第252話 裏でこそこそ動く陰湿な人に対する対処法

 都内にある公益財団法人アース・ブリッジ協会の本拠地。

 任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部からレアメタルの購入を打診された複数の得意先に対し、環境エコ認定マークを取得するよう働きかけてくれないかと打診した同法人の代表理事である長谷川清照がお気に入りのマグカップに挽きたてのコーヒーをドリップしていると、部屋のドアをドンドンと叩く音が聞こえてくる。


「――なんだね、騒々しい……入りたまえ」


 まったく、朝から何を慌てているのだ。

 貴重な朝のひと時を打ち壊しにされた気分の長谷川が入室許可を出すと、職員が血相を変えて部屋の中に入ってくる。


「――だ、代表理事、大変です! 稀金属産業や日野金属、数社の得意先から代表理事を出せとお怒りの電話がっ……!」

「なにっ?」


 稀金属産業に日野金属といえば、どの得意先も任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部に対し、環境ラベルの取得を促すよう依頼した得意先ではないか……。一体何が起こって……。


 電話機を見ると、保留ランプがすべて点滅している。

 流石の私もこれすべてに対応するのは物理的に不可能だ。


「……わかった。こちらから電話をかけ直す。一旦、その旨をすべての得意先に伝えなさい」

「は、はい。わかりました」


 そう告げると、職員は慌ただしく部屋を後にする。

 すると今度は、デスクの上で充電中のスマホから着信音が鳴り響く。


「――まったく、コーヒーを飲んでいる暇もない。うん? この電話は……日野金属の日野社長からか……」


会社の電話に出なかったからといって、スマホに電話を掛けてくるとは一体、何を慌てているんだ。


「……ああ、社長。代表理事の長谷川でございます。先日はどうもありがとうございました。それで、本日はどうされましたかな? 先ほど電話があったと話を聞きましたが……」


 コーヒーカップをデスクに置き、スマホを取ると、電話口から日野社長の喧しい声が聞こえてくる。


『……長谷川さん。これは一体、どういう事ですか……聞いていた話とまったく違う!』

「――えっ? それはどういう……」


 一体、何を言っているのかわからず、そうポツリと呟くと、日野社長は烈火の如く怒り出す。


『――どうもこうもないよ! あんたが大丈夫だと言うから環境ラベルの取得を促したのに、それが原因で取引を打ち切られてしまったじゃないか!』

「えっ――ち、ちょっと待って下さい!? 取引を打ち切られた? うちが原因で取引が打ち切られたというのですか!?」


 状況が掴めず、そう口にすると怒りが収まらないのか日野社長は吐き捨てるように言う。


『だから、そう言っているだろう! お陰で数十億の機会損失を被る事になったよ! あなたの所との取引も考え直さなきゃいけないなっ!』

「――日野社長? 日野社長!? ちょっとお待ちくださ――!」

『――ガチャ!』


 怒りのままに電話を切ったのだろう。

 受話器を叩き付けた際に発生したガチャ切り音が耳に酷く残る。

 長谷川はスマホを持った腕をだらりと棒のように下げると、呆然とした表情を浮かべた。


「……い、一体、何が……何が起こっているというのだ」


 私はただ普段から当協会の環境ラベルを愛用頂いている得意先を経由して、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部に同調圧力をかけただけだ。

 レアメタルの取引には数百、数千億単位の金が動く。

 購入する得意先の意向を無視する事はできまいとの思惑で話を持ち掛けて頂いたが、まさか、レアメタル事業部がレアメタルを購入する得意先の意向を無視、それ所か取引自体を打ち切るとは思いもしなかった。

 レアメタル事業部の行動は、普通に考えれば、絶対にありえない行動だ。


「――も、もしや、私が声をかけた得意先すべてが取引を打ち切られたのか……?」


 その事に思い至った長谷川は愕然とした表情を浮かべる。


「ま、拙い……」


 これは拙い事になった。もし私のお願いが原因で取引を打ち切られ数十億円単位の機会損失を得意先に与えてしまったのであれば大変な事になる。

 圧力をかけてくれないかとお願いベースで申し出た為、実際に損害賠償訴訟を起こされる事はないだろうが、信頼関係は地に落ちたと見て間違いない。

 それ所か、話を持ち掛けた得意先すべてから契約を打ち切られる可能性すらある。


「――す、数百、数千億単位の取引だぞ……? 我々、協会との契約はその内、たった一パーセントにも満たない契約ではないか……取引そのものをふいにしてまでやることではないだろう」


 何という愚かしさだ。

 凡そ、経営というものが何もわかっていない。

 そもそも、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部に天下った理事達は何をしているんだ。

 何故、そんな横暴を通した。何の為に、その団体に天下ったのだ。

 完全に目的をはき違えているとしか思えない。

 兎に角、この状況を何とかしなければ……。


 長谷川は、クレーム目的で電話をかけてきている得意先を後回しに、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部へと電話をかける。


「――公益財団法人アース・ブリッジ協会、代表理事の長谷川だが、そちらの代表と話をしたい。今すぐ電話を繋いでくれ」


 電話をかけてすぐ、電話に出た職員にそう伝えると、向こう側の職員が難色を示した。


『代表は、ランチミーティングに出ております。本日の来社予定はありません』

「――君は、私が誰かわかっているのかね。公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事、長谷川だぞ? 代表が外に出ているのはわかった。それなら、携帯の番号を教えなさい!」


 こちらは一刻を争う事態に直面しているのだ。

 ランチミーティングなんか知った事か!

