第60話 悲しいけどこれ戦争なのよね。

 とりあえずアイテムストレージから『隠密マント』を取り出し姿を隠すと、上位精霊に進化したエレメンタル達を見上げる。


「す、凄い変貌を遂げたね。君達……」


 どうしよう。これだけデカくなられると、エレメンタルを連れて歩けない。


「えっと、皆、小さくなれるかな? なんて……」


 そう呟くと、エレメンタル達は互いに頷き、元の小さな光の玉へと姿を変えた。


「ああ、小さくなれるんだ……」


 そんな事もできるんだ。便利な身体になったね。君達……。

 しかし、これなら問題ない。

 多くの人に進化の瞬間を見られてしまったが問題ない筈だ……。多分。

 なにより、今更感が凄い。


 背後を振り向き城郭に視線を向けると、唖然とした表情を浮かべる冒険者と兵士の姿が見える。


 よし。この緊急クエストが終わったら『モブフェンリルスーツ』を装備するのは止めよう。そう決めた俺はこちらに向かってくるモンスターに視線を向ける。


「よし。早く終わらせるぞ。やっちゃえ、エレメンタル!」


 そう言うと、光の玉が弾け飛び上位精霊としての巨大な姿を顕現させる。

 まああれだけのモンスターを倒すなら、巨大な姿の方が効率いいもんね。


 エレメンタル達が再度、巨大な姿を現すと、モンスター達の侵攻が急激に遅くなった。

 まるで、そんなの聞いてないとでも言わんばかりに急ブレーキをかけ、前方を駆けていたモンスター達が次々と後方から来るモンスターに潰されひき肉へと変わっていく。

 モンスターが勝手に自滅していくので、ドロップアイテムに変わる事もない。


「や、やっぱり、このまま待機してようか……」


 俺の言葉にエレメンタル達は頷き、攻撃することなくその場に待機する。


 凄い。ただエレメンタル達を待機させているだけでモンスターがひき肉に変わっていく。ドロップアイテム化しないのが残念極まりないが、これもまあ仕方のないことだ。

 ここで変に攻撃に出て、エレメンタルの力を見せつけてしまえば、今後、どうなるかわからない……。主に俺の生活が、だ。


 セントラル王国内での活動は諦めた方がいいだろうか?

 ……いや、諦めるのはまだ早い。

 俺のアイデンティティー(モブフェンリルスーツ)を装備しなければ普通に活動を送ることは可能だ。さっきも思ったが、やはり『モブフェンリルスーツ』は外そう。代わりに『ブラック・モブフェンリルスーツ』を装備しよう。

 そうだ。それがいい。

 それに『ブラック・モブフェンリルスーツ』は通常の『モブフェンリルスーツ』より性能が上。ただ、色が俺の感性と相容れなかった為、『モブフェンリルスーツ』を装備していただけだ。


 ――デュララララララッ!


 次々とひき肉になっていくモンスターを尻目にそんなことを考えていると、一際大きい鳴き声を上げるモンスターが現れた。


 どうやら今回のスタンピードはこのモンスターが原因だったようだ。


 そのモンスターの名前は、グリフォン。

 ライオンの身体・尾・後ろ足、鷲の頭・羽・前足を持つリージョン帝国との国境付近の森に住むボスモンスター。

 モンスターを追い立てる様に空を飛び現れたグリフォンは、エレメンタル達を視界に捉えると鳴き声を上げる。


 ――デ、デュララララララッ!?


 威嚇してるのか、はたまた、エレメンタルに驚き叫び声を上げているのかわからない。

 しかし、一つだけわかることがある。


 それは――圧倒的にエレメンタル達の方が強くモンスター達にとって怖い存在であるという点である。

 グリフォンがモンスター達を追い立て、エレメンタルを前にしたモンスター達が急ブレーキをかけひき肉になっていく。

 グリフォンが姿を現してもその光景は変わらない。


 グリフォン一体を倒せば緊急クエストが終わってしまいそうな勢いだ。

 俺はグリフォンに『モブフェンリル・バズーカ』を向けると、そのまま砲弾を打ち出した。


『わおーん』というなんとも気の抜けた砲音と共に打ち出された砲弾は、そのままグリフォンに直撃し、ドロップアイテムに姿を変える。


「あ、意外と簡単に倒せたな……」


 レベル百五十のステータスは伊達じゃない。

 というより、普通に『モブフェンリル・バズーカ』の力が強すぎるのか?

 まあいいか。今はそんなことを言ってる場合じゃない。


 グリフォンは倒した。後は残りのモンスターを討伐するだけだ。


「ん?」


 すると、急ブレーキをかけひき肉になっていくモンスター達の奥に旗が見えた。

 あれは……。まさかっ!?


 そう思った瞬間、後方から鐘の音が鳴り響く。


 ――カンカンカンカンッ!


「リージョン帝国の奴等が攻めてきたぞっ!」


 拡声器で大きくしたであろう兵士の声。

 次から次へと……。そういえば、そうだったな。そういえば、そうだったよ!


