第44話 痛風に苦しむアメイジング・コーポレーションの管理本部長
「あ痛たたたっ!」
今の時間は午前八時。
私こと石田は、足の親指や関節が腫れる痛みによって目を覚ます。
枕元に置いた水の入ったペットボトルを手に持つと、痛風発作抑制薬『コノバシノギ』と痛風発作治療薬『ナオルトイイナ』そして尿酸生成抑制薬『サガルトイイナ』。
最後に酸性尿改善薬『アルカリセイニナアレ』を飲み込むと、水で薬を流し込み足を引き摺りながら布団から出る。
痛風で関節が痛いのも問題だが、弁護士を雇い会社に内容証明を送り付けてきた元従業員、高橋翔。
そして、クビにした経理部員を会社に戻さなければならない事も問題だ。
決算業務がそんな大変で重要な業務であると知っていれば、西木社長の役員報酬を上げるだなんて下らない理由の為に経理部員をクビにするような真似はしなかった。
それもこれも、しっかりとした情報を私や西木社長に与えなかった佐藤部長が悪い。
まったく、一度クビにした従業員を呼び戻さないといけないなんて……。
佐藤部長も大変なことをしてくれたものだ。
クビにした経理部員を再雇用したら、責任の所在をハッキリさせるため佐藤部長に対して『懲罰委員会』を開いてやる。
佐藤部長への怒りを糧に痛風の痛みを和らげると、職場のアメイジング・コーポレーションへと出社した。
アメイジング・コーポレーションの就業時間は午前九時から午後十七時まで。
社長室に視線を向けると社長室から明かりが漏れている。
西木社長はもう出社しているらしい。
御年八十五歳にも拘らず元気なことだ。
耳を澄ませば、社長室からゴルフのスイング音が聞こえてくる。
そういえば、毎週土曜日は会社の経費で、格式高いゴルフ場『軽井沢ゴルフ倶楽部』のプレー予約をしていた。
おそらく、それに備えて練習をしているのだろう。
スイング音に淀みがない。
昨日は、四川飯店の予約を取ることができず、大変お怒りではあったが、機嫌が直っているようで本当によかった。
西木社長の機嫌は、山の天気のように変わりやすい。
それにしても、よくあれだけ怒って血管が切れないものだ。
きっと、強靭な血管をお持ちなのだろう。
そんなことを考えていると、始業のベルが室内に流れ始める。
「さて、早速、山本君と小林君に連絡を入れるか……」
高橋君とは係争中。まずは先日、クビにした山本君と小林君だけでも会社に戻さないと……。
しかし、山本君と小林君に電話をかけるも繋がらない。
そういえば、佐藤部長も電話が繋がらないと言っていたが……。
佐藤部長ならばいざ知らず管理本部長である私の電話に出ないなんて事はないはず……。
険しい表情を浮かべながらも、執念深く連絡する。
すると、突然、電話が繋がった。
私の執念の勝利である。
「もしもし、アメイジング・コーポレーションの石田だが……」
しかし、電話口から聞こえてきた声は山本君や小林君のものではなかった。
『おかけになった電話番号への通話は、お客様のご希望によりおつなぎできません』と、お断りのガイダンスが流れ始める。
どうやら着信拒否にされてしまったようだ。
拙い。これは非常に拙い状況だ。
経理部員を会社に戻し、仕事をさせないと決算開示に間に合わず、下手したら上場廃止の危機……。創立百周年に上場廃止。流石にそれだけは避けなければならない。
しかし、うちの会社のシステムが使える事が最低条件だし、今から派遣社員を紹介して貰うにしても、決算開示に間に合うかどうか疑問符が付く。
電話を置き頭を悩ませていると、社長室から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「石田君! 石田君はいるかっ!」
ゴルフのスイングが終わったらしい。
一生、社長室でゴルフのスイングをしていればいいものを……。
「あー。はいはい」
私はそう呟くと、痛風で痛む足を引き摺りながら、西木社長の待つ社長室へと向かった。
「西木社長、おはようございます」
「ああ、おはよう……。まずはかけたまえ」
西木社長はそう呟くと、椅子からゆっくり立ち上がり、ソファへと腰かける。
そして、足をクロスさせながらテーブルに足を置いた。
行儀が悪いのはいつも通りだ。
ソファに座ると、西木社長が話し始めた。
「それで石田君。高橋君他、二名の経理部員復職の件はどうなったのかね」
「その件ですが……」
素直に言っていいものか判断に迷う。
考えあぐねていると、西木社長がまるで催促するように言葉を重ねてきた。
「それで? 経理部員と連絡は取れたのかね」
「い、いえ、この件は、直属の上司であった佐藤部長から連絡を取らせた方がいいと思いまして、まだ連絡を取っておりません」
私がそういうと、西木社長はまたも怒り出す。
「まだ連絡を取っていない? なにを悠長なことを……。だから君は駄目なんだっ! すぐに佐藤君に連絡を取るよう言いなさい!」
「はい。すぐに連絡致します!」
佐藤部長に連絡する為、社長室を出て自席に戻ろうとする。
しかし、西木社長は私の離席を許さなかった。
「なぜ、席を立とうとする。今、ここで佐藤君に連絡をすればいいじゃないかっ!」
「い、今、ここでですかっ!?」
「なにか問題があるのかね。それともなにか? 隠しごとでもあるんじゃないだろうな」
「い、いえ、そんなことはありませんが……」
スマートフォンを取り出し、佐藤部長に電話をかける。
私が電話をかけると、三コールで佐藤部長が電話に出た。
『はい。佐藤です』
「ああ、佐藤部長ですか。管理部の石田です。実は昨日話した高橋君、他二名の経理部員の件で話がありまして……」
穏便に済ませようと言葉を選びながら電話をしていると、西木社長が横やりを入れてくる。
「石田君。スマートフォンをスピーカーモードに切り替えなさい」
「わ、わかりました」
八十五歳でスマートフォンのスピーカーモードを存じ上げているとは……。
くっ、田中か? 部下の田中君が社長にスマートフォンの使い方を教えたのか?
