第17話 ヤバい弁護士①
ボロ宿の管理人を助け、DWをログアウトした俺はネットカフェで目覚めると、ドリンクバーでコーヒーをドリップし、口に含む。
「ああ、相変わらず美味い……」
一仕事終えた後に飲むネットカフェのコーヒーは、何故、こうも美味しいのだろうか?
本当に不思議だ。
「さてと、もう午後五時か……」
交番と労働基準監督署に行って、ほんの少しDWにログインしただけで一日の殆どが終わってしまった。
休日というのは、なんでこうも時間が過ぎるのが早いのだろうか。
会社で過ごす一日はとても長く感じるのに不思議だ。
まあいい。
今の俺は無職だし、会社を辞めたからには、毎日が休日。毎日が日曜日だ。
ふと、スマートフォンを手に取り、画面を覗き込むと、数件の不在着信が残っていた。
一体なんだろう?
画面をタップすると、電話番号が表示される。
「誰だこれ?」
電話番号を打ち込み、ネットサーフィンすると『西葛西警察署』と出た。
どうやら、警察が電話をかけてきたらしい。
とりあえず、連絡するかと、電話をかける。
「すいません。午後三時に連絡があったみたいなんですけど……」
『はい。名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
「あ、はい。高橋翔と申します」
『高橋翔様ですね。少々、お待ち下さい』
しばらく待つと、刑事課に電話を回された。
『お待たせ致しました。刑事課に繋ぎます』
「あ、はい」
すると、刑事課の警察官が電話口に出る。
『初めまして、西葛西警察署、刑事課の大西と申します。えっと、高橋翔さんでお間違いないでしょうか?』
「はい。そうですけど……」
刑事課?
俺、何かやったっけ?
警察に被害届を提出したのは今日の朝だし、俺の事を暴行し、スクラッチくじを強奪した高校生達の逮捕にはまだ早い様な気もする。
『いえね。被害届が出されていた件で、本日、昼過ぎに強盗致傷事件の容疑者五名を逮捕致しましたので、その連絡をと思いまして……』
「えっ? もう逮捕されたんですか?」
はやっ!
正直、警察を舐めていたわ。
まさか、こんなに早く動いてくれるとは……。
『はい。現在、拘留中です。また進展があればお伝え致します』
「わかりました。連絡頂きありがとうございます」
そう言って電話を切ると、「ふう〜」と息を吐き出した。
「いや、警察凄いな」
まさか、容疑者逮捕の連絡までくれるとは……。
あの高校生が無事逮捕された事がわかってなんだかホッとした気分だ。
多分、警察からの容疑者逮捕の連絡も、被害者を安心させる為のものなのだろう。
そういえば、二日間位、家に帰っていない気がする。
あいつらも捕まった事だし、一旦、家に帰るかな……。
時間一杯までネットカフェで寛ぐと、俺は二日ぶりに家に戻る事にした。
◇◆◇
「ありがとうございました」
店員さんの声に送られながらネットカフェを出た俺は家に向かって歩いていく。
軽快なステップで家に向かって歩いていると、誰か知らない人が張り付いているのが見える。
「あれは……だれだ?」
知らない人だ。
なんで俺の部屋の前で張り込みをしているかはわからないが、碌でもないだろう事だけはよくわかる。
触らぬ神に祟りなしと言うし……。
不穏な気配を感じた俺は踵を返すと、近くにある電信柱の影に隠れた。
俺の部屋を張っている男にバレないようにする為だ。
しかし、なんで俺の住んでいるマンション前に人が張り込んでいるんだ?
謎だ。
正直、気味が悪い。
もしかして、俺のストーカーか?
それとも宗教の勧誘??
しかし、スーツを着ていたし……。眼鏡だし、髪はポマードか何かの整髪料でベッタリ固められている。
高そうな時計にバッグ、胸元に光るバッチのような物……。
となると、考えられるのは一つだけ。
「わかったぞ。あれは弁護士だな……」
どうやって、俺の住んでいるマンションの住所を特定したのかは分からないが、まず間違いないだろう。
おそらく、警察に捕まった高校生達の親の誰かが示談にして貰おうと弁護士を雇ったのだろう。
まあ、警察には絶対に示談しないと言っておいたし、連絡先も教えないで下さいと伝えてあった。
警察から俺の連絡先を聞き出す事ができなかった。だからこそ、俺の自宅に張り込んでいるのだろうと思われる。
「よし、それなら俺は……」
そう呟くと、俺は近くのビジネスホテルに連泊する事に決めた。
家に戻ろうと思ったのも、高校生達が逮捕されてもう大丈夫だと判断した為だ。
新たな問題が発生したのであれば、その要因が取り除かれるまで、徹底的に避ければいい。
部屋の前に張り込んでいる弁護士から逃げる様にその場を立ち去ると、俺は西葛西駅まで向かった。
弁護士が部屋の前で張っている。
高校生達の動画は既に拡散済で、目元は隠しているものの、風貌や体格から俺が特定されてしまう可能性もある。
いや、もうされていると見るべきだろう。
だからこそ、ほとぼりが冷めるまでは……。
具体的には、高校生達の刑罰が確定し、弁護士が俺の部屋に張り付かなくなるまでは、家に帰る訳には行かない。
ぶっちゃけ、弁護士はあまり好きじゃないし、万が一、弁護士から内容証明郵便とか届けられても嫌だ。
という事で、俺は今、東西線から数々の電車を乗り継ぎ新橋駅の近くにあるカンデオホテルにいた。
カンデオホテルは良い。