 これはアレだ。

 緊急クエスト『リージョン帝国侵攻』。

 リージョン帝国とは領土問題を抱えている。

 緊急クエスト『モンスター迎撃戦』が終わった後、低確率で発生する緊急クエストだ。簡単に言えば、大多数のプレイヤーと協力してリージョン帝国の侵攻を食い止めるマルチイベントにして、国境付近領土の切り取り合戦だ。


 土煙を上げながら近付いてくるリージョン帝国の兵士達。

 よく見ると冒険者達も混ざっている。


 マルチイベントが現実になると厄介だ。

 股間は焼くが俺に人を殺す気概はまるでない。


 悲しいけどこれじゃあクエストじゃなくて、戦争なのよね。どうしましょ。


 戦線の最前線でどうしようかと頭を悩ませていると、リージョン帝国の兵士達の侵攻が少しだけ鈍った様に見えた。


「なぬ……?」


 異変に気付き前を向くと、グリフォンに追い立てられていたモンスター達が今度はリージョン帝国側に向かって敗走していくのが見える。


「な、なんでモンスターがこっちにっ!?」

「グリフォンがいないっ!? 確かに追い立てたのにっ!!」

「と、停まれっ! 押すなよ。押すんじゃないっ! 停まれと言っているだろ!」


 リージョン帝国の兵士達が上げる絶叫から察するに、敵国側としてもこの状況は予想外だったらしい。

 モンスター達はエレメンタルを相手にするより、リージョン帝国側の兵士達を相手にした方が生き残る確率が高いと見た様だ。

 突然、反転しリージョン帝国の兵士に向かい駆け出していく。


「お、おおっ……」


 リージョン帝国側の兵士の言葉から帝国が森のボスモンスターであるグリフォンを追い立てスタンピードを起こしたらしいことがわかる。

 なるほど、そう言うことだったのか。


 つまりこれは自業自得の自爆ってことね。

 人を呪わば穴二つ。

 人に害を与えようとすれば、やがて自分も害を受けるようになるという例えがピッタリ当てはまる状況である。


 ――と、なれば俺がやることはただ一つ。モンスターの進行方向を誘導し、リージョン帝国の兵士達を強制撤退に追い込む。

 大丈夫。俺ならやれるはずだ。

 俺はただ、ベヒモスの背中に乗りモンスターに追いつかないよう追い立てればいい。


「よし。フェニックスとクラーケンは横から挟み込むようにモンスターを追い立ててくれ。ジンとベヒモスは俺と共に正面からモンスターを追い立てるぞっ!」


 風の上位精霊ジンに手伝ってもらい、地の上位精霊ベヒモスの背に乗せてもらうと、火の上位精霊フェニックスと水の上位精霊クラーケンが身体を浮かせ、モンスターを追い立てていく。


 心なしかモンスターの駆けるスピードが上がった気がする。

 素晴らしい。とても素晴らしい追い立てだよエレメンタル。

 借金取りも真っ青な追い立てだ。借金取りじゃないけれども!


「「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ!」」

「「た、助けてぇぇぇぇ!」」


 まあ、現実に真っ青な顔で兵士達が敗走していってるけどね。

 グッジョブ。エレメンタル!


 エレメンタル達に追いかけられるモンスター達も必死だが、リージョン帝国の兵士や冒険者も必死だ。

 セントラル王国に嗾けたはずのモンスターが自分達に向かって襲いかかってくるのだから。しかし、俺は手を抜かない。

 これは厄介事に巻き込んでくれた君達に対するお仕置き。

 精々、死なない程度に逃げ惑ってくれ。

 ついでにリージョン帝国側の領土まで逆侵攻させて貰おうか。


 悲しいけどこれ戦争なのよね。


 エレメンタルと共にリージョン帝国側の兵士と冒険者を追いかけ回すこと二十分。

 ここで最初の脱落者が出た。


「あ、ああっ!!?」

「だ、大丈夫かっ!」

「た、隊長は逃げて下さい! 俺はもう駄目です……」

「ば、馬鹿を言うんじゃないっ!」

「いいから、俺を置いて逃げて下さいっ!」


 モンスターに追い掛けられ力尽きて転んでしまった部下を助けようとする上官。

 うん。泣けるね。それがセントラル王国に侵攻してきた側であったとしても。

 甲冑で身を守り大きな盾に剣を持ちながらよく二十分も爆走できたものだと思わず感心してしまう。多分、俺なら五分位でへばっていた所だろう。


「クラーケン。脱落者を捕獲して」


 俺がそう言うと、クラーケンはコクリと頷く。

 モンスターに踏み倒される直前、水の上位精霊クラーケンの触手が倒れた兵士達を捕獲すると兵士は絶叫を上げた。


「ぎ、ぎゃああああああっ! ああっ……」


 そして、そのまま気絶してしまう。


 ふふふっ、安心してほしい。

 君達と違って俺も鬼じゃない。

 心の傷は残るかもしれないし、当分の間、タコやイカが食べれなくなるかもしれないけど、命だけは救ってあげる。


 ぶっちゃけ俺が原因でモンスターにプチッとされるなんて目覚めが悪いからね。

 ただし、グリフォンを使ってスタンピードを起こした罰はちゃんと受けて貰う。

 走れ走れっ! リージョン帝国はもう目の前だ。


「お、俺も、もう駄目っ……。ぎゃああああっ!」

「俺もだっ……。ぐああああっ!」


 次々と脱落するリージョン帝国の兵士と冒険者をクラーケンに捕獲して貰う。

 ちなみにモンスター達には一切手を付けていない。

 雑魚モンスターしかいないし、わざわざ、手を下すのも億劫だ。なにより、俺達が倒しちゃうとドロップアイテムに変わっちゃうしね。


 そこから一時間兵士達を追い立てるとようやくリージョン帝国の城郭が見えてきた。


「よし。城郭が見えてきたな。クラーケン。モンスターはそのままに兵士達を全員、捕縛してくれ!」


 そう命令すると、水の上位精霊クラーケンの触手が兵士達に絡み付き、問答無用で捕縛していく。そして、そのままモンスターをリージョン帝国側の城郭近くまで追い立てると、俺達はセントラル王国に戻る事にした。

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