第246話 論点をすり替え、自分を正当化し被害者ぶる奴に碌な奴はいない

『――くっ、人間風情が偉そうに……! 卑怯だとは思わないのですか!? 精霊様の威を借り自分の要求を通そうとするなんてっ!』


 ――全然、卑怯だとは思わないな。卑怯上等。むしろ、誇らしいとすら思うね。ああ、その点、お前の事は逆に哀れに思うよ? エレメンタルの庇護下に入れなくて可哀想だ。心の底から哀れに思う。


「それが何か? エレメンタルの庇護下にある俺がエレメンタルの威を借りて何が悪い。汚らわしいドワーフだとか、低俗な人間だとか、認知の歪んだレッテル貼りをするお前よりよっぽどマシだ。それで、お前、まさかとは思うが、本当に汚らわしいドワーフが住み着いているという報告があったからここに来たのか? 報告通りドワーフがいたから、そのドワーフが住んでいた居住区を滅茶苦茶に破壊し、挙句の果てにはドワーフのお宝も持ち出そうとしたと……そういう事? お前には、そこに住む他種族を思いやる心がないのか? ダークエルフというのは血も涙もない蛮族的な種族の事をそう呼ぶのか? なあ、教えてくれよ」


 俺ですらその位の感情持ち合わせているぞ?

 勿論、俺に攻撃を仕掛けてくる様な阿呆な種族は除くが……。

 認知の歪んだダークエルフにそう尋ねると、当のダークエルフは……。


「――ふん。だったらどうしたというのです。この世界に住む種族はダークエルフだけでいい。汚らわしいドワーフはこの世界に不要です。まあ、この世界とは別の世界から来た人間位は奴隷として飼ってやってもいいかもしれませんけどね」

「へえ……」


 ふーん。そう……。

 ダークエルフにとって、人間やドワーフに対する価値観ってそんなものなんだ……。

 人間は、珍しく便利な奴隷。ドワーフは、元の世界におけるGと同等の存在と、そういう事か……。


「……っていうかさ、お前。何でそんなにも偉そうでいられるの?」


 周囲を見渡し、ダークエルフはハッとした表情を浮かべる。


 饒舌になって偉そうな事を言っているが、今、置かれた状況を分かっているのだろうか。全方位にエレメンタルがスタンバイし、攻撃の合図を待っているんだよ?

 状況、見えてる?

 お前のその目は節穴か?


「――くっ、この卑怯者めっ……」


 俺の言葉を聞き、ようやく状況を理解したダークエルフは悔しそうな表情を浮かべる。


「――卑怯者? 最高の誉め言葉だね……それで? それが辞世の句でいいの? お前が言う卑怯者に命乞いをしてみれば、案外。死なずに済むかもしれないぜ。俺は、お前と違って話の通じる人間だからな……」


 皮肉を交えそう言うと、ダークエルフが睨み付けてくる。


 おー、怖い怖い。

 そんなに睨み付けられたら、間違ってエレメンタルに攻撃の指示を出してしまいそうだ。


「――はくしょんっ!?」

「――っ!!!!?」


 ダークエルフが俺のクシャミに反応し、ビクりと震え上がる。

 急に吹いた風で砂埃が舞い上がり、鼻がムズムズしてクシャミが出た。


「……あれ? どうしたの? もしかして、お前の崇拝する精霊様に一斉攻撃されるとでも思った?」


 これはただの生理現象である。

 今のは俺の鼻に悪戯した砂埃が全部悪い。


「――くっ、殺せっ!」


 ダークエルフのくっころか。見るに堪えないな。それはお前に許された言葉ではない。その言葉を使っていいのは気高い女騎士的存在だけだ。

 お前はそういう感じじゃないだろう。

 どちらかと言えば、悪役ポジションのダークエルフだ。


「……安心しなよ。別に殺そうとか思ってないから」


 酷く面倒な存在だと思うが、別にそこまでの事は思っていない。

 何よりメリットがない。

 ダークエルフを殺してスッキリするのは精々、被害に遭ったドワーフ位のものだろう。


 俺は契約書を取り出すと、条項を書き込みダークエルフに提示する。


「――とりあえず、ドワーフと俺が受けた損害。ドワーフの集落が復興し、生産ラインが元に戻るまでの賠償金を算定したから、これを全額支払って貰おうか……」

「――こ、これはっ!?」


 ダークエルフは契約書に書かれた金額を見ると顔を引き攣らせる。

 世界が違うから通貨単位も違うのかと思ったが、意外とそうでもない様だ。

 ゲームあるあるなので、そこまで驚きはない。まあそういうものなのだろう。


 レアメタルを売れば、毎月最低三千億円位の利益が見込めた筈。多めに見積もって、月四千億円。ドワーフの集落復興は……まあ、一億位を見積もっておくか……。

 これをとりあえず、一年分コルに換算し、端数調整すると……。


「うん。ざっと、五兆コルって所だな。ああ、契約書に書かれている通り、支払いは一括以外認めないから。一週間以内に支払う様に、よろしくな」


 いきなり棲家をぶっ壊して、ドワーフを路頭に迷わす様なクソダークエルフに情はない。

 むしろここは、『命ではなく金銭を要求して頂きありがとうございます』と咽び喜ぶ所だろう。


 契約書を丸め、頬を軽くウリウリするとダークエルフは顔を青褪めさせたまま、動かなくなってしまった。


 ようやく自分がした事の愚かさを悟ったのだろうか?

