第256話 てめーは俺を怒らせた。怒らせたら何が起こるかシンプルな答えを教えてやる

「ふー、こんなものかな?」


 ここはセントラル王国で経営するカケルの宿。

 雑務を終え背伸びをすると、支配人が俺のデスクにコーヒーを置く。


「――カケル様。ご苦労様です」

「ああ、支配人……ありがとう」


 支配人にお礼を言うと、淹れたてのコーヒーを軽く啜る。


 うん。苦い。目が醒めるような苦さだ。

 こんなにも芳ばしくいい香りなのに不思議だ。

 何故、支配人の淹れるコーヒーはこんなにも苦いのだろうか。

 のど越しのいい強強打破を飲んでいるかのような気分だ。

 カフェイン百パーセント、苦い成分だけを煮詰めて濃縮しましたと言われても納得してしまいそうな苦さである。


 俺は支配人の淹れてくれたコーヒーをぐっと飲み干すと、支配人に礼を言う。


「うん。目が醒める美味さだね。今の俺には丁度いい苦さだよ」


 お陰で眠気が吹き飛んだ。

 もうかれこれ二日間、部屋に篭って雑務をこなしていたからな……

 他の社員からして見れば楽に見えるかも知れないが経営者というのも案外大変なのだ。それが例え、ゲーム世界の中であっても……。

 業務手順が社員に周知されていれば、案外なにもしなくても会社は問題なく回る。

 しかし、それは自分の代わりに会社を統率する者あっての事だ。

 俺の宿には勤勉で優秀な部下が揃っている。

 その為、少し位、経営から離れても会社は問題なく回る。

 とはいえ、会社も規律あって回るもの。個人経営ならまだしも、こう規模が大きくなると規律なしに組織は回らない。

 そして、規律があるからこそ、俺の手元にも仕事が回ってくる。稟議決裁承認という名のお仕事が……

 そうお礼の言葉を述べると、支配人は少し驚いた表情を浮かべる。


「いえ……とんでもございません」


 俺が礼を言う事がそんなに以外だっただろうか。支配人が俺に見せた事のない表情を見せた。


 意外そうだな。流石の俺も礼の一つくらい言う。


 俺は、俺の事を利用したり、騙そうとしたり、危害を加えようとしてくる奴が大嫌いなだけで、俺の為に頑張って働く社員を見れば褒めたり、それに見合った報酬を支払ったりもする。


 ――うん? そう考えて見ると、支配人には苦労を掛けっぱなしの様な気が……


 支配人とは、この宿を冷凍庫組の連中から巻き上げた時以来の仲だ。

 と、いうより、冷蔵庫組の連中からこの宿を巻き上げた時、この宿の支配人をしていたのでそのまま継続雇用させて貰っている。

 来月辺り、支配人を総支配人に格上げして、仕事に見合った報酬を支払い、支配人の仕事を和らげる為、何人か幹部候補を採用するか……

 今の支配人の仕事領分は、国全体に広げたゴミ処理場と宿経営の二つ。

 実務面の大半をエレメンタルが担当してくれているとはいえ、支配人も大変だろう。

 折角だし、支配人の労をねぎらう為、贈り物でもするかな。


「――支配人さ、休み以外に何か欲しいものある?」


 うちの宿は完全週休二日制・有給休暇完備。

 月曜日から金曜日まで死ぬほど働いたとしても、土曜日には泥のように眠る事ができる。

 そう尋ねると、支配人は目頭に涙を浮かべた。


「――えっ?」


 いい大人が何故、泣く。困惑だ。困惑以外の何物でもない。


「……ど、どうかしたの? 俺、何かした?」


 恐る恐るそう尋ねると、支配人はポケットからハンカチを取り出し、目頭に溜まった涙を拭う。


「――いえ、久しぶりに優しいお言葉をかけて頂きましたので少し……」

「そ、そうなんだ……」


 今の言葉のどこに優しさを感じたのだろうか?

 罪滅ぼし的な意味合いがかなり強く。当座を乗り切る為の場当たり的な発言に近い内容だと思うんだけど……まあ、支配人がそう感じたならそれでもいいか。


 俺は支配人が涙を拭くのを待ち再度声をかける。


「――それで、何か欲しいものはあるかな? 頑張ってくれているし最大限、望みを叶えて上げようと思うんだけど……」

「そうですね……それではお言葉に甘えさせて頂いて……最近、肩の凝りが酷くなってまいりましたので、それを多少なりとも和らげる物を頂けるとありがたく思います」


 なるほど、肩こり腰痛は、万国共通の永遠のテーマだもんね。


「わかった。肩凝りを和らげる物だな? 用意しておくよ」


 こっちの世界にも、何故か分からないがコンセントがあるし(動力は電気ではなく魔力の模様)とりあえず、マッサージチェアとサロンパス、入浴剤など、肩凝り解消グッズでも大量に買い漁りプレゼントするか……

 コンセントはあるのに、変に中世ヨーロッパ設定引きずっている為か、こっちの世界にマッサージチェアは存在しないからな。

 そうと決まれば、すぐにでも買いに行くか……。

 ついでに、宿にも設置するとしよう。


「それじゃあ、俺はこれから行く所があるから、また数日後。宿のことは任せた。ああ、その時に肩こり解消グッズを持ってくるから楽しみにしていてくれ」


 そう言うと、俺は部屋に戻り肩こり解消グッズを購入する為、ゲーム世界をログアウトした

 ゲーム世界をログアウトし、現実世界に戻ってきた俺は、支配人にプレゼントする予定の肩こり解消グッズを購入する為、家電量販店に向かう。

 途中、暇つぶしにスマホゲームをやろうと画面に視線を向けると、そこには数百件を超える電話通知とメッセージが届いていた。


「――うん?」


 尋常じゃない事が起こっている事だけは理解できる。

 見てみると、そこには、非通知電話や捨て垢と見られるアカウントからの誹謗中傷、ダイレクトメッセージによる殺人予告などの書き込みがされていた。


「な、なんだこれ……」


 ダイレクトメッセージには、女性の敵、エコテロリスト等といった単語がずらりと並び、中には俺や、家族、任意団体宝くじ研究会の連中の顔の写った画像が添付されているものもある。

