第三章
第245話 あたーらしい朝が来た(『ああああ』達にとって)絶望のあさーがー
『――あたーらしい朝が来た、きぼーうの朝だ。よろこーびに胸を開け、大空仰げー。ラジオーの声に健やかな胸をーこの香る風に開けよ。それ、いち、にい、さん』
ここは新橋大学附属病院の特別個室。
早朝、テレビを付け動画配信サイトで曲を流しながらラジオ体操していると、ニュース速報が流れてきた。
補欠選挙のニュース速報だ。
つい数ヶ月前に選挙が終わったというのに、議員達が謎の義憤に駆られ、自らの不正を暴露。一応、不正を正すまで続投すると表明していたが、国民の怒りは凄まじく。議員を辞職。その結果、議会における議員の欠員を補充するための選挙。補欠選挙が行われる事になった。
しかもこの補欠選挙は全国的に行われるらしく。どれだけ多くの議員が汚職に手を染めていたかよく分かる。
恐らく、闇の精霊・ジェイドの洗脳が解けたのだろう。汚職に手を染め自ら辞職した議員達が連名で、『禊ぎ選挙できるよう法改正をするべきだ』と国会議事堂前で幟をあげ必死になって声を上げている姿が数秒ニュースに流れた。
そんな事、選挙に落選した汚職議員とその後援会以外誰も求めていないだろうに……。
猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちたらタダの人とはよく言ったものだ。
多分、こういう人達は、政治家になって何かを成し遂げたいのではなく、政治家であり続ける事が目的となってしまっているのだと思う。
それは、闇の精霊・ジェイドの洗脳により自ら汚職の事実を公表し、退職金を受け取らず辞めていったキャリア国家公務員達も同じな様で、『再雇用・退職金支給』と書かれた鉢巻を巻き、各省庁の前で抗議活動を行なっている姿もニュースに映された。
これに同情して連帯する国民っているのだろうか?
精々、これに連帯するのは人権派の議員と活動家位の様な気がする。
国側も汚職で大量に人がいなくなり困っているのだろう。最近、ニュースサイトを見ていると、公務員大量採用・募集という広告が至る所に表示されるようになった。
膿を出すだけでは中々、上手くいかないらしい。
人がいなくなればその分、人を補充しなければならなくなるのだから当たり前か……。
今は第二の就職氷河期時代。
公務員は根強い人気がある職種だ。
汚職に手を染め辞めていった膿に手を借りずとも、きっと、何とかできると信じたい。
「……さて、行くか」
ラジオ体操を終えた俺が向かった場所。
それは、新橋大学附属病院近くに新たに借りた倉庫。
業務用の大型冷蔵庫・冷凍庫完備のその倉庫の一画には、毎週金曜日、深夜に数多くの食料品が届けられる。
「うん。なんて言うか、いつ見ても壮観だな……」
まるでコストコの様だ。
様々な食料品が積み上げられている。
流石は会田さんだ。
ネットワークビジネスグループを裏で纏めていただけの事はある。
あの人、札束で頬を叩いてやれば、どんな無茶な難題でもこなしてくれるんじゃないだろうか?
今度、試しにやって見よう。
「さてと、それじゃあ、サッサと終わらせるか……シャドー。ここにある食料品すべてを影に収納してくれないかな?」
影の精霊・シャドーにそうお願いすると、倉庫内が一瞬にして影に染まる。
次の瞬間には、倉庫内にあった食料品すべてが影の中に消えていた。
流石は影の精霊。こういった荷物運びにシャドーは最適だ。
何故、俺がこんな事をしているのか。
それはスヴァルトアールヴヘイムで働くドワーフや『ああああ』達と約束をしているからに他ならない。
大量のレアメタルと引き換えに、レアメタル事業で稼いだ利益の二十パーセント分、食料品を提供する。
ドワーフは酒好きが多いというので、安酒も沢山、購入した。きっと喜んでくれるだろう。
やはり、無理矢理働かせるのはよろしくない。進んで働いて貰えるようちゃんと飴は用意してやらないと……。
前回の取引は上々だったし、少し位、色を付けてやってもバチは当たるまい。
「今回はどの位の量を卸してくれるのかなー♪」
倉庫内でたった一人、ウキウキ気分でゲーム世界にログインする。
ドワーフ達の住む地下集落に向かうと、俺は愕然とした表情を浮かべた。
「なっ、一体、何かあったんだ……」
転移門『ユグドラシル』を潜り、スヴァルトアールヴヘイムへ転移した俺が最初に見たもの。それは、ドワーフが住んでいた筈の地下集落跡地だった。
エレメンタル達の力を借り地下集落に足を踏み入れると、上からパラパラと小石が降ってくる。
長居するのは危険の様だ。
「おーい! 誰かいないのかー!」
声を上げると、洞窟内に俺の声が木霊する。
返事がない。どうやらこの地下集落にドワーフはいないらしい。いや、もしかしたら、岩盤に挟まり動ける状態にないのかもしれない。
くっ、一体誰がこんな酷い事を……。
ここを潰されたらレアメタル事業に響くじゃないか!
……そういえば、以前、岩盤の先にドワーフの祖先が残したお宝があると、族長ドワーフが言っていたな。あれ、どうなったんだ?
唐突に族長ドワーフの発言を思い出した俺は、お宝が埋まっているとされる岩盤のある場所へと赴く事にした。
「――おら! 働け、クソドワーフ!」
「そうだ、そうだっ! ダークエルフのアルフォード様がお前達、ドワーフの汗臭い宝とやらを御所望なんだよ。キリキリ採掘してサッサと献上しろっ!」
ドワーフのお宝が埋まっているとされる岩盤。そこには、椅子に座った耳の尖った褐色肌の女と、それに付き従う『ああああ』達。そして、『ああああ』達に罵倒されながら岩盤を掘り進めるドワーフ達がいた。
女王様プレイか? 女王様プレイなのか、これは?
