第369話 バックハグを極めるクズ

 ピンハネが逮捕されてから一週間。

 東京都は未曾有の危機に陥っていた。


「物流まで破壊するとは、ピンハネの奴……。やってくれたな……」


 新聞片手にニュースを付けると、そこには寸断された橋や、超常の力で抉るように破壊された線路、穴だらけの航空路の映像が映る。


 ピンハネが放った十人の奴隷。

 その全員を確保する事には成功したが、その代償はあまりに大きかった。

 奴隷には、隷属の首輪が嵌められている。

 その為、ピンハネの命令は絶対。

 電車に乗りながら要所要所で破壊工作に勤しんだお陰で、物流が寸断。陸の孤島状態となっている。


 外国と違い、日本の土地制度では、壊れた建物を除去するにも地権者の許可が必要となる。国や地方公共団体が復興に勤しもうにもそれが障害となり、年単位の時間が掛かるだろう。


 俺の管理下にないマスゴミが日本と特定アジアの復興を比較し、復興が進まないのは政府のせいだと政権批判に明け暮れているが、特定アジアが早急に復興できるのは、土地の所有権を国が有しているためだ。

 そんな国と比較しても何の意味もない。

 ただ国民の反政府感情を煽るだけ。

 マスゴミは真実しか放送しないと言っていたが、勘違いも甚だしい。マスゴミの都合の良い真実の放送をされるより、まだSNSの方がマシである。

 やはり、マスコミはマスゴミなんだなと再確認させられた。


 しかし、困ったな。

 まさか、こんな事になるとは……。

 窓越しに近くの公園を見ると、給水車に列をなして人が並んでいる。

 圧倒的水不足。

 お陰で碌に湯舟にも浸かれない。


「仕方がない。しばらくの間、ゲーム世界にでも引き籠るか……」


 人為的に引き起こされた未曽有の大災害により、都知事選は延期された。

 流通も途絶えたままだし、今は復興を待つより他ない。

 俺は会田さんにしばらくの間、引き籠る旨、メールで送信するとゲーム世界へとログインした。


 ◇◆◇


「な、なななななっ……。何が……。一体、何があった……!」


 ゲーム世界はヨトゥンヘイムにログインした俺は、開口一番絶句する。

 何故か。それは、俺の新たな資金源である氷樹の森が轟々と音を立てて燃えているからだ。

 氷樹の植樹及び伐採計画は、奴隷化した霜の巨人・ダニヘタレに任せたはず……。

 裏切り者の丘の巨人を統括するダニヘタレの下へ向かうと、燃え盛る氷樹を見て狼狽えるダニヘタレの姿があった。


『――あばばばばば、氷樹が……! 氷樹が……!』


 分かりやすく狼狽えている。

 何か想定外の事でも起きたのだろう。

 近くに寄ると、俺は地の上位精霊・ベヒモスの力を借り、ダニヘタレの頭を踏み潰す。


「――ねえ? 何で燃えてんの? 火気厳禁って言ったよね? 氷樹がよく燃える樹である事をお前ならよく分かっているよね?? なんで? なんで? なんで?」

『あ、あばばばばば、こ、小僧……! 貴様、帰って来たのか!?』

「小僧? 貴様??」


 ダニヘタレの言葉を聞き、俺は足に力を入れる。その瞬間、ダニヘタレの顔面が地面にめり込んだ。


『――す、すいません。すいません。すいません。すいません。すいません。失言でした。すいません!』

「すいませんじゃなくてさ、状況を説明してくれる? 何でこんな事になってんの?」


 そう質問すると、ダニヘタレは目に涙を浮かべる。


『お、丘の巨人が……! 丘の巨人共が全員逃げ出したんです! ワシは逃げていいなんて言ってないのに! 言ってないのにぃぃぃぃ!』


 なんだ。つまりはこいつの監督不行き届き。

 裏切り者の丘の巨人達にパワハラめいた事を言っていたのを今、思い出した。

 そういえば、言ってたっけ。

 一人逃げたら連帯責任として、死と同等の罰を課すって……。

 そりゃあ逃げ出すに決まってる。なんで気付かなかったんだろ、俺。


 バキ、バキバキッ!


『あ、あばばばばばばば……』


 ダニヘタレの顔を完全に地中に埋めると、地中に埋まった顔に向けて話し掛ける。


「ねえ、俺、なんて言ったっけ? 俺、なんて言ったっけ? 裏切り者の丘の巨人を逃したらお前に対して何をするって言ったっけ? ゲスクズ達と同じく、氷漬けにした上、アイテムストレージに封印するって言ったよなァ!」

