第42話 内容証明が届き怒り狂うアメイジング・コーポレーションの社長②

「佐藤君。さっきボクに言った事を石田君にも聞かせてやってくれ」

「……はい。石田管理本部長、先程、西木社長からお聞きしましたが、部下の高橋を始め、経理部員六名の内、三名を解雇したというのは、本当でしょうか?」


 なんだ。そんなことか……。

 西木社長も人が悪い。

 元々、管理部門は人が多すぎる。余剰人材を排除し、その分、役員報酬を上げる為、自分が辞めさせろと言っていたのに、そのことには触れず、あえて私の口からそれを言わせるとは……。


「ええ、高橋君は問題行動が多かった為、懲戒解雇に、山本君と小林君は本人から自己都合退職したいとの申し出があった為、解雇しました」


 しかし、社内の人間とはいえ、こちらから一方的に解雇した事は伏せておく。

 不用意な発言をして寝首を掻かれては堪らない。


「た、高橋君がですか!? そ、そんな筈が……。いえ、高橋君は仕方がないとしても、残りの二人も退職したいとそう言ったのですか?」

「ええ、その通りです。本人が退職したいというのだから仕方がないではありませんか」


 そう。それにこれは西木社長の意向でもある。

 私がそういうと、経理部長の佐藤がとんでもないことを口にした。


「そうですか……。それでは、決算発表は延期ですね」

「はあ? 何を言っているんだ君は?」


 何故、経理部員の半数を解雇した事が決算発表の延期に繋がるか分からない。


「石田君。君からも佐藤君に言ってやってくれ。何を意味の分からない事を言っているんだと」

「社長のおっしゃる通りです。佐藤部長、君は一体何を言っているんだ。経理部員が三人辞めた位で、何故、それが決算発表の延期に繋がるんです?」


 私がそう問い質すと、経理部長の佐藤がため息を吐く。


「……ですから、何度も何度も言っていたではありませんか。会社で使用している基幹システムが古く、六人で辛うじて仕事を回していたんですよ! 要望書も稟議書も回しましたよね? 経理がどれだけ残業をしていると思っているんですか! 管理部長ならどの位、大変な事が起こっているのかお分かりになるでしょう!」

「西木社長、彼は一体何を言っているのです?」

「それがボクにもよく分からないんだよ。今日、突然、ボクの所に顔を出したかと思えば『経理部員を三人も解雇するなんて何を考えているんですか』の一点張りでな、だから君にも、彼の話を聞いてもらおうと思ったんだよ」


 確かに、上場企業には年に四回の決算報告。経営上の重要な情報を適時に公表する義務が課されている。


「あなた達は……。自分が何をやったのか、まだお分かりにならないのですか?」

「だから、なんで決算発表延期になるのかを説明して下さいよ!」

「ですから、今、話したでしょう! 会社で使用している基幹システムが古く、辛うじて仕事を回していたんですよ! 決算月には、会社に泊まらざるを得ない部員もいるんです! 今まで六人でギリギリ回していたのに、たった三人でどうしろというのですか!」


 どちらも感情的になり全然話が進まない。

 経理部長の佐藤がそう言うと、今度は西木社長が逆に怒りだした。


「だったら、君が三人分の働きをすればいいだけの事じゃないか。経営者であるボクが不要と判断した人材を排除する事の何が悪い。君はボクの決定にケチをつけるのか!」


 売上高が横ばいの今、利益を減らさず役員報酬を増やす為には、余剰人材を排除する他ない。管理部だって三人で仕事を回しているんだ。だからこそ、経理部も同じ人員になる様、社長に進言したのだが……。


「ええ、その通りですよ! ただでさえ残業続きで休日だって返上して仕事に打ち込んでいるのに管理職だからといって仕事を強要してっ! 既にギリギリなのに三人分の働きなんてできる訳がないじゃありませんか! 社長は私の事を過労で殺す気ですか!? そんなに言うなら社長が経理部員三人分の働きをして下さいよ!」

「なんだと! 君はボクの判断が間違っていたというのかっ!」

「ええ、そうですよ! ここ数日、三人と連絡が取れないから直接話を聞きにくれば……。何て事をしてくれたんですか!!」


 西木社長を目の前でこき下ろすとは……。佐藤部長、凄いな……。

 私には到底できそうにない。


「……こんな侮辱を受けたのは初めてだよっ! いいかいっ! 経営のけの字も知らない経理部長風情にそんなことを言われる筋合いはないよ! 君はボクの言う通り動いていればいいんだ!」

「だったら、どうするんですか! このままでは時間が足りず、決算発表は延期にする他ありません! 金融庁に決算発表の延期をお願いするにしても、その場しのぎにしかなりませんよ! どうするんですか! 有価証券報告書の提出遅延は上場廃止基準に抵触するんですよ!」

「それを考えるのが君達の仕事じゃないかっ! なにを馬鹿な事を言っているんだ君はっ! 石田君、君も黙ってないで、このわからず屋になにか言ってやれっ!」


 西木社長はそう言うが、佐藤部長の言い分の方が正しい気がする。

 とはいえ、ここで肯定しておかなければ、せっかく手に入れたこの地位を追われてしまう。


「社長のおっしゃる通りです。佐藤部長! あなたは一体なにを言っているんだ! それをどうにかするのが経理部長でしょう! 経理部員三人分の働き位できなくて何が経理部長ですか!」

