第347話 人形遊びが大好きな都知事

「――停電は……もう大丈夫の様ですね。時間も限られていますので、皆様にはそろそろ結論を出して頂き、評価結果につきましては、私の方から発表させて貰いたいと思います」


 そう言うと、池谷は評価者達から評価シートを受け取り、評価結果の集計を行う。

 質疑応答もまだまだこれからだろうに強引な事だ。

 しかし、それでこそ池谷……ピンハネと長谷川の傀儡たる東京都知事といえる。

 結果ありきの結論。とはいえ、間違いは正さなければならないという東京都知事の言葉に覚悟を感じ取る事ができた。

 ならば、遠慮は不要。俺やアース・ブリッジ協会に対する配慮も不要だ。

 都知事の『間違いは正さなければならない』という言葉を聞いて、俺も全力で応援したくなった。


 俺は大精霊潜む影に視線を向けると、ピンマイクの電源を落とし、ただ一言。

『今の都知事のお言葉を実現させてやれ』とだけ呟く。

 すると、会場内が一瞬暗闇に覆われ、参加者全員が呆けた表情を浮かべる。


 ここから先どういった展開になるのか実に楽しみだ。


 俺は評価者達の顔を見てほくそ笑むと、真顔で評価結果の集計を行う池谷に視線を向ける。


「――それでは、評価結果についてお伝えしたいと思います」


 そう言うと、池谷は報道陣用に用意したパネルに評価結果を貼り付ける。


「十三名の方からご評価を頂きまして、廃止が十三票。主なコメントを纏めてお話致しますと、都民から税金を預かっている以上、判明した過ちは正さなければならないというのが主なコメントです。よって、公益財団法人アース・ブリッジ協会の公益認定は暫定的に取り消し、過去に支給した助成金の返還を求めるという結論を持ちたいと思います。以上です」


 つまり都知事の意向がそのまま反映された訳だ。

 評価者達に自分の意見はないらしい。流石である。

 実質、ここで評価を下す評価者達は、全員都知事の意向の下、動く傀儡に等しい。

 これから評価者達の事は、都知事のリカちゃん人形とでも呼ぶ事にしよう。


 池谷の言葉を受け拍手喝采が会場内を飛び交う。

 何度でも言おう流石である。まあ、実際に、公益財団法人アース・ブリッジ協会の元代表理事、長谷川のやってきた事は弁解しようのない程、最低の事だった。

 特に公金を助成金として受け取り親族企業に満額で仕事を流すなど論外もいい所だ。相場の五十倍という所も頂けない。ぐうの音も出ない判断である。


「詳細は追って伝えますが、あなたには理事長の座から降りて頂く事になるでしょうね。後任には私達が選定した人物を据える事になります」

「そうですか。ありがとうございました」


 暫定的に公益認定取消しという事は、俺を追い出し、池谷が選定した公金泥棒を後任に据えた後、公益認定復活もあり得るという事か……。

 まあ、公益認定が残った所で、俺がアース・ブリッジ協会からいなくなれば、関連する業者すべてが敵に回る。お手並み拝見といった所だな。


 隣で放心する長谷川と共に礼を言って立ち上がると、池谷が待ったをかけてくる。


「――お待ちなさい。あなたにはまだ聞きたい事があります」

「聞きたいこと?」


 聞きたい事とは一体何だろうか。

 そう尋ねると、池谷は宝くじ協議会の面々にチラリと視線を向ける。


「今回の事業仕分けは、事前に、合同で行うとお伝えしている筈です。今、あなた方に帰られては困ります」


 そういえばそうだった。

 今回の事業仕分けは、東京都側の策略により合同で行われたもの。

 別に、俺が帰った所で結末は変わらないだろうに……。

 仕方がない。茶番に付きやってやるか。

 俺が着席すると、評価者達が宝くじ協議会の面々に視線を向ける。


「それでは、これより宝くじ協議会の事業について、ご説明頂きたいと思います」


 池谷がそう言うと、宝くじ協議会の友田が説明を始める。


「宝くじ協議会の友田です。よろしくお願いします。それでは、早速、事業の説明をさせて頂きます。当宝くじ協議会は――」


 そう言って、事業の説明を始める友田。

 俺を罵倒した時や、長谷川が事業説明を行った時と違い、スムーズだ。

 まるで、台本でも読んでいるかの様な不自然さに、俺は眉をひそめる。


 これ、あれだな……。完全に台本が出来上がってるわ。


 友田は常に台本に目を向けている。

 俺がそんな事をしようものなら、下を向かず説明しろとヤジが飛んでいただろうに、下らない事をする奴等である。


「闇の大精霊、エレボス……。あいつ等が、カンニングできない様にしてやってくれ」


 大人なのにカンニングペーパー無しに喋る事ができないとは情けない。この様子はテレビ中継されている。子供に大人の不様な姿を見せるなよ。大人ならば用意された台本を読み上げるのではなく自分の言葉で語れ。

