第295話 面倒事またもや発生
――ブーッブーッブーッ
スマホが振動する音に、会田さんと理事の二人が反応を示す。
「――誰っ!?」
流石は会田さん。中々の地獄耳だ。
俺のスマホのバイブ音に反応するとは聴力がいい。
ポケットに手を入れ、スマホの電源を切ると、俺はゆっくり後退る。
俺が借りている事務所とはいえ、人の話を盗み聞きしたとバレるのはよくない。
人聞きが悪いともいう。
足音を立てずゆっくりその場から離れると、会田さんと理事は首を横に傾けた。
「……気のせいかしら?」
「ええ、その様ですね……しかし、困りました。まさか、失踪した長谷川さんが複数の女性に対し性的搾取を行っていたなんて……」
――へっ? 閑職に追い遣られ鉛筆削りしていたあの長谷川が??
背後にいるヘルに視線を向けると、ヘルはどこからともなく長谷川を取り出し、見せ付ける様にブンブン振り回している。
長谷川の表情からは恐怖心しか読み取れない。
今の長谷川を見れば、底の浅い推理しかできない俺にでも失踪した理由が分かる。
お前……元理事長の地位を濫用して複数の女性社員に対し性的搾取をしていたのか……。
性的搾取とは、力関係や地位を濫用し、他人を性的に搾取する行為を指す。
汚職だけに留まらず、そんな事までしていたとは……男の風上にも置けないとんでもないクソ野郎である。
どっから、そいつを拾ってきたか知らないが、グッジョブだぞ、ヘル。
現実世界で失踪扱いになってしまっているようだが、俺が許す。
性的搾取をする様な輩は、物理的な意味で、一度、人生をリセットした方がいい。勿論、すべての補償を終えた後でな。今の時代、それが常識だぞ。分かっているかね、長谷川君。
現在進行形でヘルに弄ばれている長谷川を後目に、会田さん達の話を聞いていると、とんでもない方向に話が逸れる。
「被害を受けた女性達は、皆、アース・ブリッジ協会の元職員……元理事長である長谷川さんが失踪した今、現理事長である高橋さんにも責任があると、何故か宝くじ研究会に電話が……」
――はっ? 何、言っちゃってんの、その元職員共?
何で元理事長の罪を俺が被らないといけない訳?
マジで意味が分かんないんですけど……どういう事?
発言の意図が分からず混乱していると、会田さんが疑問点を捕捉するように言う。
「被害に遭われた方には、宝くじ研究会に責任はない旨お伝えしましたが、納得した様子ではありませんでした。職場でセクハラ等の性的被害が発生した場合、直接の加害者ではない法人も管理責任を負う事になりますから……」
法人には、労働者が心身の健康を害さず、快適に働けるよう職場環境に配慮する義務があり、男女雇用機会均等法の規定により、職場においてセクハラを初めとする性的被害が発生しないよう、雇用管理上の措置を取るべきと義務付けられている。
その為、この措置が取られていなかった場合、職場環境配慮義務違反となり、法人は被害者に対して、慰謝料などの損害賠償義務を負う事となる。また、使用者責任という規定もあり、ここでも、労働者を使用して事業を行い、利益を上げている者(法人)は、その労働者が事業を行うにあたって第三者に加えた損害もまた賠償すべきであると書かれている。
つまり、元理事長である長谷川が、元職員である女性達を性的搾取した時点でスリーアウト。元理事長が失踪していようが、何しようが法人が損害賠償責任を負う事になる。
――クソ爺。やってくれたな……。
そう睨み付けると、性的搾取変態クソ爺こと長谷川は首を横に振る。
ヘルに弄ばれながら首を振るとは、中々、器用な真似をする爺である。
ちょっと、場所を変えようか。
性的搾取変態クソ爺にも、何か言い分があるかも知れないので、こっそり事務所を出て、長谷川の奴を問い詰める。
「おい、性的搾取変態クソ爺。一体、どういう事だ?」
ヘルに仲介して貰い、胸ぐらを掴んで問いかけると、性的搾取変態クソ爺こと長谷川は慌てて首を横に振った。
『――し、知らん。私はそんな事、知らんぞ! 確かに、その職員達はアース・ブリッジ協会で働いていたが、彼女達は十年も前に退職している! そもそも、私がそんな事をする訳がないだろっ!』
そもそも、私がそんな事をする訳がないだろ?
「信じられませんなぁ~性的搾取変態クソ爺。ネタは上がっているんだよ。本当はやったんだろ? やったんだよな? やったって言えよ。今更、見苦しいぞ」
複数の元職員がそう証言しているんだ。
同種の証言が多数あれば物的証拠が無くても事実認定される。
隣国との人権侵害問題を見て見ろ、明確な証拠はなくてもそうなっただろうが。
明確な証拠なんてなくても多数の証言があれば、事実だと認定される。日本はそんなおかしな国なんだよ。まあ、国批判は一旦、置いておこう。
そもそも、元職員が自分の名誉を貶めてまで告発するはずがないだろ!