 不躾ざまにそう言うと、向こう側の職員は……。


『代表はプライベートな携帯しか持っていないので、外部の方に番号を教える事ができません。申し訳ございませんが、明日以降、再度、ご連絡頂けますようよろしくお願いします』


 そう言って、電話を切った。

 あまりに不快な対応を受けた長谷川は顔を紅潮させ激怒する。


「――なっ、何なんだ、この対応はっ! 仮にも代表なら法人用携帯位持っておけっ!」


 あまりの対応の悪さに長谷川はデスクを強く叩く。

 しかし、代表と話ができない以上、長谷川にできる事は限られてくる。


「何かないか……何かないか……! そうだっ!!」


 よく考えて見れば、すべての得意先に対して環境エコ認定マークの取得を促すよう依頼をかけた訳ではない。

 レアメタルを購入する事ができず困っている得意先がいるなら、そのレアメタルを融通して貰えばいい話ではないか!

 そう考えた長谷川はすぐさま懇意にしている銀行員に連絡する。


「――ああ、公益財団法人アース・ブリッジ協会、代表理事の長谷川です。ご無沙汰しております。ああ、西野さん。実は少々、お願いがありまして……何、西野さんにしてみれば簡単な事なんですがね?」


 そう言うと、長谷川は西野に、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部が流したレアメタルを自らの得意先に融通して貰う事ができないか相談する。


『長谷川さんの頼みとあっては聞かない訳にいきませんね。ただ一応、当たってみますがあまり期待しないでいて下さいね?』

「ええ、わかっています」


 そう言いつつ、銀行にも多くのキャリア国家公務員OBが天下っている。

 銀行員は優秀だ。待っていれば、すぐに結果を出してくれるだろう。


「……それじゃあ、よろしくお願いしますね。また今度、飯でも食べに行きましょう」


 そう言って、電話を切った数時間後、長谷川の携帯電話に銀行員の西野から消え入りそうな声で電話が入った。


 ◇◆◇


「えー、理事の皆さんに良いお知らせと悪いお知らせがあります」


 ここは、新橋駅前近くに構えた任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部の事務所の一室。

 お通夜の様な雰囲気の中、開口一番、そう告げると、理事達の顔が強張る。


「折角なので、まずは悪い報告からする事にしましょう。えー、皆さんにご紹介頂きましたレアメタル購入業者の内、残念ながら半数の業者が弊社に環境ラベルの取得を迫り、残った業者の半数が取引を打ち切られた業者にレアメタルの横流しをしようとした結果、約七十五パーセントの業者との取引を打ち切る事となりました」

「「「――えっ……」」」


 まさかこんな事になると思っていなかったのだろう。理事達が驚くのもよく分かる。

 折角、(ドワーフによるゲーム世界ならではの精錬技術により)環境負荷もほぼゼロに近く、高品質なレアメタルをもの凄く安い値段で業者に卸そうとしたら、その中に転売ヤーと環境ゴロが混じっていたのだ。

 お陰で半数以上の業者を切る事になってしまった。

 とはいえ、業者の数が多くなれば、それだけ多くの石が混じる事は予想できた。

 業者は玉石混交。二十五パーセントの玉が残っただけでも十分。

 その二十五パーセントの玉に、レアメタルが流れる事でレアメタル業界に属する企業の順位変動が起こるかもしれないが、そんな事は俺の知った事ではない。


「その代わり、残りの二十五パーセントの業者にすべてのレアメタルを卸す事にしました。また資金が足りない業者や、融資を希望する業者にはポケットマネーから無利子無利息でお金を貸し出します」


 無利子無利息なので出資法違反とならず、契約はゲーム世界の契約書を用いて行うので、不足の事態が起こらない限り確実に回収する事ができる。

 レアメタル産出国の寡占状態も崩れるだろうからきっと面白い事になる。


 ふふふっ、とほくそ笑んでいると、理事の一人が手を上げる。


「え、えっと、それは高橋さんの持つ資産からお金を貸し出すという事でしょうか?」

「はい。その通りです。ああ、でもお金を貸すのはレアメタル事業に絡む業者のみですよ?」


 流石の俺も無限の金を持っている訳ではない。貸す金にも限度がある。


「し、しかし、それは流石にやり過ぎなのではないでしょうか? そんな事をされては我々の立場が……レアメタルの采配をしていいというお話はなくなってしまったのでしょうか……」

「えっ? なくなってないですよ?」


 誰がそんないい加減な事を言ったんだ?


「俺が金を貸すとはいえ、そんな大量のレアメタルを特定の業者が毎月、決まった量を買い取れる筈がないじゃないですか。レアメタルの采配は引き続き皆さんにお願いするつもりですよ」


 まあ、変な業者を連れてきたら問答無用で切るし、采配できるのも今の業者が生産基盤を整えるまでのほんの少しの間だけだけど……。


「たがら安心して業務に邁進して下さいね」


 そう言うと、俺は笑みを浮かべた。

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