第68話 拝啓クソ兄貴様 働きやがれ、いやマジで③
みずほ銀行キャッシュカードの一日あたりのATMご利用限度額は百万円。
百万円もの金額を引き下ろしなお残る億を超える預金残高に笑みを浮かべながら、封筒に百万円を入れる。
そして、そのまま新橋駅に向かうと山手線内回りで、クソ兄貴の待つ池袋駅に向かった。
図書館で用意した契約書は一つ。
クソ兄貴とその彼女には、連名で契約書にサインをしてもらう予定だ。
俺が契約書に一文字二ミリの大きさで書いた違反条項。
折角なので、クソ兄貴とその彼女。二人別々に設定させてもらう事にした。
どちらの条項も破らせる事、前提の条項だ。
なんなら、サインしてすぐ発動する可能性すらある。
「まだいないか……」
スマートフォンで時間を確認すると、午前十時。契約書を書いていた為、ギリギリになってしまった。
池袋駅東口の宝くじ売り場で待つ事、一時間。
午前十一時を少し過ぎた頃、『これでも急いでやってきたんですよー』とでもいわんばかりの表情を浮かべ、二人が小走りでやってくる。
「いやー、ごめんごめん! ちょっと遅れた」
「すいません。お待たせしましたぁ」
ようやくターゲットの二人が姿を現した。
「いえ、俺もつい先程着いたばかりですのでお気になさらずに……」
内心、遅えよ馬鹿。と思いながら愛想笑いを浮かべ手を振ると、クソ兄貴とその彼女が近くに寄ってくる。
「だから言ったろー? もう少し遅くても問題なかったんだよ。ミキちゃん焦り過ぎー」
「陽一さんったら、そんな事言ってぇー。弟さんを紹介してくれるって言うから急いできたんでしょー。お金くれるって言ってる人をそんなに待たせたら悪いじゃない」
いや、十分待ったから。
出会って数秒、既に心象は最悪である。
正直、何度、帰ろうと思ったかわからない。
でも、俺は帰らなかった。
それは何故か……。目の前にいるクソ兄貴とこの女を契約で縛り上げる為である。
◇◆◇
私の名は福田ミキ、二十三歳。
大学を卒業した私は定職に就かず、顔とスタイル、そしてトーク術を最大限生かした仕事をしている。
理由は簡単。そっちの方が楽にお金が稼げるからである。
毎日働いて月収二十万円とか冗談じゃない。
婚活パーティーに来る結婚願望を持つ男性に恋愛感情を抱かせ、信頼関係を築いた所で『結婚資金を貯めたい』とか『(私名義の)共同口座に結婚資金が集まったら結婚しましょう』とか言って、お金をもらう方が正直楽で儲かるのだ。
もちろん、予定額に近付いたらバッくれる予定である。
結婚パーティーに来る男は本当に騙しやすいから好きだ。
前回、年収一千万円以上のハイステータス男性限定の婚活パーティーに来た高橋陽一という男など、その典型である。
二十七歳という若さで年収一千万円というのは凄いが俺様感が強く正直、あまり好きではない。
しかし、年収一千万円以上稼いでいるというのは伊達ではなく、週一で会うたび、美味しいものを食べさせてくれるし、好きなものを買ってくれる。
そして、年収一千万円以上のハイステータス男性は、その弟までもがハイステータス。
「お待たせぇ~、陽一さん。弟さんが結婚式のご祝儀に百万円包んでくれるって本当なの?」
しかも前渡しで、だ。随分と気風がいい。
想定していた資金も貯まったし、ご祝儀を受け取り次第、バッくれよう。
「ああ、本当だよ。ご祝儀を百万円も先にくれるみたいなんだ」
「私、嬉しいわ……。そのお金は受け取ったらすぐに共同口座に振り込みましょう? ご祝儀ですもの、大切に使わなきゃ」
そう。そのお金は私の生活資金兼、遊ぶお金。
たった一ヶ月この男に付き合っただけで、三百万円。実にボロい商売だ。
「ああ、俺達二人の未来の為に貯めているお金だからね。弟から金を受け取ったらすぐに共同口座に預けよう!」
「本当に? ありがとう。陽一さん!」
腕に抱き付くと陽一のエロい視線が私の胸一直線に向かう。
――やはり潮時ね。
この視線……。いつ肉体関係を要求してきてもおかしくはない。
結婚するまで駄目と清楚に装っているが、もう限界。決壊寸前ね。
「でも大丈夫かしら? 待ち合わせの時間に一時間も遅れてしまって……」
今の時間は午前十一時前。陽一さんの弟さんとの待ち合わせは午前十時だった筈。
こんなにも遅刻してしまったのは、突然、陽一さんから連絡があった為だ。
女の子の準備には時間がかかる。
そのお蔭で一時間も遅刻してしまった。
「大丈夫、大丈夫。俺もさっきまでパチンコしてたからさ!」
いや、全然、大丈夫じゃないでしょそれ。
弟さん待たせて何やってんのよ。
私はその弟さんの連絡先知らないけど、パチンコなんてしてないで一時間ほど遅れるとか連絡して上げなさいよ。
「……それに、あいつから結婚する彼女を紹介しろって言ってきたんだ。俺があいつを待たせるのはしょっちゅうだし、仕方がないよ。さあ、ドーンと構えていこう」
「え、ええ……」
本当に大丈夫かしら?
