第254話 帰れって言う、お前らが帰れ。塀の中に②

 デモ集団の背後にある建物が倉庫からビルにゆっくり変化していくのを目の当たりにしながらもデモ活動を止めないデモ集団。


『――被害者と加害者の立場は一千年の歴史が流れても、数千の謝罪があったとしても変わる事はないんです! あなた方にはそれが全然、分かってない! そんなあなた方と話をしても無駄です。加害者には謝罪と賠償します以外の言葉を口にする資格はありません。そもそも、謝罪する気がないってどういう事ですか? 非常識です。人として良識を疑います。謝罪する気がないなら、帰れよ。か・え・れー! か・え・れー! か・え・れー! か・え・れー!』


 人間の盾に守られた女性がメガホン片手にそう扇動していると、新橋の往来を歩く人々が不審な目をデモ集団に向ける。

 デモをやっている場所に違和感を感じ始めたのだろう。警察官も頭を傾げ始めた。

 俺は往来を歩く新橋区民に紛れると、大きな声で疑問を呈する。


「――あんた等が営業妨害している背後の牛丼チェーン。レアメタルと何か関係あるんですかねー! それとも、レアメタルと関係があるのは二階にある高橋工業って会社ですかー?」

『――か・え・れー! か・え・れ……かえ……って、えっ? 牛丼チェーンに高橋工業??』


 すると、メガホン片手に扇動していた女性の声が段々と小さくなっていく。

 自分達の背後にある建物が何かようやく認識したのだろう。

 デモ集団の背後には、店内で怒りの表情を浮かべる牛丼チェーンの店長と、デモ集団を怖がり店から出てくる事のできなくなったお客の姿があった。


『――えっ? そ、そんなっ……これは一体……』


 メガホン片手にそう呟くと、女性は顔を青褪めさせゆっくりメガホンを降ろす。


 デモ集団が困惑するのも理解できる。いや、正確に理解できるのは俺位のものだろう。

 今、デモ集団の背後にあるのはレアメタルの受け渡しを行う為に用意した倉庫ではない。

 牛丼チェーンだ。二階には、こんな事も有ろうかと思い買収しておいたレアメタルとは何の関係もない零細企業、高橋工業の事務所がある。

 倉庫前にいた筈なのに、なんでこんな事になっているのか理解できないだろう。

 そもそも、この辺り一帯の土地は一部を除き借り切った俺の土地。

 悪意あって近付く者を問答無用で闇の精霊・ジェイドが催眠にかけ錯覚させていくのだから当たり前だ。

 俺はその期を逃さず人をかき分け、前に出て声を上げる。


「それであんた等、どこの人? 名刺は? 今、あんた等が見当違いな罵倒をして追い返した方々は俺の得意先だった人なんだ。とても憤慨した様子でね。『君が紛争鉱物を取り扱っているとは思わなかったよ』と、あんた等のデモ活動のお陰で話し合いをする間もなく十億円の契約が破談となったよ。どう責任を取ってくれるんだ? 当然、十億円の契約が破談となった責任を取ってくれるんだろうな? 証拠となる動画もある。出る所に出ても構わないんだぞ」


 そう告げると、女性は一歩後退る。


「――えっ、いや……私はそんなつもりで言った訳じゃなくて……」


 そんなつもりで言った訳ではないらしい。いや、どういう事?

 頭でもイかれてんのか?

 根拠もなく、ただの憶測と妄想であれだけ人を罵倒できるとは流石は活動家だ。思い込みが激しい。全ての人が目の前にいる活動家の女性の様に短絡的で自己中心的だとは言わないが、こと、この女性に関しては話が別。

 言い逃れできない様に、これからこの活動家に難癖を付けられる被害者を少しでも減らす為に思いきり詰めておく必要がありそうだ。


「じゃあ、どういうつもりで言ったんだ? 集団でうちの会社を取り囲み、大切な得意先を勝手な思い込みで罵倒した結果、十億円の契約が破談となった訳だけど。一体、どういうつもりでそんな事を言ったんだ? 言い訳はいいから、さっさと名刺を出せよ。それとも、威力業務妨害で警察に届けられたいか? 丁度、そこに警察官がいるし、一部始終を見ていただろうから現行犯逮捕になるかも知れないぜ? 破談になった十億円を賠償するか、警察に届けられたいか今すぐ選択しろ」

「うっ……そ、それは……」


 実際の所、さっきの客は一階にある牛丼チェーンに朝食を食べに来ただけのただのサラリーマン。しかし、それをこの女は知らない。

 活動家の女性は顔を青褪めさせるだけで俯いたまま、動かなくなってしまった。

『道を勝手に塞ぎ、プラカードを掲げ、人の迷惑を顧みずメガホン片手に言いたい事を主張します。でも、何かがあったとしても責任は取りません』なんて許される訳ねーだろ。行動には責任が伴う。悪さをして黙って泣いて許されるのは幼稚園に入学するまでだ。お前の言語読解能力や思考能力は幼稚園児以下か?

 それとも、不治の病『謝ったら死ぬ病』でも患っているのか?