館内は清潔感があるし、スタッフの対応も丁寧。屋上にスカイスパと呼ばれる星空に一番近い露天風呂があり、アメニティも豊富。
何より、必要以上に係わってこようとしないスタッフ達が素晴らしい。
俺の元職場こと、アメイジング・コーポレーション株式会社を訴える為に予約した弁護士事務所も東京駅近くだったし、もってのこいだ。
「さてと……。なんだか腹が減ったな。とりあえず、鳥貴族にでも行くか」
鳥貴族とは、税込三百二十七円均一の焼鳥屋だ。
「いらっしゃいませ! 一名様でよろしいでしょうか?」
「はい。一名です」
「それでは、こちらにどうぞ。一名様ご来店です!」
そう言って通されたのは、カウンター席だった。
新型コロナウイルス対策の一環か、席にはパーテーションが完備されている。
「お飲み物は何に致しますか?」
「う~ん。それじゃあ、メガ金麦で」
「はい。メガ金麦ですね!」
「ああ、塩だれキューリと、もも貴族焼のたれもお願いします」
「はい! 塩だれキューリともも貴族焼のたれですね。少々お待ち下さいませ!」
料理を注文して一分経たない内に、メガ金麦と塩だれキューリが運ばれてくる。
「お待たせしました。メガ金麦と塩だれキューリになります」
「ああ、ありがとうございます」
料理を受け取った俺は、早速、メガ金麦に口を付けた。
「ふう……」
やはり、店で飲むお酒は美味しい。
メガ金麦も飲み応えがあるし、塩だれキューリもいい塩梅だ。
これがあれば、何杯でもメガ金麦を飲める気がする。
スマートフォンを片手に、お気に入りのネット小説を読みながら酒を呑んでいると、突然、画面に知らない番号が表示されスマートフォンが鳴り出した。
うん?
誰だこれ?
知らない番号だ。
とりあえず、今、表示されている番号を入力すると、弁護士事務所の電話番号である事が分かった。
もしかして、明日、アポイントメントを取った弁護士からの電話だろうか?
「はい」
余計な事は言わず、ただ淡々とそう呟くと、電話口から声が聞こえてくる。
『私、野梅法律相談事務所の弁護士、野梅八屋と申します。高橋翔様の電話番号でよろしかったでしょうか?』
ヤバい奴や……!
名前からしてヤバい。
少なくとも、俺がアポイントメントを取った弁護士事務所じゃない見たいだし、とりあえず、知らんフリをしておこう。
「いえ、違いますね。間違い電話じゃないですか?」
即座にそう切り返すと、野梅弁護士が戸惑いの声を上げる。
『えっ? 本当ですか?? 本当にこの電話は高橋翔様の電話ではないのですか?』
「高橋翔ですか? どなたです? それ?」
『ま、間違い電話です。失礼しました』
野梅弁護士は電話越しにそう言うと、電話が切れる。
どうやら、やり過ごす事に成功したらしい。
野梅弁護士の電話をやり過ごしてすぐ店員が注文した貴族焼を持ってくる。
「お待たせしました。注文のもも貴族焼になります」
「ああ、ありがとうございます」
店員から貴族焼を受け取ると、追加でメガハイボールと、チキン南蛮、とり釜飯を注文した。
やはり鳥貴族に来たら、とり釜飯は欠かせない。
「さて……」
スマートフォンを置き、貴族焼の串を手に取ると、串に刺さっている鶏肉とネギを口に含んで咀嚼する。
うん。安定の美味しさだ。
流石は鳥貴族。メガ金麦と貴族焼の相性が堪らない。
しかし、あの高校生達、弁護士を雇ったのか……。
必死だな。まあ、当然か……。
あいつ等のやった事はカツアゲではない。カツアゲという名の強盗致傷だ。
一度は三千万円の当選くじを強奪しているのだ。あの時の悔しさは忘れない。
何よりこの俺に対して暴行しているからね?
痛かったなぁ~あれ、特にあの自転車の空気入れで背中を殴られたやつ。本当に痛かったわ!
まさか鈍器で攻撃してくるとは思わなかったわ!
初級回復薬で傷を癒したんだからいいじゃないって?
んなわけねーだろっ!
こっちは痛い思いしているんだよ!
初級回復薬があったのも、偶々なんだよ!
俺が初級回復薬を持っていなければ、全身打撲を負っていた。血も出ていたし、その報いは必ず受けて貰う。示談なんて絶対してやらないんだからね!
「お待たせ致しました。こちら、注文の品になります。あっ、空いたグラスはおさげしますね」
そんな事を考えていると、店員がメガハイボールと、チキン南蛮、とり釜飯を持ってきた。
テーブルにそれらを置くと、とり釜飯のセットに火を灯し、「お召し上がりまで三十分お待ち下さい」といい、空になったグラスを片手に席を立つ。
片手にスマートフォンを持ちながらチキン南蛮を口に運ぶと、チキン南蛮のジューシーな味わいが口に広がってくる。
そのまま、メガハイボールを口にすると、幸せ一杯の余韻が口を伝った。
久しぶりに食べるチキン南蛮は、何故こんなにも美味しいのだろうか?
流石は鳥貴族だ。
庶民の懐に優しい値段設定でこれ程、美味しい物を食べさせてくれるとは……。
まあ、それは置いておいて、丁度、読んでいたネット小説も最新話まで読み終わった。次の小説でも読むかな……。
メガハイボールを片手に、スマートフォンをスワイプしていると、突然電話がかかってくる。スワイプしていた指で、そのまま反射的に通話ボタンをタップすると、またしても野梅弁護士が電話口に現れた。
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