第52話 カケルがぼろ儲けをしている頃、加害者高校生と野梅弁護士は……
「か、回復薬の代金として冒険者協会の口座からカケル様の口座に百十億一千万コルを振り込ませて頂きました」
「ありがとうございます。とてもいい取引ができました。また来月もお願いしますね」
「は、はい……」
俺のハッピースマイルに引き攣った笑みを浮かべる受付嬢。
回復薬の代金を受け取った俺は、ホクホク顔で冒険者協会を後にした。
「それにしても驚いたな。まさか、絶叫を上げ泡を噴いて倒れるとは……」
回復薬を納品した俺が正当な対価を得る為、請求した百十億一千万コル。
これに驚いた副協会長は、回復薬の受け渡しを行っている部屋に来るなり、訳の分からない言葉を吐いて絶叫を上げ、挙句の果てには、泡を噴いて担架でどこかに運ばれていった。
俺が思うにきっと重篤な持病を患っているのだと思う。
冒険者協会を纏めあげる副協会長って立場。大変そうだもんね。
安らかに眠ってくれと、心の中で黙祷を捧げると、初級回復薬の補充をする為、初級ダンジョン『スリーピング・フォレスト』に向かう事にした。
「それにしても、まさか全額支払ってくるとはなぁ~。まあいいか……。とりあえず初級回復薬の補充に行くかな」
転移門『ユグドラシル』前でメニューバーを開き、行きたいダンジョンを選択する。
「転移。スリーピングフォレスト」
転移門の前でそう叫ぶと、俺の身体に蒼い光が宿り、広大な森林ダンジョン『スリーピングフォレスト』へと転移する。
マップ機能を使い他のプレイヤーがいない場所に移動すると、課金アイテム『モンスターリスポーン』を使用し、モンスターを呼び寄せる事にした。
『モンスターリスポーン』を使用した瞬間、俺を起点として地面が円形に赤く染まり、次々とモンスターが湧いてくる。
「よし。エレメンタル達は出てくるモンスターを倒してくれ。今回は俺も戦う」
と、いっても基本的にはモブ・フェンリルバズーカを撃ったり、殴ったりするだけどね。
この世界ではレベルが上る毎にステータスが上がっていく。
百五十レベルを超えた今、自分の力をちゃんと把握しておかなければ危険だ。
少し考え事をしていると目の前に、オラウータンをモチーフにしたモンスター『モブ・ウータン』が現れる。
「ピューイ、ピューイ!」
「うん。鳴き方が独特……もう逝っていいよ」
「ピューイ、ピュ……グルフェッ!!?」
モブ・フェンリルバズーカを振りかぶると、思いっ切りモブ・ウータンに砲身をぶつける。すると、モブ・ウータンは生物として出しちゃいけない声を上げ、四回転半してドロップアイテムの初級回復薬に変わった。
なんだか久しぶりに仕事をした気分だ。
今までは、金魚の糞と言われても否定できない位、エレメンタルにおんぶに抱っこだったからね。
しかし、流石は初級ダンジョン。モンスターが凄く弱いな。
自分の力を把握する為の役に立たない。
エレメンタル達も、絶賛、モンスターを虐殺中だ。
熱線や烈風が巻き起こる度に、モンスターが初級回復薬に変わっていく。
しかし、不思議だ。
ゲーム世界では全く気にしていなかったけど、なんでこんなオラウータンから初級回復薬がドロップされるのだろうか?
普通に考えたらあり得ないでしょ??
まさか、元々、初級回復薬を持っていたとか??
……いや、流石にそんな事はないか?
疑問が疑念に変わった瞬間、『モンスターリスポーン』の効果が切れた。
考え事をしながらドロップアイテムの初級回復薬を拾っていると、初級回復薬を手に取るモブ・ウータンと目が合う。
「ピッ、ピューイ?」
モブ・ウータンはそう言うと、初級回復薬を持ち去り、その場から逃げてしまった。
「ま、待てっ!」
今、なんで初級回復薬を持ち去ったぁ!
それは俺のものだっ!
とはいえ、モブ・ウータンが何故、その様な行動に出たのか気になる。
マーキングを施し、マップ機能を使い様子を伺っていると、とある反応を察知した。
木の陰から覗いて見ると、そこには……。
「ふははははっ! 無駄無駄無駄無駄ぁ! そんな攻撃、俺には効かん!」と叫びながら、モブ・ウータンにボコボコにされている『ああああ』の姿があった。
凄い。折角、パワーレベリングしたのに、モブ・ウータンにタコ殴りにされている。でも、なんだか嬉しそうだ。
マゾなのだろうか?
その隣には、実体化したヤンデレ少女メリーさんと愛を語り合うカイルの姿がある。
周囲には、ナイフが刺さり死屍累々となったモブ・ウータンが倒れている。
惨殺されている為か辺りは血の海と化していた。
これにはモブ・ウータンもビビッて近寄らない。
「なんだか凄いな……」
よくわからないけど、もの凄い状況だ。
っていうか、あいつ等何しに初級ダンジョンに来たの?
何やってるの??
