第251話 公益財団法人って、本当に必要? 天下りの温床になるだけならいらなくね?
ここは、都内にある公益財団法人アース・ブリッジ協会の本拠地。
環境省の事務次官を退任し、公益財団法人アース・ブリッジ協会の代表理事となった長谷川清照はテーブルを怒りに任せドンと叩く。
「――宝くじ研究会に向かわせた職員が不法侵入で捕まっただと?」
「はい。その様で……」
「――はい。その様で? 『はい。その様で……』じゃないだろう! 二日前から連絡が取れないと思えば……宝くじ研究会の理事達とは話がついていたのではなかったのか!?」
長谷川はテーブルに置かれた封筒を力任せに握り潰す。
そこには、一通の訴状が入っていた。
訴状には、アース・ブリッジ協会の代表理事である私に対し、逮捕された馬鹿者共を嗾しかけ教唆した幇助犯として訴える旨が記載されている。しかも和解はないらしい。
「……何故、この私まで訴えられなければならないのだ!」
仕入れたレアメタルの采配を行う任意団体宝くじ研究会を協賛法人に加え、采配を行う企業に対し取引を行う際、環境エコ認定マークの促進を行う事で取得に前向きではなかった企業の環境エコ認定マークの取得を進める。そう理事達とは話がついていた筈だ。
『宝くじ研究会の理事を務める事になったからよろしく頼むよ』と、就任前に挨拶に来たのは理事達の方ではないか。
なのに何故、我々の職員を警察に……!
あまり表沙汰にはなっていないが、元キャリア国家公務員OBである村井元事務次官の不祥事発覚以降、国が天下りや公益法人を厳しく取り締まる方向に舵を切った為、省庁内部は様変わりしている。
正気を取り戻したキャリア国家公務員主導でそれを是正する動きも見られるが、国という一大組織が一度そう舵を切ったからには、この流れを元に戻す事は容易ではない。
「これは良くない。早目に手を打たなければ……」
そう呟くと、長谷川はスマホを手に取り電話をかけた。
◆◇◆
任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部が発足し、各企業にレアメタルの供給を始めてから二日後。俺は契約書により傀儡と化した理事に呼び出された。
傀儡と化したといっても、生活のすべてを縛る訳ではない。
キックバックの要求や任意団体の金を不正利用させないといった馬鹿でもわかる様な当たり前の事を遵守させ、真面目に仕事をして貰っているだけだ。
最低二年間は、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部から逃れる事はできないし、それ以降も、過度に高い報酬をもらい余生を送る事はできないよう契約書で縛らせて貰ってはいるが、それはご愛敬というもの。
今の理事達は私欲に囚われず真面目に職務をこなしている。
だからこそ、こいつ等が何を言っているのか俺には理解できなかった。
「――はあっ? レアメタルを供給している一部の企業から環境エコ認定マークの取得を求められている?」
「はい。既に環境エコ認定マークを取得している幾つかの企業から、他の企業や事業主にも環境エコ認定マークの取得と取引先にも取得を促す様、働きかけてくれないかと依頼がありまして……」
「依頼って……」
それ、お前等が宝くじ研究会の理事になる前に軽々しくアース・ブリッジ協会とかいう公益財団法人と口約束したからそんな事になっているんじゃねーの?
恐る恐る発言をした理事にジロリと目を向けると、理事の頬に汗が伝う。
「……それ、断れば? そもそも強要されるような事じゃないよね?」
そもそも、公益財団法人アース・ブリッジ協会の作成した環境エコ認定マークは環境への負荷が少ないと認定された商品やサービスに付けられる環境ラベルの一種。
俺の中では、公益財団法人日本環境協会が環境省の依頼を受け作成したエコマークという環境ラベルのパチモンという認識でしかない。
まあ、環境ラベル自体、一つの物差しで評価できる統合化された評価手法がない中、生み出されたものだし、環境ラベル本来の目的は、環境に優しい商品やサービスが優先的に選ばれて購入される為に環境情報を提供する目安となるものの筈。強要されてやるべき事ではない。
俺の問いかけに理事の一人がハンカチで汗を拭きながら答える。
「は、はい。勿論、強要されるべき事ではありません。しかしながら、当事業部が動かすレアメタルの売上規模を考えれば、その位の支出は許容してもよろしいかと……」
「なるほど、つまりお前達は、環境エコ認定マークを取得している一部の企業の意見を聞き、その環境ラベルを必要としていない取引先にまで無駄なコストを負担させようとしている訳だ……」
お前等、どこの協会の理事なの?
まさか公益財団法人アース・ブリッジ協会の理事を兼任している訳じゃないよね?
