第18話 ヤバい弁護士②

『度々の電話申し訳ございません。私、野梅法律相談事務所の弁護士、野梅八屋と……』


 俺は無言で電話を切る。

 そして、そのままその番号を着信拒否設定にすると、お気に入りのネット小説にスマホ画面を切り替えた。


 流石は弁護士だ。

 高い給料を貰っているだけあって、クライアントの為によく働いてくれる。

 しかし、その働きも被害者側からすると、迷惑極まりない行為である事を自覚してほしいものだ。


 というかこの野梅弁護士、常識はないのだろうか?

 今、何時だと思っているんだ。

 午後八時だぞ?

 人が折角、気持ちよくお酒を呑んでいる時に不粋な電話をしてきやがって。


 とりあえず、メガハイボールを口に含むとため息を吐く。


「ふうー」


 このメガハイボールだけが今の俺の癒しである。

 しかし、面倒な事になってきた。

 しばらくの間、家に帰るのは止め、カンデオホテルに詰めるとして、とりあえず、対策を練らないといけないな。


 あの執念は半端ではない。

 しかし、まさかあんな動画(高校生達に一方的に暴行を加えられ三千万円のスクラッチくじを奪われる俺)を流したにも関わらず、あの高校生達の弁護をしてくる奴がいようとは……。


 国選弁護士だろうか?

 国選弁護士制度を使えば費用がかからないというし、その可能性はあるな。


 まあいい。

 とりあえず、今は呑む事を優先しよう。

 奴等の事を考えながら呑むと折角の美味しい料理と酒が不味くなる。


「おっ、火が消えてる。そろそろ三十分経ったかな?」


 メガハイボールを一度テーブルに置き、とり釜飯の蓋を開けると、とり釜飯のいい香りが蒸気と共に立ち上る。


 これは美味そうだ。


 早速、しゃもじでとり釜飯を混ぜ、とり皿によそうと箸でそれを口に運んでいく。


 うん。なんていうか、幸せの味だ。

 とり釜飯の味が心に染みる。

 日本人でこの味が嫌いな人はまずいないだろう。


 俺はとり釜飯を口に方張ると、メガハイボールを口に含んだ。

 この組み合わせもまた堪らない。


 この日、俺は鳥貴族でしこたま酒と料理を楽しむと、カンデオホテルに戻る事にした。


 ◇◆◇


 高橋翔が鳥貴族で酒を呑んでいる頃、翔に電話をかけた野梅法律相談事務所の野梅はというと、怒り心頭な面持ちで、手に持つ卓上型電話を睨み付けていた。


「くそっ! なんなんだこいつ! 弁護士からの電話を着信拒否するなんて、一体、何を考えている!」


 今の時間は午後八時。

 少々、遅い時間ではあるが、クライアントの置かれている現状を考えれば、少しでも早く示談に持ち込む方がいい。

 そう考えて電話をしたのだが、一度目の電話では間違い電話扱いされ、思い直してかけた二度目の電話では、電話をかけてすぐ切られてしまう。

 そして、電話をかける事、三度目。


 そう経った数分の内に、三度電話をかけただけで着信拒否にされてしまった。


 部下を奴の家の監視につけるも帰ってくる様子はないし、電話も繋がらないとなると示談交渉もクソもない。

 このまま高橋翔との示談が進まず、ズルズルと日数が進んでしまえば刑事手続きが進行してしまう。


 実際に少年達と面会して見たが、皆、良い子達ではないか。

 自分達の行いを反省し、被害者である高橋翔に謝りたいと言っている。

 まあ、三千万円のスクラッチくじについては失くしてしまったみたいだったが、それについては問題ない。

 おそらく、スクラッチくじを見間違い三千万円が当選したと思い込んでいたのだろう。

 とりあえず、クライアントには、捜査機関に都合のいい供述調書を作成されないよう、三千万円のスクラッチくじについては、当選くじと誤認していたと話すようアドバイスをしておいた。

 流石に三千万円もの借金をクライアントに課すのは酷だ。


 それにしても、この高橋翔という男はとんでもない男だな。

 この動画を拡散する奴らについても同様である。

 少年の場合、少年法六十一条で、今後の更生への影響という観点から実名等、本人が特定できる情報の報道が禁止されている。

 にも拘らず、動画には実名どころか、通っている高校名。その姿まですべてが細かく写されていた。


 それだけではない。この男、クライアントに暴行を受けてすぐ病院に向かったという報告もある。おそらく病院の診断書を作成しに向かったのだろう。

 用意周到な男である。

 これさえなければ、まだやり易かったのだが、中々、思うようにいかないものだ。


 そして、先ほどの着信拒否。

 少年達の更生したいという儚い願いさえ叶えてやろうという気の見えない高橋翔の行動に私は憤りを覚えていた。


 確かに少年達は社会的に見て許されない行動をしたかもしれない。

 しかし、こんな事、思春期の少年にはよくある事だ。

 こういう事を積み重ね少年は大人になっていく。更生の機会位、与えて上げてもいいではないか。


 それに非行を犯した少年であっても、いずれは大人になり、社会を構成する重要な一員となる。個人の尊厳に立脚した成熟した民主主義社会を実現するためにも、少年達の更生の道を封じてしまう事は、社会全体の大きな損失となる。


 もし少年達が更生の道から外れ、暴力団などの反社会的勢力の一員となったらどうするつもりなのだろうか?

