第201話 VS万秋会③

 車内で唾を吐くな、この変態イカレ野郎がっ! 体液を掛けるなんてな、塵芥にも劣る人として最低の行為だぞ! ラクダかお前はっ!


 ――と、まあそんな感情を込め男の頭をハイエースの床に叩き付けると、車内がシーンと静まり返る。


「――お、おい。大丈夫か?」


 左側の後部座席には、サイドガラスに頭を打ち付け気絶した万秋会の会員が一人。

 そして、収納スペースの床に頭を強打し、気絶した会員がもう一人。

 助手席に座る狭間俊介がそう問いかけるが、二人とも起きる気配が見られない。


 狭間俊介が二人の様子を確認しようと手を伸ばすと、ハイエースが停車する。


「……到着したぞ。お前等、遊ぶのも大概にしろ」


 そう声を荒げたのは、これまでハイエースをここまで運転してきた男。


 ド迫力のスキンヘッドに、派手な柄ネクタイ、色付きのメガネ。

 その外見から一発でその手の人だとわかる風貌だ。


「は、はい。秋永さん!」


 ふむ。狭間俊介の態度から、秋永さんと呼ばれた男は組織内で相当恐れられている、又は上位の存在である事が伺える。


 スマホを取り出し、マップ機能で現在地を確認すると、芝公園近くの様だ。

 ハイエースのバックドアから俺の姿をした警察官が降ろされるのを確認すると、それに乗じて俺も外に出る。

 小さな声でマップ機能で確認した住所を電話越しに警察に伝えると、暴力団会員の向かった方向へ歩いていく。

 二人殴打した甲斐あって、会員達の動きは相当鈍い。


 俺の姿をした警察官を肩に担ぎながら、ゆっくり地下に続く階段を降りていく。


「……さて、ようこそ。高橋翔君。会田さんも君の到着を首を長くして待っているよ」


 俺の姿をした警察官を担いだ秋永はそう言って笑みを浮かべると、扉を開く。

 準暴力団会員達に続き中に入ると、中で待機していた会員達の視線が突き刺さる。


「「「お疲れ様です! 秋永さん!」」」


 おお、やはり、この秋永という男。準暴力団・万秋会の中でも相当な地位にいるのだろう。会員全員が頭を下げる姿からその事が容易に伺える。


 万秋会と、名称に『秋』の字が付いているし、もしかしたら、この万秋会の会長なのかも知れない。


 秋永は、俺の姿をした警察官を床に転がすと、早速、脅しに掛かる。


「……なあ、お前。ここを生きて出たいか?」

「……会田という女性を解放しろ」


 おお、流石は警察官。正義感が強い。

 しかし、時と場合を考えよう。

 警察官さんを巻き込んだ俺が言うのも何だけど、目の前にいるの、多分、準暴力団・万秋会の幹部だから。もしかしたら、会長かも知れないから。一番偉い人かもしれないからっ!


 つーか、会田さんどこにいるんだ?

 ドラマや漫画の展開だと一番最初に出てきても良さそうなものだけど……。


 そんな事を考えていると、他の会員が会田さんを連れて来た。


「た、高橋君……」


 おお、何だかよくわからないが、とりあえず、無事で良かった。

 何だか顔色が優れない様だが、暴行等はされていなさそうだ。

 さてと、これで役者は全員揃ったな。

 後は、警察官がこの場所に雪崩れ込んでくるまでの間、時間稼ぎをするだけだ。


 そんな事を考えていると、俺の姿をした警察官が声を上げる。


「ぐうっ!?」


 声のした方向に視線を向けると、秋永が俺の姿をした警察官の頭を掴んでメンチを切っていた。


「おう。高橋とか言ったな? 質問しているのは、俺だ。それによぉ。お前、要求できる立場だと思っているのか?」


 た、大変だ。秋永が俺の姿をした警察官に暴力を振るおうとしている……。


『隠密マント』で身を隠した俺は、イスとテーブルの間に三脚を立てるとカメラを設置し、その光景を録画する事にした。


 いや、警察官を巻き込んだの俺だし、ちょっと、罪悪感があるなーと思っていたけど、あの警察官、準暴力団の会員に対してめっちゃ喧嘩腰なんだもの。

 正義感が強くて、不当要求に屈しないその態度には感心するが、この状況でそれをやるのはあまりに愚策だ。

 目の前にいるのは悪質クレーマーではなく本物の準暴力団だからね?

