第80話 転移組の教育係を任されました②

「ルートさん。本当に良かったんですか?」

「うん? 何の事かな?」


 冒険者協会の闘技場。

 一緒に退室した側近が転移組の副リーダー、ルートに話しかける。


「あんな奴に五十人ものプレイヤーを預けた事ですよ」

「ああ、そんな事か……」


 側近の言葉に、ルートは微笑みを浮かべた。


「……いいんだよ。彼等は俺が厳選したプライドが高くて、実力の伴わないクズばかり……。カケル君に預けて、もし強くなって戻ってきてくれば御の字さ。君は知らないかもしれないけどね。組経営というのも大変なんだよ?」

「で、ですが……もし……」

「……もし、カケル君に預けたプレイヤー達がモンスターの餌食となり死んだとしても、転移組になんの影響もない」


 だって、彼等は現状、転移組の共有資産を食い潰すだけの蛆虫以下の存在だ。

 むしろ、死んでくれた方が転移組の為になる。

 いらないんだよ。転移組に集るダニは……。


「……それに言っただろう? カケル君に預けて、強くなって戻ってきてくれれば御の字って」

「も、もし万が一、強くなって戻ってきたらどうするんですか!? ダンジョン内で手に入れた報酬の一割を渡す約束をしているんですよね?」


 側近の言葉にルートは肩をひそめる。


「なんだ、そんな事か……それについては問題ないよ。正式な契約を結んだ訳じゃないんだ。カケル君は善意で、クズ共のレベルアップを図ってくれる。それ以上でも、それ以下でもないさ。まあ、ほんの少し位の支払いは必要になるかもしれないけどね」


 もし万が一、彼等が使い物になって戻ってくるような事があれば、お礼として彼等が稼いだ金額の一パーセント位は本当に上げてもいいかもしれない。

 まあ、今、そんな事を考えても仕方がない。


「まずは様子見と行こうじゃないか……」


 そう呟くと、ルートは冒険者協会を後にした。


 ◇◆◇


 一方、その頃、闘技場では……。


「はーい。皆さん、こんにちはー。俺の名前はカケル。今日から皆さんの上司になりまーす。……といっても、急過ぎて何の事やらわかりませんよね? だから簡潔に話したいと思いまーす」


 そう呟き、指を弾くと俺の背後にエレメンタルが顕現する。

 力の差を示すならまず見た目から……大事だよね!

 この人には絶対に敵わない。絶対に戦っちゃいけないと思わせる事って……。


「俺は君達の事をもの凄く有望視している。転移組の副リーダー、ルートを騙くらかして、君達にここに足を運んで貰ったのは他でもない。今の待遇に不満はないか?」


 最高に悪い空気の中、ルートから預かった転移組の連中を言葉とエレメンタルの威圧で操ろうとしていた。


「ふ、不満なんてある訳ねーだろっ!」

「そ、そうだ、そうだっ!」

「ルートさんはな、突然、ゲーム世界に閉じ込められ生活に困っていた俺達を養ってくれているんだぞ!」

「モンスターを倒さなくても最低限の生活はできるし、ダンジョンに入ると言えば色々支援してくれる最高の組織なんだ!」


 そう言って、ルート達、転移組上層部を褒め称えるクズ共。

 すげーな、このエレメンタル達を前にそんな口が叩けるなんて……。

 まあいい。

 俺はそんなクズ共に対して苦笑しながら応える。


「そうだな。ルートはとても優秀で最高の副リーダーだと思う。しかし、優秀であるが故に見えていない……。お前達は気付いているか? ルートが優秀で稀有な存在であるお前達を捨て駒同然に扱っている事実に……」


 多分、ここに集められたという事はそういう事だぞ?

 これまでの話を聞く限り、間違いない。

 こいつ等は転移組の資金を食い物にし、働けるにも拘らず利益だけを享受するクズ、または素行不良のドクズの集まりだ。

 ルートの奴め。ゴミクズ共を俺に預けやがったな?