『ひ、ひぃいいいいっ! か、勘弁して下さい!』

「勘弁できる訳ねーだろ! クラーケン!」

『――ヒッ!!』


 水の上位精霊・クラーケンの触手が触れた瞬間、ダニヘタレの体が凍り付く。


 まったく、霜の巨人は丘の巨人より強いという設定はどこにいったのだろうか。

 これじゃあ、ただ偉そうな木偶の坊じゃないか。


「ダニヘタレが狼狽えていた事から、裏切り者の丘の巨人はまだ近くにいるはずだ。早く探し出して捕らえないとっ!」


 善良な丘の巨人に被害が及ぶ可能性がある。

 それだけは駄目だ。絶対に許さない。


「間に合ってくれよ!」


 ダニヘタレをアイテムストレージに封印すると、俺はここから一番近い領へと駆け出した。


 ◆◆◆


 旧ゲスクズ領に隣接する盆地。

 そこには、多くの善良なる丘の巨人が集まり、集落を築いていた。

 ダニヘタレの魔の手から逃れてきた丘の巨人の裏切り者、ララバイは丘の上から集落を見ながら舌打ちする。


『チッ、幸せそうな顔を……。なあ、皆はどう思うよ!』


 睨めしい視線を集落に向けながら声を上げると、ララバイに同調する声がそこらかしこから上がる。


『気に入らないな』

『誰のお陰で今の暮らしができると思ってる!』

『我々がダニヘタレを始めとする霜の巨人を抑えていたからではないか』

『まったくだ!』


 同調したのはララバイと同じくダニヘタレの魔の手から逃れてきた丘の巨人の裏切り者。

 高橋翔がこの世界にくる前。

 霜の巨人がこの世界の覇権を握っていた頃、霜の巨人に同胞を売り渡すことで自分達だけ豊かな暮らしを送っていたクソ野郎共である。

 当然の事ながら思考回路も残念な上、他責思考。自分以外の者は皆、劣等民族と疑わないクズ思想の持ち主。


『下等な劣等民族であるモブフェンリル何ぞに絆されおって……!』

『これだから奴隷根性の染み付いた馬鹿共は嫌いなんだ!』

『見ていて気分が悪い。モブフェンリルの庇護下にいる事を喜びおって!』

『主人が変わった瞬間、尻尾を振り媚を売る駄犬共が!』


 加えて、自分達以外が幸せそうな顔をしているのが許せない質で、奴等が今、いい思いをしているのは我々をモブフェンリルに売り渡したからだと、自分達がやった事は相手もやっているに違いない。自分達の行いは正当化し、いざ立ち場が逆転すると差別、不公平を声高に叫ぶ終わった思想の持ち主。どの立場に居ようと、自分が上の階級にいると信じて疑わない差別主義者。

 つい先日まで正反対の立ち位置にいたにも関わらず、今、自分達が被害者であると本気で思い込んでいる。クズオブクズ。


『まったくだ。あそこを出るだけで何人の同胞を犠牲にした事か……。奴等にはその苦労が分かっていない。何故、善良な丘の巨人である我々がこの様な仕打ちを受けなければならないのか。我々が一体何をしたというのか』


 被害妄想が逞しすぎて吐き気がしてくる程のクズ思想。最早、存在そのものが害。

 しかし、彼等にはそれが分からない。いや、分かろうとしない。

 何故なら彼等は自分達の事を被害者と、そう思い込んでいるのだから。

 どうやったらこんなクズ思想の持ち主が大量発生するのか謎だが、そこはゲーム世界。正常な者の中に異常な思想の持ち主がいるのは当たり前。

 それがこの世界のルール。


『――取り戻そう。我々の権利を! 当たり前の日常を! 奴等から奪い取るのだ!』


 言ってる事とやっている事がもはやチグハグ。

 しかし、彼等は気付かない。

 自分達が誰かを支えるつもりは一切なく、彼等の日常は、自分達の生活を支える者あってのものだから。


『『『――おおっ!!』』』


 ララバイの言葉を聞き、他の巨人達も雄叫びを上げる。


 幸いな事に霜の巨人は、憎きモブフェンリルが粗方討伐した。

 旧ゲスクズ領にはまだ、霜の巨人、ダニヘタレがいるが、奴があの領から出てくる事はほぼ無いと言っても過言ではない。

 モブフェンリルの奴は、霜の巨人と丘の巨人の力の差をまるで理解していなかった様だが、あのフィールド魔法は、霜の巨人を逃がさない事に特化し過ぎていた。

 霜と丘の巨人の属性は正反対。

 その為、数名を犠牲にすれば簡単に逃げ出す事ができる。

 そして、モブフェンリルが現れるのは一ヶ月に一度切り。

 氷樹の取引があったのはつい最近……。少なく見積もっても、あと三週間は現れない計算だ。

 つまり、今日中にあの集落を手に入れ、あの集落に住む愚か者共に氷樹を鎮火させる。そして、植樹に従事させれば十分間に合う。

 幸いな事に、あのモブフェンリルは金にガメツイ。

 十分過ぎる氷樹を用意してやれば問題ない。

 それに、逃げれるものなら逃げていいとも言っていた。

 だから逃げた。言葉通り逃げてやったのだと言ってやれば、モブフェンリルも諦めるだろう。


 甘い。自分達にとって甘々の未来予想図。

 それが丘の巨人の裏切り者であるララバイ達の限界。

 自分の見たい未来しか見ないので現実がまるで見えていない。

 しかし、彼等は必ず成功すると確信している。


『よし、となれば、まずは敵情視察だ。何、あいつ等は奴隷根性丸出しの生粋の馬鹿。霜の巨人に良い様に使われるのを良しとしていた程のお人よしだからな……。集落の様子を見るに、まだ建設中の家が至る所にある。馬鹿共も必要としている筈だ。優れた監督者の存在を……』


 信じられない思考回路。

 しかし、これがララバイ達にとっての正常。

 明らかに人手が不足しているというのに、監督者の存在を必要としていると確信してしまう頭の悪さ。

 霜の巨人を前に良い様に立ち回る事ができたという過信が、ララバイ達の自己評価を限りなく高めていく。


『まずは俺が行こう。大勢で行けば、脳足りぬ愚か者でも警戒する。皆は俺の後に付いてきてくれ。勿論、馬鹿共に気付かれぬようこっそりとな』


 ここは平原。そんな事は明らかに不可能。

 しかし、ララバイ達にはそれが分からない。


 ララバイが一人、集落に近付くと、楽しそうに談笑する丘の巨人の女の姿が見えた。

 見れば、昔、泣く泣くゲスクズに引き渡した元彼女ではないか。

 名をセイラという気高い女巨人。

 思えば、ここ数年、女を抱いていなかったな。


 ごくりっ……。


 ララバイは動物本能に動かされるままセイラの背後に立つと、両手を広げ、バックハグを極めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る