 多分、『事務所に連れ込んだらこっちの勝ちや、よそ者の目がないからなぁ』とか、絶対考えてるから。


 そんな事を考えながら、三台目のカメラを設置していると、俺の姿をした警察官が呻きながら言う。


「お前達にはこの制服が見えないのか? 警察官であるこの私にこんな事をしてタダで済むと……」


 すると、俺の姿をした警察官が発した言葉を聞き、万秋会の会員達が笑う。


「はあっ? 警察官? その恰好のどこが警察だって言うんだよ!」

「嘘言っちゃいけねぇなぁ? お前が警察じゃない事は調べがついているんだ」

「面白い事を言うじゃねーか。警察官さーん。俺達の事を捕まえて見て下さいよぉー」


 馬鹿にされ悔しそうな表情を浮かべる俺の姿をした警察官。

 正直見ていられない。

 と、いうよりなんだか可哀想になってきた。

 警察官さん。今、あなたが言ってる事はね。

『俺の父ちゃんパイロット』とか言って謎のマウントを取る子供や『俺の後ろには暴力団が付いているんだぞ』と恫喝するチンピラとまったく変わらないから。

 状況をよく見て?

 ここは準暴力団・万秋会の領域なんだよ?

 閉鎖空間なんだよ??

 事務所に連れ込んだらこっちの勝ちって本気で思っている連中なんだよ??

 今、『俺の後ろには国家暴力が付いているんだぞ』と言った所で、まったく意味ないからっ!

 むしろ、逆効果だからっ!

 巻き込んでしまって申し訳ないとは思うけど、捕まえたのが俺ではなく警察官だと知られたら、多分、本気であなたの命はないから!

 絶対に証拠隠滅にかかるからっ!

 だからもう少しだけ待とう。もう少ししたら、沢山の警察が助けに来てくれる。その為に警察官であるあなたを巻き込んだのだから……。

 俺の姿をした警察官に注がれる嘲笑の視線。

 秋永はため息を吐くと、俺の姿をした警察官を恫喝した。


「……置かれた状況も理解できない馬鹿の様だな。まあいい、話を進めようや。ほら、お前もよーく知ってる宝くじ研究会・ピースメーカーの件だよ」

「な、何だ、それは……さっきから何を言っている……」


 本気で存在そのものを知らないのだろう。

 俺の姿をした警察官が意味がわからず質問する。


「あー、そういうのはいいから、聞かれた事にだけ答えろ。なっ? 痛い思いはしたくねーだろ?」


 秋永がそう言うと、俺の姿をした警察官は押し黙る。

 うん。それでいい。誰しもが暴力を振るわれるの、嫌だものね。


「それで、宝くじ研究会・ピースメーカーを俺達に譲るのか譲らないのかハッキリして貰おうか……」


 秋永がそう言うと、俺の姿をした警察官を囲む様に控えている暴力団会員達が指をポキポキ鳴らし始める。

 すると、思わぬ所から援護射撃が飛んできた。


「た、高橋君……もういいじゃない。今は命の方が大事よ。お金より命の方が大切でしょ!」


 うん。そうだな。まったく以ってその通りだ。

 命は大事にした方がいいぞ。何せ、金には代えられないからな。

 まあ、今、自分の命欲しさにタダで譲り渡そうとしているのは俺の設立した組織だけどね……。


「……わかった。その、なんちゃら研究会・ペースメーカーとかいう組織を譲る。だから、私達を解放してくれ」


 いや、何だその組織……うろ覚えじゃないか……。

 俺があきれ果てていると、秋永が呟く様に言う。


「……ほう。良い判断だ。それでは、組織を譲り渡すと共に、これまで稼いだ金も全部譲って貰おうか? 勿論、宝くじの当選券の入手方法もだ。この女に聞いたが二百億円以上稼いでいるんだろ?」


