第70話 拝啓クソ兄貴様 働きやがれ、いやマジで⑤

 福井ミキとのデートを終えた俺は、実家に戻ってきていた。

 自室のソファ兼ベッドに寝転ぶとニヤケ顔を浮かべる。


「いやぁ、今日は最高の日だったなぁ~」


 俺の婚約者、福井ミキとの距離感も一層近くなったし、自責の念に駆られて無職である事を告白したらそれをも受け止めてくれた。しかも、俺の事を養ってくれるとまで言ってくれている。

 ミキちゃんと熱い夜を過ごせなかったのは残念だったが、それは結婚してからのお楽しみ。

 すべては順風満帆。俺の人生は今、猛烈に輝いている。


「さて、今日は寝るとするかぁ~」


 今の時間は午後十一時。もう寝る時間だ。

 部屋の明かりを消す為、リモコンに手を伸ばすと、そこには一枚の求人広告が置かれているのが目に入る。


「うん? これは……。ははーん。さては親父だな?」


 親父もお袋も顔を合わせれば『働け、働け』って、煩いんだよなぁ。

 働かなくても生きていけるつーの。


 俺はこれからミキちゃんの専業主夫になるんだから、働かなくても問題ない筈だ。


 それにしてもこの求人広告。不動産投資や建設系の仕事ばかりだ。

 身を削って金を稼ぐとかアホらしい。


『二十七歳にもなって最終学歴が高卒じゃあどこも雇ってくれないよ!』とお袋は言うが残念でした。

 俺はミキちゃんの下に永久就職するから心配しないでください。結婚に学歴は関係ないんだよっ。

 顔さえ良ければ就職できる。それが俺のモットーだ。


 ……はあっ、くだらね。


 求人広告を丸めてゴミ箱にポイすると部屋の明かりを消し布団を被る。


「明日は何、買いに行こうかなぁ~。ふわぁっ……」


 そして、俺は深い眠りについた。


 翌日、朝七時。


「……う、うん?」


 朝、目が覚めると俺は……。


 な、なんだ?


 テーブルの前で正座しながら履歴書を書いていた。


 ど、どうなってる。どういう事だよ。これっ!?

 あれ、声が出てこない。身体も自由に動かない……。

 一体なんで……?


 十枚ほど履歴書を書き終えると、引き出しに入れていた証明写真を取り出し、履歴書に貼っていく。

 そして、証明写真を貼り終えた俺は、ゴミ箱に捨てた求人広告を手に取り、片っ端から電話をかけ始めた。


「すいません。求人広告を見てお電話をした高橋と申します。求人に応募したいのですが、ご担当者様はいらっしゃいますでしょうか? あ、はい。ぜひ、面接を受けさせて頂きたいのですが……? えっ? 今すぐ? あ、はい。問題ありません。すぐに向かいます。はい。失礼します」


 そして、電話を切ると、ボサボサだった髪を切り整え、親父に買ってもらったリクルートスーツに着替えて面接に向かう。


 もちろん、心の中で一生懸命それを阻止しようとしているが、身体の自由がまったくきかない。


 言い知れぬ恐怖に怯えていると、家の中でお袋と鉢合った。


「あら、珍しい。その恰好、一体、どういう風の吹き回し?」

「お袋には迷惑をかけたからな。心機一転、やり直そうかと思ってさ」


 グシャグシャに丸まっていた求人広告をお袋に突き出し笑う。

 心の中で愕然としていると、お袋は膝から足をつき泣きだしてしまった。


「う、ううっ……」

「ど、どうした?」


 俺の意思とは、まったく関係なく出てくるお袋を心配するような声。

 俺は一体どうしてしまったのだろうか。


「あ、あんた、まともになって……。ようやく目を覚ましてくれたんだね。留年に留年を重ね大学を除籍になった揚句、数百万円の借金をこさえて家に帰ってきた時には、この子はもうダメだと……。犯罪を犯す前に一緒に死のうと思っていたけど、本当によかった……」


 ――バ、ババア~ッ!?


 そんな事を考えていたのっ!?

 滅茶苦茶怖いよっ!?


「……いつでも一緒に逝ける様、包丁を研いでいたんだけど、お父さんがその度に止めに入って……。もう限界だったから、本当に……。本当によかった……」


 おねがーいっ!

 もう黙ってっ!?

 さっきから言ってる事が怖いからっ!!


