第302話 どいつもこいつも俺の事を何もわかっていない
地上三十二階にある高層ビルの会議室では、資源エネルギー庁の次長、松永雄一郎が国内有数のレアメタル産業の社長、三人を前に神妙な表情を浮かべていた。
「――皆様、お忙しい所、お集まり頂きありがとうございます」
松永が声を掛けたのは、奥野金属工業株式会社の代表取締役社長、奥野又三郎。株式会社西田メタルの代表取締役社長、西田奥行。そして、門倉金属株式会社の代表取締役社長、門倉栄大の三人。
三人共、この国のレアメタル産業を牽引する企業の代表取締役にして、最近、レアメタル連合に加盟し、取引を始めたばかりの大企業だ。
「皆様にお声がけしたのは他でもありません。皆様もご存知の通り、レアメタル連合の代表が勤める公益財団法人アース・ブリッジ協会で前代未聞のスキャンダルが発生しました」
前代未聞のスキャンダル。
それは、公益財団法人アース・ブリッジ協会の前理事長、長谷川が行ったとされる性加害問題。
最近、ニュースで話題となっている溝渕エンターテインメントの前社長による性加害問題が盛り上がりを見せるにつれ、過去に行われた性加害で、例え、それが時効を迎えていようと、対象となる加害者が故人であったとしても、時効を超えて性加害を許さぬ風潮が醸成されてきた。
そんな中、起こった前理事長の性加害問題。
詳しい事は不明だが、スキャンダルが発覚したにも関わらず、未だ、納得のいく説明がなされていない。
「スキャンダルと言っても、前理事長が失踪しているなら確認のしようがないだろう」
「そうだ。それにこの程度の事がスキャンダルとして扱われる様であれば、この国はお終いだ。今と昔とでは社会情勢が違う。あの頃はそれが当たり前だった。こんな事が大事になるなんて彼が不憫でならないよ」
あの頃はそれを対価に仕事を貰う事が常態化していた。芸能界を含め容姿で商売し、仕事を貰っていた女性が、今になって枕を強要された、セクハラされた、と被害者の立場で訴え金を毟り取ろうだなんて二毛作もいい所だ。
「確かにそうかも知れません。しかし、これはチャンスでもあります」
「チャンス……だと? 何を言っとるのかね、君は」
松永の発言に西田は眉間に皺を寄せる。
「はい。既に皆様もご存じの通り、溝渕エンターテインメントの性加害問題を発端とした性加害問題は社会に大きな影響を与えております。おそらく、この影響は数ヶ月に渡り継続するでしょう」
「……だったら何だというのだね」
西田の発言に、松永はほくそ笑む。
「公益財団法人アース・ブリッジ協会の現理事長にしてレアメタル連合を立ち上げた発起人、高橋翔は、自ら運営する協会でスキャンダルが発覚したにも関わらず、未だ、納得のいく説明をしていません。いえ……恐らく、説明する事ができないのでしょう。調べによると、前理事長の長谷川氏は現在、失踪中……」
「だから、それがどうしたというのかね!」
松永のまどろっこしい言い回しに西田はテーブルを叩き憤りを見せる。
「わかりませんか? つまり、これは同法人の理事長及びレアメタル連合の代表でもある高橋翔氏をその座から引き摺り降ろすチャンスだと言っているのです」
資源エネルギー庁は、鉱物資源やエネルギーの安定的かつ効率的な供給確保及び適正な利用の推進を図る事を目的として設立された組織。鉱物資源の備蓄や供給等を管理する独立行政法人を管理下に置いている。
一介の任意団体が、国内有数のレアメタル業者を巻き込んでレアメタル連合なる組織を立ち上げたと聞いた時は驚いた。
しかし、レアメタルを始めとする鉱物資源は国の宝。
どこからレアメタルを仕入れているか分からないが、もし国内の土地から勝手にレアメタルの採掘をしているのだとしたら大問題だ。
そもそも、レアメタル連合は国の管理下にあるべき組織。
何としても、省庁の管理下に置きたい。
「……無茶が過ぎるだろう。公益財団法人アース・ブリッジ協会とレアメタル連合は別組織。第一、レアメタル連合の代表、高橋翔氏に無茶な取引を持ち掛けた企業がどうなったか知らぬ訳ではあるまい」
「その通りだ。レアメタルの供給価格も連合を通せば市場価格の半分で手に入る。そんな危険は冒せんよ」
現に自社の利益を最優先に考え、値下げなど一方的な取引を持ち掛けた企業は軒並み連合から追い出されている。その後、担当をクビにしようが、どんなに謝罪しようが無駄。聞く耳すら持たれない。
「――ですが、代表の高橋翔氏を追い落とせば、レアメタル連合の主導権は我々の手に移ります。鉱物資源の大半を海外に依存する我が国にとって、レアメタルの確保は、国家的な最重要課題の一つ。レアメタル連合の主導権を握る事ができれば、国が抱える問題の殆どが解決するだけではなく、日本の外交的立場も強まる。もし、協力頂けるのであれば、我々の権限で、今後十年間、レアメタルの鉱業権を与えましょう」
「――なに? 鉱業権を……だと?」
鉱業権とは、採掘権と試掘権の二つから成り立つ鉱物を掘採し、取得する為の権利。鉱業権の存続期間は二年、延長申請することにより最大四年と決められており、延長申請するにしても厳しい審査が必要となる。
「なるほど、それで我々に話を……」