 もしそうだとしたらどうしようもないな。心の底から救いようのない奴と言わざるを得ない。


「……そもそも、この場所で抗議活動を行う為の許可をとっているんですかね? 他の人に迷惑をかける可能性を一ミリでも考えて抗議活動をしましたか? すべて憶測でものを言っているように聞こえましたが、当然証拠はあるんですよね? まさか証拠もなしに憶測だけで抗議活動を繰り広げていた訳ではありませんよね?? 何とか言ったらどうなんですか? こっちはあんた等のせいで甚大な被害を被っているんですけど、謝罪の言葉一つすらないんですか? 賠償は? そんな覚悟もなく活動家なんてやってるんですか? さっきまではメガホン片手にして饒舌に喋っていたじゃないですか。そういえば、言っていましたよね。被害者と加害者の立場は一千年の歴史が流れても、数千の謝罪があったとしても変わる事はないとかなんとか。同感です。被害者になった今、その事がよく分かりました。まあ、そもそも、あなたに謝罪する意思も賠償する気もないんだから当たり前ですよね? そりゃあ一千年続く訳だ。あんたの様な奴が加害者であれば尚更、よく恥じらいもなくよく言えたものだ。ブーメランって知ってます? あなたの言った言葉がブーメランとなって頭に突き刺さってますよ? 被害者として言わせてもらいますが、加害者であるあなたには金輪際、被害者ぶった言葉を使って欲しくないですね。つーか、二度と使うな。おこがましい。そもそも、謝罪する気がないってどういう事ですか? 非常識です。人として良識を疑います。謝る気がないなら、お前らこそ帰れよ、刑務所に。支払うべき賠償金支払って、刑期終えるまでシャバに出てくんな」


 すると、女性は醜く顔を歪めながら更に黙りこくってしまう。


「あれ、もしかして、加害者であるあなたが被害者である俺に対して何か言いたい事でもあるんですか? どこかの誰かが、加害者には謝罪と賠償します以外の言葉を口にする資格はありません。とか何とか言ってましたよ。いい言葉ですよね。これ、誰の言葉だったかな? あなたの言葉じゃありませんでしたっけ? それで? いつまで黙っている気ですか? 謝罪は? 賠償は? もしかして、刑務所に行く事を希望しているんですか?」

「うっ!? ぐっ……!」


 ここまで罵倒しまくっているのに何も返してこないとは……。

 大勢はあちら側に不利だと悟ったのか、人間の盾も全く機能していない。

 むしろ、人間の盾達も訴えられやしないかとヒヤヒヤしていそうな雰囲気だ。


「――はあっ……まあまだまだ言いたい事はありますが、謝罪する気も賠償する気もないんじゃ仕方がないですね。ああ、もう名刺はいいですよ。代わりに、威力業務妨害の現行犯であなたを警察に引き渡しますから」

「――なっ!? そんなっ!」


 そんなじゃない。だったら最初からくだらないデモ活動なんかするな。

 それ、ただのお気持ち表明パフォーマンスだろ。そんな馬鹿げた事で人を罵倒し、口から妄想垂れ流してるんじゃねえ。

 俺のレアメタルが紛争鉱物? 違うな、間違っているぞ。俺の持つレアメタルはアフリカ中部のコンゴにあるコバルト鉱山で採れた紛争鉱物ではない。

 ゲーム世界で、俺の事を奴隷として働かせようとしたドワーフを逆に捕らえ鉱山で働かせて生産している紛争とは全く関係のない鉱物だ。

 確かに重労働させているが、ドワーフはその道のプロフェッショナルだし、児童を働かせるよりよっぽど安全に気を使っている。


 俺はため息を吐くと、近くに突っ立ったままの警察官に声をかける。


「……すいません。威力業務妨害の現行犯でこの人達を逮捕してください。どの会社の事を言っていたのか全く分かりませんが、こちらは、この人達のデモ活動が原因で十億円の契約が破談となりました。刑事だけでなく民事でも訴えますのでそのつもりでいてください」


 まあ、破談となったのは、打ち切った一部の業者との取引なので、実の所、まったく影響はない。むしろ、民事で訴えるきっかけをくれてありがとうと感謝したい気分だ。

 そして、デモ活動を抑制する為に集まってくれた警察官の方々にもお礼を言いたい。

 よくぞ、威力業務妨害を仕出かした犯罪者(デモ隊)を取り囲む様に包囲してくれた。

 これで、ここに集まった人全員を捕らえ訴える事ができる。


 追い込んでやるよ。絶対に解散に追い込んでやる。

 当事者になってデモ活動をする活動家の危険性がよく分かった。

 今回、事前に対策を練っていたから何とかなったが、もしこれが計画的なもので用意周到に組まれたものであった場合、成す術がなかったと思う。


 いやー、世の中広いな。今まで、あまり関わり合いになる事なんてなかったから、こんな人種がいるとは想像すらしていなかった。

 よくわかったよ。現実と妄想の区別がついておらず、自分の思い込みを正しいものとして信じ込み行動に移すような、存在自体が害悪で迷惑極まりない人間がいるという事実を……。


 目の前にいる女性がまさにそれだ。

 視線を向けると、女性は俺の事を射殺すかの様な視線を向けてくる。

 怖いな、完全に敵認定されてしまったようだ。

 まあ、元々のターゲットは最初から俺だった見たいだし、今日はいい勉強になった。


「それじゃあ、警察に被害届を出した後、弁護士に依頼して民事訴訟の用意をして待ってるから、事情聴取頑張ってねー!」


 警察官達に無言でドナドナされていく活動家の集団に向かってそう言うと、何故か警察官に「余計な事を言わないように」と注意された。

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