第141話 苦悩する転移組の副リーダー、ルート
転移組の副リーダー、ルートは苦悩していた。
何に苦悩しているのか、それは想定以上に膨らんでしまった『ああああ』達の購入費用だ。
「彼等を借金奴隷に落とす為に、この国一番のキャバクラとホストクラブに連れて行ったのは間違いだったな……」
確実に借金奴隷に落とし、ダンジョン攻略させる為とはいえ、余りに費用がかかり過ぎた。キャバクラとホストクラブの料金があんなにも多額となるとは思っても見なかったのだ。
借金奴隷の購入費用は後々、冷蔵庫組と折半する予定とはいえ、お陰で、転移組の持つ資金の全てが無くなってしまった。しかも、不足分に関しては、俺個人が国から借金する事で賄っている。
借金奴隷達には、早い所、上級ダンジョンの攻略をして貰わなければ非常に拙い。
しかし、ここで勝負を賭けなければ、リーダーと共に立ち上げた転移組という組織から俺の居場所が無くなってしまう。
この国の上級ダンジョン『デザートクレードル』そして、ミズガルズ聖国の上級ダンジョン『アイスアビス』は既に攻略されてしまった。
他でもない。俺が不要と判断し、切り捨てたプレイヤー達によってだ。
残る上級ダンジョンはリージョン帝国の『ドラゴンクレイ』のみ。
ここで結果を出さなければ、転移組は……というより俺の立場はかなり拙い事になる。
俺が切り捨てたプレイヤー達の手を借りなければならないのは気に食わないが、借金奴隷という道具を使うというのであれば話は別。
冷蔵庫組からも早目に借金奴隷購入費用の半分を支払って貰わなければ……。
「……しかし、遅いな」
ヘル組の組長ジャピルから収容所で収監されていた借金奴隷を引き取ったと連絡があり、最後に連絡があってから数時間経つというのに、あれからなんの音沙汰もない。
借金奴隷共は、俺の下に連れて来いと連絡してあったのだが……。
「様子でも見に行くか……」
冷蔵庫組の傘下であるヘル組の事務所は近くにある。
椅子から立ち上がると、俺はヘル組の事務所へと向かう事にした。
転移組の事務所から出て、ヘル組の事務所に向かうと、そこには多くの人だかりができている。
「……うん? 何だ?」
こんなに多くの人だかりが出来ているとは珍しい。
人だかりを抜けヘル組事務所の前に出て見るとそこにはヘル組の事務所をテープで封鎖し、ヘル組の組員達を拘束する兵士達の姿があった。
「なっ……なあっ!? い、一体何がっ……何があったんだっ!?」
なんでヘル組の連中が兵士に拘束されている!?
借金奴隷共を購入する為の費用はすべてを冷蔵庫組の傘下であるヘル組に支払っているんだぞっ!?
兵士に捕らえられては預け金が……。ヘル組の連中に預けた借金奴隷達の購入費用が回収できなくなってしまうじゃないかっ!?
様子を見ていると、ヘル組の事務所から組長、ジャピルが出てくる
ジャピルは、俺の顔を見ると申し訳なさそうな表情を浮かべた
「お、お前っ! これはどういう事だぁぁぁぁ!」
しかし、俺も必死だ。億単位の借金を負う可能性がある。
大声を出してそう尋ねると、ジャピルは声には出さず俺に向かって口パクした。
『モ、モブ・フェンリルにやられました!』
「何っ? モ、モブフェンリルッ!? と、と言う事は……あ、あいつかぁぁぁぁ!」
あ、あのモブ・フェンリルッ!?
上級ダンジョンを攻略する為に、一体、幾らの金を積んだと思っているんだっ!
あいつ等を借金奴隷に落とす為に一億コル以上の金を落としているんだぞぉぉぉぉ!
もしここで、俺が手を引いたらその時点で転移組はお終いだっ!
当然、俺も終わる。
こんな所で手を引いてなるものかっ!
俺はこのゲーム世界を楽しみたい。その一心で、ここまで頑張ってきたんだっ!
それなのにっ……。それなのにっ……!
