第363話 敗走
「……捕まえた? 今、捕まえたと聞こえた気がするけど、それはどういう事かな?」
突如として心の中に沸いた疑念。
そう尋ねると、高橋翔は口を歪め笑い出す。
「はははっ……! わからないか? こういう事だよ!」
高橋翔がそう声を上げると同時に、手足が動かなくなる。
何が起きたのか手足に視線を向けると、そこには、動かなくなった手足に纏わり付く影の上位精霊の姿があった。
「――か、影の上位精霊・スカジ!? な、何故、スカジが……!」
高橋翔の持つ影の精霊・シャドーはスカジの影の世界へ閉じ込めた。出てこれる訳がない。そもそも、スカジなんて……。
しかし、スカジがピンハネを縛り上げているのもまた事実。
驚くピンハネを前にして、高橋翔は手で膝に付いた埃を払うと、ゆっくりと立ち上がり首に嵌められた隷属の首輪を外す。
そ、そんな馬鹿な……。何故、隷属の首輪を外す事ができる。それは特殊なアイテムを使うか首輪を嵌めた者以外、外す事はできない筈。なのに何で……。
目を見開き思考していると、高橋翔は薄笑いを浮かべながら話しかけてくる。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているな。いいぜ。教えてやるよ。何故、俺が隷属の首輪を外す事ができるのか……。それはな、お前が隷属の首輪を付ける前に、同様の効果を持った隷属の腕輪を付けているからだよ」
「……っ!?」
隷属系のアイテムを先に付けている者に隷属系のアイテムは付けられない。
先に付けられた隷属系アイテムの命令が優先される。
「初めから隷属系のアイテムを身に付けておく。基本中の基本だろ? 奴隷を自分の手足の様に使うお前の様なカスを相手にする場合は特によぉ……」
「……っ!」
――油断した。確かに、隷属系アイテムは最初に付けた者の命令が優先される。だが、そんな事、普通やるか?
影の上位精霊・スカジを持っているなら最初からエレメンタルを使い攻撃してくればいい。危険を冒してまで私の前に出てくる意味なんて……。いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「スカジ! 高橋翔のエレメンタルを打ち倒せェェェェ!」
高橋翔の持つ闇の上位精霊・ディアボロスはアイテムストレージに閉じ込めてある。そして、影の精霊・シャドーはスカジの影の中……。
つまり、こいつを倒せば、高橋翔はお終いだ。
そう声を上げると、ピンハネの影から変わり果てた姿のスカジが現れる。
「……はっ?」
意味が分からずそう呟くと、高橋翔が笑い出す。
「あはははっ……! お前さ、この期に及んで何で余裕ぶっこける訳? 俺が何の勝算もなく出てくる訳ねーだろ。俺がお前の前に出てきた時点でお前はもう詰んでるの! 分かれよ、その位、俺を過小評価し過ぎだ」
「そ、そんな馬鹿な……。だって、君のエレメンタルはスカジの影の世界に閉じ込めて……」
「ああ、そうだな。確かに閉じ込められていた。俺も焦ったよ。お前の下に送り出した影の精霊・シャドーが帰ってこない時にはな。だが、メニューバーでエレメンタルの状態を見れば、シャドーがどこに捕らえられているのか推測が付く。だから、使ったんだよ。俺のシャドーを閉じ込めているであろうお前の上位精霊を倒せる様に、エレメンタル進化チケットと強化チケットをたっぷりとなぁ!」
「――エ、エレメンタル進化チケットに強化チケット!?」
私をこの世界に送り込んだ神め。厄介な奴になんて物を……!
いや、今はそんな事を言っている場合じゃない。
今にも消え入りそうな瞳でこちらを見てくるスカジ。
影の世界に閉じ込めていた影の精霊・シャドーを強化し、スカジに進化させることで私のスカジを倒し、影の世界から抜け出した。
それは同時に影の世界に閉じ込めていた他のエレメンタルの復活を意味する。
到底勝てる戦力差ではなくなった。
くそっ! 何故、奴隷が高橋翔を捕らえた時、疑問に思わなかった……!
服はボロボロなのに怪我を負っている様子はなかった。隷属の首輪を嵌められる状況に追い込まれて尚、余裕の表情を浮かべていた理由……。すべての事象が物語っているじゃないか!