 それもまあいい。


 すると、クズ共から反発の声が上がる。


「そ、そんな筈がないだろっ!」

「そ、そうだっ! そうだっ!」


 そう吠えるクズ共に俺は「周りをよく見ろ」と進言する。

 するとクズ共は周りにいるクズ共を見て押し黙った。


「……おやおや、まさか周りを見て、お前達自身が自分の事をクズだとそう思ったのか?」


 そう言うと、クズ共は悔しそうに口を歪める。

 まったく、クズ共は打たれ弱くて困る……。

 どれ、ほんの少しだけ援護してやろう。


「だがしかし、その認識は間違いだ……」


 どんなクズでも俺はそうそう見捨てない。

 それにクズなんてとんでもない。お前達は人間。海岸にうち捨てられた産業廃棄物より使える生物じゃないか……。

 俺に全てを委ねれば、宝石の原石にもなり得る。


 宝石は見る角度によって光り方が違う。

 ルートはこいつ等の事を不要の産物と評価したのだろうが、俺からしたらそうでもない。要は使い様だ。こいつ等はクズだが役に立つ。

 つまり、俺の支配下にいない転移組のクズやルート共とは違い、こいつ等は『使えるクズ』とそういう事になる。


 俺の支配される事を選択するなら導こう。

 運良く手に入れる事のできた課金アイテムの全てを使って……。


 俺の言葉に息を飲むクズ共に囁く。


「我に集え……俺にお前達のすべてを委ねるというのであれば、お前等全員を一週間で年収一千万コル稼げる位のレベルに上げてやる。転移組の上層部が攻略したくても中々、攻略する事の出来ない上級ダンジョンを攻略できる位にだっ……。代償は稼いだ金額の一割。一月に一度、必ず支払え。払いたくない奴は払わなくてもいいぞ? その瞬間、クズに戻るだけだっ……。だが一言、言っておこう。ルート如きに身を任せてもお前達に先はない……」


 お前等クズ共を有効に活用できるのは俺だけだ。


 シーンと静まり返る闘技場。


「ほ、本当に俺達のレベルを上げてくれるのかっ!?」

「ああ、本当だ……」


 そう言っても信じられない奴が多数だろう。

 いいぜ、見せてやるよ。

 歩み寄ってきた冒険者に俺は呪いと言う名の祝福を与える事にする。


「……しかし、最強となる為には、名を失わなければならない。お前は、どんな名前でも受け入れる事ができるか?」


 そう尋ねると、冒険者はコクリと頷く。

 それを見て、俺は笑みを浮かべた。


「なるほど、ならば与えよう。このDWの世界に与えられた最強の力を……新たなる名前を……」


 強制的に名前を変える課金アイテム『命名神の施し』により、『タナカ』というありふれたプレイヤー名が『いいいい』に変っていく。


「今日からお前の名前は『いいいい』だ。命名神を冒涜するかの様な名前であるが、その恩恵は計り知れない……」


 そう呟くと俺は『命名神の怒り』をアイテムストレージから取り出し、新たなる同士『いいいい』に手渡した。

 その装備を装着した瞬間、『いいいい』の身体が黒く淡い光に包まれる。


「……お前は命名神様の加護賜わった御子だ。この儀式以降、お前を傷付ける事のできる者は俺以外存在しない」


 そう、俺以外に存在しない。

 俺のみがお前等の名前を好き勝手に改変できる。

 名前を強制的に変えステータスを初期化する事も自由自在だ。


「さて同士『いいいい』よ。俺の部下となった君に、最初の命令を下そう。この宣誓書(という名の奴隷契約書)にサインし、覚悟を示せ! その後、お前達のレベルを上級ダンジョンに挑む事ができる程度に上げてやる」

「は、はいっ!」


 適当な言葉を並べ声高に叫ぶと、ノリのいいクズ共が列を成し次々と宣誓書(という名の奴隷契約書)にサインしていく。


 ふははははっ!

 ここに契約は成った!

 同調圧力の勝利だっ!

 酷く扱おうが全く心に響かないクズ共をこんなに集めてくれるだなんて、流石はルートだ。俺の好みをわかっている。


 やってやろうじゃないか。

 エレメンタル式緊縛パワーレベリング!


