第218話 その裏側で

「シャドー、川島の影と俺の影を繋いでくれないか?」


 俺の側を飛び回っているエレメンタル達の内、影の精霊・シャドーにそうお願いすると、影から川島の声が聞こえてくる。


『……まったく、あの高橋とかいう男、一体、何様のつもりだっ……ああ言えばこう言うばかりで、私の話を聞こうともしないじゃあないかっ! 三流大学出の分際で偉そうに、この私の事を馬鹿にしてっ!』


 俺との会話に相当腹を立てているようだ。

 素が滅茶苦茶出ている。

 しかし、俺が三流大学出身だとよく知っているな。個人情報でも流れているのか?

 それとも、現役出向を命じられるだけあって一流大学出身だから他の大学が三流大学に見えるのか……。

 まあ、三流大学出身だと揶揄されようが、そんな事はどうでもいい。

 むしろ、そんな小さな事で人を小馬鹿にし、優越感に浸れるなんて羨ましい限りだ(勿論、皮肉である)。

 それに、この調子で怒り散らしていれば、そのままポロッと『宝くじ研究会・ピースメーカー』に現役出向してきた理由を喋ってくれるかも知れない。


「……ありがとう。シャドー」


 そう小声で呟き、シャドーにお礼を言うと、川島がどこかに電話をかけ始めた。


『あ、ああっ、おはようございます。村井様の電話番号でしょうか? 私、本日より例の団体に出向する事となりました川島です。朝早くから申し訳ございません。実は少々、問題が……えっ? 宝くじ当選の手法を聞き出せたのか、ですか? そ、それは……まだですが。えっ? OB受け入れ先天下り先確保の為のの確保公益法人化? いえ、まだです。実はその件でお知恵を拝借できればと思いまして……えっ? 今ですか? 体調不良を理由に出てきてしまいましたが……」


 ふむ。なるほど……。

 会話内容をおうむ返ししてくれるお陰で、川島が何を目的に内にやってきたのかよく理解できた。


 しかし、そんな大事な話を天下の往来でおうむ返ししながら電話するなんて何を考えているのだろうか?

 勉強だけできても仕方がない人間の代表例の様な男である。

 まあ、総務省の人間にも色々な人がいる。総務省からの現役出向だからといって、すべての人が有能とは限らない。こんな奴もいるのだろう。


 そんな事を考えていると、川島の電話の相手である村井様とやらがお怒りになる声が聞こえてきた。

 小さ過ぎて完全には聞き取れなかったが、要約すると『なんの為に無理を言って現役出向させたと思っている。早く当選方法を聞き出せ。問題ない様であれば、天下り先の一つとして公益法人化させろ。失敗すればどうなるかわかっているだろうな』との事だった。


 これが現役の国家公務員と国家公務員OBの会話か……。現役で働く国家公務員より発言権のある国家公務員OBってヤバいな。

 双方の力関係が窺える酷い内容の会話だった。


 どの組織にでも当てはまることだが、国家公務員の組織構造はピラミッド型。役職が上がっていけばいくほど、就けるポストが減っていく。そして、ポストを獲得できず、同期入省者から事務次官が誕生すると退職を促され、再就職先の仲介や斡旋を受け天下っていくのが国家公務員の慣例。

 現在は国家公務員法で天下りが規制されている為、勧奨退職は急減しているとニュースで見た事がある。

 しかし、実態はこんなものなのだろう。

 天下り先の決定が原則として大臣官房が行っていた事から、天下りが省庁の人事システムに完全に組み込まれている事は公然の事実。

 勿論、自力で就職先を開拓する人もいるだろうが、天下りが規制された今、天下りが規制される前に、天下っていった国家公務員OBが現役国家公務員の再就職先を選定し、斡旋する方法が秘密裏に行われていることがよく理解できた。

 そうか。現役の国家公務員より国家公務員OBの方が力を持っているのか……。

 まあ、国家公務員法では、それも禁止している筈だが、抜け道なんていくらでもあるのだろう。例えば、政府が導入を促し義務化した社外取締役もその一つだ。


 外部人材である社外取締役は、『生え抜きの経営陣との癒着が生じにくい為、経営陣に対する監視の実効性に貢献できる』とか、『外部から社外取締役を招聘すること自体が対外的に経営の透明性をアピールする事に繋がる』とか、最もらしい名目で義務化されたが、俺の元職場であるアメイジング・コーポレーションでは、経営者である西木元社長と旧来からのお友達である人物が社外取締役として就任していた。

 他社事例だと、東京証券取引所のプライム市場に上場している企業で、退官した省庁の人間が社長を務め、その周りを社外取締役という名の元省庁関係者で固めている酷い事例もある。正に天下り先そのもの。ガバガバナンスだ。


 話がだいぶ逸れた。

 しかし、そんな理由で役所の人間を強引に現役出向させてくるとは……。

 少しばかり宝くじの買い方が派手だっただろうか。


 いや、まあ派手といえば派手か……。


 宝くじの当選売り場も新橋に一極集中しているだろうし、同じ当選者に多額の当選金が何度も振り込まれていれば誰でも不振に思う。

 むしろ、不審に思わない方がおかしい。


 宝くじは地方自治体が総務大臣の許可を得て販売元となり、発券事務を銀行などに委託している。そして、宝くじの運営団体は総務省管轄の団体。

 そう考えて見れば、総務省の自治財政局から人が送り込まれてくるというのも何となく頷ける。まあ、OB受け入れ先天下り先確保の為のの確保公益法人化をする為、現役出向してきたという思惑もあるみたいだが……。


「まあいい。これでやる事がハッキリしたな……」


 川島のポンコツっぷりを見るに、適当に放置していれば勝手に片が付く。

 宝くじ当選の秘密は誰も知らない。

 いや、知っている者も極僅かに存在するが、その者達は契約書の効果により秘密を明かす事は不可能。ただ『レアドロップ倍率+500%』を使い、宝くじを購入するだけの宝くじ購入マシーンと化している。

 つまり、俺さえ余計な事を喋らなければ、宝くじ当選の秘密はヴェールに包まれたままだ。


 いや、待てよ……?

