第255話 めげない女活動家

「――ウザい……」


 ――ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい!


 私の考えを妄言だと否定するミソジニーの連中が……私を否定するすべての人間が……世の中の何もかもが……不条理を良しとする社会が、ウザくてウザくてウザ過ぎる!


 私が何をしたというの?

 私はただ声を上げただけじゃない。それの何がいけないの?

 誰も声を上げないから私が声を上げただけじゃない!

 学生時代、レアメタルの研究をする過程で、アフリカ中部のコンゴにあるコバルト鉱山では、児童らが危険な重労働を強いられている現実を知り、紛争鉱物による労働搾取の構造に気付かされた。

 その事実を知ってから賛同してくれる人達の力を借り活動を始めること早、十年。

 紛争鉱物で多額の利益を上げている企業にとって私の行動はさぞかし目障りなのだろう。

 そういった人々は、レアメタルが児童労働や環境汚染に繋がっている事実を暴かれ、世間に公表される事を恐れている。

 実際にこの活動を始めてから何度、妨害にあった事か……

 謂れのない誹謗中傷。プラカードを掲げ抗議活動をすれば煙たがれ、レアメタルが引き起こす環境問題を広く知って貰おうと展示会を開けば、SNSやインターネット上での荒唐無稽なデマ、過激な誹謗中傷、嫌がらせ投稿など悪質なヘイトクライムがなされる。

 この活動に対する卑劣な攻撃が多い事については、この活動をしている私が女であるという事もきっと理由の一つだろう。

 女である私が問題提起を、不平不満を正そうとする行動を起こそうとすると、「女のくせに生意気な」と言った声で黙らせようとしてくる。まさに発言する女性への攻撃。典型的なオジサン理論。性別によるアンコンシャスバイアス。典型的な女性差別、女性蔑視だ。


 警察の取り調べも酷いものだった。

 私の話をマトモに聞こうともせず、相手の主張を全面的に受け入れるよう強要。

 あの男が言っていた十億円の契約とやらも本当の事かどうかも分からない。

 契約書なんて日付一つ変えるだけで簡単に偽造できる。妨害者の用意した証拠なんて証拠にならない。環境汚染に苦しむ子供達を前に同じ事が言えるのか。そう私が訴えても警察は聞く耳を持たなかった。

 警察組織内は人種差別や女性蔑視する人間が蔓延っており、女性や子供達の権利が蔑ろにされている。信用のおけない組織だ。

 何より許せないのは、私を貶した男が実は、任意団体宝くじ研究会の代表だった事。

 つまり、私はあの男に嵌められたのだ。


「――あの男、絶対に許さない……!」


 警察に事情聴取された事も、こんな侮辱を受けたのも初めてだ。

 あの男は威力業務妨害と言って私を警察に突き出したが、威力業務妨害の『業務』には、非営利的な活動も含まれる。

 つまり、あの男は私達が行った活動を妨害したのだ。にも拘わらず、捕らえられたのは私だけ。

 どう考えてもおかしいではないか。

 これまで数多くのデモ活動をしてきて、警察のお世話になった事など一度もない。

 懇意にしている弁護士の適切な弁護活動により一時的に釈放されたものの、その弁護士からは執行猶予処分となる可能性が非常に高い事を聞かされた。ただデモ活動をしただけにも拘わらずだ。

 あまりに酷い。本当に酷い対応である。

 きっと、私が男であればこんな事にはならなかった。私が女だからこんな酷い対応をされたのだ。


 しかし、どうする。

 執行猶予中に別の犯罪を起こせば、執行猶予を取り消されてしまう可能性がある。

 それに公益財団法人アース・ブリッジ協会からの依頼を達成する為の時間は限られている。

 それに正当な手段であの男に復讐したくとも、デモ活動を封じられては……


 ――ピコンッ!