歯軋りしたい気持ちを抑え、ピンハネはため息を吐く。
「……どうやら、私の負けの様だね。残念だけど負けを受け入れるよ。それで? 私をどうするつもりかな? その隷属の首輪で奴隷にでもするつもりかい?」
元の世界に戻れば、隷属の首輪を解除するのは容易い。
今は敗北を受け入れた振りをしてでも生き残る事を優先しなければならない時だ。
しおらしくそう尋ねると、高橋翔は首を横に振る。
「いや、そんな事はしないさ。俺はこれでも紳士でね。ただ隷属の首輪を付け放置するだけに留めるよ」
紳士的どころか十分過ぎるほど悪辣だ。
しかし、これは好機でもある。
「そう。隷属の首輪を付け放置するなんて酷い人だ。でも、負けたのは私だからね。受け入れるよ」
「そう? なら遠慮なく」
そう言うと、高橋翔は手に持った隷属の首輪を首に嵌めてくる。
不快……。首輪の感触が非常に不快だ。
しかし、今は我慢の時……。
高橋翔は私に隷属の首輪を嵌めると、ただ一言、厄介な命令を口にする。
「さて、命令だ。現時点を以って俺の不利益となり得る行動の一切を禁じる。それ以外は好きにするといい。ただ、お前のアイテムストレージに入っている闇の上位精霊・ディアボロスだけは返して貰おうか」
「……わかった」
私はアイテムストレージから闇の上位精霊・ディアボロスを解放する。
アイテムストレージの枠が一つ空いた。
ここに高橋翔を格納し、逆転を狙いたいが……無理か。
それ程までに、隷属の首輪の効力は強い。
「これでいいかな?」
「ああ、充分だ。後はお前の
「? ああ、わかっているさ。私も命が惜しいからね」
少なくとも今は命令を違えない。
そもそも隷属の首輪が嵌っている以上、どうしても行動が制限されてしまうからね。
命令を違えるのは、元の世界に戻り隷属の首輪を外した後だ。
高橋翔の顔は割れた。保有する戦力も確認できた。次こそは上手くやる。やって見せる。
私が元の世界に置いてきた奴隷と、今、影の世界に囚われている自衛隊員を奴隷化し、総動員すれば高橋翔を屠る事も容易い。
舐められたらお終いなんだよ。
高橋翔のお陰で、この世界を手に入れる事は困難となったが、復讐だけは果たして見せる。いや、必ず果たす。そして、また機を伺いこの世界に戻ってくる。
決意を新たにそう言うと、高橋翔は姿を隠すアイテム、隠密マントを羽織る。
そして……。
「じゃあな、後はまあ……。頑張れ」
そう告げると、姿をくらました。
敵に対して甘い男だ。
強がり余裕振る自分をカッコいいとでも思っているのだろう。
その甘さ故に未来の自分が足下を掬われる事になるとも知らずに……。
「あーあ、一度、元の世界に戻らないとだね」
手酷い返り討ちにあったが、収穫もあった。影の上位精霊・スカジが捕らえた、大量の自衛隊員という収穫が……。
これを使って高橋翔に報復してやる。
徹底的に、私を敵に回した事を後悔する位に……!
「スカジ? 何をやってる。元の世界に戻るよ。早く影の中に戻っ……」
そういいながら振り返ると、そこには無数の影の刃で貫かれ絶命するスカジの姿があった。
「……ス、スカジ?」
突然の事に意味が分からずそう呟くと、次いで、スカジの影の世界に閉じ込めていた自衛隊員達が解き放たれ、家電量販店の店内を埋め尽くす形で姿を現した。
思わず凍り付くピンハネ。
当然だ。今、周囲を囲っているのは自衛隊員。ルートから情報を引き出し、新橋を起点に東京都に大災害を発生させた元凶、ピンハネを捕える為の精鋭部隊。
「俺達は一体何を……」
「新橋三丁目に突入してからの記憶が……」
記憶を無くしている?
どういう事だ??
影の上位精霊・スカジの作る影の世界とこの世界の時間の流れは同じ。
その為、最長六時間何もない暗闇の中に閉じ込められた者もいる。
上も下も分からない暗闇に突如として放り込まれたのだ。何故、そんな会話ができる。
ハッとした表情を浮かべ、上を見上げるとそこには、先ほど解放したばかりの闇の上位精霊の姿があった。
「ぐっ……! そういう事かっ!」
どうやら高橋翔は、私の事を無事、元の世界に帰す気はないらしい。
闇の上位精霊の視線がピンハネに突き刺さる。
何が紳士だ。エセ紳士め。
おそらく、この自衛隊員達は既に記憶を書き換えられている。
だからこそ、突然、闇の中に放り込まれても無事だった。そう考えるのが妥当だ。
当然、それだけに留まらないのも容易に想像がつく。その証拠に……。
「対象を見つけたぞ!」
「対象を確保しろっ!」
ちょっと目が合っただけでこの騒ぎだ。
ピンハネは肩を震わせながら呪詛を込め対象の名前を吐き出す。
「た、高橋翔……!」
あのクソ野郎、スカジを倒し、影の世界に閉じ込められた自衛隊員を解放しやがったァァァァ!
恐らく最初から目論んでいたのだろう。
何という悪辣。何が紳士だ。何が好きにしろだ。ふざけるなっ!
しかし、叫んだ所で状況は変わらない。
すべてを失っての敗走。
ピンハネは歯を噛み締めると、元の世界に戻るべく手を上げる。
「――転移! ミズガルズ聖国!」
「「「確保ォォォォ!」」」
自衛隊員の手が迫る中、故国の名を叫ぶと、ピンハネの姿が掻き消えた。
◆◇◆
「はぁ、はぁ、はぁ……」
やってくれたな。
あっち側の世界に行った事でエレメンタルを失い、主力奴隷も失った。
計り知れぬ程の大損害だ。
今、残っている奴隷を連れて戻った所で、あの戦力差を覆すのは難しい。
仕方がない。あの世界を手中に収めることは一旦諦める。
代わりに、奴隷共に八つ当たりしよう。そうでなければ私の気が収まらない。
転移したのは、ミズガルズ聖国にあるピンハネの人間牧場近隣。
名目上、表向きは畜産業を営んでいる事になっている。
「さて、今日は誰と遊ぼうかな……」
そういえば、最近、餌をやってない奴隷がいたな。そろそろ死にそうだし、廃棄する前に希望の光を見せ、絶望させて楽しもう。
希望の光を見せ、絶望の淵に叩き落とす。
生殺与奪の権利を持った絶対的強者にのみ許された愉悦。
「ふふふっ……。楽しみだなぁ……」
ストレスと相まって今日は凄惨な事になりそうだ。しかし、その奴隷の嘆きがピンハネの心にひと時の癒しを与えてくれる。
ピンハネの経営する人間牧場は階段を上った先にある。
愉悦の笑みを浮かべながら階段を上り、そこに広がる更地となった人間牧場跡地を見て、ピンハネは目を瞬かせた。
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