「しかし、これは少しズルいのではありませんか?」
「まったくだ。鉱業権を盾に取るとは、これではまるで脅迫じゃないか……」
奥野金属工業株式会社、株式会社西田メタル、門倉金属株式会社。どの企業も国から鉱業権の許可を受け採掘を行っている。
「いえいえ、脅迫だなんてとんでもない。これは、あくまでも私から皆様へのお願いです。高橋翔氏はどうやら国に管理される事が嫌なようでして、私達が用意した企業すべてが外されてしまいました。ですので、皆様方にお願いする他なかったのですよ」
顔を強ばらせる三人を前に松永は朗らかな笑みを浮かべる。
「……確か松永君だったね。君は、我々を脅迫してタダで済むと思っているのかね」
門倉は苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべ、そう尋ねる。
「ええ、勿論、私がしているのは、脅迫ではなく、あくまでもお願いですので……それに、この話は皆さんにとって悪い話じゃないでしょう?」
「確かにそうだな……」
十年間、鉱業権を保証してくれるのは確かに魅力的な条件だ。レアメタル連合の主導権を握れば、レアメタルが割り振られる量も自ずと増える。
「それで? 我々は何をすればいい」
「そう言って頂けると思っておりました。実は皆様に紹介したい方がおります。どうぞ、中に入ってきて下さい」
松永がドアに向かってそう言うと、会議室のドアが開き、数名の男女が入ってくる。
「この方々は?」
「はい。この方々は現在、公益財団法人アース・ブリッジ協会の前理事長が失踪した事を受け、現理事長である高橋翔氏に対し、責任の追及をしている被害者と市民団体の方々です。皆様には、一丸となって、同法人の現理事長であるレアメタル連合の代表である高橋翔氏を退任に追い込んで頂きたいと思います」
そう告げると、松永は満面の笑みを浮かべた。
◇◆◇
あれから数日。
アース・ブリッジ協会内は、先日の騒動が嘘のように静まり返っていた。
「――さて、応援に駆けつけてくれた会田さん。自称性的搾取被害者共に扇動された塵屑共による謂れなき誹謗中傷を受け、いくらの損害が発生したかな?」
「そうですね……誹謗中傷対応及び訴訟費用だけで五億円といった所でしょうか」
「五億円か……」
一人当たり五十万円の弁護士費用が千人分。意外といい金額するな。
補助金や寄付金で成り立つ公益財団法人が五億円もかけて、誹謗中傷者を断罪するのは初めての試みじゃないだろうか。
何にしても、本当に訴えられると思っていなかった塵屑共の阿鼻叫喚の声といったら……『すいませんでした』『もう二度と致しません』のオンパレード。だったら最初からやるなカスという気分だ。
「はい。それとレアメタル連合に参加している企業数社より納得のいく説明がない場合、レアメタル連合からの脱退も有り得るとの発表がありました。また、レアメタル連合の代表がアース・ブリッジ協会の理事長を務めている事に対する不満や責任を求める声も上がっています」
「そうか……」
真偽が明らかになっていないにも係わらずこの反応。
明らかに、ワイドショーを賑わす溝渕エンターテインメントの性加害問題に引き攣られている。
「……わかった。既に、前理事長は性加害を行っていない旨、プレスリリースは出してあるが、その説明で納得いかずレアメタル連合を抜けたいというのであれば仕方がない。抜けたらもう二度と戻る事はできない旨を伝えて意思が固いのであればそのまま脱退させてやれ」
こちらが加入してくれと頼み込んだ訳でも何でもない。
加入させて下さいと言ってきたから加入させてやったまでの事。
自称被害者の言葉を妄信的に信じ込むのは勝手だが、それを逆手に脅しかけて来るような企業、こっちから願い下げだ。
自称被害者は、自らの証言が証拠となり、加害者と疑われた側は、それが虚偽である事を証明するのに証言以外の証拠が必要になるとか、正直言って意味不明である。
「――しかし、よろしいのですか? 脱退を示唆してきているのは、門倉金属、奥野金属工業、西田メタルを始めとした国内有数のレアメタルの専門業者です。脱退により数百億円規模の損害が見込まれ……」
「数百億円規模の損害か……仕方がないな……」
「――えっ?」
いや、「えっ?」じゃないだろ。その位の損害で済むなら些事だ。
こちらも説明するべき事は説明した。それでなお、自称被害者の言葉を信じるのであれば仕方がない。何より、それを理由に俺が組織したレアメタル連合の代表を変えろと言ってくる事自体不遜だ。レアメタル連合に加盟する企業が安くレアメタルを購入する姿を見て歯噛みするといい。
さてと……これで、被害総額は数百億円を突破した。
そろそろ、重い腰を上げるとするか……。
基本的に、俺は、俺に敵対行動した者を許さない。
狭量だからね。心がもの凄く狭いんだ。
特に、自分の言い分が間違っている事を全て承知の上で言い掛かりを付けて来る奴が一番嫌いなんだ。そういう奴は決まって確信犯。ちゃんと潰しておかないと。
そう呟くと、俺は窓辺に立ち珈琲を啜った。
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