 簡単に言えば、エレメンタルやドロップアイテムを見られない様に、目と手足をガムテープで隠してモンスターを倒す、人権を一切無視したパワーレベリングである。


「……全員、やる気になってくれたようだな。ならば、皆にも力を与えよう」


 そう呟くと、アイテムストレージから課金アイテム『命名神の施し』を取り出し、一人一人の名前を強制的に変えていく。


「今日からお前の名前は『うううう』だ。お前は『ええええ』。お前は『おおおお』。お前は……」


 ここにいる全員に命名神を冒涜するかの様な名前を付けた俺は、一人一人、丁寧に『命名神の怒り』を装備させていく。

 確か、『命名神の怒り』のみであれば、命名神シリーズ以外の武器も装備できる筈だ。

 それに『命名神の怒り』を強制装備させたのには理由がある。

 それは名前を強制変更する事でレベルをリセットする事ができる点。

 そうする事で、潜在的な裏切り行為を防止する事ができる。

 それだけでは、不安が残る為、契約書にもサインさせた。これで完璧だ。


「さて、お前達は今、名実共に生まれ変わった! さあ行こう! お前達のレベルを上げに……上級ダンジョン『デザートクレードル』へっ!」

「「おおっ!!」」


 俺がそう言うと、闘技場内に歓声が上がる。


 ◇◆◇


「あ、あのぉ……これは一体……何かの生贄にされるとかそんな事ないですよね?」

「ああ、当たり前だ」


 まったく、こいつ等は俺の事をなんだと思っているのだろうか?


 確かに、初めはこいつ等全員をガムテープで縛り上げ、エレメンタル式緊縛パワーレベリングをしようとした。しかし、それは止める事にした。


 これから信頼関係が大切になる場面でそれは良くないと気付いたからだ。

 彼等には進んでモンスターを討伐し、報酬の一割を振り込んで貰わねばならないのだ。

 流石の俺も鬼じゃない。

 契約書で無理矢理働かせる事も考えたが、俺に実害が出た訳でもないし、流石にそれは可哀相かと思い直した。


 だからこその、アイマスクに耳栓である。

 もちろん、このアイテムは課金アイテム。

 ゲーム内に流れるBGMを遮る効果のあるアイテムだ。


 契約書により、『俺の言う事は絶対』状態のクズ共はまったく気付いていないようだが、今、付けようとしているアイマスクは俺が付けろと『命令』した為、俺の許可なく外す事はできない。


 その上で……。


「ああ、ちゃんとこの飲み薬を飲んでからアイマスクを付けるんだぞ」

「は、はい。わかりました……」

「よし、それじゃあ……」


 クズ共が飲み薬を飲みアイマスクと耳栓をした時点で俺は……。


「チェストッ!」

「うぐっ!??」


 後首をトンッと叩き、気絶させていく。

 それを一人一人丁寧に五十人分行い、気絶したその身体をブルーシートの上に置いていく。


「さて、準備は整った……」


 全員を(強制的に)寝かし付かせた俺は腕で汗を拭う。


「さて、それじゃあ、やりますか……」


 目標は、ここで眠るクズ共をレベルを百五十まで押し上げる事。

 パーティ登録も済んだ……。気絶している間にすべてを終わらせてやろう。


 アイテムストレージに入っている課金アイテム『レアドロップ倍率+500%』『獲得経験値+500%』『モンスターリスポーン』『ボスモンスターリスポーン』を選択すると、『使用する』をタップする。

 すると、俺を起点として地面が円形に赤く染まり、地面から大小様々な蟻地獄が発生し、モンスターが湧いてくる。


『『グララララララッ!!』』


 蟻地獄から上がってきたデザートクレードルのボスモンスター『アントライオン・ネオ』が出現すると共に、エレメンタル達が本来の姿を現す。


「さあ、エレメンタル達……思う存分に暴れるがいい」


 その瞬間、エレメンタル達は本来の姿を取り戻し、上級ダンジョン『デザートクレードル』のボスモンスター、アントライオン・ネオに猛威を振るっていく。


 この日、俺の部下達は全員揃って、レベル百五十となった。

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