法を通さず社会問題化させ、事実認定と謝罪をさせる事で、その事実認定と謝罪を根拠に補償や賠償を求め、被害者救済の名の下に未来永劫、集る気なのだろう。その証拠に、万が一、集れなくなった時の事を考えてか自称被害者達が団結して国に補償まで求めている。その姿は、まるで寄生虫。ハッキリ言って、救いようがない。


 一番怪しいのは財団法人を設立し、そこにお金を流そうとしている点だ。

 マスコミもコメンテーターを総動員し、被害者達の案を賛美している。認知が歪み過ぎて実に気持ちが悪い。

 あまりに気持ちが悪いので調べてみたが、その財団法人の情報だけはエレメンタルでも情報を手に入れる事はできなかった。恐らく、ここが敵の本丸。ゲーム世界から帰還した村井元事務次官がこの問題の裏にいるのだろう。ならば、俺はそれを含めてすべてをぶっ壊すだけだ。

 ちまちま害虫を駆除していても仕方がない。

 害虫駆除は部屋を閉め切りバルサンを焚いて一網打尽にするのが一番である。今回に限っては、バルサン焚いた部屋ごと焼却した上で解体し、新築の建物を建てた方が早いレベルだ。


「さてと、溝渕社長の了解を得たし、存分にやらせてもらうか……」


 溝渕社長はエビデンスに基づく結果であれば、どんな調査報告であれ受け入れるつもりだと言っていた。ならばついでに見せて貰おう。溝渕社長の覚悟というものを……。


 実の所、大まかな調査はもう終わっている。

 証拠も証言もすべて手の内だ。


「――あ、あの……先日はありがとうございます。それで、私はこれからどうすれば……」

「ああ、吉崎朱莉さん。あなたには、これから重大な任について頂きます。あなた達にしかできないとても重大な任務です。勿論、これは強制ではありませんので断って頂いても構いません。被害者であるあなたが加害者に立ち向かうのはとても勇気のいる事ですから……」


 吉崎朱莉……溝渕エンターテイメント所属の若手タレントで、矢崎とかいう自称性被害者に唆され、テレビ局と深い繋がりのある井ノ口とかいう社長から性的暴行をされそうになっている所を助けた女性の一人だ。

 この女性のお陰で、矢崎とかいう自称性被害者の事をとてもよく理解する事ができた。


「えっ、でも……」


 吉崎がチラリと扉の閉まった部屋に視線を向ける。


「ああ、ご安心下さい。そこに閉じ込めている老害変態糞爺共とはきっちり話を付けますので心配ありませんよ。それに、奴等に罰を下すのは早くても二週間後……ですので、皆さん、今日の所はどうぞお帰り下さい。ああ、それとこの事は他言無用でお願いしますね?」


 人差し指を口の前に立てそう言うと、女達は顔を見合わせる。


「で、でも、何もせず帰ったりしたらどんな目に遭うか……」

「まあ、大丈夫ですよ。あそこに閉じ込めた老害変態糞爺共には何もできませんから……だから安心して下さい。(ジェイド、彼女等を安心させてあげて?)」


 闇の精霊・ジェイドの力を借りながらそう言うと女達は虚な表情を浮かべながら頷いた。闇の精霊・ジェイドによる安心強制で不安を取り除くと、女達は虚な表情を浮かべた後、晴れやかな表情で部屋から出て行く。


 不安を取り除くのにジェイドほど適任な精霊は存在しない。

 精霊様々だ。


「――さてと……」


 顔バレしないようアイテムストレージから馬のマスクを取り出すと、それを頭に被り老害変態糞爺共を閉じ込めている部屋のドアノブに手をかける。


「はーい。皆さん、ごきげんよう。皆、良い夢は見れたかな?」


 ドアノブを回し部屋に入ると、そこには二十名を超す老害変態糞爺共が恍惚の表情を浮かべながら横たわっていた。

 ここにいる全員が性加害者。自称性被害者の矢崎が断われない状況を創り出し、自らの利益の為、未成年のタレントに枕営業させていた犯行現場である。

 うーん。流石は、闇の精霊・ジェイド。皆、良い夢を見ていらっしゃる。

 発禁レベルの実に良い表情だ。今頃、夢の中でタレント達に接待されている夢でも見ているのだろう。その笑顔を見ていると吐き気がしてくる。


「いい夢が見れている様で何よりだ。それじゃあ、これから一人一人、尋問と行こうか……」


 これから作り出すのは、自白という名のエビデンス。

 それも、長年に渡り芸能界で性搾取してきた老害変態糞爺共から取るエビデンスだ。当然、物的証拠も押収させて貰うし、無ければ作り出す。


 俺が公益財団法人の理事長だからやり返してこないと思っていただろ?

 甘いんだよ。理不尽には更なる理不尽で対抗するのが今の俺の考え方。

 俺の敵に回った時点でもう遅い。とりあえず、今は震えて眠……いや、違うか。

 夢の様な束の間の一時を、夢の中で過ごすといい。

 どうせ現実世界では、青褪める事しかできなくなるのだから。


 心の中でそう呟くと、恍惚とした表情を浮かべる老害変態糞爺を一人一人、隣の部屋に引き吊り、情け容赦ない尋問を始めた(当の本人は恍惚の笑みを浮かべながら自白、証拠作りに勤しんでいる)。

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