第244話 その後の顛末
窓の外をそっと見ると、マスコミが壊れた機材を抱え、右往左往している。
局に連絡を取ろうにも、連絡を取る事ができず困惑している様だ。
スマホも無事、文鎮化したようで、まったくもって、何よりである。
「――い、今の音は一体……」
すると、外から聞こえてきた破壊音に驚いたのか、警察署長が謝罪そっちのけで窓の外を覗く。
「機材から煙が出ているし、どうやら、報道機材が壊れ困っているようですね」
いけしゃあしゃあとそう言うと、新橋警察署の新警察署長はズーンと表情を曇らせた。
新橋大学附属病院を出る際、「誤認逮捕してしまった者への謝罪は済ませた」的な取材を報道陣から受けるつもりだったのだろう。
残念でした。させる訳がないだろ、そんな事。
謝罪を受けただけで、受け入れた訳ではないのだ。今回の件、警察の対応を許す気は更々ない。ただ、個人的な報復が済んでいる為、謝罪を受けただけに過ぎない。
まあ、報復が済んだ以上、こちらとしては、俺が許そうと思える時がくるまで、永遠に謝罪しろなどという恥知らずな要求は一切しないので、安心して欲しい。
警察側も謝罪をしたというパフォーマンスが取れれば、それで満足なのだろう。それ以上の事は何も言わない筈だ。
さて、警察署長の頭頂部を見るのはもう飽きた。
そろそろ、お引き取り願おう。
そう言うと、俺はベッドの上でのた打ち回る。
「ごほっ、ごほっ……! 誤認逮捕で逮捕されたストレスと、留置場に二日間も入れられたショックでストレス性の胃腸炎が……!」
そう言いながら、ナースコールを押すと、コンシェルジュが部屋の中に入ってくる。
「――高橋翔さん、高橋翔さん!? 大丈夫ですか!? すぐに石井先生を呼んで! 早く! 大変危険な状態です。皆様は部屋の外でお待ち下さい」
当然の事ながら、コンシェルジュさんには謝罪に来た警察署長を自然に追い払って貰うよう事前の打ち合わせをしてるので、俺がこんなバカみたいな演技をする事を知っている。
皮肉と合わせて病気が併発したと思わせれば、流石の警察も当分の間、俺の前に姿を現す事もないだろう。
「――そ、それでは、私達はこれで失礼します。この度は誠に申し訳ございませんでした」
慌てて特別個室を出て行く新警察署長を見送ると、コンシェルジュさんがピタリと演技を止める。
「……これでよろしかったでしょうか?」
勿論、満足のいく演技だった。
流石はコンシェルジュさんである。
「はい。ありがとうございます。とても助かりました」
禊は済んでいる。対外的に謝罪は済んだとすんなり言われるのが癪だったので認めなかったが、新しく新橋警察署の警察署長に就任した人に謝罪を貰っても別に何も感じない。
ただただ煩わしく思うだけだ。新警察署長に怨みはないしね。
「それでは、私はこれで失礼致します」
そう言って退室していくコンシェルジュを見送ると、折角、集めたマスコミと共に退散していく新警察署長達を窓から見下ろしながら呟く。
「さて、ようやく雑事が片付いたし、そろそろ、レアメタル事業を本格稼働させるか……」
村井元事務次官はゲーム世界に放置してきた。その後、どんな生活を送っているか分からないが、フレンドリストにある名前がグレーになっていない以上、とりあえず、生きてはいるのだろう。
伍代は……まあどうでもいい。
村井元事務次官をゲーム世界に放置してから三週間。多くの出来事があった。
まず初めに、村井元事務次官が呼びかけ設立した一般社団法人やNPO法人はちゃんと活動していた一部の法人を残し、すべて解散となった。
住民監査請求も異例の速さで開示され、これまで不正に受け取ってきた助成金や委託金すべてを返還する旨、勧告を出し、国税局査察部が動いた結果、恐ろしい金額の課徴金が掛かり解散せざるを得なくなったようだ。
国庫に返納された金額たるや、七年間で約七十億円。
流石は元事務次官が呼びかけ設立した公益法人だけの事はある。
この事が問題となり、監督官庁の存在しなかった一般社団法人や都道府県に管轄権限のあったNPO法人に対し、財団法人と同じく監督官庁が付いた。
これにより、一般社団法人とNPO法人は毎年、事業報告・予算書・決算書提出を義務付けられた。まあ元々、一般社団法人に監督官庁がないというのがあり得ない話だ。
零細企業でも、財務諸表を作成し、これを元に銀行から融資を受けたり、納税の義務を果たしている。青色申告をしているフリーランスですら、複式簿記で帳簿を作成しているのだ。非営利型一般社団法人だから、非営利型NPO法人だからというのは全く理由になっていない。
むしろそれが不正の温床になっていた訳だし、非営利型一般社団法人のメリットだけを享受しようなんて厚かましい。勿論、個人的にボランティアしようと思うなら話は別だが、ちゃんとした会計報告できないなら、最初から法人を設立するべきではないとすら俺は思う。
俺もレアメタル事業を行うにあたって、その辺りの事はちゃんと行う予定だ。
白色申告のままでいこうと思っているので、複式簿記ではなく単式簿記の超簡単な報告になるかも知れないけど、顧問税理士を雇う予定だし、まあ問題はないだろう。
それともう一つ。
