第248話 どこまでも楽観的な『ああああ』

「さて、どうするかな……」


 泣きながら項垂れる『ああああ』達の事は一旦、置いておくとして、ドワーフ達になんと説明したものか……。多分、こいつらの事、怒りまくっているだろうな……。


 こいつ等が手引きしたのかはわからないが、『ああああ』達がダークエルフと共にドワーフの地下集落を襲撃した事は確かだ。

 俺だって、同じような事をされたらキレる自信がある。というより、キレるだけでは絶対に済まさない。

 俺なら、そんな事をしでかした大馬鹿野郎に死ぬほど後悔させる。

 文字通り死ぬほどの後悔を……。


 当然の事ながらドワーフにも感情はある。

 集落が元通り戻ったとはいえ、一度、破壊された怒りは中々収らないだろう。

 勿論、俺自信も怒りを抑えろと命じるつもりもない。


 しかし、そうなると、こいつ等の使い道が完全に無くなるんだよなぁ……。

 レベルが初期化され裏切り、敵を手引きする可能性のある奴等なんて誰が使いたいと思うだろうか?

 誰も使いたいと思わない。

 精々、ストレス発散用のサンドバッグに使うのが関の山だ。それ以外に使い道はない。そんな事は容易に想像できる。


『ああああ』達の事をドワーフに丸投げしてもいいが、その場合、間違いなく生産効率が落ちる。

 ドワーフ達も自分達の集落を破壊するような奴等を使うなんて嫌で嫌で仕方がない筈だ。


「うん。詰んだな……」


 主にこいつ等の人生が……。

 俺は何もこいつ等にここで働く事を強制している訳ではない。

 あまりにも哀れだったので情けをかけてやっただけだ。

 その情けすら不意にするような奴等に期待しても無駄というもの……。

 というより、こいつ等の頭の中の辞書に『懲りる』という単語は存在しないのだろうか?

 何度も何度も懲りず、失敗を繰り返し続けるこいつ等を見ていると頭が痛くなってくる。

 まあ、その選択をしたのはこいつ等だ。

 例え、俺に見捨てられたとしてもきっと本望だろう。

 コル換算で百二十億の損害を回収できなくなるのは正直、かなり痛いが、ドワーフ達のモチベーションには代えられない。

 こいつ等には、借金を抱えたままここを出て行って貰うとしよう。借金返済期日を迎えた時、契約書の効果がどの様に現れるのか興味もある。

 俺は『ああああ』達に視線を向けると、アイテムストレージから食料品と水、そして、ごみ袋を取り出した。


「――お前達、これを受け取れ……」


 そう言って、食料品と水、ごみ袋を積み上げると、後ろを向く。


「――カ、カケル君? こ、これは……」

「うん? まあ、何だ。選別って奴だ……。だって、お前等、もうここには居られないだろ?」


 すると、『ああああ』達は顔に滝の様な汗を流す。

 多分、言葉の意味を正確に理解したのだろう。

 こいつ等は懲りもせず同じ事を繰り返す馬鹿だが、何故か、危機を察知する能力に長けている。


 俺の発した言葉に『ああああ』達は顔を歪め愕然とした表情を浮かべた。


「――えっ? ま、まさか、カケル君……俺達の事を見捨てるつもりじゃ……」

「見捨てるも何も、取り返しのつかない事をしたのはお前達だろ。時の精霊・クロノスが直してくれたとはいえ、お前達の行いで地下集落をぶっ壊されたドワーフの気持ちを考えろ」


 まったく、愚かな事をしてくれたものだ。

 折角の最後の機会をこんな形で棒に振るとは……。

 もしかして、俺、舐められてる?

 こいつ等には結構、厳しくしたつもりだったんだけど、最後の最後は助けてくれるとでも思っているのだろうか?

 もしそうだとしたら、申し訳ない。

 語彙力のない俺には『そんな訳ねーだろ、馬鹿が』という言葉しか思い付かない。


「それじゃあ、俺はもう行くから。ああ、命が惜しければ二度とドワーフの前に顔を見せるなよ。ダークエルフと共にお世話になっているドワーフの集落を襲撃するなんて言い訳不可能だわ。もし見つかったら殺されるぞ。いやマジで……」

「――そ、そんな!? それじゃあ、俺達は……俺達はどうすれば……??」


 あ? 知らねーよ。

 なんで俺がそんな事まで考えてやらなきゃならないんだ。そんなのは自分で考えろ。俺はお前等の親か何かか?――と、まあ本来、こう突き放した事を言ってやりたい気分ではあるが、こいつ等は何をしでかすかわからない馬鹿だからな。

 とりあえず、助言しておくか……


「……ダークエルフの下に行けばいいんじゃね? とりあえず、三日分の食料を用意したし、何とかなるだろ」


 あのダークエルフには何も持たせず解放したし、解放して文句ひとつ言われなかった事から、案外近くにダークエルフの国とやらがあるのではないかと睨んでいる。

 その後の事は知らない。


 ダークエルフも人族の事は殺したいほど憎んでいるという訳でもなさそうだし、環境適応力のある『ああああ』達ならダークエルフの国で奴隷として最低限の暮らし位はできるだろう。


「……とりあえずさ、困った時、何でも人に頼る癖、直した方がいいよ? 本当に困った時、誰も助けてくれなくなるからさ」


 今回の一件で身に染みてその事が分かっただろう。

 別に俺はお前達の事をそこまで怨んでいる訳でも憎んでいる訳でもない。

 だから、俺はお前達がこの世界で『ムーブ・ユグドラシル』を手に入れようとする事を邪魔しようとも思わない。

 セントラル王国にも『ムーブ・ユグドラシル』はあったんだ。多分、ダークエルフの住む国にもあるだろうさ。入手難易度は格段に跳ね上がっているだろうし、金もない。レベル上げもしなきゃいけないと、三重苦に陥っているが、改心し、文字通り死ぬ気で頑張れば、多分、セントラル王国に帰る事の出来る芽も出てくるだろうよ。

 だから、その時まで、地べたを這って泥水を啜り惨めな思いをしてでも必死になって生きろ。

 流石の俺も、見捨てた事が原因で死なれたとあっては目覚めが悪い。


 そう突き放してやると、『ああああ』達は呆然とした顔立ちのまま、ごみ袋に食料と水を詰め始める。こんな事を言われても、生きる為に必要な食糧物資を確保する姿勢。嫌いではない。


 俺がここにいては、『ああああ』達もダークエルフの下に旅立ち難いだろう。

 そう思った俺は、気を利かせて、その場から離れることにした。


 ◇◆◇


 食料を置き離れること数分。

 カケルに見放された『ああああ』達はただひたすら後悔していた。


「――何て事をしてしまったんだ。俺達は……」

「『ああああ』さんがあんな事を言うから……どうするんですかこれ……これじゃあ、元の世界に戻る所か、セントラル王国に帰る事も……」

「『いいいい』……お前がそれを言うか? お前も乗り気だったじゃないか……くそっ……だって、あのダークエルフ、『ドワーフが持つムーブ・ユグドラシルを分けてやろうか?』なんて話しかけてくるから……」


 カケルの言う通り、最初は真面目に働いてムーブ・ユグドラシルを手にする予定だった。

 しかし、その予定は一日目にして崩れ去る事となる。

 これまで、現実世界で働いた事のない無職『ああああ』達には分からなかったのだ。

 重労働が何故、重労働と呼ばれているのか、その所以が……。

 重労働とは、当然の事ながらキツイ肉体労働を指す言葉。

 ドワーフからして見ても重労働に映るのだ。

 レベルが初期化された『ああああ』達にしてみるとその重労働は超過酷労働に相当していた。

 一日目にして気持ちが挫かれ途方に暮れていた時、現れたのがあのダークエルフだ。

 ダークエルフはこう言って俺達を唆した。


『ドワーフが持つムーブ・ユグドラシル。協力するなら、お前達にも分けてやろうか』と……。


 当然、俺達はその提案に飛び付いた。

 疲労困窮、筋肉痛で体が思うように動かなかったが、必死になって飛び付いた。

 だって、セントラル王国に帰る為に必要な『ムーブ・ユグドラシル』がただ協力するだけで手に入るのだから。

 何をするかは具体的に聞いていないが、この超過国労働をし続けるよりかは遥かにマシだ。

 むしろ、このままでは、カケル君から『ムーブ・ユグドラシル』を買い取るよりも先に過労死してしまう。何より、カケル君、不在の今が千載一遇のチャンス。

 そう。千載一遇のチャンスだった。


 あそこでカケル君がドワーフ側に付かなければ、無事、セントラル王国に帰る事ができたのに……。

 どうやら俺達は完全に選択を間違ってしまった様だ。


「……仕方がない。行こう」


 ゴミ袋の中に三日分の食料と水を詰めると『ああああ』はそれをアイテムストレージにしまう。


「――あ、おい。行くってどこに……ま、まさか、本気であのダークエルフの下に向かうつもりか!?」

「ああ、そもそも、それ以外、俺達が生き残る方法はないだろ……それに、カケル君は何だかんだで面倒見のいい奴だ。もし万が一、俺達に何かあったら最後の最後にはきっと助けてくれる。もしカケル君が本当に鬼畜外道でどうしようもない人間なら俺達の事をドワーフに差し出している筈だ。それにも拘らず、カケル君は俺達が飢えないよう食料の手配までしてくれている」


 少なくとも、俺がカケル君の立場なら問答無用でドワーフに差し出している。

 その結果、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。


「それにエルフと言えば、世界樹の麓に住んでいるのがファンタジーの定番。多分、ダークエルフはあの世界樹の根の麓にいる筈だ。多分、カケル君の狙いはそこにあると思うんだよね……」


 カケル君のことだ。きっと何か考えがあるのだろう。


「皆、折角、カケル君がドワーフに見付からないよう外に運び出してくれたんだ。ドワーフに見付からない内に、ダークエルフの下に向かうぞ!」

「「「おおー!」」」


『ああああ』達はまだ知らない。

 この日から一週間後、大変な事態に巻き込まれる事を……。


 ◇◆◇


 スヴァルトアールヴヘイムにある世界樹の根元。

 巨大な根の周りには、世界樹に寄り添うように造られたダークエルフの国があった。


「――お父様、お父様はどこにいますのっ!?」


 契約書の効果により、五兆コルの賠償責任を負わされたダークエルフの王女、アルフォードは、決裁権を持つ父親に縋る為、国王、ルモンドの住む世界樹の王宮の中をひた走る。


「――おお、我が娘よ」

「お父様っ――!?」


 両手を広げ受け入れ態勢を整えたルモンドの胸元にアルフォードは媚を売るように飛び付いた。

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