第125話 その頃、アメイジング・コーポレーションでは……②
週を明けると、アメイジング・コーポレーションを更なる混迷が襲う。
「なっ、サルベージできない!? サルベージできないとはどういう事ですかっ!?」
「力が及ばず申し訳ございません。しかし、二十五年前のサーバーともなると流石に……。それに、データをサルベージしようにも内部が焼き切れ変形していてはどうしようもありません……」
業者にサーバーの復旧とデータのサルベージを依頼するも結果は散々だった。
そんな業者の報告を聞いた石田管理本部長は思わず頭を抱える。
「ほ、本当に復旧は無理なのですか?」
「はい。他の業者に依頼してもそれは同様かと……」
「そ、そうですか……」
「……お力になれず申し訳ございません。それでは、私達はこれで失礼します」
簡単な挨拶を済ませ撤退していく業者達。
見送りを部下に任せ、椅子にもたれかかると私は盛大なため息を吐いた。
……もう駄目だ。終わったかも知れない。
サーバーが壊れてから既に五日が経過した。
ある社員は手書きで請求書を書き、ある社員は手書きで製品の入出庫伝票を起こす。更には、その請求書や伝票が起票される事でどんな仕訳が発生するのかエクセルに纏めるなど、今、会社では社員総出で壊れたサーバー対応を行なっていた。
サーバーが復旧する事で終わりを迎えると思っていた作業の継続。
アメイジング・コーポレーションを襲った未曾有の危機に社員の負担は増すばかり。
今までデータを入力する事で機械がやってくれていた事を、人が一から手作業で行う。あまりの業務負担量の多さに嫌気が差し、たった五日で十人の社員が会社を去っていった。
それだけではない。
サーバーが壊れてしまった影響は、経理部にも及んでいた。
取引先への支払管理データと一ヶ月分の仕訳データの消失。それ以前のデータはハードディスクにバックアップを保存していた為、何とかなったが、本決算の真っ最中にそれらのデータが消失してしまった事に、経理部は大慌て。
派遣会社から人員を補充し、対応に当たっているが限界に近い。
既にパッチワーク人事で経理部長に据えた牧原君からも『もう限界です!』と泣きが入っている。サーバーダウンの事をまだ監査法人に伝えていないが、これを伝えれば、更に業務量は激増する事になるだろう。
流石の私も牧原君には同情を禁じ得ない。
問題はそれだけではない。
サーバーダウンの影響の他にも、三つほど想定外の問題が発生していた。
一つは、西木社長の出向元である友愛商事との取引停止。
エレベーターが友愛商事のフロアで止まっている事に気付かず、西木社長が思いの丈を大声でぶちまけた結果、磯垣社長の怒りを買いこんな事になってしまった。
友愛商事は当社の売上の約二十パーセントに及ぶ大口取引先だが、売上高が兆単位の友愛商事にしてみれば、当社の売上規模なんて殆ど微差といっても過言ではない。
おそらく、取引を停止した所で、売上に影響はないと判断したのだろう。それに友愛商事からしたら変えは幾らでもきく。
そもそも、友愛商事が仕事をくれていたのも持ち株比率が三十パーセントを超える大株主である事以外に他ならない。
友愛商事からは善意で仕事のおこぼれを貰っていた訳だが、最近では、西木社長の役員報酬上昇の一環で、営業担当に対し、西木社長から直々に『そんな価格じゃ利益が出ませんって、友愛商事に言えよ』とか『本来、こういった事は自発的に考えて先方に提案してもらいたいものだがね。今の条件のままでは、製造を請け負うのは無理だと言えよ』というパワハラめいた指示を出され、それを相談された友愛商事の営業担当も困っていた様だった。
今頃、その営業担当は渡りに船だと喜んでいる頃だろう。
二つ目は、西木社長自らが選任した第三者委員会の動きが芳しくない事。
(こちらの都合の良い)調査報告書を作成するのに必要な情報はすべて渡しているというのに、調査の為に工場を視察したいだとか、役員や本件の関係者全員にヒヤリングをしたいと言い出した。
これには西木社長も憤慨しており、『君はボクに言われた通りの調査報告書を書いていればいいんだ!』とBAコンサルティングの社長を態々呼び出して説教していた。
正直、それは口にしては駄目だろうと思ったが、こちらには時間があまり残されていない。
今更、第三者委員会を替える事もできないし、その時間もない。
どんな調査報告書ができ上がるのかとても不安である。
そして、最後に三つ目。
これは完全に想定外の問題だったが、このクソ忙しい最中、税務署から電話がかかってきた。
内容を聞いてみると『税務調査に伺いたい』との事だ。
一週間後、訪問する予定で調査対象となる期間は五年。税目は法人税。
普通、本決算中に税務調査なんか入らないだろと思っていたが、調査対象期間が最初から五年である事や、税務調査が入りやすくなる原則的な期間から外れて税務調査が行われるという事は、もしかしたら、税務署に目を付けられているのかもしれない。
ここ六年位、税務署から税務調査の連絡がなかったからそろそろあるだろうなとは思っていたが、このタイミングで入られるとは完全に想定外だ。
西木社長にはこれから税務調査が入る旨を伝えなければならないと思うと頭が痛くなる。ただでさえ、通風で足が痛いのに、もう最悪だ。
「はあっ……」
しかし、税務署が税務調査に来る事を伝えない訳にはいかない。
