第322話 ハリーレッテル争奪戦①
「公金チューチューか……。何も言い返す事ができないな……」
それだけの事を、アース・ブリッジ協会はやってきた。今更、弁解不能だ。
だが、敢えて『そうです。前任の理事達が公金チューチューしてました』と教えてやる義理はない。折角、公益認定の欠格事由に当たらぬよう全額返金させ厳格に処分したのだ。
俺が納めた税金が適当な団体に流れ、適当な会計で適当に使われる位なら、俺が法に則って厳格に使う方がまだマシというもの。
まあ昔のアース・ブリッジ協会ならいざ知らず、今のアース・ブリッジ協会は国から補助金や助成金を受け取っていないので、そんな心配は無用だ。
アース・ブリッジ協会では、本来必要のない環境ラベルを、国の認可を受け、あたかも必要であるかの様に喧伝……その使用料を企業から受け取っている。
昔、公金を受け取っていたのは、企業から金を巻き上げる為のラベルを作る為の費用が必要だったからに他ならない。
しかし、なんだ。あの男共は……ユーチューバーか何かか?
見た目からしてヤバそうな奴だ。
関わり合いにならないのが一番である。
そんな事を思いながら、受話器を手に取り110番をプッシュする。
警察を呼ぶのも手慣れたものだ。
冤罪で留置場にぶち込まれたのも今となっては懐かしい。
「あー、すいません。警察ですか? 今、東京都中央区×××にある事務所の前で、大きな声で叫び声を上げている男性がいるのですが……」
『はい。東京都中央区×××ですね。すぐに近くの警察官を向かわせます』
「よろしくお願いします」
そう言って、受話器を置くと、警察に連絡した旨を職員に伝え、到着を待ちながらインスタントコーヒーを口に含む。
「しかし、公金チューチューか……。公金を不正流用している公益法人、かなりの数、あるんだろうなぁ……東京都だけでもかなりの数あったし……」
公金チューチューとは、NPO法人や一般社団法人などが補助金・活動助成金の名目で国や地方公共団体から必要以上の金銭(公金)を巧妙にせしめること、ないしは、そのための仕組みや枠組みなどを指す意味で用いられる表現。某NPO法人の不正会計疑惑が、単に当該法人や国や自治体の会計監査が杜撰であるという問題にとどまらず、特定の団体やグループが公金をせしめやすい仕組み(公金チューチュースキーム)に作り変えつつあるのではという疑惑に発展している。公の根強い隠蔽体質も改めて露わになりつつある、と新語時事用語辞典に書かれている。
実際、毎年の様に公益法人の不正がニュースになっては、何の対策も打たれる事なく情報の海に消えていく。
恐らく、モラルライセンシング的な考え方が根底にあり(公益性のある)良い事をしているのだから、多少、会計を誤魔化したり、公金を目的とは違う事に流用しても問題ないだろうとでも思っているのだろう。実に底の浅い考えだ。
現に、国や東京都がやらないから私達が代わりにやってやっていると、公金受け取りながら言っている恥知らずな団体も一部ある。
何の為に寄付金制度や独立行政法人があるのか理解していない様だ。
大抵、そういう団体は、公金を受け取れなくなったり、問題が解決してしまうと事業存続が危うくなるので、問題を問題のまま放置し、被害者を量産し続ける。
問題を放置したまま問題がある、国の補助が必要だと公金を要求し、その公金で被害者を助け、被害者がこれだけ存在すると、おかわりを要求するのだ。これでは、流血しているのに傷口を塞がず、輸血する事で延命を図るのと何ら変わらない。
正にマッチポンプ。意図的に放置して起こった問題を解決することで、報酬や評価を得る行為そのものである。
この国で唯一、東京都が東京都内に存在する補助金、または助成金の支給を受けている公益法人の補助金支給を打ち切りジェノサイドしたが、それは現都知事の頭がおかしかっただけ。
認可だけ受け取り、補助金や助成金の支給を受けていない公益法人や、東京都外の公益法人は未だに生き残っている。(勿論、認可を含む東京都の事業仕分け次第では、急速に数を減らす可能性もあるが……)
「だからと言って、俺が理事長を勤めている財団法人にちょっかいをかけるのはどうよ」
確かに正解だよ?
正解も正解。大正解だ。
公金チューチューの定義に当てはまるか分からないが、アース・ブリッジ協会の元理事長達は、確かに汚職に手を染めていた。流石の俺もいつまで官僚OBによる終わらない昭和が続くんだと思ったね。
目の付け所は良い。だが、それをやるなら、問題が顕在化してから抗議活動するのではなく、俺が介入する以前のもっと早い段階でやれよ。そこに俺が居なければ大賛成さ。でも、俺に害が及ぶとなれば排除せざるを得ないじゃん。
なにより、折角、正常化したのに横から文句を言われるのは正直言って腹が立つ。
確かに俺は、公金を貰っておきながら杜撰な会計報告やテキトーな活動しかしていない公益法人を責めているが、自費で公益活動行っている法人は責めていない。
国や都がやらないから自分達がやってやっている、とか上から目線で恩着せがましい事を言っておきながら公金貰って適当やっている公益法人を責めているのだ。
そこを勘違いするな。再生数稼ぎたいだけのお前等とは違うんだよ。
外に視線を向けると、自転車に乗りやってきた警察官が、事務所前で騒いでいた男達に注意されている姿が目に映る。
でも、こういった輩には通報とかしてもあまり意味はないんだろうなぁ……。
事務所の前で大きな声を出すな、騒ぐなと注意を受けるとか、小学生以下かよ。大人にもなって恥ずかしい。
どんな脳の構造していたらそんな感じの大人になるんだ?