 よく考えて見たら、これはチャンスじゃあないか?


 宝くじの運営団体に天下りをした者。おそらく、そいつが、今回、『宝くじ研究会・ピースメーカー』に対する出向を実質的に決めた者に他ならない。

 態々、現役出向なんて制度を悪用してまで、俺の秘密を暴こうとしたり、折角、興した任意団体を我が物顔で天下り団体化させようとする様な奴だ。

 罰が当たって然るべき害悪的存在である。


 国家公務員OBは『渡り』を何度も行い補助金や寄附金名目で受け取った血税を給与や退職金として何度も受け取るというし、『宝くじ研究会・ピースメーカー』と『契約書』を上手く使えば、血税を毟り取っていく天下り団体にダメージを与える事ができるのではないだろうか?


 国家公務員は、国民の負託を受けて公務に従事する「国民全体の奉仕者」であり、高い使命感と倫理観及び職務にふさわしい優れた能力をもって、国民全体のために職務に当たるべきというのが基本的責務。

 天下りを前提に国家公務員となる事は、国や地方公共団体などの職員として、広く国民に対し平等に働くことを活動目的とし、営利を目的とせず人と社会のために幸せな生活の舞台をつくりだし支えるという理念に反する事だ。

 つまり、どんな理屈をつけたとしても、官僚の特権を用いて国民にOBの生活保障をさせる天下りは汚職。だったら、最初から国家公務員なんて目指さなければいい。


 川島の目的はハッキリしている。ならば、俺のやるべきことはただ一つ。

 俺は笑みを浮かべると、テーブルに契約書を広げた。


 ◇◆◇


 翌日。事務所で川島が来社して来るのを待っていると、始業時間十分前に川島がやってくる。


「おはよう。いい朝だね」


 随分とご機嫌の様だ。

 昨日は随分と熱心に村井様とやらのご高説を聞いていたからな。

 心機一転、宝くじ当選の秘密を探り、『宝くじ研究会・ピースメーカー』を乗っ取る算段を立ててきたという訳だ。

 まあ、全部、聞いていたから無駄なんだけどね。


「ああ、川島さん。おはようございます。昨日は気分が優れない様子でしたが、お体の調子はいかがですか?」


 俺が皮肉を込め体の調子について尋ねると、皮肉だと気付かなかったのか川島は笑顔のまま、まるでジョークでも飛ばすかのように冗談めかして笑い始めた。


「いや、もう問題ない。職場が変わったからかな。急激な環境の変化に体が対応できず、つい体調を崩してしまったよ。総務省にいた頃は激務だったからね。あははははっ――」


 何かおかしな点でもあっただろうか。皮肉を笑い飛ばすとは中々いい度胸をしている。この人の脳内構造はどうなっているのだろうか。解剖して調べてみたい気分だ。

 しかし、俺は空気の読める元社会人。


「あははははっ、そうだったんですね」


 つられるようにそう笑うと、川島は何かを探すかの様に事務所内を見渡した。


「そういえば、会田さんとロドリゲス・M・コーナー君はどうかしたのかね?」


どうやら、会田さんとロドリゲス・M・コーナー君がいない事に不信感を持っているようだ。


「ああ、二人には宝くじの購入に行って貰っています」


そう、俺が安心させる様に呟くと、川島は目を細めた。


「……ほう。宝くじの購入に、ね。……高橋君。宝くじ研究会・ピースメーカーの一員として、私も宝くじの購入に同行させて貰ってもいいかね?」


 どうやら宝くじ回収業務という名の雑用をしたいらしい。ついでに言えば、疑念を抱いているようだ。しかし、問題は何一つない。


 既に『レアドロップ倍率+500%』は使用済み。川島と村井様とやらの会話から、会田さん達が宝くじを購入しに行ったと伝えれば、こうなるんじゃないかと思っていた。


「ええ、勿論、構いませんよ。それじゃあ、早速、宝くじを購入しに行きましょうか」


 そう言って立ち上がると、俺達は新橋駅近くにある宝くじ売り場へと向かうことにした。


「……それで、どの売り場で宝くじを購入するのかね?」

「うーん。そうですね。今のシーズンだとジャンボくじとかが良いかも知れません。でも、抽選日まで一ヶ月近くかかるんですよね。なので今日はこれをこれにしておきます」


 そう言って、指差したのは宝くじ売り場に展示されている東京都宝くじ。

 一等当選金額二百万円のスクラッチくじだ。


「……うん? 何故、一等二百万円のスクラッチくじなんだ? その下には、一等五百万円の全国自治宝くじがあるじゃあないか」

「ああ、そのスクラッチくじはもう四等以下の当選くじしか引く事ができないんで……」


 そう言うと、川島はポカンとした表情を浮かべた。


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 いつも★、応援コメントありがとうございます!

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 最後に★評価を付けてくれている御方に最大限の感謝を!

 これからも更新頑張りますので、よろしくお願い致します。


 本業が四半期決算に入った為、次回は2022年2月13日AM7時更新となります。

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