第298話 被害者を利用したビジネスの誘い
東京都内某所にある政治団体の事務所。
そこには、東京都から補助金や助成金の支給を受けていた団体の代表や総務省OB、都議会議員等が集まり、意見交換を行っていた。
「――急に補助金支給を打ち切るだなんて、都知事は一体、何を考えているんだっ!」
「まったくだ! 補助金打ち切りだけならいざ知らず、これまで支給されていた補助金の返還を求めるなんてどうかしている!」
「村井さんが裏で糸を引いているようだが、まさか、事前の根回しもなく『補助金や助成金、交付金支給の抜本的見直し』を言い出すとはね。まったく困った人だよ」
意見交換と言っても、挙がる意見の殆どは都知事に対する批判。
補助金の支給を打ち切られ、場合によっては、これまで受け取ってきた補助金や助成金を返還しなければならない立場に置かれたのだから当然だ。
強大な権限を持つ都知事。
しかし、そんな都知事も都議会の協力が得られなければ政策を実行する事は不可能。都議会の議席の過半数は民社党が握っている。
こんなふざけた政策案、通常であれば通る筈がない……にも拘らず、今回、都知事はその民社党都議会議員の協力を取り付け、先の政策を通してしまった。
その事に対する怒りは、当然、民社党都議会議員にも向く。
「――そもそも、何故、君達はこんな馬鹿げた政策に賛同した?」
「まったくだ。支援者である私達の意見をないがしろにするなんて何を考えている!」
民社党都議会議員である稲森泉は、民社党の公認を受けて出馬し、都議会議員となった女性議員。
支援者の鋭い視線を受けた稲森は、思わず目を泳がせる。
「――い、いえ、私はそんな……」
稲森自身は反対していた。心の底から反対していたのだ。
党の方針も否決一択。にも拘らず、政策の採決時、気が付いたら自分も賛同に回っていた。
自分でも何でそんな事をしたのか分からない。それに、同様の行為をしたのは、自分だけではない。驚く事に民社党全員が賛同したのだ。
しかし、怒れる支援者を前にそんな事は言えない。
「……気付いたら賛成していたんです。仕方がないじゃないですか」
にも拘らず、思い切り口から本音が零れた。
思わず口を塞ぐと、支援者達が怖い表情で睨み付けてくる。
「それはどういう事だ?」
「民社党の党首は、吾味さんだったな。吾味さんも、あんたと同じ考えか? この集まりに参加している他の都議達も気付いたらあんな馬鹿げた政策に賛成していたとでも言うつもりじゃあないだろうなっ!」
「そ、それは……」
そう口籠ると、民社党都議会の先輩議員、谷田太郎が「まあまあ」と呟く。
「……皆さんがお怒りになるのもわかります。しかし、よく考えて見て下さい。皆さんは未来永劫、補助金を貰って活動を続けるつもりですか?」
谷田の問いに、一人の支援者が鼻を鳴らす。
「ふん。何を当たり前の事を言っている。その為に、あんた達の支援をしているのだから当然だろう」
その為の選挙協力だ。
双方にメリットがあるから協力関係が生まれる。逆にメリットが無ければ、そもそも協力する必要性は皆無。協力したのだから対価を受け取るのは当然。
そんな支援者達を見て、谷田は首を横に振る。
「――いいですか? 皆さん、よく考えて下さい。最近、国がおかしな動きをしているのはご存知ですよね?」
社団法人や非営利法人に対する規制強化に、政治家や国家公務員OBの不祥事発覚、法令改正と、今、国は目まぐるしく変わっている。
「国の動きや国民の目が公金の無駄遣い撲滅に動いている以上、いつあなた方の法人に支給している補助金や助成金に目が向いてもおかしくありません。いや、既に向いているかも……それに、補助金や助成金は年に一度見直しが入ります。昔は五年に一度で良かったんですけどね。国の方針でそうなってしまったのです。つまり、何が言いたいかというと、例え、私達が都知事の政策案に異議を唱え、否決に追い込んだとしても、未来永劫皆さんに補助金を支給できる訳ではないという事です」
現実には、否決に追い込もうとしたが、採決の際、何故か政策案に
「だからといって、我々に相談もなく決めるなんておかしいじゃないか!」
「まったくだ。例えそうだとしても補助金や助成金の打ち切りは性急過ぎる。現に都知事は、支給した補助金や助成金の全額返還を求めているじゃないか。君達は、私達の法人を潰す気かね?」
支援者が渋面を浮かべ苦言を呈すると、谷田は申し訳なさそうな表情を浮かべ答える。
「いえいえ、都知事が返還を求めているのは、問題のある法人に関してのみです。ですので、皆様方の運営する法人にはまったく問題ありません。ねっ? そうでしょう?」
谷田の言葉に支援者達はグッと言葉を詰まらせる。
どの法人も後ろ暗い点の一つや二つ存在する。だからこそ、こんな馬鹿げた政策に賛同した民社党都議団を呼び付けたのだ。