 こんな事をする奴等といえば、先日、突っ掛かってきたあの環境活動家、白石美穂子を置いて他にはいないだろう。

 メッセージには、新橋駅前に借りた事務所がペンキ塗れになっている様子や、出前の嫌がらせだろうか?事務所に百枚を超えるピザが届いたとされる画像、何者かにつけられ怖い思いをしたという被害報告まで届いている。

 到底許されるものではない。


「やってくれたな……」


 これはあれか? 宣戦布告って奴か?

 この俺に対する宣戦布告って奴だろうか??

 念の為、SNS上で他にも何かやっていないかどうか調べてみると、任意団体宝くじ研究会がレアメタルを卸している企業に対する不買活動を推奨する『レアメタル・スポンサー不買推進の会』とかいう団体まで立ち上がっている。

 紛争鉱物を取り扱う企業に対抗する為、有志により結成されたという名目らしい。

 しかも、不買運動を推進し、扇動しているにも関わらず、『この運動による責任は各個人に帰属します』と書いてある。扇動するが責任は負いたくないという魂胆が見え見えである。

 ついでに『レアメタル・スポンサー不買推進の会』の賛同人と、白石美穂子の属する『環境問題をみんなで考え子供たちの明るい未来を支える会』のネーミングセンスを見れば、誰が裏で動いてこんな馬鹿げた行動をしているのかすぐに分かる。


「――やってくれたなぁ……テロリスト共……」


 自分の思惑通り事が進まなかったら、今度は社会を巻き込み問題提起という名の嫌がらせをする訳ですか……。

 最終的な着地点は、『公益財団法人アース・ブリッジ協会』や『環境問題をみんなで考え子供たちの明るい未来を支える会』といった(資格を持たない自称)専門家や外部有識者(という名の白石美穂子関係者)から構成される事務局がレアメタルの取引を審査し、その審査が通ったもののみ流通する事ができるよう法整備をするというもの。

 つまり、俺の持つレアメタルの流通を既得権益化し、ハリガネムシのように宿主が死ぬまで寄生し続けたいとそういう事か……

 白石美穂子が代表を務める活動団体のホームページを見ると、『レアメタルが環境に与える影響を理解しよう』という研修が新たに立ち上がっている。

 国として補助金を出す仕組みを法整備の中に盛り込み、公金を使った研修ビジネスにも手を付ける気なのだろう。これも確定申告をし、税金を納めている俺としても到底納得できない内容だ。

 その為に……目的の為に被害者を守る体で、関係ない人達を扇動し、扇動した人達を加害者に変えていく……やっている事があまりにも酷い。

 

 吐き気を催す邪悪って本当に存在するんだな……。

 何も知らぬ無知なものを利用、扇動し、自分の利益だけの為に利用する。

 環境活動家が聞いて呆れる。まるで公害。存在そのものが害悪だ。

 脳内メーカーで頭の中を覗いて見たい。きっと、脳内の九割以上が『金』か『欲』で埋まっている事だろう。


 試しに、『〇〇の会』賛同人を検索してみると、様々な『〇〇の会』で怒りの抗議活動をしている事が分かった。

 活動家にプロ市民……活動家としてお金を得ている人はその活動ができなくなったら生活できなくなってしまうからな。だから次々と看板を変え、色々な『〇〇の会』を作り上げていくのだろう。まるで、常に泳いでいないと死んでしまうマグロの様だ。


 その活動家やプロ市民の生活を守る為、目を付けられ身勝手な誹謗中傷を受けてきた企業や個人が可哀想だ。


 ――それはそうと、今回、俺がそのターゲットに選ばれてしまった訳だけど、ここまでの事をしてタダで済むと思ってないよな?


 白石美穂子も、それに賛同した活動家も、扇動に乗った馬鹿野郎共も等しく俺の敵になった訳だ。しかも、今回は、俺個人への攻撃だけではなく関係者すべてがやられている。


「――エレメンタル……」


 そう呟くと、俺の周囲に浮いているエレメンタル達が色めき始める。

 お前等、俺が何もできないと勘違いしているだろ? 甘いんだよ……。


 面白半分、冗談半分で加害行為に乗っかってきた奴も、匿名だから何を言っても問題ないと人を傷付ける様なダイレクトメッセージを送りつけてくる奴も、どうせバレないだろうと出前で嫌がらせしてきた奴等も裏でこそこそ動く自称活動家も皆、敵だ。

 すべてを破滅に追いやってやる……

 手加減しねーぞ?

 お前等は、己が利益の為にイチャモンを付け俺が大切にしている奴等を巻き込んだ。

 それだけで万死に値する。

 和解はない。やられたら数百倍にしてやり返す。

 ただ、その時が来るのを震えながら待て。


「――方法は任せる。俺達に加害行為を行った犯罪者共に、物理的、金銭的、社会的鉄槌を降してやってくれ……」


 そう呟くと、最低限の護衛を残し、エレメンタルが日本中に散っていく。

 それを見届けると、俺は支配人の肩凝り解消グッズを購入する為、ビッグカメラへと向かった。

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