 っていうか何っ!?

 俺、そんな綱渡りな状態だったのっ!?

 そんなに思いつめていたのっ!?

 は、はやく……。はやく家から出て行かなければ……。

 もの凄く命の危険を感じる。


「これまでお袋には苦労をかけたからね。これからはちゃんと自立した生活を送れる様に頑張るよ……」

「陽一っ……」


 い、いいぞ。俺っ!

 よくぞ言ってくれた、俺っ!!


 俺の意思とは別に口が勝手に回るから俺の身体、もはや制御不可能だけど、いまだけはよくやってくれたっ! 褒めて遣わす!


 俺はまだ死にたくない。

 頑張って、この状況を乗り切るんだ、俺っ!


「それじゃあ、これから面接だからさ。面接に受かって就職決めたら、これまで迷惑をかけた分、少しずつ借金を返していくよ」

「ほ、本当かい?」


 ち、ちょっと待てぇぇぇぇ!

 そこまでする事はないんじゃないかなぁ!?

 結婚にはお金がかかるんだよ?

 借金は返さなくてもいいんじゃないかなって思うよ、俺っ!


「もちろん、これまで苦労をかけたからね、毎月、給料の半分を借金返済に充てるつもりさ。もちろん、利子付きでね」

「よ、陽一っ……」


 い、いやぁぁぁぁ!

 やめてぇぇぇぇ!

 そんなんじゃ生活できなくなるからっ!

 これから送る結婚生活がバラ色から灰色の結婚生活になっちゃうからぁぁぁぁ!


「それじゃあ、面接。頑張ってくるよ」

「よ、陽一ぃぃぃぃ! 本当にどうしちゃったんだいっ! そんなに立派になって」


 よ、陽一ぃぃぃぃ!

 俺の事だけど、本当にどうしちゃったのっ!

 勘弁してよ。本当にっ!

 お前はそんな奴じゃないだろ!


 なんで笑ってんの!?

 全然、笑えないよ。なんで給料の半分を借金返済に充てるんだよ!

 返す相手は借金取りじゃないんだよっ!?

 俺の身体で勝手にそんな事喋らないでぇぇぇぇ!


 それに借金を返すにしても、給料の十分の一を返すとか、もっとやりようがあるだろうがぁぁぁぁ!

 給料の半分も返済に充てたら、何もできなくなっちゃうよっ!?


「でも、大丈夫かい? 給料の半分を返済に充てたら他の支払いが……」


 そ、そうだよ。ババアッ!

 その通りだよっ!

 もっと強く、物わかりのいい俺を説得してくれぇぇぇぇ!


 しかし、俺の願いは届かない。


「……大丈夫だよ。これまで十分、良い思いをさせてもらったからね。俺には、婚約者がいるし問題ないよ。もし、生活費が足りなくなったらバイトすればいいしね」

「よ、陽一っ……。あなたにそこまでの覚悟がっ……」


 よ、陽一ぃぃぃぃ!

 ちょっと待ってぇぇぇぇ!

 俺の生活はどうなるのっ!?

 話しを聞く限り、これから肉体労働で給料を稼いだ揚句、その半分を両親に持っていかれる様にしか聞こえないんですけどぉぉぉぉ!

 しかも、生活費が足りなくなったらバイトするのっ!?

 勘弁してぇぇぇぇ!


「それじゃあ、俺、面接に行ってくるね」

「ええ、頑張ってくるんだよっ!」


 そう言って家を出ると俺は面接会場へと向かった。


「よし。君は合格だから今日から働いてもらうよ」

「はい! 是非、よろしくお願いします!」


 う、嘘だろっ!?

 なに、この面接っ!?

 出会ってすぐ合格を言い渡されるってどういう事っ!?

 っていうか、これからホント、どうなるのっ!??

 俺の身体の制御を取り戻す前に就職が決まっちゃったよっ!?


