第126話 くっ、万事休すだ。気付いた時には万事休すって、どんなクソゲーだよ……。

「あ、頭が痛い……」


 ……昨日はドンペリを飲み過ぎた。


『CLUB mami』で、この世界で初めて会った現実世界とゲーム世界を行き来できる女の子に会った気がしたけど、あれは夢だったのだろうか?


 いつの間にか宿に帰ってきた見たいだし、アイテムストレージに入っていた百万コル分の割引券も消えている。

 正直、途中から記憶がまったくない。

 所持金を確認するも、百万コルが消えているだけで、それ以上の金額をボラれた様子もないようだ。

 まあ、キャバクラなんて、酒やキャストと一緒に乾杯するだけでボラれている様なもんだけど……。


 とりあえず、アイテムストレージから中級回復薬を取り出すと、栄養ドリンクを飲むかのような感覚で一気に飲み込む。

 頭痛が消え身体の気怠さと胃の痛みが一気に治るのを確認すると、ベッドに横たわった。


 それにしても……。


「やっぱり、俺だけじゃなかったんだな。現実世界とゲーム世界を行き来できる奴は……」


 何となくそんな気はしていた。

 そもそも、俺だけしか現実世界とゲーム世界を行き来できないというのがおかしいんだ。


 流石に加害者家族の妹が俺と同じだとは思わなかったが……。


「多分、恨まれているだろうな……」


 キャバクラで働いていたし、もしかしたら自虐に陥っているかも知れない。

 まあ俺の事を恨んでいるとしたら、それは百パーセント逆恨みなのだけれども、あの子の家族はおそらく一家離散に近い状況なのだと思う。

 何人家族かは知らないが、家族揃って塀の中。考えてみると凄いな。中々、いないよ。そんな家族?


 まあどうでもいいけど……。


 問題はあの子が現実世界とゲーム世界を行き来できるという事。


 危険だ。あまりに危険過ぎる。


 俺にはエレメンタルという名の最強のボディーガードが付いているが、あの子には付いていない。

 エレメンタルがいなくとも、個人で対処する事ができるようにレベルも上げているが、あの子は間違いなくレベル一。

 一度問題事が起きれば即終了。

 一人だけ現実世界に戻れる事がバレても即終了だ。

 妬みや嫉みからまず百パーセント嫌がらせをされる。最悪、殺されてしまうかもしれない。


「はっ!?」


 そこまで考えた所で気付いてしまった。


 あの子が現実世界に帰れる事がバレた場合、俺もヤバくね?という現実に……。


 あの子の名前はなんて言ったっけ……?

 頭が痛くて思い出せない。

 とりあえず、キャバクラにいたから一旦、呼び名をキャバ子という事にしておこう。


 キャバ子は俺が現実世界に帰る事ができる事を知っている。

 もし、キャバ子が元の世界に帰りたくて帰りたくてしょうがない。帰る為なら犯罪でも何でも起こす気狂いに捕まったとしよう。

 するとどうなる?


 キャバ子は絶対に俺の事をそいつに話す。


 何故なら、キャバ子は俺の事を恨んでいるから。まず間違いない。

 その恨みが見当違いとはいえ、気狂いに捕まり自分の破滅を悟れば、まず間違いなく俺を巻き添えにするだろう。


 拙い事に気付いてしまった。

 ゲーム世界も現実世界にも、一定数気狂いは存在する。

 現実世界の気狂い共にゲーム世界に行ける事がバレてしまえば、国や然るべき機関に拘束され実験動物扱いに……。

 ゲーム世界の気狂いにバレれば、現実世界と同様に飼い殺されるか、普通に殺される。


 一刻も早くキャバ子の身柄を捕らえ管理下に置かなければ拙い。主に俺の生活が……。


 しかしどうする。どうやって、キャバ子を俺の管理下に置けばいい。

 現実世界でそんな事をして見ろ。

 とんでもない事になるぞ?

 それこそ、変態ロリコン野郎認定されてしまう。獄中生活待ったなしだ。


 しかし、何とかしなければ、巻き添えの上、吊し上げの実験動物。


 くっ、万事休すだ。気付いた時には万事休すって、どんなクソゲーだよ……。


 とりあえず、キャバ子を見つけたら、護衛代わりにエレメンタルを何体か付けよう。

 お金に困っているようだったし、もしかしたら、まだキャバクラで働いているかもしれない。


「よしっ!」


 そうと決まれば行動あるのみだ。

 ベッドから勢いよく立ち上がり、ドアノブに手を掛けると、思い切り前に引いて扉を開けた。


 そして、部屋を飛び出し少しした所で声がかかる。


「あれ、カケルお兄ちゃん? そんなに急いでどこに行くの?」


 その言葉を聞き、俺は唖然とした表情を浮かべる。


「……な、なんでキャバ子がここに?」


 意味がわからない。

 何で文無しのキャバ子が宿に泊まっているんだ?

 それにお兄ちゃんって何?

 親戚の子供からは二十三歳にしておじちゃん扱いされてるんですけど?


「キャバ子って……。カケルお兄ちゃん、もう私の名前を忘れちゃったの? 私は美琴。吉岡美琴だよ?」

「美琴……」


 そういえば、そんな名前だった気がする。

 その吉岡美琴さんがなんでこんな所に?

 まあ、俺としては好都合だからいいんだけれども??


「そうだよ? もしかして、お酒の飲み過ぎで忘れちゃったの?」


 まったく以ってその通りだ。

 正直、記憶が全然ない。


「……その前にちょっと待って? お兄ちゃんって何っ?」


 さっきから意味がわからない。

 そもそも、何でここにいるの?