普通、何も連絡せず一時間待たされたら怒って帰ってしまっても何も言えないんだけど……。
陽一さんと一緒に池袋駅東口の宝くじ売場に通じる階段を上ると、スマホを眺めている陽一さんそっくりの人物がスマホの画面と睨めっこをしているのが見えた。
「お、いたいた、それじゃあ走るよ。急いできましたって振りは大切だからね。適当に話し振るからアドリブよろしく!」
「え、ええ……」
――いや、だったら連絡しときなさいよ。
そう思ったが口には出さなかった。
この人にそんな事を求めても無駄だとわかっていたからだ。
そんなこんなで、私は、陽一さんと共に三文芝居を打ち弟さんに挨拶をした。
◇◆◇
「あれ、お前なんか縮んだ? なんか若返ってねえ?」
「初めまして、福田ミキです。わかぁーい。童顔なんですね♪」
「ああ、福田ミキさんですね。初めまして、高橋翔と申します。クソ兄……もとい、兄の陽一がお世話になってます」
社会の害獣たるクソ兄貴を無視して、クソ兄貴に寄生する女こと福田ミキに挨拶をする。
こいつが、クソ兄貴に巣食う寄生虫か……。
確かにクソ兄貴が騙される筈だ。この女、クソ兄貴のどストライク顔じゃないか。
一体、いくら貢いだか知らねえけど、ふざけんなよ?
まあいい。まずは……。
「とりあえず、場所を変えましょうか。どこがいいかな? お渡しするものが、ものだけに個室のある所がいいんですけど……」
そう呟くと、クソ兄貴が反応する。
「うん? それならカラオケ館にしようぜ。あそこなら個室だし、いいんじゃないか?」
「そうですね。ものがものだけにこの場やカフェで受け取る訳にはいきませんもの……」
クソ兄貴の女も乗り気だ。
ご祝儀は百万円。カフェで受け渡しをするのは危険だしね。
それに契約書にサインして貰わなければならない。
クソ兄貴に不良債権化されたら困るんだよ。こちらはね……。
「そうですね。それじゃあ、行きましょうか」
そんな内心を笑顔で隠し、二人と共にカラオケ館へと向かった。
カラオケ館は東口を出て少し歩いた所にある。
カラオケ館に到着した俺達は、一時間ほど個室を抑え部屋へと移動する。
「さてと、それじゃあ、これに記入をお願いします」
部屋に入りソファに座ると、二人の前に受取書という名の契約書とペンを置いた。
契約書とは、一般的に契約が締結されたことを証明した文書のことを言う。
受領書という形を取っているが、これもれっきとした契約書のひとつ……。
「うん? なんだ、これは?」
目の前に置かれた受領書を前に、二人は警戒心を浮かべる。
警戒心を浮かべた二人に百万円の入った封筒を見せると、途端に表情を変えた。
現金な奴らである。
金に目がない二人に札束パンチは効果抜群だ。
ご祝儀名目の金を目の前に警戒心が霧散する。
「結婚式前にご祝儀を渡すんですから、受領書くらい書いてもらわないと。連名にしてありますので、お二人の名前をこの受領書に書いて下さい。そうしたら、このご祝儀をあなた方に差し上げますよ」
当然、それは結婚のご祝儀。それを受け取ったらちゃんと結婚してもらうよ?
このクソ兄貴とね……。
あれ、そう考えると俺ってクソ兄貴にとって愛のキューピット的な存在かも……。
なんだか気持ちが悪くなってきた。
ついでに受領書に書かれている条項を破ったら罰則を与えるから、サインした後で悔やんでももう遅い。
「あれっ? 俺の十万円は?」
はあっ?
お前の十万円?
ああ、あったなそんなの……。
……まあいいや。ついでだから、くれてやるよ。
どの道、お前は真人間になるんだもの……。
クソ兄貴に見えないようアイテムストレージから十万円を取り出すと、それをそのままクソ兄貴の目の前に置く。
借用書はなしだ。
これからクソ兄貴が送る人生を考えたら、なんだか可哀想になってきた……。
自業自得だけど……。
「おおっ、ありがとう!」
クソ兄貴が俺にお礼を言う姿を見たクソ女が怪訝な表情を浮かべる。
その瞬間、クソ兄貴はお札にキスをするのを止め、それを懐にしまった。
「……こほん。確かに、お前に貸した十万円を返してもらったぞ」
はあっ?
お前に貸した十万円を返してもらった??
クソ兄貴必死のウインクに、クソ兄貴が置かれた状況を察する。
さてはコイツ……。無職のくせに年収を偽って婚活パーティーに参加したな?
なるほど、理解した。
そう言う事か……。つまり、クソ兄貴は、このクソ女の前で借金元手に大盤振る舞いをした。その結果、クソ女がクソ兄貴の事を恰好のカモだと思い、今に至る。
……あれ、そう思うと、このクソ女もある意味被害者?
やべっ、やっちゃったかも……。
ま、まあいいか……。
どの道、この女の本心もすぐむき出しになる。
もしこの百万円を受け取った後、クソ兄貴の前から姿を晦ますなら黒。
そうでなければ白だ。
億が一、本気で駄目で馬鹿で借金まみれなクソ兄貴の事を愛していて、こんなクズでも一緒に居たいと思う社会的クズしか愛せない様な残念な女だった場合、この女だけは契約を解除してあげよう。
このクズは契約書の効果でマトモになる予定だから、そんなにクズが好きなら他のクズにしておきなと云った様な意味合いで……。
だがクソ兄貴、テメーはダメだと言っておく。
俺はペンを持ち素直にサインするクソ兄貴を尻目に満面の笑みを浮かべた。
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