第81話 転移組の教育係を任されました③
エレメンタルのエレメンタルによる(最終的には)俺の為のパワーレベリングは概ね順調に推移した。
目の前には、攻撃の激しい轟音に目を覚まし、ブルブル震えているクズ共がいる――
「ううっ……」
「外で何が、何が起こっていたんだ……何が起こっていたんだよぉ……」
「怖いよぉ……怖いよぉ……何で俺達は寝転がされているんだよぉ……」
――が、何度でも言おう。概ね順調だ。
それにしても、薬も耳栓も全然役に立たなかったな……。
折角、善意で眠らせてやったのに、開始早々に目を覚ますとは思いもしなかった。精々、役に立ったのはアイマスク位である。
契約書の効果により辛うじてアイマスクは外さなかった様だが、少し騒がし過ぎたのかも知れない。
「まあ、良しとするか……」
結果だけを見れば、順調にパワーレベリングを済ませる事ができた。
今の時間は午後五時。
そろそろ解放してやるとしよう。
俺も鬼じゃないからね。
ドロップアイテムを集め終えた俺は、笑みを浮かべながら軽く手を叩く。
「はーい。皆、耳栓とアイマスクを外してー今日の訓練はここで終了。撤収するぞー」
そう声を上げると、クズ共が耳栓とアイマスクを外し、怯えながら撤収準備に入っていく。
しかし――
「「…………」」
――皆無言だ。
朝見せていた虚勢や威勢はどこに行ってしまったのだろうか?
クズ共の持っていた僅かな虚勢や威勢はエレメンタルの激しい攻撃音と共に、どこかに吹っ飛んで行ってしまったらしい。
良い傾向である。
「ああ、言い忘れていたが、明日も朝九時から午後五時まで上級ダンジョン『デザートクレードル』で戦闘訓練を行うからそのつもりで――」
そう精神的な鞭を打つと、クズ共は皆揃って絶望的な表情を浮かべる。
だが俺は、素知らぬ顔でこう続けた。
「――もし逃げた場合、お前達のレベルやステータスは初期化されるから気を付けろよ。まあ逃げられないと思うけど」
その為に態々、『命名神の怒り』を装備させ、契約書を五十枚も使って縛り付けたのだ。
クズ共は俺の言葉に揃ってギョッとした表情を浮かべる。
ようやくその事に思い至ったのかもしれない。
とはいえ、こいつ等はこれから先の長い未来、俺に餌を運んできてくれる存在だ。少し位、飴をくれてやるか……。
飴と鞭は使い様。必要経費だと思って割り切ろう。
「とはいえ、今日は疲れただろ。そんなお前達に朗報だ。今日から一週間、お前達は俺が経営する宿に泊まるといい。もちろん、その間の宿泊費用は無料。飲み食い自由だ……」
俺の言葉にクズ共はゴクリと喉を鳴らす。
俺が提供する飴の序章だというのにこの空気感……。
こいつ等、普段、どんな生活を送っているのだろうか?
ま、まあいい……。
「……さらに、この一週間。お前等には、研修手当金として、毎日、五万コルを手渡そう。これは訓練を受ける事に対する報酬だからな。自由時間に自由に使え」
そう言った瞬間、クズ共が「おおっ!!」歓声を上げる。
何、大した金額じゃない。初期投資と思えば安いもんだ。
まあ既に契約書五十枚に『命名神の怒り』五十セットと、五千万コル以上の価値のある課金アイテムを使っている様な気がしないでもないけど、まあ気のせいだろう。
気のせいではないが、気のせいと思い込む事に決めた。
「それじゃあ、一人一人に五万コル渡していくから、横一列に並べ」
俺の言葉に従い横一列に並ぶクズ共。
うん。扱いやすくて助かる。
アイテムストレージから金を取り出すと、「今日はご苦労。明日の訓練、遅れるなよ」と一言添えて一人一人に五万コルずつ渡していく。
「ありがとうございます!」
「おう。明日も引き続き頑張れよ」
最後の一人にそう声をかけると俺達は、転移門『ユグドラシル』を使い王都へ戻る事にした。当然向かう先は――
「さて、ここが俺の経営する『微睡の宿』だ。既に話を付けてあるから自由にチェックインしろ。飯も酒も食べ放題、飲み放題だぞ」
「「よっしゃぁぁぁぁ!!」」
そう叫び声を上げチェックインするクズ共。
そうだ。それでいい。
今という時を満喫しろ。俺が与えた飴を存分に舐めまくれ。
どうせ明日からは過酷な訓練が待っているんだ。
俺はそこまで優しい人間じゃないぞ?