「で、ですが……」


 私がそういうと、佐藤部長の勢いが少しだけ緩くなる。

 もしかしたら、社長と私の二人で攻め立てたのが功を奏したのかもしれない。

 まあ、自己都合での退職を促したのは私と社長だが、そのことには触れず攻勢に出よう。


「そういえば、君の元部下である山本君と小林君が言ってましたよ。この会社は給料を下げるだけで私達の評価を碌にしてくれないと。何故、彼等を評価してあげなかったのですか! 部内で働く従業員の評価はあなたの職務でしょう!」

「評価はしていました。毎日、残業に明け暮れ、人員不足が解消されない以上、それ以外に私にできる事はありませんでしたので……。しかし、何度、Sランクで評価していても、給与に反映されなかったんですよ!」


 まあ、その評価をSランクからDランクに落としていたのは私と社長だがそのことは言わないでおこう。

 すべては余計な経費がかからないようにするという社長の経営判断によるものだ。

 給与賃金は一度上げると、容易に落とすことはできない……。

 社長の役員報酬を上げ、私の心証を良くする事もできないのだから。


「だったら、その他の待遇面を良くしてやればよかったじゃないかっ!」

「うむ。石田君の言う通りだ。優れた人材には、それに見合った報酬を……当然の事じゃないか。ボクの記憶では佐藤部長から経理部員の待遇見直しについて報告を受けた記憶はないぞ? もしボクがそれを聞いていれば、すぐに見直しをした筈だ」

「い、いえ、しかし私は……」

「しかしもクソもないでしょう! 君が経理部員を冷遇してきたお蔭でね。当社始まって以来の大ピンチだよっ! 上場廃止になったら一体どうしてくれるんだ!」


 私が怒声を上げると、西木社長が仲裁してきた。

 自作自演、責任転嫁とはこのとこを言うのかもしれない。


「まあまあ、石田君のいうことはもっともだ。しかし、我々に非がないかと言われれば、百パーセントない訳でもない。まずは気持ちを落ち着かせようじゃないか……。要は経理部員に戻って来て貰えば解決するんだろう? だったら一度辞めた経理部員達には戻って来てもらって、当分の間、働いてもらえばいいじゃないか」

「社長の仰る通りです。正社員として再雇用する事はできませんが、契約社員としてなら迎える準備があります」


 私がそういうと、佐藤部長は考え込む。


「いえ、既に電話が繋がらない現状、それは無理です」


 佐藤部長がそう呟くと、西木社長が不快そうな表情を浮かべる。


「なんだね。折角、当社に戻してやろうというのに契約社員じゃ不服か?」

「はい。もし電話が繋がったとしても、正社員として再雇用した上で、正当に評価し、その上で経理部の人材を後二名ほど追加して頂かなければ元の木阿弥かと……」


 なるほど、確かにその通りかもしれない。

 給与が少なく休日も碌に取れない様な会社に戻ろうとする人はそういないだろう。


「だが、そんな事をすれば、その分、利益が減ってしまうじゃないか」


 そう、元々、西木社長の役員報酬を増やす為に、管理部門の整理をしたのだ。

 そんな事をしては整理した意味がまるでない。

 それ所か、役員報酬の減額まであり得る。


「まあまあ、案外、話せば戻ってきてくれるかもしれませんし、今日はもう遅いので、この話は明日にでもしましょう」

「ああ、そうだな……。それにしても、腹が空いたな。石田君。今から四川飯店に予約を取ることはできるかね」

「はい。そうおっしゃると思って、予約しておりました」


 今の時間は十八時半。

 三十分オーバーしてしまったが、まあ問題ないだろう。


 すると、社長室近くにデスクのある私の部下、田中が「失礼します」といいながら社長室に入ってくる。

 そして、私に「管理本部長のいった通りキャンセルしちゃいました」と呟き、そのまま社長室を出て行ってしまった。


 まったく使えない部下である。


「西木社長。私が社長のために取っておいた予約を部下が勝手に取り消してしまったようでして……。申し訳ございません。再度、予約をかけますので……」

「……ああ、頼んだよ。今日は四川飯店の気分なんだ。ああ、君達はもう行っていいぞ」


 佐藤部長と共に社長室を出た私は、再度、四川飯店に予約の電話をかける。


「ああ、アメイジング・コーポレーションの石田だが、今から二名で予約をお願いします。ああ、奥に広い個室があったでしょ。あの部屋を取ってくれるかな……。えっ? もう埋まってしまった? いや、それは困るよ。何とかならない? えっ? 夜九時以降なら予約できる? ちょっと待ってて下さいね」


 電話を置いて社長室に入っていく。


「社長、夜九時からなら予約が取れるそうですが如何しますか?」


 ダメ元で社長に確認をとると「そんな時間まで待てる訳がないだろ!」と怒鳴られてしまう。

 結局、その日は社長お気に入りの店の全てが予約で埋まっており、西木社長は憤然とした表情を浮かべながら帰っていった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(あとがき)

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