第339話 ヨトゥンヘイム⑭

『――ち、ちょっと待て、話が見えない。このワシが見張りだと!? まさか、お前、このワシにこやつ等が仕事をサボらない様、見張りをさせようと言うのか!?』


 おやおや……

 暑さに負け、自ら隷属の首輪を嵌めたとは思えない発言だ。


「話が見えないも何も、さっきからそう言ってるだろ。解凍したばかりで鼓膜が凍り付いてるのか? 別に断ってくれてもいいが、その場合、お前を再凍結し、ゲスクズ共と同様にもう二度とこの世界で悪さができぬ様、アイテムストレージに封印する事になるけど、お前的には本当にそれでいいのか? お前の首に付いている隷属の首輪の存在を忘れちゃいないよな?」


 お前等が善良な丘の巨人達の事を替えの利く便利な奴隷と認識している様に、俺もお前等、霜の巨人の事を替えが利くほど存在する害獣程度には認識している。

 そう告げると、ダニヘタレは自ら首に隷属の首輪が嵌っている事を思い出したのか、何とも言えない表情を浮かべた。


『そ、そういえば、そうだった……。あまりの暑さに……って、あまりの暑さ? そういえば、ここは……』


 そして、灼熱の太陽光に照らされている事を認識したダニヘタレは叫び声を上げながらのたうち回る。


『ぎ、ぎゃああああっ! 熱い! 熱いぃぃぃぃ! 誰か、誰かあの太陽を消してくれぇぇぇぇ!』


 解凍している最中は大丈夫だったというのに煩い奴だ。

 熱い熱いと仕方がないので、一度、フィールド魔法『砂漠』の効果を消す。

 すると、五つの太陽が消滅し、その場には砂漠化した大地だけが残った。


「――ダニヘタレ。命令だ。無駄口を叩くな。無様な姿を晒すな。直立姿勢でそこに立っていろ」


 隷属の首輪を嵌め、暑さにのたうち回るダニヘタレにそう命令すると、ダニヘタレは直立不動で立ち尽くす。

 同胞を裏切り、霜の巨人の手下として働いていた丘の巨人も太陽の消失と、これまで自分達が付き従ってきた霜の巨人の姿を見て呆然とした表情を浮かべた。


「――さて、諸君。君達は、霜の巨人に与し、同胞である筈の丘の巨人を虐げてきた罪深き巨人だ。お前達には今、選択肢が二つある。一つ目は、罪を償い終えるまでの期間、この場所で刑務作業に励む事……」


 刑務として想定しているのは、この世界にのみ存在する燃える樹。氷樹の育成と伐採。

 初めは、善良な丘の巨人に氷樹の育成と伐採をお願いしようと思っていたが、氷樹の育成と伐採は思いの外、重労働。火気厳禁な上、危険も伴う。善良な丘の巨人にやらせるのは忍びない重労働だ。とはいえ、氷樹を収穫できないというのはあまりに惜しい。なので俺は考えに考えた。

