第243話 それぞれの末路②

「――伍代署長……こんな所に……」

「……こ、これはこれは、監察官殿……朝早くからどうされましたかな?」


 な、何故、監察官が朝早くから署長室に……。

 そんな事を考えながら棚から手を離すと、監察官が手早くどこかに電話する。


「ええ、署長室に伍代が……至急、応援をお願いします」

「――へっ? いやいや、一体、何がどうしたというのです?」


 剣呑な空気を感じた伍代は咄嗟に監察官に声をかける。

 そんな伍代に対し、監察官はスマホをポケットにしまうと、まるで尋問のように話しかけた。


「――伍代署長……この三週間、あなたはどこにいたのですか?」

「えっ? 三週間……? 一体、何を言って……?」


 意味が分からずそう呟くと、監察官は伍代にゆっくりと詰め寄った。


「――あくまでもシラを切りますか……」


 そして、逃げられないよう伍代の手首を握ると冷めた視線を向ける。


「――詳しい話は取調室で聞かせて頂きますよ。三週間、消息を絶った理由も一緒にね……」

「……はっ? いや、それはどういう……?? いや、そんな事よりも……」


 署長室内で突然、そんなことを言われた伍代は混乱しながらも、頭を働かせる。


 一体、何が起こっているんだっ??

 監察官のこの物言い。まるで、私が犯罪行為でもしたかのような言いぐさじゃないかっ!?


 ふと、電子時計を見ると、日付が三週間ほど進んでいる事に気付く。


「――なっ!?」


 ど、どういう事だっ!?

 何故、時間が三週間も進んでいる??


 混乱の嵐が頭の中を渦巻く中、他の警察官まで署長室に踏み込んできた。


「――さあ、話を聞かせて貰いますよ」

「ち、ちょっと待って下さい。私は何もやっていな――」


 そう弁解しようとするも、室内に踏み込んできた警察官の冷たい視線が伍代に突き刺さる。

 結局、伍代は何も状況を理解できぬまま、取調室へと連れて行かれる事になった。


 ◇◆◇


「――だ、だから、私はずっと署長室にいたんだ! 信じてくれっ!!」


 ここは取調室の一室。

 伍代は今、監察官から直々に取調べを受けていた。


「――では、あなたは三週間、ずっと署長室にいたとでも言うつもりですか? つくならもっとマシな嘘をつきなさい!」


 子供の嘘のような弁解に呆れた表情を浮かべる監察官。

 伍代は必死に弁解する。


「――ほ、本当だっ! 本当の事なんだっ! わ、私だって何が何だか……いつの間にかこんな事に……そ、そうだ。わ、私には記憶がない。そう! 私にはその間の記憶がないんだっ! 本当なんだ信じてくれっ!」


 実際、朝、署長室で目覚めてみたら三週間が経っていた。

 意味が分からないだろうが本当の事だ。嘘は付いていない。嘘を付く理由もない!


「――はあっ……」


 監察官はため息を吐くと、ゆっくり椅子から立ち上がる。


「……こちらも迷惑しているのですよ。もし、あなたが三週間も行方を晦まさなければ、監督責任も最低限で済んだものを、今更、記憶がないと言い訳とするなんて、恥ずかしくないのですか? ここまで不誠実な対応をするようであればこちらにも考えがあります――」

「で、ですからっ、私は本当に――」


 本当に記憶がないんだっ!


 そう声を上げようとするも、監察官によって遮られる。


「――いいですか? あなたが三週間姿を晦ました事で一体、何が起こっているのか。記憶がないというのであれば、思い出させて差し上げますのでよく聞きなさい。いいですか? まずは――」


 伍代がアイテムストレージの中に収納されること三週間、その間に、伍代の警察署長としての立場は最悪なものとなっていた。


 まず、聞かされたのは正当な理由なく三週間勤務を欠いた事で、懲戒免職が確定しているということ。

 懲戒免職は、職務に関するあらゆる懲戒処分の中で最も重い処分。懲戒免職の宣告を受けた場合、氏名や職名が世間に公表され、再就職も困難になる。

 また、国家公務員である警察官は雇用保険に加入しない為、失業給付を受ける事もできず、再就職しない限り収入を得る手段を失ってしまう。

 この様に、国家公務員の懲戒免職は極めて厳しい処分である為、その運用は厳格に定められており、民間企業であれば確実に懲戒免職となるような行為であっても、多くの場合、停職以下の処分や論旨免職相当の処分となる。

 今、まだ警察署長としての立場があるのは、私にすべての責任を取らせる為の様だ。

 当初は、武藤元警察官が故意に行った誤認逮捕。この責任を武藤本人に取らせる事により、署の業務指導が不十分だったとして減給処分で済まそうとしていた。しかし、武藤親子、村井元事務次官といった被疑者三人が留置場から脱走、そして、新橋警察署の責任者である私が失踪した事で流れが変わり、新橋警察署の署長としてすべての責任を取る事となった。


「――以上です。あなたが認めないというのであれば、それでも構いません。どちらにしろ、三週間の無断欠勤は懲戒処分の対象となります。再就職先の斡旋は期待しないで下さいね」