すると、性的搾取変態クソ爺こと長谷川は泣きそうな表情で弁解する。
『し、信じてくれ! 私はやってないんだ! 片方の証言を一方的に信じるのはおかしいじゃないか! やってそうな顔をしているからそう思うのか? それともなんだ。理事長の地位にいた事がそう思わせるのか!? 冗談じゃない! 私は二十代の頃からEDだ。若い頃に一度、女性に酷い裏切りを受けてから女性恐怖症なんだ! 診断書もある!』
はあっ? 女性恐怖症??
ふん。胡散臭い。言い訳がましいんだよ。クソ爺。
「いや、お前、環境活動家の白石とは、対面で普通に交流してただろうが! 何も知らないと思って適当な事、言ってんじゃねーぞ?」
俺の調査能力を舐めるなよ。
エレメンタルさんはな、そんじょそこらの公安やCIAより優秀なんだぞ。
すると、長谷川はブンブンと音が鳴りそうな位、首を振って否定する。
『ち、違う。あれは女とか、そんな感じじゃないだろ! あんな女がいてたまるか! 男だとか女だとか性差は関係ない! そういう奴だけが活動家になれるんだよ! 私は、あれを女性だと思った事は一度もない。だから、普通に接する事ができたんだ!』
ほーう。随分と都合の良い設定ですなぁ?
「活動家に性差は関係ない? それって問題発言じゃありませんかね? 差別はいけないよ。差別は……つーか、言い訳が浅いんだよ。そんな都合の良い言い訳、信じられる訳ねーだろ!」
活動家なら女性恐怖症の対象外?
舐めるなよ。そんな訳が……あれ?
確かに言われて見れば、そんな気も……確かに、あんな過激なデモを起こす奴等を性的にというのはちょっと無理が……(あくまでも個人的主観)
いやいやいやいや、毒されるな。荒唐無稽な長谷川の言論に惑わされるな。
そう思い悩んでいると、見かねたヘルが話しかけてくる。
『――この男は何も嘘は付いていないぞ? 魂となり私に捕らえられた時点で、真実しか言えなくなる』
「へっ? そうなの?? いや、でも本人はそう思っているだけで、相手はそう思ってないかも知れないじゃない。日本には『相手が不快に思えばハラスメント』って言葉があるんだけど」
それを行う側が意図する、意図しないに係わらず、相手が不快に思い自身の尊厳を傷つけられたと感じた時、セクハラとなる。これは一般常識だ。
『日本とは、ヘルヘイムより恐ろしい所だな……相手が不快に思えばハラスメントか。相手の主観のみでハラスメントか否かが決まるのであれば、「私は不快に感じた」と言われてしまえば、ハラスメントが成立する。もしそんな国があるとすれば、それは法秩序もへったくれもない感情のみで人間を裁けるディストピアだな……』
確かに……。
まさか、自分の感情で人の生死を判断するヘルにそれを言われると思わなかった。
つーか、よくハラスメントって概念、知ってんな!?
『そ、そうだ。そもそも、職員の管理は下の者に任せている。私は週に数回、気が向いた時にしかアース・ブリッジ協会に行かなかったし、行ったとしても職員と交流を持つ事は一切なかった。職員と交流を持った所で一銭の得にもならないし、私に性的搾取されたと言っている職員達と交流はない。精々、会ったのは採用時に挨拶しに来た時位だ!』
一言一言が余計である。
つーか、お前、気が向いた時にしか働いて無かったの?
よくそんなんで、年収一千五百万円強貰っていたな。恥ずかしくねーのか?
しかし、嘘を吐けない長谷川のクズ発言で、長谷川がこの自称性的搾取被害者共とほぼ面識がない事が良く分かった。
それじゃあ、この自称性的搾取被害者共はなんだ?
何の為に、長谷川を貶める様な主張をしている。訳が分からん。
しかし、自分の風評を犠牲に、性的搾取があったと主張するほどの怨みか……
このクソ爺、相当、怨みを買っているな。だから自称性的搾取被害者共が神風吹かして特攻してきてんの?
何が起こっているかは分からないが、念の為、交流関係を洗っておくか……ホラ吹きが相手と分かった以上、しっかり落とし前を付けなければ……。
「そうか……そんな事より、一つ聞きたい事があるんだけど……」
俺の問いに、長谷川はごくりと唾をのみ込む。
「何でお前、死んでんの? ヘルに囚われたという事はそういう事だよね?」
そう尋ねると、長谷川は絶叫した。
『帰りがけに知らない奴等に連れ去られたんだよ! 気付いたら死んでたの!』
「ふーん。そうなの……」
物騒な世の中になったね。
まあ、世の中には、要人にお手製銃ぶっ放す奴や、家族総出で首を狩りにいく奴、バタフライナイフでモニター画面を滅多刺しにして写真を撮りSNSに上げる奴や、ムシャクシャしたって理由で歩行者天国に車突っ込む様な事件を起こす奴等がいる位だから物騒になって当然か。
「……それじゃあ、何で、ヘルが長谷川の身柄を確保してんの?」
『決まっている。そこに死体があったからだ』
「そっか……」
そこに死体があったから魂を体ごと確保しているのか。なんだか豪快な理由だな。
そんな事を考えていると、ヘルが即座に訂正を入れてくる。
『いや、そうではない。この男が死体となって
「――へっ?」
どうやら俺は、何らかの事件に巻き込まれそうになっているらしい。
ヘルの言葉を頭の中で咀嚼すると、俺はゆっくり目を閉じた。
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