この三週間で、北極圏に領土を持つ八カ国(カナダ、デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、ロシア、スウェーデン、米国)が参加する国際協議団体、北極評議会で会議が開かれた。
近々、こちら側の世界からゲーム世界に調査隊を送り込む事が決まったらしい。
これには俺も危機感を覚えている。主に世界が崩壊してしまうのではないかという危機感を……。
北極に突如出現したゲーム世界を球体に覆う薄い膜の中には巨大な毒蛇ヨルムンガルドの姿が確認されている。
流石にあの大きさのヨルムンガルドを倒すのは、今の俺には不可能。核兵器を使ってワンチャンあるかないかとすら思っている。
それほどまでにレベル制の恩恵はデカい。
俺の場合、レベルアップによる基礎能力アップ以外、防御力にステ振りしていないので普通に刺されれば痛いし、当たり所によっては死ぬ事もある。
世界の外側を回遊するヨルムンガルドの姿。あれはおそらく、隠しボスに相当するモンスター。レベルもステータスも計り知れないくらい強大な筈だ。
あれを見て喧嘩を売る様な馬鹿がこの世界にいない事を切に願うばかりである。
まあ、イザとなったらゲーム世界に逃げればいいし、まあいいか……。
政治家や時の為政者の無謀な判断に付き合う義理は俺にない。
そんな事を考えていると、スマホから『オープニング』の着信音が流れ出す。
「はい。高橋ですが……」
『――高橋君ですか? 大変です!』
電話を取ると、耳元から会田さんの声が響いた。
一体、何が大変なのだろうか?
「えっと、まずは落ち着いて……何があったの?」
そう尋ねると、会田さんは――
『レアメタル事業の理事を勤める川島さんが逮捕されてしまったんですよ!』――と、大きな声を上げた。
どうやら川島の奴が逮捕されたらしい。
村井元事務次官の手の者に暗殺されそうになったり、逮捕されたりと落ち着きがない奴である。本当に元キャリア国家公務員なのだろうか?
とはいえ、原因は既に分かっている為、逮捕された事自体驚かない。
「そっか……それで?」
『――えっ?』
そう答えると、何故か疑問符で返された。
「ああ、そっか……」
よく考えて見れば、会田さんにはまだ何も話してなかった様な気がする。
最近、色々な事が起き過ぎて、どうでもいい事は忘れちゃうんだよね。
『えっと、そっかとは一体……』
「いや、そう言えば、会田さんには話してなかったなと思ってさ」
そう言うと、俺は会田さんに事情を説明する事にした。
「実は先日、川島からレアメタルの納入業者から納入量に応じてキックバックを貰うことにした連絡があってね。どうやら前金として一億円貰ってしまったようなんだ」
『――はっ? 直接本人から業務上横領の報告があったんですか?』
「うん。そうだよ? 良心の呵責に耐え切れなかったんだろうね。自分から警察に行くっていうから、俺も川島の気持ちを忖度し、後押しする為、刑事告発して上げたんだ」
刑事告発といっても、警察に被害届を出しただけだ。
業務上横領は、被害を受けた人または会社が捜査機関に被害を申告しない限り、横領犯が逮捕される事はない。
キックバックの金額も億を超えていて中々、巨額だったので業務上横領罪の最大の法定刑十年の懲役刑を求刑するよう俺の顧問弁護士を務めるBAコンサルティングに話を通しておいた。
もうね。最近、俺が適当に訴えまくるから裁判を抱え込んで手が回らなくなっているらしい。
最近、BAコンサルティングにいったら、代表の小沢さんの髪が真っ白に染まっていた。
まあ、一度は経営破綻目前まで行ったので、髪が真っ白に染まるほど仕事が舞い込んできて天手古舞になるのはきっと良い事なのだろう。
折角、丁寧に説明して上げたというのに、会田さんは「え」しか言わなくなってしまった。
「え、えええっ? えっ?? どういう事ですか?」
どうもこうもない。
「出頭したいと言ってきたから、そのアシストをして上げたんだ。まあ、大丈夫だよ。この三週間、川島は自分の言伝すべてを使って頑張ってくれた。後は俺達が利益を手に入れるだけだ」
現に、今、宝くじ研究会・レアメタル事業部はその大半が元キャリア国家公務員で埋まっている。どの方々も、契約書の術中に引っ掛かり、俺に対して反旗の旗を上げる事もできず、月給二十五万円で働く有能なシルバー人材だ。
流石は元キャリア公務員……使えるコネは使わないとね。
勿論、この法人の役員定年は二年なので、二年経ったら、ここにいる全員を正規の天下り団体に回す予定である。
「さて、そんな事よりレアメタル事業の話を詰めよう。そう言えば、以前、お願いしていたレアメタルを保管しておく土地見つかったかな?」
『え、ええ、見つけましたが……ええっ? 川島さんの話はそれでお終いなんですか!?」
「うん。まあ、今回の事は、川島が業務上横領をしたと連絡してきた。だから、俺は警察署に告訴状を描いた。ただそれだけを理解してくれればそれでいいよ?」
簡潔にそう言うも納得のいかない会田。
しかし、これここに至っては納得するしかない。
『そうなんですか……わかりました』
会田さんはただそれだけ呟くと、そのまま思考を放棄した。
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