まさか、十代の精神状態のまま大人になったのか?
お前等の対応に警察官も困り顔だろうが、警察官に迷惑かけんなよ。
身近過ぎて認知できてないかも知れないが、警察官さんはなぁ、桜の代紋背負った歴とした国家暴力組織の一員だぞ。
逮捕権とか発砲権とか、俺達には許されていない権利を行使する力を持っているんだよ。
そうこうしている内に、警察の注意を受けた輩が渋々といった様子で悪態吐きながら散っていく。
どうやら終わった様だ。
まったく、警察に迷惑かけるなよ。そういう所だぞ。
ユーチューバーを追い払ってくれた警察官にお礼を言う為、外に出ると、俺はゆっくり頭を下げる。
「どうもありがとうございました。言いがかりを付けられ困っていた所なんですよ」
公益財団法人だけあって、アース・ブリッジ協会の事務所は人通りの多い場所にある。
人通りさえなければ、エレメンタルの力を借り、大声を出した瞬間、意識を奪い地面に濃厚なディープキスさせてやってもいいのだが、そんな事をして変に騒がれるのも具合が悪い。
「最近、多いですからね。また何か問題が発生したら連絡して下さい」
「はい。わかりました」
信じられない位、人当たりの良い警察官だ。
しかし、最近、多いのか……。
まあ、そうだよな……。納めた税金が杜撰な会計報告しかできない法人に杜撰に使われていると知らされれば誰だって怒り心頭になる。それが国を貶める活動に使われていたり、私腹を肥やしていたりすれば尚更だ。
警察官は、乗ってきた自転車のサドルに座ると、ゆっくりとした足取りでペダルをこぎ、元来た道を戻っていく。
「さて……」
ゆっくり過去の財務諸表を見返すか……。
架空計上していた現金は元理事や評議員達から回収した。
金額がデカすぎてまだ未回収の者も一部存在するが、まあ大丈夫だろ。
もしこれで、公益認定を外れる事になってもなんら問題はない。むしろ、それで困るのは国や東京都側だ。
警察官を見送ると、俺は理事長室の椅子に腰掛ける。
そして、すっかり冷めたコーヒーを口に含みニュースを付けると、それを盛大に噴き出した。
――ぶふおっ!?
北極で駐留軍に捕まった『ああああ』達がテレビに映っていたから口に含んだコーヒーを噴き出した訳ではない。
あれから数日経ったが、ヨルムンガルド出現や、『ああああ』達が北極の駐留軍に捕らえられたとの情報は未だ入らない。恐らく、それは北極の駐留軍が意図的に隠しているのだろう。
とはいえ、今はそんな事はどうでもいい。
「あ、あの女……生きていたのかっ!? つーか、それをニュースで流すか普通っ!?」
独占取材か何かは知らないが、駄目だろ、それは!
ニュースで流れている内容。
それは、資源エネルギー庁の役人に刺され、重体に陥っていた筈の女、ハリー・レッテルの回復と、その出自について……。
北極に突如として現れたユグドラシル。そのユグドラシルに存在するミズガルズ聖国出身であると証言している事が捜査関係者への取材で判明したらしい。
「おいおいおいおい……そんな事を報道したら争奪戦が始まっちまうだろうが……」
ハリー・レッテルが、ゲーム世界からやってきた住人という事は、この俺自身がよく分かっている。
……そう。分かっているからこそ危険なのだ。
ハリー・レッテルはアイテムストレージを使えない。
エレメンタルの調査により分かった事だが、それはつまり、ハリー・レッテルがゲームの世界の住人である事を端的に示している。
北極に聳え立つ難攻不落のユグドラシル。
その住人がケガを負い病院にいるとはいえ、日本国内にいるのだ。
今の段階では、ゴシップ扱いされているが、すぐにそれが真実である事に気付くだろう。
何せ、奴等も俺等と同じくこっちの世界とゲーム世界を自由に行き来できるのだから……。
駄目だあいつ……早く何とかしないと……。
流石に放置していられない。
つーか、村井元事務次官! ハリー・レッテルはお前サイドの人間だろうが!
もっとちゃんと管理しろ! 管理が甘いからこんな事になるんだろうが!
「くっ、何で俺がこんな尻拭いをしなければならないんだっ……!」
仕方がない。闇の精霊・ジェイドの力を使い都合の悪い記憶だけ消し去るか……。
ぶっちゃけ、もうそれしかない気がする。
できれば、そのままゲーム世界に帰って欲しい所ではあるが、帰って来られては意味がない。ならば、記憶を消す以外、選択肢はないだろう。
「仕方がない。やるか……」
そう呟くと、俺は、闇の精霊・ジェイドを窓の外から解き放った。
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