 すると、同じような活動を行っている環境活動家の仲間からSNS経由で連絡が入った。

 そこには数多くの励ましの言葉と、活動支援の申し出が書かれていた。


「――皆……」


 私が動けない事を察し、環境活動家の皆が連帯し動いてくれるようだ。

 皆が力を合わせれば、妨害者の悪質なヘイトクライムを止める事ができる。表立って動けない私の代わりに皆が動いてくれるなら、私は裏から手を回す事にしよう。

 幸いな事に、私の活動に賛同し連帯してくれる議員は数多く存在する。

 あの男も、まさか私が裏側に徹して行動に移すとは思っても見ないだろう。


「――ふ、ふふふっ……私を嵌めた事を後悔させてあげるわ……」


 活動家の横の繋がりを……私達の連帯を甘く見ない事ね。

 村井元事務次官が行方不明になった辺りから、私達、活動家に賛同してくれる議員やキャリア国家公務員は少なくなったが、完全にいなくなってしまった訳ではない。

 あと一週間ちょっとしか時間はないが、それだけ時間があれば十分だ。

 こういった時の為に、既に根回しし、進めている事がいくつもある。


『よろしく。私は裏方に徹するわ』。そう返信すると、白石美穂子は立ち上がる。

 そして、笑みを浮かべると、懇意にしている都議会議員へと電話をかけた。


 ◇◆◇


 うーん。平和だ……。

 白石美穂子とかいう頭のとち狂った環境活動家が、倉庫前でデモ活動を始めた時にはどうしようと思ったが、何事も無く逮捕されて本当に良かった。

 風の上位精霊・ジンに調べによると、何か良からぬ事を画策している見たいだが、すぐに動かなければ手遅れになるといったものではなさそうなので現状、放置している。

 戦略的放置という奴だ。


 都議会議員選挙も近い。

 議員も選挙前に執行猶予付きの活動家のいう事を聞き俺にちょっかいを出してくるなんて無茶な事はしないだろう。そんな思惑からの放置だ。

 何せ、都議会議員だからな。そんな愚かな奴が選挙で選ばれる筈がない。


 さて、そろそろ、ゲーム世界の様子でも見に行くか。あっちはあっちで問題が山積みだ……。


 ……しかし、何でこう俺の周りで問題が頻発するんだろ?

 会社員としてアメージング・コーポレーションに勤めていた時には、こんな事はなかった。

 会社員時代の問題といえば、精々、昼休みになると職場にずかずか入り込んできて保険勧誘してくる生保レディーをいなしたり、税務調査に入られ問題点を指摘されたり、社内不祥事に巻き込まれたり、電車内でオッサンに体当たりされたり、ガン付けられたりと、その程度のものだ。

 しかし、今の状況はそれとはまったく異なる。


 まあ、考えても無駄か……

 こういうのは、考えた所でどうなる問題ではない。

 災害と同じだ。そう考える事にしよう。


 いつもと変わらない新橋大学付属病院特別個室のベッドに座ると、俺は「――コネクト『Different World』」と言い、ゲーム世界にログインする事にした。


 ログインし、目を開くと、そこには、廃墟の様な建物の数々が見える。

 いつもと変わらぬスヴァルトアールヴヘイムの風景。

 あの廃墟の下にドワーフ達の住む地下集落が広がっている。


「うーん……ぱっと見、まだ、ダークエルフは金の支払いに来ていないみたいだな……」


 とりあえず、安心した。

 要求した金額も金額だし、ダークエルフは好戦的で、口も悪ければ性格も悪い。

 素直に五兆コル支払うとは思えない。

 だからこそ、契約書を書かせただけでなく隷属の首輪を嵌めた訳だが……契約書がちゃんと効果を発揮し、王女様自ら五兆コル支払う旨、交渉してくれていれば問題ないが、ダークエルフの気性を考えるとちょっと不安になる。

 まあ『ああああ』達の事はどうでもいいか。

 あいつ等は、あいつ等で支払う金がない場合、契約書がどう効果を発揮するかいい実験になる。


「とりあえず、様子を見るか……」


 どの道、一週間以内に答えは出る。

 折角だ。ドワーフがちゃんと働いているか確認してからセントラル王国に戻り、雑務を処理してから帰るかな……。

 何事も無ければ俺としてはそれでいい。

 そう。何もなければ……。


「――シャドー」


 念の為、影の精霊・シャドーを一体、地下集落の番に就けると、俺はドワーフの様子を確認する為、地下集落に向かった。


「うん。関心関心」


 地下集落では、多くのドワーフ達がレアメタルの精錬に勤めていた。

 やはりドワーフは違うな。

 暴力で物事を解決しようとするダークエルフや口先だけの『ああああ』達とは大違いだ。

 仕事に対する熱意を感じる。

 今度、安酒でも提供してやる事にしよう。


 ドワーフがちゃんと働いている事を確認した俺は、外に出ようとして足を止める。


 そう言えば、この世界からも新しい世界に行く事ができるのだろうか?


 今、解放されているのは、人間の世界・ミズガルズと、黒い妖精の国・スヴァルトアールヴヘイムのみ。あのダークエルフは以前、俺に「ヘルヘイムに落ちろ」と言っていた。


 確か、ヘルヘイムは死者の国。


「…………」


 うーん。困った。酷く困った。

 流石の俺もまだ死者の国に行きたくはない。


 くそっ、こういう時の為の『ああああ』達じゃあないか。あいつ等、今頃何をやっているんだ。


 まあ現時点では、新しい世界の解放方法は分からない。また参考文献でも読み漁って検討でもつけるか……。

 この世界、スヴァルトアールヴヘイムも解放できたし、多分、この国でも同じ事ができる筈。


 とりあえず、アレだ。

 新しい世界に行く算段が付いたら『ああああ』達をどうするかを考えよう。

 借金チャラにするとか何とか言えば、喜んで新しい世界に行ってくれるだろ。

 あいつ等はなんだかんだ言って生命力が強い。ゴキブリ並みの生命力を持っている。

 レベルは初期化してしまっているが、多分、何とかなる筈だ。

 最悪、ヘルヘイムに向かう前、パワーレベリングしてやればいい。

 まあ、それまでの間、生きていればの話だけど……。


「まあ、なる様になるか……」


 そう呟くと、俺は雑務をこなす為、転移門『ユグドラシル』を経由しセントラル王国に戻る事にした。

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