あいつ等のレベルは五十を超えている。
この世界が現実となり、俺を除きアイテムがドロップしなくなった今、初級ダンジョンに潜る意味はあまりない筈だ。
レベル五十なら中級ダンジョンに潜った方がいい。
まあ、あいつ等の思考は独特だから考えるだけ無駄か。
とりあえず、関わり合いにならない様にしよう。
来月分の回復薬のノルマは達成した俺は、一旦、『微睡の宿』に戻る事にした。
◇◆◇
高橋翔がゲーム世界にいる頃、現実世界の加害者高校生達は少年鑑別所にいた。
少年鑑別所は、全国に五十二庁が設置されている法務省管轄の施設。
加害者高校生達は全員、少年鑑別所に収容観護された。
収容期間は原則二週間。つまり二週間もの期間、大人しくしていなければならない。
入所一日目は最悪だった。
少年鑑別所に到着してすぐ、身体そして衣服と荷物の検査が行われる。
衣服と荷物はたいして持っていなかったから問題なかったが、身体検査が問題だった。
まさかの全裸検査である。
ケツの穴まで見られるし、金〇をを自分で持ち上げさせられ玉の裏まで確認された時にはあまりの不愉快さに絶叫を上げそうになった。
検査終了後は鑑別所のジャージに着替え、鑑別技官による面接や集団・個別の心理検査、知能テストが行われる。
留置所と比べると、はるかに過ごしやすいが、こんな生活がまだ二週間も続くとなるとげんなりする。
「ヨっちゃん。俺はもう駄目だ……」
「ああっ? なんだよ急に……」
「あんな人権を無視した事をされて、俺、生きていけねーよ」
おそらく、全裸検査の事を言っているのだろう。
正直、俺もそう思う。
「……そう言うなよ。もう少しの辛抱だろ。頑張ろうぜ」
「ああ……。そうだな。弁護士も動いてくれてるみたいだし、それだけが希望だな……」
「ほんと、それだけが希望だぜ……。今日、両親が面会しに来たけどよ。あいつ等文句しか言わねーでやんの。やれ、『そんな風に育てた覚えはない』だの『この親不孝者』だの……。挙句の果てには、オヤジが会社をクビになったと泣き崩れる始末でよ。泣きたいのはこっちだぜ……」
「……俺の所もだよ。お袋がカツアゲしたおっさんの住んでるホテルに突撃かましたみたいでさ。オヤジがそれに怒って一家離散の大ピンチ。本当に大丈夫かよ……」
「なんだか凄い事になってるな……」
一家離散なんて言葉初めて聞いた。
本当にあるんだな、そんな事……。
「他の奴らも皆、そんな感じらしいぜ? 面会に来た弁護士が頭を抱えていたよ……」
「マジでか……」
笑えない冗談だ。
弁護士が頭抱えちゃったら拙いだろ。
本当の本当にどうなっちゃうの俺達??
「……心配だけど、任せる他ねーよ。俺達にできる事といったら、精々、大人しく生活を送る事だけだ」
「まあ、そうだよなぁ……。おっ、そろそろ消灯時間だ」
「まだ午後九時だぜ。早すぎだろっ……」
「そうは言っても仕方がないだろ」
仕方がなく就寝の準備をすると、パジャマに着替え布団に入る。
ここでの生活はまるで合宿の様だ。
外で自由気ままにやっていた時が懐かしい。
時間に縛られた団体生活を二週間も続けなければならないのは正直、きつい。
とはいえ、鑑別所の朝は早いからな……。
「さっさと寝るか……」
消灯した室内の中、布団を頭まで被ると、俺は夢の中に逃避した。
◇◆◇
加害者高校生達が少年鑑別所で就寝している頃、高校生達の国選弁護人である野梅弁護士は頭を抱えていた。
「ほ、保護観察に向けて動いているのに、あの人達は一体なにを……」
保護観察処分を獲得する為に、家庭環境の安定はとても重要である。
その家庭環境が壊れていては、何もできない。
「……あの人達は一体なにを考えているのですかぁぁぁぁ!」
保護観察は、少年を社会の中で生活させながら、自宅から学校や仕事に通い、保護観察所の指導を受け、定期的に保護司と面会して生活状況を報告し、親の監督のもとで社会生活を送り、立ち直りを図っていくという制度。
大本である親がそんな調子では、私の働きも無為に帰してしまう。
「せめて……。せめて、あの子達の両親が暴走しなければなんとかなったのに……」
それだけではない。
最近、クライアント企業のアメイジング・コーポレーション㈱の相談が増えてきている。ストレスは増すばかりだ。
「くそっ! どうしたら……。私はどうしたらいい!」
このままではジリ貧だ。
しかし、こうも不利に動かれては何もする事ができない。
少年達に、なんとかすると言ったのに……。
少年達の未来を一つ一つ丁寧に潰していく彼等の両親に対し、私は憤りを覚える。
とはいえ、このまま、何もしなければ少年達は強盗致傷罪で刑務所入りだ。
少年犯罪に強い弁護士として汚点を残す訳にもいかない。
「うぐぐぐっ……。一体どうすれば……」
頭を抱え悩んでいると、急に名案を思いつく。
「……そ、そうだっ! 高橋翔はアメイジング・コーポレーションに勤めていた! アメイジング・コーポレーションの西木社長に取り次いで貰えれば……」
突然思い付いた名案に、ガバリと立ち上がる。
「こうしてはいられないっ! 明日にでも、高橋翔とアポが取れるようアメイジング・コーポレーションの石田に取り次がねばっ!」
高橋翔はアメイジング・コーポレーションに勤めていた。
直属の上司だった人からの電話であれば、話し合いに応じてくれる筈だ。
突然、降って湧いた思い付きに歓喜すると、神棚に向かって呟いた。
「神よ。どうか……。どうか高橋翔との交渉が上手く行きます様に」と……。
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