なんだかよく分からないが元気そうだ。
楽しそうなプレイに夢中の様だが俺には関係ない。俺は遠慮なく話しかける。
「――こんな所にいたのか。まったく、お前らは、何をやっているんだ? 集落が滅茶苦茶になっていたけど、どうしたのあれ? 今月分のレアメタルは大丈夫なんだろうな?」
そう尋ねると、ドワーフにイキリ散らしていた『ああああ』達が強張る。
まるでヤベー奴が来たといった顔だ。逆に何故かドワーフは嬉しそう。
つい先日までとは真逆の反応に落石で頭でも打ったのかと、逆に心配になってくる。
ドワーフ達に声をかけると、褐色肌の女が俺に視線を向けた。
「……あなた、何?」
お前こそなんだ?
何故、俺の所有物に我が物顔で命令している。
まあ、気になる点は色々とあるが、今はこちらが先だ。
「おーい。質問に答えろよ。反応を見るに俺の事を忘れた訳じゃないんだろ?」
すると、ドワーフ達は採掘作業を止め、口を開く。
『――すまない。この人間達がダークエルフと組んで俺達を……だから今月分のレアメタルは諦めて……』
「――はっ?」
――今、なんつった?
レアメタルを諦めてとか言わなかったか?
俺が真顔を浮かべるとドワーフ達の表情が引き攣っていく。
しかし、背に腹は代えられないのだろう。
遂には、土下座をしてまで懇願し始めた。
『――ほ、本当にすまない。こいつ等が邪魔しなければ、規定量を納品できたんだ! だが、こいつ等が仕事嫌さに逃げ出して、挙句の果てには、ダークエルフとなんか手を組み俺達を――』
「う、うるさーい! 黙れっ! カケル君に余計な事を言うんじゃない! いいからお前達は俺達の言う事を聞いていれば――」
「――あ? 何で、テメーが偉そうな態度で俺のドワーフに命令してんの?」
怒鳴り声でドワーフ達の言葉を封じようとしたのだろうがちょっと、何を言っているのか意味が分からない。
お前等、つい最近までドワーフの奴隷やってたよね?
次に俺の忠実な奴隷となり、セントラル王国に帰る為、真っ当に安い賃金で働いていたと思ったんだけど、何で、等しく奴隷であるお前等が、俺の奴隷に命令してんの?
「……つーかさ、何で、ドワーフの地下集落が崩落してんの? お前等じゃないよな? まさかとは思うが、お前等、俺の事を裏切ったりしていないよなぁ?」
ドワーフは仕事嫌さに逃げ出したって言っているぞ?
訂正はないのか?
訂正するなら今だぞ?
今を逃したら今回損をした金額分、負債を負わせるぞ。それでもいいのか?
そう尋ねると、『ああああ』達は黙り込む。
どうやら弁解も訂正も無い様だ。
「――残念だよ。『ああああ』。実に残念だ……まあ、お前達が残念な奴等なのは最初から知っていたが、今回ばかりはやり過ぎたな。とりあえず、影の世界で反省して来てくれる?」
そう言って、指パッチンすると、『ああああ』達の足元が影に覆われ、そのまま影の中に落ちていく。
「ち、ちょっと、待ってカケルく――ぎゃああああっ!?」
「「「――あああああっ!?」」」
影の精霊・シャドーが、影の世界の入り口を閉じると、『ああああ』達の悲鳴がかき消える。
「――それで? ダークエルフって言ったっけ? お前こそ、何? 誰の許可を得て、俺の奴隷を好き勝手に利用してんの?」
『――私は、ダークエルフ族のアルフォード。この場所に汚らわしいドワーフが住み着いていると報告があった為、様子を見に来た。お前こそ、何だ。何故、ドワーフの味方をする?』
「――何故って、決まってんじゃん」
そりゃあ、そうだろ。ここにいるドワーフは俺の所有物。
つまりは、庇護下にいる訳だ。当然、謂れなき迫害に遭っているのを見れば、味方をするし、俺の所有物にちょっかいを出そうとする奴を見付ければ排除したりもする。
「――そこのドワーフ達が俺の所有物だからだよ。『ああああ』達に聞いてなかったのか? まったく、よくもまあやってくれたな……」
今、自分が何をやったのかわかっているのか?
お前は俺のレアメタル事業に取り返しのつかない著しい損害を与えたんだぞ?
しかも、ドワーフの宝を横から奪い去ろうともした。
あれは、その内、俺が採掘しようとしていたものだ。
トンビが油揚げをかっさらうように、横から掠め取られては堪らない。
俺とエレメンタルは以心伝心。
指をパチンと鳴らすと、火の上位精霊・フェニックスから闇の精霊・ジェイドまですべてのエレメンタルがダークエルフを取り囲む様に姿を現した。
突如として現れたエレメンタルにダークエルフは慌てふためく。
「――こ、これはっ!? 精霊様っ?? 何故、精霊様が低俗な人間の味方を……」
おい。ドワーフもダークエルフも揃って人間軽視が過ぎるぞ。
「ドワーフ、こっちの事は俺に任せて、お前達は集落の復興作業を始めろ。仕方がないから、今回不足分のレアメタルはお前達に請求しないでおいてやるよ。とりあえず、安全な場所に避難してな」
『あ、ああ、わかった……』
「さてと、それじゃあ、足りない分のレアメタルは元凶であるダークエルフ。お前に補って貰おうか……」
そう言うと、ドワーフ達はエレメンタルに身を守られながら、集落へと戻っていく。
それを見届けた俺は、冷や汗を流しながらも気丈に振る舞うダークエルフに冷めた視線を向けた。
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