 何不自由ない贅沢な暮らしを何百回もできる様な金額だ。その気持ちは分かる。

 しかし、敢えて言わせて貰おう。

 そんな分かり切った事を言われて初めて理解するなんて、お前の頭はカラス以下かと。

 人様に損害を与えたら補償するのが当たり前だろう。


「――ほら、急に動かなくなってどうした。何とか言ってみろよ。つーか、今すぐ契約書にサインしろ。自発的にな。その手は何の為に存在するんだ? 今、ここで、この契約書にサインをする為に存在するんだろうがよ。さあサインしろ、今、サインしろ、すぐサインしろっ!」


 執拗にペンと契約書をウリウリしてやると、ダークエルフがしゃがみ込む。


「……おい、どうした? 誰がしゃがみ込んでいいと言った」


 しゃがみ込むなら契約書にサインしてからにしてくれ。

 今更、自らの行いを後悔しても遅いんだよ。


 そんな事を考えていると、ダークエルフは案の定、額を地面に擦り付けて土下座する。

 結構見慣れた光景だ。


「――も、申し訳ご……」


 なので、『申し訳ございません』と謝罪の言葉を口にしようとするダークエルフに話を被せる形で否定する。


「――いや、そういうのはいいからさ。とりあえず、この契約書にサインしよ? お前さ、一般常識で考えて見ろよ。勝手に人様の住処をぶっ壊してくれたり、人の事を上から目線で見下したり、挙句の果てには、卑怯者呼ばわりしておいて、戦況が一変したら土下座して謝罪するので許して下さいって、そりゃあ、通らないだろ」


 ダークエルフが下げる頭一つに金銭的価値は皆無だ。

 例えば、莫大な金額の不渡りを出してしまい取引先に謝りに行ったとして、頭一つ下げれば快く許してくれるものだろうか?

 俺だったら絶対に許さないね。

 俺には、自発的に土下座をする人種全般が、あえて自分が下の人種を演じて、上の人に自己満足感を与え、それと代償に何かを得ようとするずる賢い人種にしか見えない。

 そもそも、真摯な心を持っている人は、そんな事態に陥る前に行動を起こす。

 事を犯してから行動に移す様な奴は信頼に値しない。


 このダークエルフはその傾向が顕著過ぎる。

 故に解決手段は金銭的又はそれに代わる物以外に存在しない。


 だからこそ、俺は「――そ、そんなぁ……」と泣き言をいうダークエルフの前に、ペンと契約書。そして、アイテムストレージから取り出した隷属の首輪を置く。


「――まあまあ、これにサインして隷属の首輪を嵌めてくれたら、それ以降、大概の事は許して上げるからさ……とりあえず、これにサインしよ? その後で、隷属の首輪を嵌めよ??」


 以前聞いたドワーフ達からの情報によれば、ダークエルフは契約書の効果を無効化するアイテムを持っているかもしれないとの事。

 契約書を作成しているのもダークエルフだというし、ダークエルフがそういったアイテムを持っていたとしても何ら不思議はない。だからこその隷属の首輪だ。


 ダークエルフには悪いが、契約書に縛られない可能性がある以上、万全を尽くさせて貰う。

 エレメンタル達と共にジリジリとにじり寄りながらそう言うと、観念したのかダークエルフがペンを手に取る。

 そして、俺の事をキッと睨み付けると、サイン欄に汚い字で自分の名前を書き込んだ。


『くっ、これでいいでしょ! これ以上、私に何をさせようっていうのよ。この変態っ!』


 ただ被害金額の弁済を求めただけで変態呼ばわりとは酷いダークエルフである。

 こういった論点のすり替えを行う奴に碌な奴はいない。

 目の前にいるダークエルフがいい例だ。

 自分が加害者である事を忘れ、被害者の様な立場で振る舞うその行為、吐き気を催す。

 きっと、心が淀んでいるだけではなく、性根からして邪悪なのだろう。


「……論理のすり替えをするなクソダークエルフ。隷属の首輪も付けろよ。認知の歪みが過ぎるぞ。普段から人間とドワーフを馬鹿にし過ぎてトチ狂ったか、コラ」

『――くっ……これでいいか……』


 ダークエルフは隷属の首輪を首に嵌めると、恨みがましい目で睨み付けてくる。


「そうだな……」


 ダークエルフが隷属の首輪から手を離さない事を不審に思った俺は、ダークエルフの手をのける。すると、ダークエルフが自ら首に嵌めた筈の隷属の首輪がそのまま地面に落ちた。


『あ……』


 油断も隙もあったもんじゃない。

 俺の思った通りだ。


 シーンとした空気が流れる中、ジーっとダークエルフの事を見つめていると、ダークエルフは地面に落ちた隷属の首輪を手に取り、何事も無かったかのように首に嵌めた。

 つなぎ目をみて見たが今度はちゃんと嵌っている様だ。


『――こ、これでいいでしょ! 私をどうする気。この変態っ!』

「自ら隷属の首輪を嵌める変態に言われたくねーよ。変態!」

『――な……あんたが着けろって言ったんでしょ!?』


 それもそうか。

 ああ言えばこう言うので、つい面倒臭くなって適当な返事をしてしまった。


「まあいいや……それじゃあ、清算といこう。自らの手で故郷を滅ぼしたくなければ、一週間以内に五兆コルか、それに相当する物資を持ってこい。わかったな?」


 隷属の首輪を掴みそう命令すると、ダークエルフは引き攣った表情を浮かべた。

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