第20話 冒険者協会でのいざこざ①
転移門『ユグドラシル』から王都へ転移すると、冒険者協会に向かっていく。
午後十時。流石に遅い時間だが、冒険者協会は不夜城だ。
二十四時間いつでも開いている。
冒険者協会に併設されている酒場でペロペロザウルスのTKG(卵かけご飯)を注文しようと、冒険者協会の扉を潜る。
すると、冒険者協会に入ってすぐ違和感を覚えた。
「あれは……カイル?」
筋骨隆々の逞しい体躯に、日焼けサロンで焼いたかのような鮮やかな黒い肌。
間違いない。カイルだ。
カイルの隣には、古参プレーヤーの一人『ああああ』もいる。
二人揃って、縄で縛られていた。
一体何を遣らかしたらそうなるんだ?
もしかして、酒を呑んで暴れちゃった?
「うん。あり得るな……」
現実世界でも、酒を呑んで暴れる迷惑な人が一定数いる。
現実世界に戻れなくなった人達が酒に溺れ自棄に陥る事もあり得る話だ。
しかし、それにしては様子がおかしい。
酔っぱらっている様には見えないし、着ている服もボロボロだ。
考えられる事は……。
「………っ!?」
……なるほど。わかったぞ?
さては、カイルの奴……。
ヒントはこの夜遅い時間帯に冒険者協会の連中に縛られている事。
『ああああ』はわからないが、カイルの奴は現実世界に奥さんがいた筈。
おそらく。癒しを求めて夜の街に繰り出し、何かを遣らかしてしまったと。そんな所だろう。
何を遣らかしたのかまでは、俺の口から言う事はできない。
カイルのプライバシーに深く係わる事になる為だ。
俺も、筋骨隆々の男の性癖なんて想像したくも、知りたくもない。
まあ、豚箱に入れられてもすぐに出てくるだろ。
そんな事よりもエレメンタル達に振る舞う予定のTKGだ。
まだTKGを食べさせて上げるなんて言っていないのに、エレメンタル達がソワソワしているのがわかる。
縛られているカイル達を素通りし、酒場に向かって歩いていくと、後ろから声がかかった。
「お、おい! カケル! 助けてくれよ!」
「えっ?」
名前を呼ばれ背後を振り向く。
そこには必死そうな表情を浮かべ、俺に視線を向けるカイルの姿があった。
カイル君。無茶を言うんじゃない。
君は今、冒険者協会の職員の方々に拘束されているんだよ?
それに助けて欲しいのは俺だ。
見てみなさいよ。
君が俺に声をかけた事で、君の隣にいる冒険者協会の職員が俺に不審者でも見るような視線を向けてきているじゃないか。
『コイツも仲間か?』って、そんな表情を浮かべているよ?
君達が何をやったのかはわからない。
別に知りたくないし……。
とりあえず、罪を償いなさい。
俺を巻き込むんじゃないよ。話はそれからしようじゃないか。
俺はカイルの肩を軽く叩くと、酒場に向かおうとする。
すると、冒険者協会の職員が俺の肩を掴み、お願い口調で話しかけてきた。
「君、済まないが少し話を聞かせてくれないか?」
「…………」
お願い口調で話しかけてくるという事は、強制ではなく任意であると、そういう事だろうか?
つまり、断ってしまっても問題ないと、そういう事だ。
俺は冒険者協会の職員に向き合うと一言、こう呟いた。
「なんでしょうか?」
俺は長い物に巻かれるタイプの人間だからね。
それはもう、協力させて頂くに決まっているじゃありませんか?
それで、何をやったんです?
俺を面倒事に巻き込んだこの馬鹿は?
「君の『冒険者の証』を見せてくれないか?」
「えっ? 冒険者の証を?」
「はい。その通りです」
なんだコイツ。
いきなり『冒険者の証』を見せてくれなんて、頭がおかしいんじゃないか?
『冒険者の証』には、ステータス情報が表示されている。相手のステータス情報を知るのはマナー違反だ。
例えるなら、意中の女性に『あなたの健康診断結果を見せて下さいませんか?』と言うのと同義である。
見せた瞬間、俺のステータスは裸同然だ。
例え、冒険者協会であったとしても安易に見せられる訳がない。
「……嫌ですね。あなたは冒険者協会の職員なのでしょうけど、『冒険者の証』には、スタータス情報が記載されています。直接、これをお見せする事は流石の俺にもできません」
冒険者協会で働くNPC相手なら何の問題もなく見せる事ができた。
何故ならば、俺に害を与えるような存在ではないからだ。
しかし、現実の世界となった今、不用意に『冒険者の証』を見せる事はできない。首にかけているランク証で十分だ。
「……そんなに俺の『冒険者の証』が見たいなら、まず、あなたの『冒険者の証』を見せて下さい。冒険者協会に所属するなら持っている筈ですよね?」
「わ、私の『冒険者の証』を、ですか……?」
「ええ、難しい話ではないでしょう? そちらが要求するものと同一のものを要求しているだけの話です」
現実世界に置き換えると、そんな難しい事は言っていない。
警察官に職務質問をされ、身分証明を求められた。
だから、こちらもあなたは本当に警察官なのですかと身分証明を求めた。
ただそれだけの行為だ。
警察官の場合、警察手帳規則五条で、警察官である事を示す必要がある場合、警察手帳を呈示しなければならないという定めがある。
冒険者協会側がそれを求めるなら、こちらから照会を求めても問題ない筈だ。
すると、冒険者協会側の職員が苦笑いを浮かべる。
まさかそんな事を言われると思ってはいなかった。
そんな感じの表情だ。
いや、そんな事はどうでもいいから『冒険者の証』を見せなさいよ。
それとも見せる事ができないの?
