第263話 ヘルヘイム①

 俺は突っ込んでくるダークエルフを華麗に躱すと、勢いよく転倒したダークエルフの背中に腰掛ける。


「――ぎゃああああっ!? 寒い!! 寒いぃぃぃぃ!!!! 何をするのだモブ・フェンリルゥゥゥゥ!!!!」

「それはこっちのセリフだ! 今、何しようとしたっ!? こんな形だが俺はマスコットキャラクターじゃあねーんだよ。いい年したオヤジが抱き着いてくんなっ! 俺で暖を取ろうとするな! 気色悪いんだよっ!」


 俺に抱き着いていいのは、妙齢の女性だけと決まっている。当然、子供もNGだ。

 しかし、冗談抜きで寒いな……。ここはどこだ?

 スヴァルトアールヴヘイムじゃないのか?


 何者かの手によってここまで連れて来られた訳だが……寒すぎて頭が回らない。とりあえず、暖でも取るか。

 俺はダークエルフに腰掛けたまま、アイテムストレージからキャンピングカーを取り出すと、ダークエルフを放置したままドアを開け中に入り鍵を閉める。


「――ふう……これでよしと……」


 相変わらずクソ寒いが、外にいるよりかはマシだ。

 寒いとエンストするっていうし、とりあえず、エンジンはかけずカセットガスストーブで暖を取るか……。


――カチッ、カチッ!


 点火レバーを二回ほど回し、カセットガスストーブを点けると俺は、アイテムストレージからウォッカとグラスを取り出し、グラスに注いで、ウォッカを一気にクイッと呷る。

 寒い時にはこれに限る。喉がカーッと熱くなった。のどごしの刺激を満喫したあとにくるなんともいえない清冽さやさわやかさが堪らない。


「さてと……」


 ウォッカの入ったグラスを片手に窓ガラスに近付く。相変わらず、凄い吹雪だ。

 何やら外から「ダンッ! ダンッ!」とドアを叩く音が聞こえる様な気がする。

 一瞬、外にいたダークエルフが頭の隅を過ぎったが、きっと気のせいだろう。


 いやー凄く吹雪いているな。


 凍った窓ガラスの外を見ると今にも死にそうな顔をしたダークエルフが懸命にドアを叩いているのが見えた様な気もしたがこれも気のせいだ。

 ウォッカの飲み過ぎで幻覚が見えたのかも知れない。

 ウォッカはアルコール度数が高いからな。飲みすぎない様、気を付けねば……。

 しかし、本当にここはどこなんだ?

 マジで、地上に上がれないと困る。冗談抜きで死活問題だ。

 レアメタルの取引は巨額。もし、レアメタルが取れなくなったら仲介業者である俺の部下が大変な目に遭ってしまう。


 ウォッカ片手にスルメイカを食んでいると、ドアを叩くダークエルフの後ろに襤褸を被った巨大な銀髪の女が見えた。

 目を凝らしてよく見ると、その女は手に杖の様なものを持っている。


 ふーむ。何故、こんな所に、巨大な女が……ゲーム世界だからか?

 ウォッカを飲んだ事でいい感じに酔いが回り判断が付かない。

 ウォッカをチビチビ飲みながらポカンとした視線を浮かべていると、女は思い切り杖を振り上げ、杖の先でダークエルフを突き刺した。

 キャンピングカーの中なのでよく聞こえないが、ダークエルフが刺された瞬間、唸り声を上げた気がする。

 これも多分、気のせいだろう。


 あー、酔いが回ってんな……ゲーム世界って、こんなスプラッタだったっけ?

 やべーやべーって……いやいやいや……えっ? 今のマジ? マジでマジで??


 一度、目を擦り窓ガラスの外を覗く。

 すると、女はダークエルフが突き刺さったままの杖を翳すように持ち上げ笑みを浮かべた。


 心なしか今、女と目が合った様な気がする。

 俺はウォッカを軽く呷ると、車内のカーテンを閉めソファに座る。

 テーブルにグラスを置くと、両手で頭を抱え目を閉じた。


 いやいやいやいや、おかしいだろぉぉぉぉ!?

 いや、あり得ないって、なにあの女!?

 怖いってもんじゃないんですけどっ!?


 脳内はパニック状態だ。

 頭から草が生えそうなほど混乱している。


 ダークエルフを杖で突き殺したよ。突き殺して笑ってたよ。ヤバいよヤバいよ。サイコパスだよ!?


