第296話 開幕
最近、度を越えて問題事が頻発している様な気がする。
もはや、行く先々で事件が発生する体は子供、頭脳は大人な名探偵レベルと言っても過言ではない。
「…………」
……いや、過言か。さすがにそれは言い過ぎた。
あれは、一年中ずーっと事件が発生しているからな。流石の俺もそこまで事件は頻発していない。ただ、普通の人よりもかなり多いんじゃね?ってそんなレベルだ。話の流れを元に戻そう。
「それで、長谷川を誘拐し、殺害した犯人は?」
興味はないが一応聞いておく。
もし身近な奴が殺人犯だったら怖いからな。
そう尋ねると、ヘルはあっけらかんと答える。
『知らん。マスクで顔を隠していたしな。だが、複数いたのは覚えている』
そうか。知らんのか。マジで使えないな。
仮にもお前神だろ、神が監視カメラにも劣るってどうなのよ。
まあいい。つまり、犯人は不明。長谷川もヘルが体ごと回収した事により失踪扱いになっている。そんな状況下で、発生した長谷川に性的搾取されたと声高に叫ぶ自称性搾取被害者……。
これは臭うな……この吐き気を催す様な醜悪な臭い。実際に嗅いだ訳ではないが、自称性搾取被害者から、高濃度スメルハラスメントレベルの嘘の匂いがするぜ。
あの自称性搾取被害者共……少し調べてみるか。
長谷川が死んだ。又は失踪した事をいい事に性的搾取されたと曰う自称性搾取被害者共め……何故、俺に責任を被せる形で、性搾取被害者を演じているかは知らないが、誰を敵に回したか思い知らせてやる。
明確な証拠なんてなくても多数の証言があれば、なんとかなると思ったか?
甘いんだよ。大甘だ。
こっちには生き?証人がいる。
大方、長谷川の奴が死んだと思い、死人に口なしと訴えてきたんだろうが、相手が悪かったな……って、うん?
そう考えて見ると、あの自称性搾取被害者共は何故、このタイミングで責任の所在を訴えてきたんだ?
長谷川は、自称性搾取被害者が訴える前に連れ去られ殺されている。
その後、死んだ長谷川を理事長室に放置し、俺に罪を擦り付けようとしてきた。
あれあれ?
これ完全に狙われてんな。
長谷川、ただのとばっちりじゃね?
どう考えても俺狙いだわ。
もしかして、これ、俺に恨みを持つ者の犯行だったりする?
誰だ……心当たりが多過ぎて誰が俺に恨みを持っているか分からん。
まあ、考えても仕方がない。
とりあえず、自称性搾取被害者達から調べるか。あいつらを調べれば何かしら分かるだろ。
「長谷川。待っていろよ。お前の汚名は俺が必ず濯いでやるからな!」
俺はヘルに弄ばれる長谷川を後目に高らかと声を上げた。
◇◆◇
――時は少し遡る。
ここは新宿都庁の第一本庁舎七階にある都知事の執務室。
執務室では、今、東京都知事である池谷芹子を支配下においたピンハネ・ポバティーが、ゲーム世界『Different World』ミズガルズ聖国から連れてきた村井敦教と共に法人の選定を行っていた。
東京都知事である池谷に用意させた資料を見て、ピンハネは笑う。
「――関連団体への利益相反を全体の奉仕者たる行政機関が助長する……か、どこの世界でも汚職って蔓延しているんだね?」
ピンハネの言葉を聞き、東京都知事である池谷は苦い表情を浮かべる。
しかし、苦い表情を浮かべるだけ。ピンハネにより発言が許可されていないのだから言い返す事もできない。
そんな池谷の表情を眺めながらピンハネは言う。
「ここにある法人・市民団体に対する補助金・助成金はすべて打ち切り、過去五年間に渡って支給した補助金すべてを返還するよう要請してくれる? 目的外利用や不正受給が明らかなんだから当然だよね。要請に応じなかった法人・団体は補助金適正化法、関連法規等、現行法に基づいて訴訟を提起。返還された金はすべて、公金支出団体の管理を行う為に創設され、都と準委任的契約を結んだ村井の運営する管理団体に支払う事――」
「――で、ですが、そんな事をすれば、どんな事が起きるか……」
ナイジェリアでは燃料や石油製品への政府補助金打ち切りをすると共に暴動が起こった。ここは、日本なので、そこまで過激な事は行われないと信じたいが、ピンハネが指定した法人や団体はどれも警察に破壊活動防止法調査団体としてマークされている暴力革命を是とし、デモ活動を積極的に行う民社党絡みの団体。
そんな事をすれば、間違いなく暴動が起きる。
声を上げる事の出来ない池谷の代わりに村井がそう声を上げると、ピンハネが視線を向けてくる。
「――何? 私の言う事に文句でもあるの?」
「い、いえ、そういう訳では……」
呟く様にそう言うと、ピンハネはため息を吐く。
「……確かに補助金や助成金を打ち切り返還を求めれば一部の団体は反発するでしょう。しかし、ここにある内部資料を公表し、この団体には補助金や助成金を受け取る資格は微塵もない。むしろ返還して然るべきであると積極的に公表したらどうなると思う?」
「そ、それは……!」
国民は、税金の使い方にシビアだ。常日頃から不満を抱えた国民は、批判しても心が痛まない悪を……生贄となる子羊を求めている。
指揮者がタクトを振るい、この団体はこれだけ悪質な不正を行なっていましたと批判する先を明示してやれば、国民は揃ってそちらの方向に顔を向ける。