「い、いえ、そう言っている訳ではなく……」
「いや、そういう訳だろ。お前等にはコスト意識ってものがないのか?」
どうせ自分の金じゃないからといって無駄な物に金を支払おうとする一般人とのコスト意識の相違。
こいつ等を見ていると、何故、国の予算が年々肥大化するのも分かる気がする。
現行知事の九割以上が元キャリア国家公務員だというし、国会議員も省庁出身の人達が選挙に立候補し選任されている。
予算獲得が企業でいう所の個人業績になっていた人達がこの国を動かしているのだ。『予算を使い切るのが我々の仕事だ』と堂々と発言してしまう議員もいる事だし、こんな人達が国の舵を取っている時点で色々、終わっている様な気がする。
呆れ交じりのため息を吐くと、俺は決断を下す。
「はあっ……当団体は環境エコ認定マークは取得しないし、取得を促す様な事も一切しない。話はそれでお終いだ……」
そう言って席を立とうとすると、理事の一人が「お待ちください」と声を上げる。
「――環境エコ認定マークを取得しない場合、レアメタルの取引を打ち切られる可能性がありますが、それでもよろしいのですか?」
なるほど、まさかそんな脅しをかけてくるとは、流石は元キャリア国家公務員。
契約書の穴を巧みに突いてくる。
交わした契約により、こいつ等は真面目に職責を果たさなくてはならない。
つまり、こいつ等は本気で環境エコ認定マークを取得しなければ取引が打ち切られるとそう思っている。まあ別に打ち切られた所で問題ないんだけどね。
俺達はただレアメタルを欲しいという企業に、レアメタルを供給しているだけ。
何も無理に買って欲しいと頼み込んでいる訳ではない。
「――ああ、勿論。任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部は営利企業ではないからな」
それに、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部は、ただ、レアメタルをどの企業に卸すかを決めるだけの非営利型任意団体だ。
「そうですか……」
そう言うと、理事達は顔を歪め黙りこくってしまう。
まあ、そんな暗い顔をしないで欲しい。
そう決断したのは俺なので、取引が打ち切られようと理事達に責任を押し付けるつもりはない。
「――とはいえ、レアメタルを買い取ってくれる業者を探してくれたのは、理事達だからな……」
きっと断りにくいのだろう。
仕方がない。嫌な仕事をするのも経営者の務めというものだ。
「……断わり難いというなら俺が代わりに断わっておいてあげるよ」
環境ラベルのないうちと取引をしたくないというのであれば仕方がない。
それなら別の取引先の取引枠を拡大してやるまでだ。
ドワーフが製錬した製錬過程で汚染物質の発生しない超高品質レアメタルの取引枠の拡大を求める企業はそれこそ沢山いる。
それこそ、変な要求をしてこない企業が沢山ね。
「「「――えっ……」」」
そう提案すると、一瞬、時が止ったかのように理事達の表情が硬直した。
ダメだっただろうか?
「――で、ですが……」
「――ですがも何もないだろ。えっ? もしかして違うの? だって、その取引先は公益財団法人アース・ブリッジ協会の環境エコ認定マークが無いと取引しないって言ってるんだよね? こちらに環境エコ認定マークを取得する気がない以上、取引を打ち切る以外に方法はないじゃないか」
何言ってんだこいつ?
「いえ、ですので、そこはこちらが譲歩して環境エコ認定マークを取得すれば……」
「はっ? なんで?」
何でレアメタルを買う側の立場の方が大きくなっているんだ?
何故、売る側のこちらが譲歩してやらねばならない。レアメタルを売るのに、公益財団法人が勝手に作った環境エコ認定マークの認可なんて必要ないんだぞ?
審査をするにしても金が掛かるし、不要な環境ラベルに数百万を超える使用料を支払わなければならない。
つまり、無駄な金だ。ついでに時間も無駄になる。
無駄な金を支払い、時間を無駄にしなければ取引しないというのであれば、取引しなくてもいいですと断るのがレアメタルの采配をするお前等、理事の役割だろう。職務放棄してんじゃねーよ。
環境ラベルが付いているレアメタルが欲しければ、環境ラベルを貼り付けて売っている業者からレアメタルを買えばいい。
国際競争力を高める上で、高品質なレアメタルを安く仕入れる事はとても重要な事。
国の認可ならいざ知らず、公益財団法人だか何だかわからない所の認可を取らねば安心して取引できないというならしないまでの事だ。
まあ、任意団体宝くじ研究会レアメタル事業部が采配するレアメタル以上に環境負荷が掛かっておらず、費用が安い。安定供給可能なレアメタル販売業者がいればの話だけど……。
「……な、なんでと言われましても」
何だ? もしかして弱みでも握られているのか?
それならば、この弱腰対応もわかるが、それはそれで理事の問題だ。
レアメタル事業部には、なんの弱みも問題も存在しない。
「それじゃあ一旦、仕切り直しって事で。とりあえず、今回は環境エコ認定マークがないと取引しないという企業との取引は打ち切って、来月以降、枠が空いていて、取引を打ち切られた企業が環境エコ認定マークなしでも取引したいというのであれば、改めてそこで考えようか。ああ、念の為、契約を結ぶ際、レアメタルの横流しができないよう規制するから、間違っても俺達が売り渡したレアメタルを転売する様な業者が出てこないか、よく注意するようにしてね? レアメタルの転売屋なんて出てきたら問答無用で取引を打ち切って二度と取引しないからさ」
そう言うと何名かの理事が顔を強ばらせた。
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