「それじゃあ、これから社員研修の動画を見てもらうから。その後は、実地研修だ。OJTでみっちり教え込むからそのつもりでね」

「はい!」


 この日から地獄の日々が始まった。

 いくら頑張って仕事をしても変らない給料。

 俺の意思とは別に、勝手に振り込んでしまう親への仕送り(という名の借金返済)。

 まるで、働かない事が罪であるかのような毎日に忙殺され、俺は一向に自由時間を掴めていない。マジで笑えない。精神がゲシュタルト崩壊しそうだ。


 これからまだ、結婚式もあるのに……。

 まだまだ続きそうな苦悩の予感に俺は心の中で宙を仰いだ。


 ◇◆◇


 時はほんの少し遡り高橋翔の兄、陽一が働き始めた頃、アメイジング・コーポレーション㈱の会議室では、石田管理本部長が各支店営業所の支店長からのヒアリング結果を報告していた。


「えーっ、各支店営業所の支店長からヒアリング調査をした結果、全国の支店営業所で約十億円ものお金が取引を打ち切ったはずの協力業者に流れていることがわかりました。ま、また……」

「……また、なんだね」


 ヒアリング調査をそのまま伝えるかどうか迷っていると、西木社長が機嫌悪くそう言う。

 当然だ。全国の支店営業所のヒアリング調査をした結果、全ての支店が西木社長の決定に背いていた。

 当然、それだけではなく……。


「は、はい。……ま、また、和歌山工場で約十億円の棚卸粉飾が発覚。粉飾の経緯についてですが、工場長と場内で働く社員にヒアリングした所、その……なんと言いますか……。に、西木社長の事を恐れて言い出せなかったようでして……場内で働く全ての社員が粉飾を認識していたとの事です……」


 西木社長のパワハラは今に始まった事ではない。

 一度、何か問題が起こればすぐに懲罰委員会を開き、社員を降格したり、減給したりする。


 今回の粉飾は棚卸資産を誤魔化す為の粉飾。つまり、棚卸資産の架空計上。

 利益を過大に計上するには、売上高を過大計上するか、原価を過少計上する二つの方法がある。在庫を過大に計上する事でその分、利益を過大に計上する事ができる手法が取られていた。


 何故、西木社長のパワハラが棚卸資産の粉飾に繋がったのか……。

 それは数年前、西木社長が売れると判断した製品を、工場で大量生産という名の投資をし、投資が失敗した揚句、工場に在庫として残された結果、陳腐化してしまった為である。つまり、ただでさえ売れない製品が錆びて売り物にならなくなってしまったのだ。


 売れない製品の引き取り手は当然いない。

 西木社長の経営判断により大量生産された製品は営業部門が『こんな時代錯誤な物売れるか!』と引き取りを拒否し、結果として、和歌山工場内に滞留。

 西木社長に現状を報告しようとするも、当時の工場長は気弱で話にならない。


 滞留した製品は工場内に保管するものの気付けば錆びだらけ……。

 しかし、ゴミ以下の価値しかない製品をスクラップ化しましたと報告すれば、西木会長は激怒する。

 西木社長が激怒した場合、どんな行動を起こすかは火を見るよりも明らかだ。

 ほぼ百パーセントの精度で減給、もしくは降格に繋がる。

 西木社長の判断で……会社判断で作れと言われたから作ったにも関わらずである。

 だからこそ、和歌山工場では、錆びだらけで売り物にならなくなった製品を少しずつスクラップ化し、帳簿上、まだ半製品にありますよと……。つまり、製造途中の製品であると装い処理をした。

 そして、帳簿上、ある物をないと隠し続けた結果、今、そのしわ寄せが棚卸資産の架空計上という形で表れている。


「……それじゃあ、なんだ? 石田君はボクが悪いとそう言うのか?」

「い、いえっ。悪いのは百パーセント、和歌山工場の工場長と社員達です」

「そうだよな? この報告書には、まるでボクが悪い様に書いてあるけどね。ボクの事が怖くて隠しました? 製品が錆びました? 冗談じゃないよ!」


 西木社長がテーブルを思い切り叩く。


「だいたいね。君達はわかっているのか? 十億の私的流用に十億の粉飾。これは大変な問題だよ! 万死に値する行為だ。石田君もそう思うだろ?」

「は、はい。社長の仰る通りです」

「だったら、君もそう言えよ。さっきから黙ってばかりで、すべてボクが代弁してるじゃないか!」

「も、申し訳ございません」

「申し訳ございませんじゃないよっ!」


 下手したら上場廃止になりかねない事態である。


「すぐに当事者共を呼べっ! この場に呼んで来いっ!」

「は、はい。すぐに呼び出します!」


 そう返事をすると、私は社長室を出て、全国の支店営業所。そして、和歌山工場の工場長に電話をかけた。


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