第346話 項垂れる長谷川

「――環境ラベルのデザインに一千万円ですか……。一般的に、ロゴ作成にかかる費用はデザイン会社に依頼すれば、多くても二十万円程度の金額でできる筈です。何故、相場の五十倍もの値段で環境ラベルのデザイン依頼をかけたのでしょうか?」


 委員からのため息混じりの質問に、長谷川はハンカチで冷や汗を拭きながら答える。


「――は、はい。一般的にロゴ作成にかかる費用は多くて二十万円といわれております。しかしながら、環境ラベルのロゴデザインは、アース・ブリッジ協会の象徴的なマークとなる性質上、慎重に決めなければなりません。その為、デザイナーには百通りのデザインを依頼し、その中から厳選したデザインを環境ラベルとして使用しております。決して、一つのロゴデザインに対し、一千万円といった巨額な金額をかけた訳ではございません」


 純度百パーセントの嘘。

 実際は親戚に環境ラベルのデザインを一千万円で依頼し、親戚は、請負業者にデザインを依頼する。そして、仕事を与えた見返りとしてキックバックを受け取り今に至る。それが、本来の姿。百通りのデザインなんて見た事がない。


 すると、長谷川の回答を見越したかの様に委員の一人が手を挙げ発言する。


「本当に百通りのデザイン案の提示を受けたのでしょうか? 何故、百通りのデザインが必要だったのかについても教えて下さい」

「あ、ええと……、そ、それはですね……」


 そこを深く突っ込まれると非常に困る。

 百通りのデザインというのは、単に、一つのデザインに対して一千万円という途方もない金額を拠出した事を隠す為についた嘘。

 嘘を隠す為、咄嗟に嘘を重ねようとすると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「長谷川さん……。あんた、何、言ってるんですか……。百通りのデザインなんて受け取っていないでしょ?」

「なっ……。お、お前は……」


 背後から聞こえた声に長谷川は肩をガックリ落とすと、高橋翔が隣の席の前に立ち笑みを浮かべた。


 ◇◆◇


「お待たせして申し訳ございません。事務局長の件で事情聴取を受けており遅くなりました」


 軽くお辞儀をして椅子を引くと、俺は小言を言いながら椅子に座る。


「しかし、酷い事をしますね。事業仕分けを仕切る事務局長の癇癪に巻き込まれ、警備員に事情を説明していた最中であったにも関わらず、身勝手にもそちらの都合で事業仕分けを始めるなんて……」


 小言のボリュームが少し大きかっただろうか。委員達に向けてそう苦言を述べると、東京都知事兼進行役の池谷が眉間に皺を寄せる。


「……事業仕分けを始める旨、館内放送は流しました。それを聞き漏らしただけの事ではありませんか?」


 堂々と嘘を言う狸婆だ。

 流石は都知事といった所か、嘘のつき方も胴が入っている。


「いえ、不自然な事に警備室には館内放送が流れませんでした。その様子は事情聴取と共に撮影しています。何時何分に館内放送を流しました? 今ここで確認して見ましょうか?」


 そう告げると、委員の一人がテーブルを叩く。


「そんな事はどうでもいい。今は事業仕分けの最中だ! 謝罪以外の私語は慎み質問に答えなさい! 百通りのデザインを受け取っていないというのはどういう事だ!」


 狸婆だけでなくガミガミと煩い癇癪爺までいるらしい。

 どうもこうもない。

 今、話したこと。それが事実だ。

 俺は長谷川の頭を掴み、頭を下げさせる。


「誤解を与える様な発言をしてしまい申し訳ございません。前代表理事は、記憶違いをしている様です。前代表理事は東京都から受け取った助成金、一千万円をフルに使い環境ラベルのロゴ発注をしました。しかし、誤解して欲しくないのは助成金の申請要件は満たした上で発注をかけている点です。また、それに見合った以上の収益を上げ納税もしています。その点については是非、考慮して頂きたい所です」


 因みに、この件は既に詰めてある。

 長谷川が親戚に発注した金額は適正金額を差し引き全額返還させた。

 長谷川に返還要求させた所、その親戚と殺傷沙汰になりかけたらしいがそんな事は知らない。


「なにより、助成金は申請条件を満たし、不備がなければ支給されるもの……。数年前、助成金の申請をした際、東京都側もそれ確認した上で支給しています。その時の東京都知事は池谷知事でしたよね?」


 東京都知事の印が目蔵番か、それを代行する職員が無能でない限り申請した内容がおかしい事に気付く筈だ。

 それとも、アース・ブリッジ協会に助成金を渡さなければならない理由でもあったのか?

 そういえば、アース・ブリッジ協会の理事や評議員は不自然なほど元役人が多かった。

 天下り規制を潜る為か、一度、民間企業に出向させ、アース・ブリッジ協会の理事や評議員として就任している例もある。

 それは他の公益法人も同様だ。


 あれあれ、おかしいなぁ?

 何で、俺が東京都と長谷川の尻を拭いてやってるんだ?