見せる気概もないのに、見せろと主張するの?
「そもそも、この二人はなんで縛られているのですか? 何か犯罪行為でも?? まさか、冤罪なんて事はありませんよね?」
冤罪事件ほど怖いものはない。
例えば、電車で触れてもいない女性のお尻を「この人、私のお尻を触りました! 痴漢です!」とか言われ、その後、金次第で示談を進めてくる女性とか、その逆のパターンとか本当に怖いと思う。勿論、本当に痴漢された人は別だ。
ただこの現状、なんとなく様子がおかしい。
最初は、風俗関係でカイルが何かをやらかしたのかと思っていたけど、どうやら違うようだ。
「も、勿論、違います! 私達はただ冒険者ランクの偽証を疑って……」
「はあ? 冒険者ランクの偽証??」
そんな事できる訳がねーだろ。
オーディンが現れ、この世界は現実となりました宣言をするまでは、この世界、ゲームだったんだよ?
どうやって冒険者ランクを偽装するのさ!
冒険者ランクは、任務達成と貢献度。その二つで評価される。
しかし、その評価に人の手は介在しない。
あくまでもゲームのプログラミングに委ねられていたからだ。
「……は、はい。確かに、冒険者ランクSは冒険者協会に多く登録されております。しかし、この二人の『冒険者の証』を見るに、ランクSに相応し力を持っているとは到底思えないのです」
「ああっ……」
なるほど……。
なんとなく理解した。
きっと、この職員は初期化されてしまった二人のステータスとレベルを見てしまったのだ。
だからこそ、ランクSに相応しくないステータスを持つこの二人を拘束した。
ランクの偽造は重罪。
オーディンの出現と共に、俺達のステータスは初期化されてしまった。
しかし、これまでの実績が消える訳ではない。
つまり、レベル一のランクS冒険者が急増してしまったという訳だ。
冒険者ギルドとしても、レベル一のランクSを看過する事はできない。
そもそも、ランクSにレベル一がいる筈がない為だ。
初期化されたレベルがS。
そりゃあ、不正が疑われる訳である。
まあ、なんでこの馬鹿二人が『冒険者の証』を呈示したのかは知らないけど、随分と浅はかな真似をしたものだ。
ため息を吐くと、冒険者協会の職員に向かって話しかける。
「そりゃあ、レベル一のSランク冒険者を見つけて不正を疑う気持ちも分からなくはありませんが、こいつらはSランク冒険者で間違いありませんよ。というより、ちゃんと確認したんですか? レベル一であるとはいえ、こいつらが今まで積み上げてきた実績が消える訳じゃないですよね?」
「そ、それは……」
ランクの管理をしているという事は、冒険者が積み上げてきた実績の管理をしているという事に他ならない。
そんな事、少し考えればわかりそうなものだが、ちゃんと確認したのだろうか?
まさか、確認せず拘束した訳じゃないよね?
それとも、積み上げてきた実績そのものを疑ってる?
積み上げてきた実績そのものを疑っているなら、俺にはもうどうしようもないんだけど……。
何かを言い淀んだ冒険者協会の職員にジッと視線を向けていると、職員は額に汗を浮かべる。
「……す、すぐに確認いたします!」
「そうしてあげて下さい……」
どうやら確認していなかった様だ。
まあ、ステータスが初期化されて落ちぶれているこいつ等の『冒険者の証』を見て不正を疑う気持ちもわからなくはない。
しかし、今まで積み上げてきた実績を確認する事もなく捕縛したのでは、こいつらがあまりにも可哀相だ。
というより、普通に冤罪である。
冒険者協会の職員が端末を操作すると、一瞬、驚愕ともとれる表情を浮かべる。
多分、こいつ等のSランク冒険者に足る実績を見つけたのだろう。
レベル一なのに、なんでこんな実績を積んでいるんだ?
訳が分からない!?
そんな表情を浮かべながら、目を白黒させている。
まあ、わからんでもないけどね。
「た、大変、申し訳ございませんでした!」
冒険者協会の職員は、カイル達の拘束を解くとひたすら平謝りする。
困惑とした表情を浮かべたままの平謝り。
素晴らしい。中々いないよ。そんな表情を浮かべながら平謝りする人。
「まったく、いい迷惑だ!」
「ああ、全くだよ!」
「まあ、その位にしておいてやれよ」
俺は忙しいんだ。
もう午後十時を回っているし、エレメンタル達にペロペロザウルスのTKG(卵かけご飯)を食べさせて上げなきゃいけない。
濡れ衣を着させられ憤慨する気持ちもわかるが、その位にしておいて欲しい。
俺がそう宥めると、『ああああ』とカイルの勢いが失速する。
「む、むう。カケルがそう言うなら仕方がないか……」
「う、うむ。もっと罵詈雑言を並べ立てたいが仕方がないな……。これからは気を付けてくれ」
「は、はい! この度は大変失礼致しました!」
冒険者協会の職員はそう言うと、深々と頭を下げた。
よし。これで話はお終いだ。
改めて、酒場に足を向けると、冒険者の一人が声を上げる。
「話は聞かせて貰った。その反応を見るにお前もこいつらと同じレベル一のSランク冒険者って奴だな?」
「ああっ?」
なんだお前?
後ろを振り向くと、そこにはカイルに似た筋骨隆々な男が佇んでいた。
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