 何でお兄ちゃんなんて呼ばれているの??

 俺、君のお兄ちゃんじゃないんだけど?

 お兄ちゃん塀の中にいるんですけれども??


 そう言うと、美琴は顔を真っ赤に染めてモジモジし始めた。


「だ、だって、割引券ありだったけど、二百万コルをポンと支払えるし、お金がないと言えば、ドンペリ注文してくれるし、帰り際に、この宿の無料券を一ヶ月分もくれたし、頼りがいがあったから……」


 こ、この子、あまりにもチョロすぎる。

 何だか逆に心配になってきた。

 どんな環境で育ってきたんだ、この子!?


 この宿の無料券をくれたって、チョロイどころかあぶねーよ。

 つーか、俺、酔いが回り過ぎだろっ!

 何、子供に宿の宿泊券プレゼントしてるのっ!?

 別に意味に捉えられてもおかしくないよっ!?

 もうあの店行けねーよ!

 行くつもりもないけれどもっ!?


 俺は頭を抱え、フラフラと壁に手をつく。


「……ま、まあ無事で良かった」


 この子も、これからの俺の人生も……。

 色々とアウトな気がしないでもないけれども……。


「えっと、美琴ちゃん? ちょっとこっちに来てくれる?」

「えっ?」


 そう言って、ゆっくり近付いてくる美琴に俺は金を渡した。

 渡した金は、ゲーム世界のお金である百万コル。

 お金を渡すと、美琴は驚愕といった表情を浮かべる。


「なっ、こんな大金受け取れないよっ!?」

「いや、絶対に受け取ってもらう。その代り、キャバクラで働くのは止めなさい。冒険者として生計が立てられる様にレベル上げを付き合って上げるからっ!」

「で、でもっ……」

「でもじゃない! これは君にとっても、俺にとっても大切なことなんだっ!」


 なにせ、俺の命が掛かっている。一応、この子の命もだ。

 俺からしたらモンスターより人間の方が恐ろしい。

 その事を、この純粋な子はわかっていない。ついでに、俺の事を恨んでいるのかさえも不明だ。正直、何も考えていないんじゃないだろうか?

 それはそれで不安だ。気を許した瞬間、後ろからブスリと刺されそうで。


「う、うん。わかった……ありがとう」


 本当にわかってくれたのかわからないが、この場を収める事ができて本当に良かった。


 俺は、モブフェンリルスーツを着たまま、ホッとした表情を浮かべると食事を食べてくるよう促す。


「……そろそろ、朝食の時間かな? この宿の料理は美味しい。きっと気に入ると思うから、存分に楽しんできなさい。もちろん、食事代は宿の料金に含まれているから安心していいよ。それと、後で少し話を聞かせてくれないかな?」

「うん。それじゃあ、先にご飯を食べてくるね!」


 そう言うと、美琴は食堂に向かって走っていく。

 どうやらお腹が空いていたらしい。


「ふうっ……」


 さて、問題はここからだ。

 今後の為にも、まず認識のすり合わせが急務である。

 俺も食堂に向かい、防音の効いたガラス張りの専用個室で珈琲を飲みながら、美琴が朝食を終えるのを待っていると、美琴が朝食を乗せたトレーを持ち対面に座った。


「それで、話ってなあに?」

「えっと……」


 飯が不味くなる話だから、話はご飯を食べてからで良かったんだけど……。

 何ならここ、俺専用個室なんだけど、何で入ってきたの?

 いや、まあいいか……。

 既に色々面倒くさい事になってるし、ここなら防音も効いている。


 誰も入ってこないようエレメンタルに入り口の警備をお願いすると、美琴に視線を向ける。


「いや、ちょっと認識の擦り合わせをしておこうと思ってね。えっと、改めまして、俺の名前は高橋翔。今、君が置かれている状況について教えてくれないかな? 例えば、ご家族の状況とか、君のレベルとか……」


「うん。いいよ。私は吉岡美琴。八歳。光希お兄ちゃんが警察に捕まってから、お父さんとお母さんの仲が急に悪くなって、今、お婆ちゃん家にお世話になってるの。でも、最近、お母さんも家に帰って来なくなっちゃって……」


 意外としっかりしてるな……。ちゃんと現状を認識している。本当に八歳か?

 俺が八歳の頃なんて、ゲームとか漫画の事しか頭になかったぞ?


「光希お兄ちゃんが警察に捕まってから学校で虐められる様になって……。知らない人がカメラを持って家に押し掛けてくるし、近所のおじさんやおばさんからは酷い嫌がらせを受けるし、もう何もかもが嫌になって……。その時思い出したの。ここなら、私の事を知っている人は誰もいないんじゃないかって……」

「なるほど……」


 改めて聞いてみると、中々、ハードな状況に置かれている様だ。本当に一家離散してるじゃないか……これ?

 とはいえ、近所の人の気持ちも塩の一つまみ位は理解できる。人の家に放火して、人を刺して、人からカツアゲするような一家が近くに住んでいるんだ。近所の人も不安になるよね?

 まあ、加害者に制裁を下していいのは被害者である俺だけであって、自分が被害にあった訳でもないのに、それを元に下らない虐めをする馬鹿な子供やマスコミ、歪んだ正義感で嫌がらせをする近所の人達にそんな権利はないんだけど……。

 だってそれ、やってることが普通に犯罪だし。


 とはいえ、この状況は拙い。

 つーか、何だか可哀想になってきた。

 さて、この状況。どうしようか……。

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