第253話 帰れって言う、お前らが帰れ。塀の中に①

 都内にある公益財団法人アース・ブリッジ協会の本拠地。

 そこには任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部からレアメタルの取引を打ち切られた業者達が集まり、代表理事である長谷川清照を取り囲んでいた。


「――長谷川さん。あんたの言う通りにしたらレアメタルの取引を打ち切られた訳だが……何か言う事はないか?」

「そうだ! こっちはあんたから頼まれレアメタルを融通する契約を結んだその日の内に取引を打ち切られた! どうしてくれる!」


「――い、いや、まあ皆さん。まずは落ち着いて……何も完全に取引を打ち切られた訳ではないでしょう? 大丈夫ですよ。一時的な問題です。少し時間を置けば、あっちから取引再開を願い出てくれます」


 むしろ、そうでなくてはこちらが困る。

 くそっ、何でこんな事に……。


「――あなたは事の重大性がまるで分っていないようですね? 我々は、貴重なレアメタルを手にするチャンスをフイにしたのですよ。これでは、あなた達との取引も考え直さなければなりませんね……」

「――えっ……お、お待ち下さい!」


 今、ここに集まっているのは、普段から環境エコ認定マークの普及促進に尽力して下さっている鉄鋼、金属業界の重鎮ばかり。協会の代表である私が原因で取引を打ち切られるのだけは非常に拙い。


「――わ、私に考えがあります! 一ヶ月……いえ、二週間だけ私に時間を下さい!」


 まさかこんな事になるなんて思っても見なかったがこうなっては仕方がない。

 どんな手段を使ってでもこの方々との取引を再開させなければ……!


「……わかりました。二週間ですね? それ以上、待つ事はできませんよ?」

「しかし、どんな手段を使って取引を再開させるつもりなんだ? まさかとは思うが法に触れるような事を考えている訳じゃないだろうね?」


「も、勿論です! 合法……あくまでも合法な手段で取引再開を実現して見せます! で、ですのでしばらくの間、どうか静観頂けると……」

「ふうむ。まあ、君がそう言うなら、しばらくの間、静観しよう。だが、二週間後、レアメタル事業部との取引が再開されなかったらどうなるかわかっているね?」


「は、はい。それはもう……! ぜ、全力で事に当たらせて頂きたいと思います」


 環境ラベルは大企業の協力があって初めて国民に認知される。この環境ラベルに法的拘束力がない以上、今、この方々に見放されては協会運営も儘ならなくなってしまう。


 国の意識が変わり、キャリア国家公務員OBにとって厳しい環境となった今でもまだやれる事はある。

 私に与えられた権力やコネクションのすべてを使って事を成し遂げる。それ以外に残された道はない。


 協会の取引先を見送ると、長谷川は目に黒い炎を宿し受話器を取る。


「……ああ、君か? 私だ」


 電話をかけた先は、懇意にしている特定非営利活動法人の代表にして環境活動団体『環境問題をみんなで考え地球の未来を支える会』の発起人、白石美穂子代表。


「……例の件、私も腹を括ったよ。是非とも協力させて頂きたい。その為に必要な事があればなんでも言ってくれ……ただし、これには条件がある。二週間。二週間以内に話の流れを君が以前言っていた状態に持っていきたい。できるか?」

『――例の任意団体の件ですよね? ええ、勿論。代表理事が協力して下さるのであれば、簡単です。それに、元々、あそこの代表は私達の活動に非協力的でしたし、本来、レアメタルの問題は私達の様な団体ではなく国が率先して動かなくてはならない問題。今こそ怒りを言葉に代え、レアメタルが環境に与える影響について発信する時です』

「そうだな……」


 この特定非営利活動法人の代表は少々、思い込みが激しい所があるが、行動力だけは人並み外れている。

 何より、市民活動団体という存在は、少数の意見を社会に知らしめ通したい時、非常に便利な存在だ。


『少なくとも、レアメタルの取引をする際には、専門家や有識者から構成される事務局が審査し、その審査が通ったもののみ流通するよう法整備しなければなりません! いや、本来そうするべきなのです! 私達はレアメタル問題に詳しい専門家を数多く抱えています。ぜひ、この機会に声を上げ社会に変革を――』

「そうだな……それでは、頼んだぞ」

『――成し遂げなければ……はい。わかりました。私達に任せて下さい。それでは――』


 電話が切れると、長谷川は安堵の表情を浮かべる。


「……これでよし」


 今回の件で、白石に理事のポストを用意するよう要求されるだろうが、得意先の信頼を失い取引を打ち切られるよりよっぽどマシだ。


 お陰でこちらもいらぬダメージを受ける事となった。

 まあ、それはあちら側も同じ事。環境活動団体を敵に回して、これまでと同じよう営利活動ができるか楽しみだ。

 落とし所としてはそうだな……。

 環境エコ認定マークの取得させ、我々の審査を受けたレアメタル以外の取引を禁じ、その審査過程に白石の環境活動団体を噛ませるといった所だろうか。

 そして、ゆくゆくはあの団体の経営権を……。


「まったく、最初から私の言う通りにしていればこうはならなかったというのに……馬鹿な連中だ……」


 そう呟くと、長谷川はすっかり温くなったドリップコーヒーの入ったカップを持つと、ホッと一息つきコーヒーをひと啜りした。


 ◇◆◇


 翌日、搬入搬出作業を行う為、レアメタルを保管する予定の倉庫に向かうと、そこには、搬出用ゲートの真隣に陣取る人の集団があった。

 ただの人の集団というには毛並みが異なる。

 どちらかといえば、法秩序に従う気のない気狂いや犯罪者、アウトローとどこか似通ったそんな空気を感じる。

 それと同時に物々しい雰囲気の警察官達も搬出用ゲート近くに陣取っている人達を見張る様にギラギラとした視線を浮かべている。その様子を報道関係者と思わしき人が熱心に撮影していた。

 何だ何だ? これから何が起こるんだ?