 ……OH! これはもう駄目かも知れない。


 秋永にそう言われた瞬間、俺の姿をした警察官の顔が思い切り引き攣った。

 人の作った組織を勝手に譲渡しようとしたりして、適当な事ばかり言っているからそうなるんだ。

 警察官なんだろ。もっと発言には気を使った方がいいぞ。


「し、しかし、二百億円なんて金……」


 そう。幾ら自分の命が大事だとしても、勝手に人の口座からは移せない。

 会田さんも俺の姿をした警察官から目を逸らしている。

 二百億円以上の資産がある事を準暴力団・万秋会に暴露した負い目があるのだろう。やってくれたものだ……。


 まさか、身内に稼いだ金額を暴露されるとは……。

 やってくれたな会田さん。


 そんな事を考えていると、外が騒がしくなってきた。


 うん? これは……。

 ガラス張りの扉をに視線を向けると、俺はすべてを理解する。

 どうやら一歩遅かった様だ。

 残念ながら警察が到着してしまった様だ。


 こうなっては仕方がないと、闇の精霊・ジェイドに視線を向ける。

 闇の精霊・ジェイドは俺の意図を汲み取り、俺の姿をした警察官を、元の警察官の姿に戻した。

 その瞬間、店内に警察官が雪崩れ込む。


「警察だ。動くな!」


 突如、雪崩れ込んできた警察官に困惑する秋永。


「ど、どういう事だ。何故、警察が……。警察にバレる様なヘマなんて……」


 そこまで言って初めて気付く。

 自分が今、掴んでいる男が警察官である事に……。


「……な、何っ!?」


 掴んでいた頭を放し、後退ると、秋永は苦笑いを浮かべる。


「ち、違うんですよ。ただ行き違いがあっただけで、警察官だと思わなかったんですよ……」


 しかし、当然、そんな言い訳が警察官に通る筈がない。


「全員、武器を捨てろ。両手を上げて膝を付け」

「ぐっ……」


 警察官の容赦のない一方的な通告に秋永は頬を引き攣らせる。

 こうなっては、警察の独壇場。

 会田さんも、俺の姿をしていた警察官も、もう安全だ。


 会田さんは泣いて女性警察官に縋り、俺の姿をしていた警察官は、同僚によって保護された。


「ち、違う。違うんだ。俺も会田さんと同じく巻き込まれただけで……!」

「わ、私もよ! 私は関係ないわっ! 万秋会なんて聞いた事もないっ!」


 警察の突入で放心状態だった狭間俊介と岡田美緒が意識を取り戻し、何か喚いているが、当然、そんな言い訳が通る筈もない。


 狭間俊介に岡田美緒だったけ?

 さようなら。

 警察官を拉致して監禁し、二百億円もの大金を恐喝とは恐れ入った。

 公務執行妨害、誘拐、監禁、傷害、恐喝。

 最早、どの位の懲役刑になるかわかりもしない。

 ただ執行猶予は付かないだろうという事だけはよくわかる。


 テーブルの上に中の様子を記録したカメラと拝借したスマホを置くと、出入口に向かって歩いていく。出入口には、警察官が立っているものの、開けっ放しの状態になっているので簡単に出られそうだ。


 俺の情報を洗いざらい暴力団にぶちまけた会田さんと、俺に巻き込まれ憔悴した表情を浮かべる警察官を見てため息を吐いた。

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