 この世界では、元の世界ではあり得ない大きさの作物が育つ。

 その事に目を付けた俺は、善良な丘の巨人に農業・畜産業を、霜の巨人に与し、同胞を虐げてきた丘の巨人に刑務の一環として氷樹の育成と伐採をやらせる事にした。

 当然の事ながら善良な丘の巨人に対して、そんな事はさせないし対価も払う。だが刑務の一環として行う以上、目の前に存在する罪深き丘の巨人に関しては話が別だ。

 すると、善良な丘の巨人を虐げてきた巨人共が声を荒げる。


『ふ、ふざけるなっ!』

『何が刑務だっ!』


 そう非難の声が飛ぶが、俺はそれを無視して話を続ける。

 既に決定事項だからだ。

 友達の敵、部下の敵、クライアントの敵、領民の敵と、俺の敵の定義は幅広い。

 そして、一度敵となった相手に対して容赦はしない。少なくとも禊なしには許す事はない。

 まあ、確かに、巨人達は俺に対して直接的に敵対はしていなかった。

 しかし、丘の巨人が俺の土地で働く事になった以上、従業員が気楽に働く事のできる環境を整備するのは経営者にとって必須。

 困るんだよ。一方的に虐げてきた奴等に外に出られちゃ……。

 俺の所で働く丘の巨人が怖がるだろうが、刑期が終わるまでの数百年間出てくるな。出てくるなら禊を終えてから出てこい。そして、どこか遠くで生活しろ。


 冷めた視線で睨み付けると、巨人共が押し黙る。

 暖簾に腕押し。この手の奴等を黙らせるには、聞く耳を持たないポージングが一番だ。

 俺はため息を吐くと、敢えて不機嫌といった表情を浮かべ話を続ける。


「……二つ目は、この場から逃げる事。俺が権利を保有する土地以外ならどこに行ってくれても構わない。しかし、当然、ただでは逃がさない」


 当然だ。逃げてもいいよと伝えれば、大多数の人が逃げるに決まっている。

 だからこそ俺は条件を付ける事にした。


「……旧ゲスクズ領は、今この時よりダニヘタレの管轄とする。もし、この土地から丘の巨人が一人逃げたらその度、ダニヘタレには罰を受けて貰う。スタンプ式だ。丘の巨人を十人以上逃がしたら、お前もゲスクズ共と同様にアイテムストレージの中に封印する」


 それを聞いた瞬間、ダニヘタレは頬を強張らせる。

 まるで『そんな事は聞いてない』と言いた気な表情だ。

 しかし、ダニヘタレに選択肢はない。

 あるのは結果のみ。

 丘の巨人を十人逃せば、ゲスクズ達と同じくアイテムストレージに封印。その後の管理は俺が引き継ぐ。

 そう告げると、ダニヘタレは丘の巨人を威嚇する様に声を上げる。


『お前等全員に連帯責任を課す。一人逃げ出してみろ……。逃げ出した張本人は極刑……! 一年掛け、想像を絶する様な苦痛を味合わせてから殺してやる。それ以外の巨人にも死と同等の罰を与える。絶対だ。私は絶対に行う。それが嫌なら絶対に逃げるな……! わかったな?』


 流石は霜の巨人。自分一人の事で頭が一杯の様だ。逃げ出したら極刑とか、言っている事が最低である。

 勘違いしないで欲しいが、俺は、刑務を全うする。もしくは、逃げれるものなら逃げていいよ。まあ、俺の代わりにダニヘタレが追いかけてくるけどね、としか言っていない。

 そんな事を言って大丈夫なのだろうか?

 ここにいる丘の巨人は、同胞を裏切り霜の巨人に付いた巨人。裏切りは日常茶飯事。

 しかし、数百年に渡る霜の巨人の統治を受けてきた丘の巨人にとって、ダニヘタレの言葉にはかなりの効果があった様だ。

 俺を侮っていた丘の巨人達の目から希望の光が消え、一様に暗い表情で俯いていく。


 意外な反応だが、それでいい。犯罪者に希望は不要。

 これは刑罰……。生命や自由、財産を奪う法益の剥奪だ。

 この土地の真の領主は俺。ならば、法は俺が決める。


「……話は以上だ。どちらでもいい。自分の意思で好きな方を選べ。氷樹は一ヶ月に一度、伐採された物を取りにくる。丘の巨人の食事や衛生管理はダニヘタレ……。お前が管理しろ……」


 そう言い残すと、俺は、旧ゲスクズ領の中心部にフィールド魔法『草原』を使用し、霜の巨人であるダニヘタレが逃げぬ様、領の四方八方にフィールド魔法『砂漠』と『沼』を展開していく。