「……一旦、ログアウトするか?」


 しかし、ここでログアウトしたら二度とログインする気にならないかも知れない。

 俺は俺の性格をよく熟知している。

 俺はそういう奴だ。俺は俺の命の為なら、損切りができる男。

 しかし、その場合、折角、手に入れたレアメタル利権はパーとなり、俺の庇護下にある部下達が路頭に迷ってしまう。

 だが、かかっているのは俺の命。迷うまでもないか。

 あいつ等もレアメタルを流して上げたお陰で、十分過ぎる程の資産を築いた筈だ。

 まあ、契約の如何によっては、それを上回る賠償を求められるかも知れないけどそれも仕方のないこと。

 そうとなれば、サッサとここからおさらばするか。

 命を大事に。これは俺が幼少の頃よりゲームで培ったこの世界を生きていく為の真理だ。


 俺はログアウトする為、早速、メニューバーを開く。

 そして、ログアウトをタップしようとすると腹に衝撃が伝った。


「――えっ?」


 見ると、腹から杖の先端が生えている。


「――ぐぷっ……」


 口から生暖かい赤い液体が込み上がってきた。

 恐る恐る後ろを振り向くと、車体ごと俺の体を貫通した杖と、俺の様子をいつの間にか開いていた窓から覗く女の姿があった。


「嘘……だろ……こんな所で、俺は……」


 いつもなら俺の事を助けてくれるエレメンタルもここにはいない様だ。どうやら、地中に引きずりこまれている間に逸れたらしい。

 腹に生えた杖を抜こうにも、力が入らず抜く事もできない。


「ははっ……これは詰んだな……」


 人生終了のお知らせか。

 まさか、こんな所で終わるとは思いもしなかった。

 そう力なく呟くと、目の前が真っ暗に染まっていく。

 何だか体も寒くなってきた。そして、それ以上の眠気が俺を襲う。


 もう……駄目だ……誰だか知らないが、俺の事を刺した奴……死んだら絶対に呪って……や……。


 刺さった杖に体重を乗せると、俺は力なくその場に崩れ落ちた。


 ◆◇◆


『――起きなさい――起きなさい……』


 うん? なんだ……なんか、声が聞こえる。

 誰の声だ?


『――早く起きなさい』


 そんな事、言われたって、俺、なんだかとても眠いんだ……。あと五分……いや、六時間位寝かせてくれ……。


 聞こえてくる声に頭の中でそう返答すると『――いいから起きろと言っている』という言葉と共に、強烈な冷気に襲われ強制的に目覚めさせられる。


「う、うわっ! 寒っ!?」


 ボーっとした目で回りを見ると、隣には、寒いからといって俺に抱き着いて来ようとした変態ダークエルフの姿があった。


「――おい。変態。お前、何でこんな所にいる。つーか、ここはどこだ。どういう状況なんだ。簡潔に話せ」


 あまりの寒さに一発で目が覚めた。開口一番そう言うと、ダークエルフは唖然とした表情を浮かべる。


「お、お主という奴は……死者の国の支配者であるヘル様を前に何と無礼な……」

「――あ? ヘル??」


 何だ、ヘルって?

 地獄か何かか??


 大量の汗を流し、前方に視線を向けるダークエルフ。

 視線の先を追うと、そこには襤褸を被った巨大な銀髪の女が座っていた。


「えーっと、どこかで見たような気が……」


 どこで見たんだったかな? 思い出せん。

 それにしても、腹部がスースーする様な……。

 違和感を感じた俺が腹部に手をやると、腹に風穴があいている事に気付いた。

 何度か、腹の穴をポンポン撫でると、俺は唖然とした表情を浮かべる。


「す、すいません。なんか、腹に穴が空いている見たいなんですけど……」


 腹が空いている訳ではない。

 腹に穴が空いている。

 まるで、どこぞの漫画に出てくる虚な存在にでもなった気分だ。仮面が付いていたら完璧だっただろう。まあ、モブ・フェンリルスーツに身を包んでいるんで似たようなものだけど……。


 そんな事を考えながら、そう独り言を呟くと、ダークエルフが応答する。


「あ、当たり前だ! ここは死者の世界ヘルヘイム。冥界神ヘル様の治める世界だぞ!」

「ヘ、ヘルヘイム?」


 ヘルヘイムって、狡知神ロキの娘、ヘルが治めるとされる死者の国??

 マジで? いや、マジで??

 ヤバいじゃん。それヤバいじゃん!?

 って、いうことは俺、冗談抜きで死んだって事!?


「マ、マジか……」


 まさか、本当に冥府の世界があるとは……いや、ゲーム世界で死んだからヘルヘイムに送られたのか?

 いや、今はそんな考察している場合じゃない。


 俺はダークエルフの胸ぐらを掴むと、底冷えしそうな声を発しながら冷たい視線を向ける。


「……おい。腐れダークエルフ。どうやったら元の世界に帰れる」

「――ま、待てっ……周りの状況を見て見ろ。ヘル様を前に、何故、そのような暴挙に出ることができる……」

「――ああ? ヘル様ぁ?」


 ダークエルフが向けた方向に視線を向けると、襤褸を被った巨大な銀髪の女と目が合った。

 怖い女だ。今まで会ったどの女より恐ろしい。何と言うか、底知れぬ圧を感じる。

 それこそ、人が神と対峙しているかの様な……


 俺は、ダークエルフに視線を戻す。

 そして、耳に口を近付けると、女に聞こえぬ様、小さな声でダークエルフに話しかけた。


「――おい。なんだ、あいつ……滅茶苦茶、怖いんだけど……」


 こんな怖い女、初めて会った。

 何かよく分からないけど、もの凄い威圧感だ。

 全然、隠せていないけど、襤褸で腐った下半身を隠している。


 ――うん? ちょっと待てよ……腐った半身??

 確か、北欧神話の中にそんな女神がいた様な……。

 女の巨人で、半身が腐っていて、死者の国ヘルヘイムを治める存在と言えば……。


 少し考え事をしていると、ダークエルフが目を剥いて食い掛ってきた。


「――だから、ヘル様だと、言っているであろう! いいから、その無礼な態度を今すぐやめ、平服しろっ!」

「――OH……マジか……」


 死者の国ヘルヘイムを支配する女神、ヘル様ご本人でしたか……。

 通りで威圧感がある訳だ。

 俺は掴んでいたダークエルフの胸ぐらを離すと、ゆっくりヘルに視線を向ける。


 ダークエルフ君も人が悪い。

 死者の国ヘルヘイムの支配者が目の前にいるなら早く教えてくれよ。

 

 そして、両膝を地面につけ、両手を大地に突き出すと、そのまま頭を下げて平伏した。

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