 誰かが用意してくれたカンニングペーパー片手に答弁する国会議員並みに不様だぞ。


 皆に聞こえないよう、そう呟くと、影の中に潜んでいた闇の大精霊、エレボスが友田に攻撃を仕掛ける。


 まあ、攻撃といっても大した事ではない。

 ただ、これまで読めていたカンニング用紙が読めなくなるだけだ。


 エレボスの手が、そっと、友田の目をそっと覆うと、友田は困惑した表情を浮かべ、カンニングペーパーの音読を止める。


「――また、地方自主財源の充実という意義を重視し……。うん? これは……。文字が読め……。いえ、失礼いたしました。ええと、あのですね……」


 そして、カンニングペーパーを手に取ると、目を擦り、文字を読む為、必死になって凝視する。


「――どうしたのですか? 早く続きを聞かせてください」

「は、はい。申し訳ございません。えっとですね。なんといいますか……」


 東京都知事である池谷からの問いかけに友田は狼狽しながら、ハンカチで汗を拭く。

 当然だ。なにせ、カンニングペーパーに書かれた文字が読めぬよう、エレボスにそう命じたのだから……。

 おそらく友田の目には、文字がぼやけて見えているのだろう。

 どうやっても、文字を読む事ができなかった友田は大量の冷や汗を流すと、強引に話を締めにかかる。


「――え、ええとですね。い、以上でございます」

「――はっ?」


 これには、池谷も驚きの声を上げる。

 事業説明が途中で中断されたのだから当然だ。

 しかし、それも予定調和。

 池谷はコホンと咳を吐くと、評価者達に視線を向ける。


「――た、宝くじ協議会は、これまでも、くじの存在意義や根本的な問題を含め、なぜ宝くじが刑法の特例として認められているかなど、様々な話し合いを行ってまいりました。しかしながら、存在意義が不明な割に宝くじ全体の収益金から百億近くの巨額な金が割り振られる社会貢献広報費の存在や、同団体が公益法人に対して行う助成金が極めて疑わしい事業に流れているといった問題が解決されぬまま残されており……」


 予定調和と思っていたが、そうでもなかったのだろうか。評価者の一人が宝くじ協議会の問題を指摘すると、都知事の池谷がその評価者を睨み付ける。

 実に面白い事になったものだ。


『ちょっと、あなたは何を言っているので――』


 池谷がそう声を上げると同時に、俺もマイクを手に取る。


『――都知事。まだ評価者の方が補足説明をしている最中です。話を遮らないで頂けますか? それとも話を遮らねばならないような都合の悪い話でもあるのでしょうか?』


 すまし顔でそう言うと、池谷は苦々しい表情を浮かべる。


『あのですね。部外者が口を挟まないで頂けますか?』


 予定調和を乱され怒り狂っているのだろうか。あまりに沸点が低すぎる。


『部外者とは悲しい物言いですね。まだ聞きたい事があると俺を引き留めたのは他でもない都知事ではありませんか。なら俺も関係者の一人でしょう?』


 都知事になってから反抗してくる者がいなかったのだろう。いや、いたとしても強権振り翳して潰してきた。

 しかし、強権振り翳して潰し、弱り切っているはずの羽虫が、強者である自分に意見してきたのだ。さぞかし気に食わない事だろう。

 ストレスって肌に悪いもんね。厚手の化粧がひび割れて乾燥した油絵みたいになってますよ。

 そう告げると、都知事は面白い位、顔を歪める。


『……いいですか? 私達は、あなた方の事業を評価する立場にあります。あなたとは立場が違うんです。あなたは、私の質問にだけ答えればいい。分かったら余計な口を挟まず黙りなさい』


 なるほど、これが東京都知事、池谷の恫喝か。

 私が白といえば、すべて白を地でいくとは、権力者ともなると言う事が違いますな。


『分かりました。ただ、今、都知事のリカちゃん人形が……。いえ、失礼致しました。評価者の方が補足した内容を踏まえ、皆様には、公平なジャッジをして頂きたい所ですね。アース・ブリッジ協会の公益認定は、一千万円の不正を以って暫定的に取り消され、助成金の返還を求められたのですから』


 この様子は全国に中継されている。


『盗人猛々しく聞こえるかもしれませんが、アース・ブリッジ協会があれで認定取り消しの上、助成金返還ならば、公益法人に対して行う助成金が極めて疑わしい事業に流れているといった問題が解決されぬまま残されている宝くじ協議会もまた認定を取り消されるか廃止されるべきです。宝くじの収益金もまた準公金。宝くじ協議会だかなんだか知りませんが、助成金が極めて疑わしい事業に流れているといった問題がある以上、国民から集めた準公金を疑いのある宝くじ協議会が采配するなんて論外もいい所……。話は以上です。どうぞ、事業仕分けを続けて下さい』


 都知事のリカちゃん人形達では言えない事を言い切ってやった。

 マイクを切られなくて良かったよ。ああ、そもそもワイヤレスだから切りたくても切れなかったのか。


 俺は、敢えて、ブスッとした表情を浮かべて椅子に座る。

 宝くじ協議会の席から怨嗟の籠った視線を感じるが、それはお互い様だろう。

 何せ、あちらはあちら側で俺達、宝くじ研究会の事をあらぬ冤罪で嵌めようとしているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る