 まるで切り捨てるかのような物言いに、伍代は必死になって縋り付く。


「――ち、ちょっと、待って下さい! 本当なんです! 本当に気付いたら三週間が経っていたんです。責任から逃げようだなんてそんな事は思っていない。だからこそ、武藤が脱走してすぐ手の空いている捜査員すべてに武藤の捜索を命じたんじゃないですかっ! お願いです。お願いですから信じて下さい!」


 何より、ここで懲戒免職になれば、すべてが終わってしまう。

 離婚した妻に娘の養育費も支払わなければならない。両親への仕送りだって……。


「……私もそう信じたいのですがね。三週間も失踪されては、もうどうにもなりませんよ。知っていますか? 世間があなたの事をどう思っているのか? あなたが三週間近く失踪した事は既にニュースや新聞にも取り上げられています。もうどうしようもないのですよ」

「そ、そんなぁ……で、でしたら、せめて再就職先の斡旋だけでもお願いできませんかっ!? 交通安全協会でも共済でも警察と取引のある一般企業でもいい!」


 国家公務員である警察官は雇用保険に加入しない為、失業給付を受ける事すらできない。ただでさえ、娘の養育費に金が係るんだ。このままでは生活が成り立たなくなってしまう。


 監察官はそんな伍代に対し、諭す様に言う。


「――警察への信頼こそが治安の基盤であり、その信頼を崩す唯一の問題が警察官の不祥事です。警察組織への信頼性を担保する為に、あなたの懲戒免職は必要な事なのですよ。君もいい大人なんだから黙って受け入れなさい」

「――そ、そんなっ!? そんなの酷すぎるっ……」


 涙と共に嗚咽を漏らし俯くと、監察官は呟くように言う。


「――あなたがそれを言いますか……」

「……へっ?」


 言葉の意味が分からず、顔を上げると監察官は絶対零度の視線を向けてくる。


「聞こえませんでしたか? あなたがそれを言いますかと言ったのです」

「そ、それはどういう……」


 まったく心当たりがない。

 ボロボロと涙を流しながらそう言うと、監察官はため息を吐いた。


「――この三週間、調べさせて頂きました。たった一年。あなたがこの新橋警察署の警察署長になってたった一年の間に誤認逮捕が五件も発生していますね?」

「そ、それは……確かにそうだが、誤認逮捕といっても、ちゃんと定められた期間内に釈放している!」


 それに誤認逮捕そのものは違法行為でもなんでもない。

 むしろ被疑者が犯人であるとの確証がなくとも、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があれば、積極的に被疑者を逮捕すべきであり、その身柄拘束の間に捜査を尽くし、被疑者が犯人でないとわかった時点でさっさと解放する。これは捜査の基本だ。

 解放された本人からすると「なんで犯人じゃない私が逮捕されなきゃならないんだ」と思うかもしれないが逮捕の相当理由を要件とする以上、これを「誤認」と呼ぶかどうかはともかくとして、制度設計として真犯人以外の者の逮捕は当然予定されている。「誤認逮捕」のリスクは、いわば治安維持の為に国民に課された公正・平等な負担だ。

 それを責められる理由なんて何もない。


「そういう問題ではないのですよ。少なくとも誤認逮捕された五人の内、一人は取調べをした警察官に問題があった。他の四人に対しても杜撰な捜査が原因で誤認逮捕に至ったものと理解している。最長で二十三日間の拘束……裁判にならなかったから良かったものの、勾留期間を延長された方々の生活は大きく変わったことでしょう。今のあなたの様にね。誤認逮捕は人の人生を大きく変えます。それほど、大きな問題なのです。今回、あなたは警察への信頼性を崩す行いをしました。職務を放棄し、三週間行方を晦ませたりもした。あなたは『せめて再就職先の斡旋だけでも』と言いますが、誤認逮捕され人生を狂わされた方々には再就職先の斡旋なんて無いんですよ?」

「で、ですが……それではあまりにも……」


 被疑者の逮捕に誤認逮捕はつきものだ。

 そんな事を言っていては、肝心の真犯人を逃してしまう。


「……せめて、三週間行方を眩ませなければ、便宜を図る事もできたものを……残念です。正式な処分は追って伝えます。もう帰っていいですよ」

「う、ううっ……」


 監察官の言葉に伍代はガックリ項垂れた。


 ◇◆◇


「この度は大変申し訳ございませんでした」


 伍代を新橋警察署に戻してから数日後、新橋警察署の新たな警察署長が菓子折りと共に俺の下を訪れ、丁寧な謝罪をしてくれた。

 新橋大学附属病院の特別個室から外を見ると多くのマスコミが押し寄せている。


 警察官の不祥事による誤認逮捕なんてあってはならない事だし、最低限の謝罪はあってしかるべきだと思うので謝罪自体は受け入れるつもりだ。

 しかし、それを対外的発表に使うというのは頂けない。そういう事は、俺の知らぬ所でやってほしいものだ。


「――雷の精霊・ヴォルト。外にいるマスコミの機材を全部破壊しておいて……彼等が個人的に持っている通信機器も入念に破壊するように……」


 俺は誰かに利用される事も、偏向報道をするマスコミも大嫌いなので、大人の事情など全く考えず、報道機材を破壊するようエレメンタルに支持を出す。

 すると、機材の破壊音と共にマスコミの絶叫が外から聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る