「……やってくれたなぁ、モブ・フェンリル!」
ヘル組の連中が検挙されたという事は、ジャピルに預けていた借金奴隷の購入費用も押収されてしまったという事。
何とかあの資金だけは回収できないだろうか……。
必死になって頭をフル回転させるが良案は浮かばない。
「こうなったらリーダーに相談して……いや、それは駄目か」
あいつはただ強いだけの脳筋お気楽野郎。
相談した所で、何の解決にもならない。
こういう時、相談すべき相手はやはり同盟を組んでいる冷蔵庫組しかない。
暴力団組織である冷蔵庫組であれば何とかしてくれる筈だ。
ヘル組は冷蔵庫組の傘下組織。その傘下組織がモブ・フェンリル一匹にやられたとなれば、冷蔵庫組も動かざるを得なくなる。
俺は無言でその場を立ち去ると、冷蔵庫組本部へと向かう事にした。
◇◆◇
「なるほどねぇ? またあのカケルとかいうモブ・フェンリルが邪魔をしてきたと……そういう事ですか……」
ここは冷蔵庫組本部。
転移組の副リーダー、ルートの持ってきたヘル組検挙の報告にリフリ・ジレイターこと、私は眉間に皴を寄せ怒りを押し殺していた。
「はい。その通りです。ヘル組の組長ジャペルが兵士に拘束され連れて行かれる前に、そう言ってました」
「ほうほう。なるほどねぇ……」
あのモブ・フェンリル。また私達の邪魔を……。
これまでの無礼もあるし、冒険者とはいえ一般人に舐められては冷蔵庫組の名が廃る。
「……本気で潰してしまいましょうかねぇ。どう思います? ビーツさん。クレソンさん?」
私がそう問いかけると、背後に控えていたナルシスト風の優男、ビーツとパンチの利いた醜悪な男、クレソンが意見を言う。
「もう殺してしまってもよろしいのではないでしょうか?」
「ああ、まったくだぜ。ジャペルの奴の仇を取ってやらなきゃ男が廃る。あんなモブ・フェンリル。こっちが本気を出せば簡単に殺れる……」
「そうですか……」
モブ・フェンリルを殺るのはまったく以って構わない。
むしろ、前々から殺りたいと考えていた男。
お父様はあのモブ・フェンリルと親交を深めたいようだが、私としては真っ平ご免だ。
そう考えると、これはある意味チャンスかもしれない。
冷蔵庫組傘下のヘル組があのモブ・フェンリルに潰されたとなれば、それはもう冷蔵庫組に対する宣戦布告とみていい。
むしろ、ここでモブ・フェンリルを潰さなければ、他の傘下組織に示しが付かない。
ヘル組を潰され上級ダンジョン攻略に必要な借金奴隷共が奪われた今であれば、お父様もきっと理解して下さる筈だ。
しかし、懸念事項もある。
それは、あのモブ・フェンリルが奪っていったであろう借金奴隷共だ。
奴隷の首輪が嵌められているなら問題ないが、そうでない場合、我々の脅威になる可能性がある。
「……確かに、ビーツさんとクレソンさんであれば、あのモブ・フェンリルを容易に抹殺できるでしょう。しかし、あのモブ・フェンリルには上級ダンジョンを攻略するだけの力を持った借金奴隷共がいます。その者達を掻い潜り、あのモブ・フェンリルを抹殺する事は可能ですか?」
そう問いかけると、ビーツとクレソンは難しい表情を浮かべる。
普通に考えて上級ダンジョンを攻略する程の力を持った者が護衛に就いている中、あのモブ・フェンリルだけを抹殺するのは困難極まる。
そもそも、敵わないと考えたからこそ借金奴隷共を嵌め、買い取ろうとしたのだ。
「……顔を見ればわかります。まあ、普通に考えてそうですよね?」
どうしたものかと考えを巡らせていると、転移組の副リーダー、ルートが口を開く。
「リフリ・ジレイター様。俺に考えがあります」
「考え……ですか?」
「はい。実は最近、あのモブ・フェンリルの事を部下に見張らせていたのですが、あのモブ・フェンリル。相当特殊な趣味嗜好の持ち主だった様でして……」
聞いてみると転移組の副リーダー、ルートが掴んだ情報、それは非常に有効そうなものだった。
「へえ、あのモブ・フェンリル……そんな趣味嗜好の持ち主だったなんてねぇ……」
これは中々、使えそうな情報だ。
この情報をバラまけば、まず百パーセント。あのモブ・フェンリルを社会的に抹殺する事ができる。
モブ・フェンリルを社会的に抹殺した後、また借金奴隷共を借金まみれにすれば……。
「……いいでしょう。その案、採用させて頂きます。ビーツさん、クレソンさん。後の事はお願いしましたよ?」
「「はい。リフリ・ジレイター様」」
私がそう問いかけると、ビーツとクレソンは恭しく頭を下げた。
「ああ、言い忘れていたけど、ルート。転移組が借金奴隷購入の為、ヘル組に拠出したお金だけど、私達は責任を負わないからそのつもりでね?」
そう言った瞬間、ルートは唖然とした表情を浮かべる。
「えっ?」
「『えっ?』と言われてもねぇ? この私が協力して上げるのです。当然の事でしょう? とはいえ、安心なさい。あのモブ・フェンリルを社会的に抹殺し、あの借金奴隷共にまた借金を負わせ、合法的に借金奴隷共を取り返す事ができたら、おこぼれ位あげるから……」
「そ、そんなっ!? それでは困ります!」
「そんな事を言われてもねぇ? 私達も困っているのですよ?」
まさか同盟を組んでいる筈の国が、冷蔵庫組傘下であるヘル組を潰す手伝いをするとは思っても見なかったのだ。
転移組が一億コル以上の金を国に押収されてしまい回収不能となってしまったのと同じく、冷蔵庫組も傘下の組を失ってしまった。
これでも譲歩してやっている。
「……もし不満があるのなら、同盟から抜けてもいいのですよ?」
「そ、それは……」
できる筈ない……。
きっと、ルートはそう思っている筈だ。
上級ダンジョンを攻略できるほどの力を持った借金奴隷達を買う事もできず、金は国に押収されたのだ。
転移組に残されたのは莫大な借金と、僅かに残された新しい世界解放という名の希望のみ。
新しい世界を解放すれば、国から莫大な報酬が出される。新しい世界の土地もだ。
転移組が助かる為にはこれに頼る他ない。
ルートは悔しそうに表情を歪めると、力なく呟いた。
「不満はありません……」
「そう? それなら良かった。まあ、折角、同盟を組んでいるのですから、仲良くやりましょう?」
私はルートにそう告げると、心の中で笑みを浮かべた。
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