与えた飴の五倍から十倍の鞭を俺は与える。
育ててやるよ。転移組のクズからエリート傀儡に……。
その後は全力でお前等の背中に寄り掛かってやる。
歓声を上げるクズ共を尻目に俺はほくそ笑んだ。
翌日。転移組のクズ共……もとい俺の部下共は……。
「「グララララッ!」」
「「っ!!?」」
課金アイテム『モンスターリスポーン』で呼び出した上級ダンジョン『デザートクレードル』に棲息するモンスター、アントライオンを前に剣を持って震えていた。
こいつ等が逃げないよう『命令』し、アントライオンを複数体呼び出す事で逃げ道も封じている。
「さて、今日の訓練は上級ダンジョン『デザートクレードル』に棲息するモンスター、アントライオンを倒す事……皆、レベルは百五十まで上げてある。三十分位は怪我の心配もなく安心して戦えるから頑張って倒して見せろ! 俺の気まぐれで『モンスターリスポーン』を使うからな、死にたくなかったらシャキッとしろよ」
「「い、嫌ああああっ!」」
部下共の叫び声を聞き流しながら、『モンスターリスポーン』の効果範囲外に逃れると俺は一人読書に勤しむ事にした。
読書に勤しんでいると――
「け、剣がっ!? 剣が折れたぁぁぁぁ!」
「だ、誰かっ! 誰か助けてー!?」
「うわぁぁぁぁ!」
――といった悲鳴が聞こえてくる。
まだまだ余裕があるようだ。元気があってよろしい。
まあ、しかし、俺としては割かしどうでもいい事だ。
何故なら、まだ部下共がモンスターに嬲られて十分と経っていないからである。
チラリと視線を向けると、皆、大きな声を上げるだけで無傷。
ちゃんと『命名神の怒り』によって守られている。
「まだまだ、余裕そうだな……」
最近ハマっている、ネット小説を読みながらそう呟くと、俺は部下共に視線を向ける。
どんなにボコボコにやられようと奴等のレベルは百五十。
『命名神の怒り』の効果により最低三十分は無傷の筈だ。
きっと彼等は、敵わないとピーピー嘆き、抗う事なく撃退されるという器用なパフォーマンスをする事で『無理です僕等には倒せません!』アピールをしているのだろう。
無傷でモンスターを倒せるチャンスは有限。あと二十分もすれば、無敵タイムが終了してしまうというのに……。
「仕方がないな……」
そう呟くと、俺は『モンスターリスポーン』ではなく『ボスモンスターリスポーン』を追加で使い、更に複数体のアントライオン・ネオを出現させる。
「「グララララアッ!!」」
その瞬間、部下達は絶望といった言葉がよく似合う表情を浮かべた。
俺が思うに、彼等は、心のどこかで『きっと最後には助けてもらえる』とか、『殺されまではしないだろう』といった甘い考えを持っていたのだろう。
しかし、それは間違いだ。
ここは平和な元の世界ではない。
危険なゲーム世界だ。
彼等にはあまりに危機感がない。
このままでは、近い未来、お前達は死んでしまう。
ならば、教えてやろう危機感を……。
お膳立てはしてやった。怪我しない様に装備もやった。
にも関わらず動かないと言うのであれば仕方がない。
元いた世界には『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』という言葉がある。
本当に深い愛情を持つ相手にわざと試練を与えて成長させる事を意味する言葉だ。
あいつ等は俺の子供でも何でもないが、深い愛情だけは持っている。
ふふふっ……愛しているぞ。お前達。
契約書に縛られ、これから一生、俺に金を運んでくれる存在であるお前達の事は大好きだ。千尋の谷に突き落とす事に良心の呵責を感じない位には愛している。
それもこれもお前達の成長を願っての事だ。
さあ、これを乗り越え成長しておくれ。そして、俺に金を運んでおくれ!
さながら女王蜂に仕える働き蜂の様にっ!
金という名の甘い蜜を!
心の中で高笑いを浮かべながら『こいつマジか……』といった顔を浮かべる部下達に満面の笑顔を贈る。
「さあ、この試練に打ち勝ち成長して見せろっ!」
「「い、嫌ああああっ!!?」」
いや、『い、嫌ああああっ!!?』じゃないよ。
つーか、レベル百五十にもなって、この程度のモンスターが倒せないとか舐めてんの?
お前等、ゲーム内の建前上は冒険者だろ?
ゲーム世界が現実になった今、モンスターを倒せなかったら、冒険者として終わりだからっ! 普通の生活すら起こる事できないからっ!
今、ギリギリ生活できてるのは『転移組』の善意なんだからね!
そろそろそれに気付いて!
まあ、俺に預けられたという事は、殆ど転移組に見捨てられた事を意味しているんだけれどもっ!
つーか、よくこんな奴等、『転移組』の連中、囲っていたな……。
文句ばかり秀逸で、全然、役に立たないんだけど。ルートの奴が見捨てるのもなんとなくわかるわ……。
俺も鬼じゃない。
確かに奴等が稼いだ報酬の一割を強制的に徴収させてもらうが、残り九割は手元に残る。もしかしたら、『転移組』の連中に何割か徴収されるかもしれないが、元の世界にいた時の、所得税や住民税、健康保険や厚生年金保険の徴収額に比べたらマシな徴収率な筈だ。
こいつらが生涯年収二億コル稼いだとして、徴収するのは二千万コル。消費税率となんら変わらない。
こいつ等に与えた装備は、『命名神の怒り』、そして一週間分のやる気を出させるための報酬三十五万コルと、宿泊施設無料利用。
一瞬、『あれ? これ元、取れてる?』と思わなくもないけど、身体に不調や病気がある訳でもないのに何も働かず、収入もなく浪費するだけの奴等を矯正しているのだ。命の危険がまったくない状況を作り出して迄……。
しかし、中々、上手く事が運ばないものだ。
「う、うわぁぁぁぁ!」
「だ、誰か、助けてくれぇぇぇぇ!」
そう叫び声を上げ泣き叫ぶ部下共に俺は頭を抱えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます