第249話 親バカは国をも亡ぼす

 突然、胸元に飛び込んできた愛娘を抱き抱え背を軽く叩くと、ルモンドはアルフォードに優しく話しかける。


「おお、愛しのアルフォードよ。そんなに慌ててどうしたというのだ……うん?」


 アルフォードの首元に光る首輪。

 それを見たルモンドは険しい表情を浮かべる。


「――なっ、これは、隷属の首輪ではないかっ! 誰がこんな……!? アルフォードよ。安心しなさい。すぐに外して上げるからな」


 ルモンドは、遥か昔、あらゆる錠前に適合するようにドワーフに作らせた特殊な鍵『万能鍵』をポケットから取り出すと、隷属の首輪の錠前に鍵を入れ解錠する。

 そして、アルフォードの首から隷属の首輪を取り外してやると、笑顔を浮かべた。


「――ほら、これで大丈夫だ。しかし、誰がこんな酷い事を……」


 ルモンドがそう尋ねると、アルフォードは涙を浮かべ訴える。


「――人間です。汚らわしいドワーフと手を組んだ人間がこの私に隷属の首輪を付けたのです……」

「何っ……人間だと?」


 人間とは、ミズガルズに存在する生き物の総称。その人間が、私の愛娘に隷属の首輪を付けただと?


「どういう事だ。他に何かされたのではあるまいな!?」


 怒りを押し殺し冷静になってそう尋ねると、アルフォードは涙を浮かべながら頷いた。


「――はい。契約書を結ばされました……」

「何っ!? 契約書を結ばされた?」


 何故、人間が契約書を持っている……。

 ダークエルフの王族が独占し、世界樹の根元を薄く削ぎ作る契約書には、書かれた内容を強制する効果がある。


「一体、どんな契約を結ばされたんだ……?」

「そ、それは……」


 アルフォードは言い難そうにモジモジすると、意を決して告げる。


「――け、汚らわしいドワーフを駆除しに向かった所、ドワーフの住処を壊した賠償として五兆コル支払うという契約を結ばされました……」

「……ご、五兆コル? 汚らわしいドワーフを駆除しに行っただけなのに五兆コル支払うだとっ!?」

「……はい。その通りです」


 意味が分からん。そもそも、契約書は我々、王族が管理している。何故、人間如きが契約書を持って……。


「とりあえず、これを使いすぐに契約を破棄しなさい」


 ルモンドは、『契約取消通知書』と呼ばれる契約書の効果を打ち消すアイテムを取り出し、アルフォードが結ばされた契約を解除する。


「――これで良し」


 これで少なくとも五兆コルもの金を支払う事を強要される事はなくなった。


 隷属の首輪が外れ、契約書の効果を無効化した事を確認したアルフォードは涙を浮かべ、ルモンドに訴えかける。


「――お父様、私、悔しいです……何で……何で、この私がこんな辱めを受けなければならないのですか……」


 隷属の首輪を嵌めさせられ、契約書を交わさざるを得ない状況に追い込まれた事など、王女として振る舞ってきた人生の中で一度たりとも存在もない。

 そもそもあってはならぬ事だ。


「――おお、何と、可哀そうな……しかし、解せぬなアルフォード。お前には、何名か護衛を就けていただろう? 護衛は一体、何をしていた? そもそも、何故、護衛の姿が見当たらんのだ? 何故、ドワーフの住む地下集落に向かった?」


 常日頃から王女として数名の側仕え。そして、護衛を就けている。

 護衛の姿が見えない点や気になった点を問い質すと、アルフォードは涙を浮かべ首を横に振った。


「――わ、わかりません。気付けば、私はドワーフ達に攫われていたのです……」

「何っ? それは本当か? 先ほどは駆除に行ったと言っていたように聞こえたが……」


 ルモンドが投げかけた疑問に、アルフォードは心の内で舌打ちをする。

 実際には、煩わしい護衛の目を掻い潜って王宮から抜け出し、ストレス発散にドワーフの住処を壊して回っただけだ。

 ダークエルフはそれぞれが一騎当千の力を持っている。

 高々、ドワーフ風情に負ける道理はない。

 だから、今回もストレス発散を兼ねてドワーフの住処潰しに邁進していたのだが……。


「――申し訳ございません。どうやら記憶が混濁していたようです。私が気付いた時には、ドワーフの地下集落におりました。護衛の方々は分かりませんが、私が気を失う直前、護衛の方々が私の事を心配する声が聞こえた気がします。ですので、責めないで差し上げて下さい。すべては、ドワーフに攫われた私が悪いのですから……」

「そうか……」


 そう呟くと、ルモンドは自らの顎髭を軽く撫でる。


「……アルフォードは優しいな。わかった。護衛に責任を取らせるような事はするまい。ただ、私は一人の親として、お前に多額の負債を背負わせ、隷属の首輪を嵌めた人間、そして、ドワーフの事を許す事ができん。お前が逃げてきたドワーフの集落の場所を教えなさい。すぐに当事者を捕らえ罰を与えてやる」

「――えっ?」


 思っていた以上に、大袈裟な反応を示す父親に、アルフォードは待ったをかける。


「――い、いえ、別にそこまでして頂かなくても……」


 アルフォードとしては、父親の持つ『万能鍵』で隷属の首輪を解錠して貰い、『契約取消通知書』で契約書の効果を取り消して欲しかっただけだ。

 別に人間やドワーフをどうにかして欲しかった訳ではない。まあ、愚痴位聞いて欲しい所だけど……

 それに、あの人間の背後には、多くの精霊が付いている。

 例え、ダークエルフが一騎当千の力を持っているとしても、精霊相手に勝つことは難しい。ちっぽけな人間が自然の驚異に抗うようなものだ。


 しかし、カケル側に多数の精霊が付いている事を知らないルモンドは、愛娘であるアルフォードの手前強く言う。


「――いいや駄目だ。人間とドワーフは、ダークエルフの国王であるこの私の愛娘に手を上げた。一国の王として、いや、一人の親として、断じて看過する事はできない」


 その発言を聞いた瞬間、アルフォードは即倒しかけた。

 精霊が相手である以上、ダークエルフ総勢でかかって勝てる見込みがないのはわかりきっているからだ。

 しかし、先ほど付いた嘘が障害となり、ルモンドの発言を訂正できない。

 下手に訂正すれば、自ら付いた嘘がバレてしまうためだ。


「そ、そうですか。流石はお父様ですわ……」


 そう言いつつも、必死になって思考を巡らせるアルフォード。

 人間とドワーフに五兆コルを渡せば、戦いにならずに済む。

 しかし、そんな事は口が裂けても言えない。


「――それで、お前の事を酷い目に遭わせたドワーフの集落はどこにある」


 せめて、戦いに参加しなければ……。

 そんな思いから、ドワーフのいる場所をルモンドに伝える。


「――に、西に……。西門から三キロほどまっすぐ行った先にある岩山にドワーフの集落を見ました」

「そうか。西か……」


 ルモンドは椅子から立ち上がると、側近に向かって大きな声を上げる。


「――我が愛娘を傷物にした人間とドワーフに死を! 奴等は所詮、脳みそのない家畜の群れに過ぎん。蹴散らせ……その上で、人間やドワーフ如きが我等、ダークエルフに逆らった事を思い知らせてやるのだっ!」


 ルモンドがそう声を上げると、側近はペコリと頭を下げ退室していく。

 その様子を間近で見ていたアルフォードは再び即倒しそうになった。


 いやいやいやいや、傷物になんてなってないからっ!?

 それに、あの人間とドワーフには精霊様が付いて……。


 このまま戦えば、まず間違いなく負ける。

 ただ負けるだけではない。戦いに出たダークエルフ全員が帰らぬ人になってしまう可能性すらある。そう考えるだけで血の気が引いてくる。


 顔を真っ青に染めていると、ルモンドはそれを体調が悪いと判断したのか心配そうな表情を浮かべ声をかけてきた。


「うん? どうしたアルフォード?」

「い、いえ……なんでもありませんわ」


 しかし、国王である父親がそう判断してしまったからには、もうどうしょうもない。


 絶対に負けると分かっている戦いの開戦準備を間近で見ることになってしまったアルフォードは、天に聳える世界樹に顔を向けると奇蹟が起きますようにと祈りを捧げた。


 ◇◆◇


「さて、そろそろ現実世界に戻るか……」


 ブーブー文句を垂れるドワーフから既定量より少ないレアメタルを受け取った俺は、一度、ゲーム世界をログアウトし、現実世界に戻る事にした。


『ああああ』達のせいで、既定のレアメタルを受け取る事ができなかったのは残念だったが、ダークエルフに対してレアメタル五兆コル分の補償を求める事にも成功した。一週間後、ダークエルフがどう動くか判断つかないが、まあ、ちょくちょく様子を見にくれば大丈夫だろう。

 万が一、ダークエルフと戦闘になった時のことを考え、念の為、エレメンタルを数体置いてきたが、平和主義の俺としては何事も起こる事なく。五兆コル支払われる事を祈るばかりである。


 メニューを立ち上げ、ログアウトボタンをタップし現実世界に戻った俺は、スマホを確認すると、レアメタルの取引を行う為、会田さんに借りて貰った貸倉庫に向かった。

 貸倉庫に向かうと、悪そうな人相の男達が俺が来るのを今か、今かと待ち構えていた。


「よう。お前等、待たせたな……」


 ここにいる奴等は顔は怖いが、皆、金の事をこよなく愛する宝くじ研究会のメンバー達である。

 元々、こんな顔立ちの奴等ではなかったが、巨額の金が懐に転がり込むようになった為か、舐められないよう強面に整形したようだ。

 態々、強面に整形するなんてご苦労様という気分である。

 まあ、俺としては、こいつ等の顔がどう変わろうがどうでもいい。安全に取引する事ができれば、それ以外の事はすべて些事である。


 さて、そろそろ、取引を始めよう。

 ゲーム世界から手に入れてきたレアメタルを積み上げると、ブローカー達から歓声が上がる。


 このブローカー達の役割は、宝くじ研究会レアメタル事業部に招き入れた元キャリア国家公務員達の持つコネクションを最大限利用し利益を上げる事にある。


「――さあ、皆、金が欲しいかー! 元キャリア国家公務員様が築き上げたコネクションを最大限使い利益を上げたいかー! 間違っても非合法な事に手を染めるんじゃないぞ!」

「「「――おおおおおおおっ!」」」


 俺達が利益を上げている裏でドワーフが強制的に働かされているじゃないかという意見があるかもしれないが、そんな事は知らない。

 むしろ、俺の事を捕らえ奴隷として働かせようとしていたのだから自業自得である。


 俺の行う事業は表向きクリーンなのだ。

 さあ、クリーンな手段で入手したレアメタルよ。俺に莫大な富を与えておくれ!


 ――バンッ!


 すると、急に倉庫の扉が開き、十数名の男達が入り込んできた。


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