よ、余計な事を……。
私は西木社長に言われた通り、スマートフォンをスピーカーモードに切り替えると、テーブルの上に置く。
『高橋君達の件? 石田管理本部長が連絡して下さるのではないのですか?』
「いえ、実はですね……」
私がそう呟くと、西木社長がテーブルに置いたスマートフォンを取り上げた。
「ああ、佐藤君か。私だ。社長の西木だ。実は君の方から高橋君を始めとする経理部員二人に連絡を取ってもらいたくてね。ほら、直属の上司だった君の方が、高橋君達も心を開いてくれると思うんだ。やってくれるね?」
有無を言わせぬ社長発言。
しかし、私からすればありがたい。
既に高橋君達とは連絡を取る事はできない。
そのことを知るのは現状私だけだ。
いや、佐藤部長も連絡を取る事ができないんだったかな?
『わかりました……。一度、繋がらなかった以上、やっても無駄とは思いますが、社長がそう仰るのであれば、電話をかけてみますが……』
「そうか。それでは、君の持つスマートフォンをスピーカーモードにして、経理部の電話から高橋君達に電話をかけなさい」
『わかりました。それでは、少しお待ち下さい』
そういうと、佐藤部長は、経理部の卓上電話から高橋君達に電話し始める。
すると、先ほど聞いたお断りのガイダンスがスマートフォン越しに聞こえてきた。
『おかけになった電話番号への通話は、お客様のご希望によりおつなぎできません』
「…………」
どうやら、高橋君達はアメイジング・コーポレーションの電話番号すべてを着信拒否設定にしたらしい。
「なんだこれは? どういうことだ?」
お断りのガイダンスを聞いたことがないのか、西木社長が困惑した表情を浮かべている。すると、スマートフォン越しに佐藤部長が呟いた。
『これは着信拒否されてしまっていますね。これでは高橋君達と連絡を取ることができません』
「なんだとっ!?」
それを聞いた西木社長が怒り出す。
「連絡が取れないとはどういうことかね! 退職後もちゃんと連絡が取れるようにしておかなきゃ駄目じゃないか!」
「社長のおっしゃる通りです。佐藤部長、高橋君達と直接連絡を取る方法はないのですか?」
『はい。申し訳ございません』
「まったく! 申し訳ございませんじゃないよっ! とんでもない事をしてくれたね! 君のお蔭でもうこの会社はお終いだよ! どう責任を取るつもりだっ!」
「社長の仰る通りです。佐藤部長、これは大変な事ですよ! あなたがちゃんと高橋君達に気を使っていれば、未然に防げた事態です。この責任をどう取るつもりですか!」
丁度いい。私の失敗は佐藤部長の失敗。
佐藤部長の失敗は、佐藤部長の失敗だ。
西木社長の頭の中では、いつの間にか佐藤部長の管理が行き届いていなかったお蔭で、こんな事態に陥ったと脳内変換されているらしい。
空前絶後のこのチャンス。逃す手はない。
「佐藤君。どうするつもりだね! いつまでも黙っていないで、なんとか言ったらどうなんだっ!」
「そうですよ。佐藤部長! 何とか言ったらどうなんです! あなたのせいで大変な事になっているんですからね!」
すると、スマートフォン越しに『ガンッ!』という音が響いてきた。
突然鳴り響いた音に、私と西木社長は顔を見合わせる。
「ど、どうしたんだね。佐藤君、なんとか言ったらどうだ……」
西木社長の勢いが削がれている。
すると、佐藤部長がスマートフォン越しに話しかけてきた。
『……辞めます』
「えっ? 今、なんと言ったんだね?」
『もうやっていられません……。現時点をもってアメイジング・コーポレーションを退職します! 今月分の給与も退職金も要りません!』
「ま、待ちたまえ佐藤君! 石田君もなんか言ったらどうだ。君が佐藤君を責めたからこんな事になっているんじゃないか!」
「い、いえ、私は社長に賛同しただけで……。それに佐藤部長を責めたのは、西木社長です。わ、私はそんな事、言っておりません」
「き、君は何を言っているんだ。君はこのボクが悪いって言うのか? ボクは至極真っ当なことを述べただけじゃないか! それの何が悪い!」
『あんたらがそんなだから、こんな事態になっているんだよ! いつもいつも責任転嫁しやがってっ! パワハラだろうこれは! ふざけるんじゃない! 普段から訳の分からない難癖を付けては懲罰委員会を開き、給与を削減してっ! その削減分は全て社長の役員報酬に上乗せされているじゃないか! 経理部が何も知らないと思うなよ! 結局あんたは自分のことしか考えていないんだっ! 目先の事しか考えていないからこんな事になったんだよ!』
「なんだ君はっ! このボクが君の事を経理部長に引き上げてやったんじゃないかっ! なのにその言いぐさは……。嫌なら辞めろっ! さっさと辞めてしまえっ!」
こうなってはもう収拾がつかない。
数日後、西木社長の言葉が決め手となり、佐藤部長から『退職願』が送られてきた。
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