 何かイベントでも起きるのか?


 そんな面持ちで事の推移を見守っていると、搬出用ゲート近くに陣取っていた人達が円を描き、バリケードの様に人の壁を築いた。

 そして、数人の男女がプラカードの様な物を配布すると、それを道行く人達に見せ付ける様に掲げる。

 その様子はまるで人間の壁……いや、人間の盾の様だ。


 そう言えば、どこぞのフェミ議員が女の盾とか言って、自身の目的を果たす為に性を犠牲にして部屋の前に配置し、それを排除しようとすると「触るな! セクハラだ! 訴えてやる」とか意味不明な事を言い、議員を監禁した事件があった事を思い出した。多分、こういう事を普通にやったり、正当化する人というのは、自分が人として最低の行為をしている事を認識しない都合の良い時にだけダブルスタンダードな事を言い出す卑怯者か、加害者になっている事に気付かないフリをして自分の主張だけ押し通そうとする歪んだ認知の持ち主なのだろう。

 軍事作戦において民間人に兵士の前を進むことを強制し兵士の安全を図る戦争犯罪を想起させる。


 人間の盾を周囲に展開すると、円の中心に一人の女性が立ち、メガホン片手に大きな声を上げた。


『えー、皆さん。本日はお集まり頂きありがとうございます。私達は今日、ここで抗議デモを行う為に集まりました』


 なんだ。何かと思えば、ただの活動家の集会か。

 しかし、朝から道を塞ぎメガホン片手に大声を上げるなんて何を考えているんだ?

 確か、道路上でデモ活動を行う場合、道路交通法七十七条に基づき書簡警察署長の許可を得る必要があったはず。

 許可を取っていたとしても、会社に入れないよう入口を封鎖しデモ活動をしているし、搬入搬出用ゲートに少し被る形で人間の盾が陣取っている。

 警察がそれを良しとするような許可を出すとは思えない。

 まあ、俺の中の認識で、活動家という存在は、人の迷惑を顧みず、誰誰彼構わず騒ぎ立て気持ちよくなりたい。事を大きくするのが仕事のクレーマーと認識しているので今更驚く事はないが、あまりにもこれは酷い。


 そんな事を考えている内にも演説が進んでいく。


『――歩行者の皆さん、新橋に住んでいる住民の皆さんは知っていますか? 今、アフリカ中部のコンゴにあるコバルト鉱山では、児童らが危険な重労働を強いられています。コバルトは充電式電池の電極に使われるレアメタル産出国――労働搾取が行われているのです。このコバルト鉱山では、事故で死亡したり、障害を負ったりする児童が後を絶えません。深刻な人権侵害が今、この時起こっているのです。私は今日、居ても立ってもいられない気持ちでここに来ました。日本には、紛争鉱物取引を規制する法律がありません。国としての対応が余りにも遅れているんです。皆さん、見えますか? 私達の背後に見える会社は、そんな紛争鉱物を取り扱っているんです。人権侵害に加担する鉱物を仕入れ、それを売り捌こうとしているのです! あまりにも酷い。本当に許せないと思います――あ、来ました。見て下さい。あの人達です。あの人達が紛争鉱物を日本に持ち込み売り捌こうとしている人達です』


 視線を向けると、スーツを着た男達が困惑した表情を浮かべ、デモ集団に向かっていくのが見える。


「――これはなんの騒ぎですか!」

「通行の妨げになります。どいて下さい!」

「何なんですか、あなた達はっ!」


 至極真っ当な意見だ。

 これは通行を妨げているデモ団体が百パーセント悪い。


『――皆さん。聞きましたか。これはなんの騒ぎだ。通行の妨げになる。人権侵害に加担している加害企業の職員がまるで他人事の様な物言い。紛争鉱物を扱う企業がいるからコンゴの子供達の被害はなくならないんです。本当に酷い。何故、紛争鉱物を売って儲ける企業の為に、子供達の命が、未来がないがしろにされなければならないのでしょうか』


 そう女性が煽ると、プラカードを持った人間の盾が言葉を発する。


「帰れー!」

「そうだ。加害企業の職員は帰れー!」


『そうだ。帰れー! 加害企業で働いているあなた方もね。加担しているんです。絶対に許せません。コンゴの子供達の労働搾取を見て見ぬふりをするのは、加害行為に加担している事に他なりません。か・え・れー! か・え・れー! か・え・れー! か・え・れー!』


 新橋の横道に木霊する帰れコール。

 警察も様子を見ているだけのようだし、当事者の一人として、これ以上、見ていられない。


「――ジェイド」


 闇の精霊・ジェイドに向けてそう呟くと、デモ集団の背後の建物が倉庫からビルに変化した。

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