重い腰を上げ、社長室のドアを軽く叩く。
「社長。失礼します」
「うむ。ああ、石田君か。何か用か?」
「はい。実は来週の月曜日から数日間、税務調査が入る事になりまして……」
そう言うと、途端に西木社長の態度が悪くなる。
「何? 税務調査だと?」
「は、はい」
「……石田君。君はボクがどれほどの税金を国に納めているか知っているか?」
も、もちろん。一応、管理本部長なので知っていますが……。
しかし、西木社長のこの雰囲気……。知っていますが何て言えば、何を言い返されるかわかったものではない。
「……いえ、想像もつきません」
「そうだろうね。君はいいな。たった数百万の税金を国に納めるだけでよくて……。くだらん政治家共がね。選挙前の票欲しさに馬鹿げた金額をばら撒く度にボクは思うよ。政治家の票集めの為に納税してるんじゃないってね……」
「まったく以って、西木社長の仰る通りです。それで、西木社長は幾ら位の金額を納税されているのですか?」
そう尋ねると、少しだけ気分が良くなったのか、西木社長は『ふんっ!』と言いながらも、喋りたくてしょうがないといった様子で話し出す。
「一億だ。まったく、信じられないよ。石田君。君もそう思うだろ? 政治家の馬鹿共ときたら、彼等は揃いも揃って高所得者への課税強化を口にするんだ。冗談じゃないよ。政治家になる奴は馬鹿しかいないのか? 富裕層に対して所得税や相続税の増税なんてやって見ろ。皆、国から出て行くぞ? この日本という国には落胆しかないけどね。何で、今でもボクが国籍を置いてやっていると思う? それはね。ご飯が美味しいからだ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「そ、そうなんですか……」
何なら今すぐ会社を辞め、すぐにでも国外に行って欲しいと思うのは私だけだろうか?
とはいえ、そんな事は口が裂けても言えない。
「ああ、そうだ。貧民層はね。皆、口を揃えて『持てる者が負担をすべきだ』とか、訳の分からない事を言うけどね。ボクから言わせたら、そんなのは詭弁だよ。負け犬の遠吠えと言ってもいい。貧富の差が拡大したのはね。一重に努力が足りないからだ。君は取引先の社長の靴を舐めた経験はあるか? 戦後、必死に英語を覚えた事は? ないだろう。えっ?」
いや、今の元号は令和なので、そんな経験、中々積めるものではありませんが……とは言えない。
「社長の仰る通りです」
私がそう言うと、西木社長は気分よく話し始める。
「そうだろう? そんな苦労を何も知らない政治家共はね。やれ高所得者の所得税を増税しろだの、企業の内部留保に税金をかけろだの低所得者にとって耳触りのいい言葉をニュースで流し人気取りをするんだ。高所得者の所得税を増税しろ? 内部留保に税金をかけろ? 馬鹿言ってるんじゃないよ。だから、この国は駄目なんだ。政治家は経営の事を何にもわかっちゃいない」
話の論点がずれている事に西木社長は気付いているのだろうか。
その話に付き合うこっちの身にもなってほしい。
政治批判なら、今、ここではなく他でやって欲しいものだ。
「まあ、この話はここまでにしておこう。あんな奴等の話をしていても気分が悪くなるだけだからね。そんな事より、石田君。君はこの会社に来て何年になるかな? ボクの記憶が正しければ八年だと思うのだけど、どうだろうか?」
「そうですね。確か、西木社長に管理本部長待遇で採用して頂き、もう八年になります」
痛風に耐えながら、会社の経費で西木社長の接待をする日々は本当に大変だった。
西木社長の役員報酬を上げ、新たに役員専用の福利厚生を整える事で、西木社長の覚えを良くし、相対的に自分の評価を上げる。そのお陰で体重は激増。痛風の他、新たに糖尿病を患ってしまったほどだ。
「もう八年になるのか……。実はね。ボクももういい歳だし。そろそろ、後任を決めようと思っているんだ」
「いえいえ、社長。西木社長には、まだまだアメイジング・コーポレーションの経営を牽引して頂かないと……」
と、いうより、そうでなくては困る。
私には、西木社長以外に味方がいないのだ。
大方、友愛商事から仕事を切られ、その責任を誰かに押し付けようとしているのだろう。社外から見れば、社長が原因でこんな事になったとはわからないのだから当然だ。
「そこは安心してくれ。社長は交代するが、あと数年は代表取締役会長として、経営を牽引していくつもりだ。トップマネジメント体制を強化する為、代表取締役を一名追加し、二名体制でこれからはやっていこうと考えている……」
どうやら西木社長は私の考えていた通り、代表取締役として権力を握ったまま、売上二十パーセントダウンの責任を次代の社長に押し付けようとしているらしい。
代表権を持った会長が上にいては、これまでとまったく変わらない。
ただ単に、対外的な経営責任が代表取締役社長に移っただけだ。
「……それで、君の考えを聞きたいのだが、ボクの後釜に座る社長には誰がいいと思う? ボクは内部監査室長の東雲君か企画部長の篠崎君。そして、石田君を後釜にと考えているのだが、どうだろうか?」
「わ、私をですか!?」
それを聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。
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