 それこそ、また新たな犯罪者を作り出す事に繋がりかねない。


 しかし、連絡が取れない事には示談する事もできない。

 それに、相手は徹底的に連絡が取れない様、対策してきている。


 強盗致傷事件の示談金の相場は、ケガや精神疾患の治療に要した費用やその交通費、仕事を休まざるを得なくなった分の休業損害、そして痛みや恐怖といった精神的苦痛に対する慰謝料が含まれる。


 調べた所、ケガの程度は全治二ヶ月というし、高橋翔は現在無職だった筈。示談金は全てをひっくるめて百万位を見ておけばいいだろう。

 三千万円のスクラッチくじについては、証明するものは何もないのだ。

 少年達の将来を考えれば、無視しても問題ない筈。


 問題はこの金額で高橋翔が納得するかという点だ。


「やはり難しいか……?」


 しかし、少年達の両親、本人達に三千万円を負担する能力はない。

 もし負担する能力があれば、国選弁護人制度自体を使う事ができない筈だからだ。


「取り敢えず、内容証明だけでも送っておくか……」


 家に戻ってこないのであれば、それはそれである意味丁度いい。

 内容証明郵便とは、『いつ、誰が、どんな内容を、誰に送ったのか』が郵便局に記録される郵便だ。

 後々の事を考えれば『こちらが再三連絡したにも関わらず、相手からは歩み寄りの姿勢が見られなかった』という事実を示す証拠にもなる。


 それでも駄目なら供託又は贖罪寄付しかない。

 贖罪寄付は、刑事事件を起こした方が反省の思いを形にする為、弁護士会や慈善団体などに寄付をし、公益活動に役立てて貰う事。

 この贖罪寄付をする事により、刑事事件の処分が軽くなる事がある。


 どの道、このままでは家庭裁判所の少年審判にかけられる事は確実。


 本来であれば、少年審判は更生後の少年が社会生活において不利益を被らない為、非公開で行われ、保護観察や少年院送致などの処分が下される。

 しかし、今回のケースは、強盗致傷事件。


 つまり、強盗の末、人を負傷させてしまった為、少年であっても『無期または六年以上の懲役』刑が科される可能性がある。勿論、十四歳未満の少年であれば刑事責任を問われないのだが、クライアントは皆、十五歳以上の高校生……。


 高橋翔との電話交渉が頓挫した今、一体、私に何ができるのか。

 暫く悩む日々が続きそうだ……。


 ◇◆◇


 野梅弁護士が悩んでいる頃、カンデオホテルに戻った俺は、夜空に一番近い露天風呂『スカイスパ』に入浴し、部屋に戻っていた。

 今の時間は午後八時半。

 部屋に戻った俺は、明日の準備をすると、ベッドの上で横になる。

 そして、おもむろに「――コネクト『Different World』」と呟きDWの世界へとログインした。


「やっぱりか……」


 なんとなくそうだとは思っていた。

 ヘッドギアを被らなくても、その言葉を呟けばDWの世界へとログインする事ができるのではないかと。


 とはいえ、まさか本当にログインできると思っていなかったからビビる。


 えっ?

 なにこれ??

 本当に俺だけがこの世界と日本を行き来できるの??

 凄くない!?


 しかし、そんな事が知られれば大変な事になりそうだ。

 この事は当分、秘密にしておこう。

 そうじゃないと、俺の身が危ない気がする。


 まあ、その事は置いておこう。

 取り敢えず、DWの世界に来たのであれば、レベル上げだ。

 レベル上げをしに行こう。


 正直、レベル三十では上級ダンジョンに挑む事ができない。


 レベル三十では、中級の火山ダンジョン『ボルケーノケイブ』攻略が関の山だろう。

 まあいい。

 中級ダンジョンならレベル上げに最適だ。

 それに俺にはエレメンタル達がついている。


 俺の周りを飛び回る四体のエレメンタル。

 その様相は、まるで、早くダンジョンに行こうと催促している様だ。


 OK。すぐに行こう。

 このDWの世界と、日本を行き来できるという事は、この世界のパラメーターが向こう側の世界にも反映されるという事に他ならない。

 つまり、こっちで強くなれば強くなるほど、お金を稼げば稼ぐほど、俺は働かずにして裕福な暮らしを手に入れる事ができるという事だ。


 それに、俺はカンデオホテルの温浴施設『スカイスパ』で身体を洗う時に気付いてしまった。俺の顔や身体が、段々とDWプレイヤー『カケル』の姿に近付いている事に……。


 正直、これには驚かされた。

 DWが現実世界となった事により、こんな弊害が起ころうとは……。


 中肉中背の二十三歳、高橋翔の身体が、DW内の冒険者『カケル』に近付いていくのだ。嬉しい誤算である。

 正直、DW内のプレイヤー『カケル』の姿は、今の俺とそう大差はない。

 それは十八歳だった頃の俺が、DWに没入する為、自分とほぼ同じ様な姿になるようキャラクターメイクした為だ。

 もちろん、誤算もある。

 キャラクターメイク時、自分の顔に近付ける様、努力したが、見栄からかほんの少しだけカッコよくメイクしてしまったのだ。

 しかも、年齢は十八歳固定。

 つまり、今の俺は段々と十八歳だった頃の俺に近付いているという事になる。


 何が言いたいかといえば、最高だね。という事だ。あの頃は良かった。何をどれだけ食べても太らないし、肩凝りに悩まされる事もない。


 日々、重加算されていく脂肪と体重に俺が一体何をしたのですかと神に懺悔した位だ。

 俺はただ、あの頃と同じ食生活を送っていただけなのにと……。


 まあ、その話についても置いておこう。

 虚しくなるだけだ。それに今の俺は十八歳だった頃の俺に……。

 キャラメイクした頃の俺に近付いている。

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