「……そう。国民の怒りの矛先はその団体に向く。勿論、これまで補助金や助成金の支給を行っていた東京都にも批判の声が向かうだろうね。しかし、それも……こちらから積極的に情報を流さなければ分からない」
「げ、言論統制を行うおつもりですか……」
言論統制。それは公権力が検閲制度などの手段を用いて、言論・表現を制限することにより、特定の情報……例えば、外に漏れると拙い機密情報を統制下に置き、統制を行った者が有利になる様に物事を動かす事ができる手法である。
現にロシアや中国、キューバやベトナムは政府がメディアをほぼ完全にコントロール下に置いており、政府に不都合な情報を流通させるのは犯罪として裁かれる国もある。
「――当然、これはどこの国でもやっている事。こちらが不利になる情報を敢えて民衆に流す意味はない。職員にも、それを徹底させる。私にできるすべての手段を使ってね……」
ピンハネの言葉に、村井がゾッとした表情を浮かべる。
「ま、まさか、都の職員全員にあれを使う気ですか……!?」
村井が首に嵌っている隷属の首輪に触れながら言うと、ピンハネはクスリと笑う。
「それもいいね。でも、御生憎様。隷属の首輪を都で働く職員全員に嵌めるには数が全然足りないの……」
「で、では、一体、どうやって……」
「それは内緒……話を元に戻しましょう。聞き分けのない法人や団体に引導を渡すのは既定路線として、このまま、すべての法人や市民団体を潰してしまうのはあまりに惜しい。だから、この法人や市民団体には、別の飴を与えます」
「べ、別の飴……?」
村井がそう呟くと、ピンハネはテレビに視線を向ける。
「そう。別の飴……知ってる? 人が人として生きる上で決して切り離す事ができない欲求の事……」
何が言いたいのか分からず黙り込んでいると、ピンハネは村井に顔を近付け股間に視線を向ける。
「食、睡眠、性欲……誰しもが持つ欲の中で、性欲ほど身を滅ぼし易い欲はない。そして、人権……人権というのは、今を生きる人より昔、使うだけ使われて捨てられた人の方が遥かに強い。積み重ねられた時の分だけ過去犯した罪は重く、憎しみは深くなっていく」
「な、何が、仰りたいのですか?」
意図が分からず、そう尋ねると、ピンハネは恍惚とした表情を浮かべた。
「ふふふっ、分からない? 平和となった世の中では、被害者属性を持つ者が一番、力を持っているという事だよ。ムライに教えて貰った日本の禁忌。君達にとって倫理的に触りにくい禁忌でも、外から来た私からしたらそんな事は関係ない」
「ま、まさか、アレに手を出す気ですか!?」
極度の緊張感から村井の額に汗が浮かぶ。
「流石はムライ、察しがいいね。この法人や団体はその道のプロフェッショナルが多い。私が道を示してあげれば、飴を求めて動き出す……必要な物は、そうだね……今、テレビに出演している彼女達にやって貰おうか」
テレビ画面には今、テレビドラマや映画、CMにバラエティー等で現在活躍中の大女優や若手女優の姿が映る。
「ま、まさか、彼女達を利用して……」
平常な人間であれば、忌諱感を覚える様な所業を平然とした表情で行おうとしているピンハネを見て、村井は冷や汗を流す。
「――芸能界には枕営業って言葉があるんだよね? 今はどうか分からないけど、日本の芸能界では古くから枕営業などの性を売りにした接待が横行していた。一般論だけど、これっていけない事だよね?」
「た、確かにそうかもしれませんが、それは――」
「――それは、何? もしかして君は、性犯罪者を擁護するつもりかい? 性犯罪は魂の殺人。性犯罪者を擁護する君には分からないかも知れないけど、彼女達の気持ちは同性である私の方が理解できる。聞こえてくるだろう? もがき苦しみ助けを求める彼女達の声が……」
ピンハネの言葉を聞き、村井は頬を引き攣らせる。
そんな村井の顔面を掌全体で掴むと、ピンハネは睨み付ける様に言う。
「……ねえ。君にも聞こえるよね?」
指先で握力を使い顔面を締め上げると、村井は恐怖心から顔を青く染める。
「き、聞こえます。聞こえますから、どうかお止め下さい」
「そう。性犯罪者を擁護する君にも彼女達の悲痛に満ちた声が聞こえたの……なら、分かるでしょう? 彼女達の魂は今、ボロボロなんだ。彼女達の他にも被害者が沢山いるかも知れない。何せ、この問題は芸能界が誕生して今に至るまで習慣として行われてきた事だから……もしかしたら、法的な時効を迎えているかも知れないけど、彼女達を真に救う為には、当時、犯罪を犯した者が例え亡くなっていたとしても、彼女達の属する事務所やテレビ局の責任を問い質さなければならない。そう思うよね?」
その言葉に、苦笑いで返事をすると、ピンハネは笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、彼女達を救う為に行動を起こさなきゃ……」
そう呟くと、ピンハネは満面の笑みをテレビに向けた。
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