 領の中心部は温暖な気候だが、領の外側に進むにつれ暑くなる。

 少なくとも、これでダニヘタレはこの場から逃げ出す事はできない。

 同胞を裏切り霜の巨人に与していた丘の巨人も同様だ。

 霜の巨人は熱に弱く、丘の巨人は頭が弱い。

 ここは元雪原。沼の存在を丘の巨人が知る筈ない。沼地も『砂漠』の影響を受けてか、表面だけはカピカピに乾いている。

 最早、天然の落とし穴。しかし、誰も助ける者は存在しない。

 沼に嵌ったが最後、この地に戻る事はもうできないだろう。


「選択肢は与えた。刑期を終え助かる道と、逃げて一蓮托生となる道。あいつ等がどちらの道を選ぶのか……。見ものだな」


 俺としてはどちらでもいいが、願わくば、自分の行いを顧みて刑に服してほしいものだ。

 その方が丘の巨人の利益に繋がるし、その利益を領地開発や賠償に充てる事ができる。そして、丘の巨人の生活が潤えば、領主である俺も潤う。

 完璧な三法良しだ。一ヶ月後が楽しみである。


「さてと……」


 俺は欠伸をすると背を伸ばす。


「……そろそろ、ログアウトするか」


 最近、働き詰めだったしな。一週間位、こっちに居たんじゃないだろうか?

 そろそろ、元の世界に戻って羽を休めたい。


「それにしても……。何で俺にばっか面倒事が降り掛かってくるんだろ?」


 やっぱり呪われてるのか?

 今回の件も、ゲスクズが俺の事を握り潰し、投げ付け、唾を吐き掛けた事から始まった。

 あれがなければ、丘の巨人が霜の巨人に冷遇されていようと関わろうとすら思わなかっただろう。きっと「この世界の価値観ってこんな感じなんだ。へー」という感じで終っていた。

 毎度、相手が吹っ掛けてきた喧嘩を買うからこうなるんだろうが、喧嘩を吹っ掛けてくる相手があまりにも多過ぎる。


 俺は首を左右に振り、頭を掻く。


「いや、やめておこう……」


 考えるだけ無駄だ。どうせ答えなんて出てこない。

 一度、厄除けに行ったが、結局、効果は無かった。

 厄除けしても厄が寄ってくるなら仕方がない。

 寄ってくる厄は完膚無きまで叩き潰すまで……。

 厄という厄を潰して潰して潰しまくれば、きっと厄が寄り付く事も無くなる。


「……帰るか」


 そう呟くと、俺は元の世界へ戻る事にした。


 ◆◇◆


 その頃、旧ゲスクズ領内の丘の巨人の管理を任された霜の巨人、ダニヘタレは頭を抱えていた。


『――な、何故、このワシがこんな事を……』


 首に嵌った隷属の首輪。

 目の前では、カケルにより連れて来られた丘の巨人が怨嗟の声を上げる。


『うう、何でこんな事に……』

『これじゃあ、何の為に、霜の巨人に従い、同胞を虐げてきたか分からないじゃないか……』

『俺達だけは良い思いができると思ったから霜の巨人に付いてきたのに……。こんなのあんまりだ……!』


 泣きたいのはこちらである。

 ゲスクズに呼ばれこの地に集まってみれば、霜の巨人の大半はモブフェンリルの格好をした人間によりどこかに封印され、隷属の首輪を嵌める事になってしまった。


 丘の巨人に序列を付け、奴隷として自分の意のままに働かせていた一週間前が懐かしい。

 しかし、悲観するにはまだ早い。

 彼奴は……あのモブフェンリルは、ゲスクズの奴が封印される少し前、王都に雪山の異変について報告を上げている事に気付いていない。

 流石に一週間では、調査隊が送られてくる事はなかった。しかし、ワシは希望を捨てていない。


『嘆くな。何、暫しの辛抱だ……。もう少しすれば助けがくる。それまでの間、奴を欺く為、働いてやろうではないか……。その方が、奴への復讐に身が入るというもの……。そうだろう?』


 すると、丘の巨人達の目に僅かながら光が宿る。

 どうやらやる気になってくれた様だ。

 万が一、助けが来なかった場合に備え、丘の巨人共には働いて貰わなくてはならない。

 それにこう言っておけば、暫くの間は逃げる事もないだろう。


『よし。それではまず打ち合わせを行う。そこにいる奴等、ワシの側に寄れ! それ以外の奴等は待機だ』


 そう告げると、ダニヘタレは数人の丘の巨人と共に氷樹の植樹と伐採計画を立てる事にした。

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