 本来これは申請段階で東京都側が助成金の拠出はできませんと断りを入れる所だろ。

 民間企業に助成金を拠出する際は、ガチガチの資料を要求する癖に、公益法人や一般社団法人、NPOとなると途端に財布の紐が緩々になるダブスタ国賊行為止めてくれ。

 マジで迷惑だ。つーか、公益法人とズブズブな都知事は辞任しろ。

 この国にマトモな政治家はいねーのか。


 蔑みの視線を隠す事なくそう質問すると、東京都知事兼進行役の池谷は「コホン」と咳をつく。


「――なるほど、話はよくわかりました。では、ここでその間違いを正しましょう。そもそも事業仕分けは、それを正す為に開催されたものなのですから……」


 そう言うと、池谷は各委員に顔を向ける。


「へぇ……」


 流石というべきだろうか。

 随分と思い切りのいい判断をしたものだ。

 アース・ブリッジ協会に対する認定取り消しを行う為には、過去の行いを認める必要がある。

 まあ、責任を取る気は更々無さそうだけど……。


「つまりそれは、ご自分の過ちを認めるという事でよろしいでしょうか?」


 そう返答すると、池谷は表情を消し、真顔で応える。


「間違いは正さなければならないという事です。都民から都税を預かっている以上、当然の事でしょう?」


 流石は都知事だ。自分の非は一切認めず、アース・ブリッジ協会の公益認定を取り消しにくるその姿勢……。嫌いではない。

 都知事の気持ちはよく分かった。

 ならば、俺も覚悟を決めよう。


「使うつもりはなかったんだけどなぁ……」


 そう呟くと、俺の影から闇の精霊・ジェイドが、顔を覗かせた。


 使いたくなかった。本当に使いたくなかったが、こうなっては仕方がない。

 東京都知事にそれほどの思いがあるならば、俺はそれを後押しするまでだ。


 俺はメニューバーから『エレメンタル進化チケット』を二枚選択すると、闇の精霊・ジェイドを指定し『アイテムを使用する』をタップした。


 エレメンタル進化チケットとは、その名の通りエレメンタルを進化させる為に必要な課金アイテム。

 俺の敵であるピンハネが、闇の上位精霊・ディアボロスを所持している事は知っている。

 新橋大学附属病院に来た際、顔が割れたからなぁ……。

 戦力分析は簡単だったよ。

 上位精霊の存在は非常に厄介だ。

 たった一体で劣勢を優勢にひっくり返すほどの力を持っている。

 倒すのも困難だ。

 上位精霊は、上位精霊以上の存在でなければ倒すのは難しい。

 ならば、俺がやる事はただ一つ。

 敵であるピンハネが所持するエレメンタル以上のエレメンタルで圧倒する。

 ただ、それだけだ。


 アイテムを使用するをタップすると、俺の影がうにょうにょと変形する。

 思わず、吹き出しそうになったが何とか堪える。

 正直、進化エフェクトがある事をすっかり忘れていた。

 すると、上位精霊より上の大精霊に進化したエレメンタルが影から飛び出し、会場内を真っ暗に染め上げた。


「て、停電?」

「皆さん、落ち着いて下さい。すぐに非常灯に切り替わるはずです。ですので、皆さん。落ち着いて下さい」


 そう言っている間に、会場内は光を取り戻し、人々は一様に安堵の表情を浮かべる。

 その反面、俺は心の中でダラダラと冷や汗を流していた。


 ――こ、こいつ、何してくれとるんじゃああああ!


 自分の影に視線を向けると、影の中で悶え苦しむ見慣れぬエレメンタルが一体。

 これはアレだ。絶対、アレだろう。ピンハネの護衛に付いていたエレメンタルに間違いない。

 これが闇の上位精霊・ディアボロスか。案外楽勝で倒せたなって……いやいやいやいや、お前何やってんのぉぉぉぉ!?

 誰が敵のエレメンタル撃破しろなんて言ったよ!

 こういうのは、相手が調子に乗っている時、倒すのがいいんだろうがぁぁぁぁ!

 勝手な事をするんじゃないよ。

 しかし、既にピンハネのエレメンタルは虫の息。

 まるで塩をかけたなめくじの様に、影に溶け体が縮んでいく。

 いや、大精霊に進化したエレメンタルが捕食しているのだろう。

 仕方がない。

 心の中でそう呟くと、俺は、俺の護衛に付いているもう一体の闇の精霊・ジェイドに視線を送り、影の中に入り込むよう目配らせをする。

 そして、闇の精霊・ジェイドが影の中に入った事を確認すると、影の中で『エレメンタル進化チケット』を与え、闇の上位精霊・ディアボロスに進化させた。

 進化エフェクトは、大精霊に進化した時よりマシだった。

 大精霊の進化を見てただ感覚が狂っているだけかも知れないが、影が立体を伴いうねうねと畝るだけ。停電しないだけマシだ。


「ディアボロス……しばらくの間、ピンハネの護衛に付いてくれ。俺達に危害が加わる様な命令には従わず、バレない程度に見張ってくれればいい……」


 ピンハネには、エレメンタルに対するリスペクトが見られない。

 おそらく、エレメンタルの大好物であるペロペロザウルスの卵を与えていないのだろう。

 エレメンタルは奴隷じゃないんだぞ?

 ちゃんと卵を与えてご機嫌取りをしないと、エレメンタルは高いパフォーマンスを発揮できない。

 進化エフェクトで捕食されたディアボロスがいい例だ。


 アイテムストレージからペロペロザウルスの卵を取り出し、影の中に落とすと大精霊とディアボロスは俺の影を畝らせながらそれを食べ進めていく。

 そして、しばらくしてからピンハネの下に行くようお願いすると、闇の上位精霊・ディアボロスは俺から離れ、ピンハネの影へと移っていった。

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