「だ、だがね……そうだとしても、補助金の打ち切りは……」
「……はい。確かに、補助金の打ち切りには性急すぎる部分もあったかと思います。しかし、これも時代の流れ。国民がそれを求めているのだから仕方がないと理解して頂く他ありません。とはいえ、皆様方は我々、民社党都議団の支援者。ですので、補助金に代わる資金源を皆様に提示させて頂きたいと思います」
「補助金に代わる新たな資金源?」
「ええ……どうぞ。お入り下さい」
谷田がそう言うと、ドアを開け数名の男女が入ってくる。
「……この方達は?」
支援者の一人がそう呟くと谷田は……。
「この方々は、都知事からの紹介を受け、皆さんに補助金の代わりとなる資金源の提供をして下さる『創成の種基金』の理事とその協力者の方々です」
創成の種基金。それは、補助金及び助成金を打ち切るにあたり、都知事が補助金に代わる資金源を提供する目的で我々に推薦してきた団体だ。
念の為、軽く下調べをしてみたが、怪しい団体ではなかった。
創成の種基金は、世界中の人々が人間らしく生きる世界を手に入れる為、自由と尊厳が平等に守られる世界を目指し活動する団体。
集めた寄付金は、自由や正義、平和を求める社会作りに役立てられている(らしい)。
「創成の種基金代表のハリー・レッテルです。よろしくお願いします」
創成の種基金の代表理事、ハリーが頭を下げ、お辞儀すると、支援者の一人がボソリと呟く。
「ハリー・レッテル……? 外国人なのか?」
「外国人であるかどうかは関係ありません。重要なのは、補助金に代わる資金源を提供する力がある事。そうですよね、ハリーさん?」
外国人に忌諱感を示す一部の支援者を窘め、話を振ると、ハリーは笑顔を浮かべる。
「ええ、その通りです。私達は、都知事の依頼を受け、皆さんの手助けをする為、ここにいます。謂わば、私達は同志です」
「同志……しかし、補助金に変わる資金源を提供できるなど信じられる訳が……」
ここにいる人達だけでも相応の金額となる。
それこそ、億を悠に超える金額に……とても、それをまかなえるとは思えない。
支援者達が怪訝な表情で顔を見合わせていると、ハリーは顔を曇らせ、演説でもするかのように支援者達を賛美する。
「皆さんは自分の中の正義に従い、自由と尊厳が平等に守られる社会を目指して活動されています。社会のセーフティガードたる皆さんの活動が阻害されていい筈がない」
すると、会場内に「そうだ。そうだ!」と声が上がる。
ハリーは声を上げた人達に視線を向けると、拳を握り締め、決意に満ちた表情を浮かべて頭を下げる。
「世の中には、助けを求めている方々が多く存在します。どうか皆さんの力をお貸し下さい……」
「しかし、一体、どうやって……」
支援者の言葉に、ハリーはニコリと笑顔を浮かべる。
「――今、
「一歩進んだフォローアップ……?」
「はい。その通りです。火の無い所に煙は立ちません。煙が立つからには、そこに火元が必ずあるという事……私達は、今、水面下でとある芸能事務所の女性俳優と連絡を密に取り合っています」
「――とある芸能事務所の女性俳優と連絡を? そういえば、最近ニュースで話題になっていたような……しかし、それが何か我々に関係あるのですか?」
突拍子な展開に意味が分からないと、複数の支援者が首を傾げる。
「――ええ、関係あります。私達は、その女性俳優と今後の活動について全面バックアップを約束した契約を結ぶ事に成功しました。成功報酬は、受け取った賠償金の二割。司法を通すと厄介ですが、司法を通さず賠償を勝ち取る事ができれば、こちらの言い値の賠償金を受け取る事ができます」
「ば、賠償金? それはその女性俳優が何らかの被害を受けているという事でしょうか? もしそうだとしても、それでは、一度、賠償金を受け取ってお終いなのでは? 時間もかかるでしょうし、たった一回こっきりの事に時間をかけるのも……」
「もし、毎年百億円以上の成功報酬を受け取る可能性があるとしたらいかがですか?」
ハリーの言葉を聞き、支援者達は息を飲む。
「ま、毎年、百億円……」
「補助金や助成金より多いじゃないか……」
想像以上の金額に、支援者達は顔を見合わせ絶句する。
毎年百億円以上の成功報酬……その話が本当であれば補助金や助成金なんて目ではない。
「……興味を持って頂けた所で、詳しいビジネスの話をしましょうか。私の話に乗るかどうかはあなた方にお任せ致します。私達の役割はあなた方に機会を差し上げる事だけですので」
呟く様にそう言うと、ハリーは支援者達を前に被害者ビジネスが社会の為となりいかに儲かるか話し始めた。
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